大型放射光施設 SPring-8

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旧版 ひかりの丘からSPring-8 News 7号(2001.10月号)

「高温・高圧の世界」をのぞく~マントル対流、地震発生のメカニズム解明へ~

 数千度、数百万気圧にも達する地球の深部、そこで物質はどのようにふるまうのでしょうか?
 想像をこえる高温・高圧下での物質構造やその変化を知ることは、地震の研究や地球マグマなどをあつかう研究にとって貴重な情報となります。SPring-8は、超高圧下の物質のふるまいや構造変化を、X線透過法やX線回折法によりリアルタイムで観測することを可能にしました。これにより、きびしい高温・高圧の条件を利用して新しい物質を作る研究も始まっています。
 本号ではSPring-8で行われている高温・高圧研究の最前線をのぞいてみましょう。

「高温・高圧の世界」をのぞく3万気圧1600℃の条件下で、とけたアルバイト(地球マグマのモデル物質)中を
ゆっくり落ちていく白金の球(直径0.1mm)をCCDカメラがとらえたX線写真
(落下速度からアルバイトの密度や粘性を知ることができます)
粘性の低いマグマ(ハワイ・キラウエア火山)
粘性の高いマグマ(北海道・有珠(うす)山)
粘性の低いマグマ(ハワイ・キラウエア火山)
粘性の高いマグマ(北海道・有珠(うす)山)

SPring-8 放射光を利用 高温・高圧の世界を探り、夢の物質合成に挑戦!

高温・高圧実験装置

 放射光を使って高温・高圧下にある物質の様子を直接観察するため、SPring-8では、SPEED-1500やSMAP-80と呼ばれる高温・高圧実験装置を作りました。特にSPEED-1500は、放射光施設設置のものとしては世界最大級の装置で、1500トンまでの出力を小さな試料部分に集中させることにより、最高圧力40万気圧を発生させることができます。また、試料容器内部に組み込んだヒーターにより2500℃まで加熱することができ、地球深部のマントルに対応した条件をつくりだすことが可能です。
 数千度、数十万気圧の条件をつくること自体がむずかしいことですが、この雰囲気におかれた物質の原子の並び方を調べることもまた大変困難です。高圧発生部分はとても頑丈にできており、普通のX線は透過することができません。また、用いる試料は直径1mm程度のものに限られるからです。
 高輝度で平行性にすぐれているというSPring-8放射光の特長が、高温・高圧下の実験を行うために大変役立ちました。SPEED-1500では、図1に示す配置で20-150keVにわたる白色X線(波長が連続状態のままのX線)のマイクロビーム(約0.1mm角)を容器中心部へみちびき、温度や圧力とともに試料が変化する様子をリアルタイムで観測しています。

SPEED-1500の外観(高さ3m/重さ20トン)SPEED-1500の外観(高さ3m/重さ20トン)
図1:SPEED-1500の高温・高圧発生中心部分図1:SPEED-1500の高温・高圧発生中心部分
超硬度合金でつくられた多重アンビルにより、高圧プレスからの圧力を試料へ伝えます。この試料に、白色X線のマイクロビームを、アンビルのせまいすきまを通して入射させます。試料からの反射X線も同様にアンビルのすきまから取り出し、そのエネルギースペクトルから物質の構造を明らかにします(下記ブラッグ条件を参照)

液体にも構造相転移

 純粋な固体物質を加熱すると、やがて融けて液体になります。この液体に大きな圧力を加えるとどうなるのでしょうか?
 これまで、圧力や温度を変えても、液体中の原子の並び方は急激に変わること(1次の構造相転移)はないと考えられてきました。
 このことについて、液体のリンで新しい事実が発見されました。液体リンを1000℃まで加熱し、さらに1万気圧まで加圧すると、突然、原子の並び方がかわり、構造相転移をおこすことがわかったのです。
 図2は、実験が明らかにしたリンの状態図です。点線の左側(低圧側)では、液体リン4個のリン原子から成る分子でできているのに、右側(高圧側)では、となりの分子と結合して網目構造をつくっています。
 図3は、温度を1050℃に保ちつつ、a→b→cの順で加圧したとき、9900気圧から10100気圧までのわずか200気圧の圧力違いで、スペクトルが大きく変化した様子です。リン原子どうしのつながり方が異なる二つの液体状態が存在し、それらの間で構造変化が急激におこっていることを示します。
 高温・高圧下での物質合成や、地球深部マグマの研究にもむすびつく成果です。

図2:リンの状態図と液体リンの構造図2:リンの状態図と液体リンの構造
点線は液体リンの構造相転移曲線。液体リンは、点線を境に左側では分子状に、左側では網目構造になると考えられます。
図3:液体リンで構造相転移が発見されたときの回折X線のスペクトル図3:液体リンで構造相転移が発見されたときの回折X線のスペクトル
a→b→cの順で加圧したときの結果
※片山 芳則「放射光」14巻2号10項(2001年)

ダイヤモンド生成のその場観察

 物質の結晶構造や物性が、圧力・温度で大きく変化することを利用して、常圧では得られない新しい物質をつくり出すことが可能になります。高温・高圧下におかれた黒鉛(炭など炭素の一種)が、触媒である高温溶融状態のニッケルや炭酸カリウムマグネシウム(K2Mg(CO3)2)にとけこみ、ダイヤモンド結晶に変化する過程を、放射光X線により、リアルタイムで観測することに成功しました。(図4
 常温・常圧にもどした試料の顕微鏡写真には、数㎛に成長したダイヤモンド結晶がたくさん見られます。(図5
 ダイヤモンドだけではなく、ダイヤモンドにつぐ硬さをもち、高温下でも利用可能な材料と期待される夢の物質、BC2Nの合成にも挑戦しています。

図
図4:ダイヤモンドができたことを示す回折X線のエネルギースペクトル図4:ダイヤモンドができたことを示す回折X線のエネルギースペクトル
緑は黒鉛、赤はダイヤモンドからの回折ピーク。9.3万気圧では、1550℃でダイヤモンドの生成がおこり始め、温度上昇とともに結晶が成長しています。
図5:実験後取り出した試料の電子顕微鏡写真図5:実験後取り出した試料の電子顕微鏡写真
※内海 歩「SPring-8 Research Frontier」1998-1999(SPring-8)23項(2000年)

 日本の高温・高圧研究者がとりくむ重要課題の一つは、地球マグマのふるまいです。1997年10月のSPring-8の供用開始以来、地球マグマについてホットな議論をまきおこすデータがいくつも観測されています。

 世界最強の放射光と世界最大級の実験装置が研究のあらたなブレークスルーをもたらし、近い将来、マントル対流や地震発生のメカニズム解明にむすびつく成果をあげると期待されます。

ブラッグ条件 2d sinθ= nλ (d:原子面間隔 n:整数 λ:X線の波長、X線のエネルギーに相当)

ブラッグ条件

 ブラッグが1912年にみつけた結晶や粉末の構造解析に用いる式。この条件が成り立つとき、原子面から反射される波は強め合い(回折)、θ方向でX線が強く観測されます。通常のX線回折では、エネルギーのわかっているX線を入射させ、広い角度範囲にわたって反射強度を測定しθを求めてdを決定します。しかし、高温・高圧実験では装置の構造的制約のため、入射も反射も非常にせまい角度範囲しかとれません。そこで、白色の反射光を使い、入射角と反射角を一定(θ)にしたまま反射X線のエネルギーを計測します。回折が起こるX線エネルギー(λ)では反射強度が大きくなるので、このエネルギーからdが求まります。

最先端の科学を支えるCCD

最先端の科学を支えるCCD

 フィルムの役目を果たすCCD、でもただのフィルムではありません。シリコンの結晶でできておりそのサイズは2.5cm角、その表面は整然と並んだ数百万個の画素でおおわれています。これに光があたると、一つ一つの画素には光の色や強さに応じて電荷がたくわえられます。それぞれの画素の位置と電荷量はコンピュータで正確に読みとられたのち、瞬時にTV画面へ転送され画像として再生されます。電荷量は、“色”や“濃さ”として再生されます。ノイズを減らすことによって、目ではとうてい見ることのできない弱い光をとらえることができるため、天体観測でもよく使われます。
 X線による像の撮影では、CCDカメラの前に蛍光剤を塗ったスクリーンをおきます。直接測定できないX線が蛍光剤と反応して可視光に変えられ、それをCCDで測定するのです。最近の放射光実験では、多くの場面で高性能CCDカメラを利用しています。

Further Reading:さらに興味をお持ちの方に役立つ読み物情報を各記事の末尾に※印を示しています。

HELLO, SPring-8!

SPring-8 夏の学校

 夏休みもあけた9/5(水)~9/7(金)の3日間、SPring-8において「SPring-8夏の学校」が行われました。
 これは財団法人高輝度光科学研究センターと姫路工業大学理学部が共同して開催し、大学院生などを対象にして、放射光利用研究の講義および「実験実習」をおこなったものです。
 1日目は午前中の諸手続の後、午後からは開校式、基礎講座と進みました。2日目は応用講座、セミナーという内容の濃い講義の後、夜は楽しい懇親会を開きました。最後の3日目は、参加者がSPring-8の蓄積リング棟実験ホールに入り、ビームライン実験の実習を行いました。
 過密スケジュールであったにもかかわらず、参加した学生のみなさんはみな真剣で、「教科書にない知識」を得る喜びを感じているようでした。興奮のさめぬうちに、閉会式となり、参加者全員にとってすばらしい経験となりました。 所長室 産業利用グループ

SPring-8 夏の学校
SPring-8 夏の学校
SPring-8 夏の学校

SPring-8 TOPICS

世界最長の長尺アンジュレータ設置完了

世界最長の長尺アンジュレータ設置完了

 SPring-8では高輝度X線を発生させるため、長さ4.5mの磁石列の標準型アンジュレータと呼ばれる装置により、電子をN極、S極間で細やかな蛇行運動をさせています。さらなる高輝度ビームを得るため、2000年夏、蓄積リングの4ヶ所に対称的に配置していた直線セルの電磁石を再配置し、30mの磁石のない長直線部をもうける改造を行い、そのうちの1ヶ所に全長27mの世界最長の新型アンジュレータを設置しました。改造にあたっては、高性能を実現してきている偏光電磁石部の電子ビームの性質が変わらないようにすることで、電子ビーム全体の性能の劣化をおさえることができました。
 新型アンジュレータは永久磁石配列により電子ビームを780回も蛇行運動させて放射光を発生します。2001年2月からの運転で、そのX線の強さ(輝度)は40keV X線の場合、SPring-8の標準型アンジュレータからの場合に比べ3倍、また、欧米諸国の第3世代大型放射光施設のものに比べ約13倍もの大きさになりました。波動性がよくそろっていることも魅力で、X線の干渉効果を利用する高性能のイメージングや、次世代の放射光源とされるX線自由電子レーザーの開発にむすびつくと期待されます。

広報部から

 “ひかりの丘からSPring-8 NEWS”誌第7号をお届けします。今回のテーマ“地球の深部「高温・高圧の世界」をのぞく”はどうでしたか?SPring-8の光を直接地球内部へ・・・と思ってはいませんでしたか?実は今回紹介したとおり、SPring-8の実験室で特別な装置を使って、地球内部と同じ状態、つまり、高温高圧の状態をつくり、そこに光を当ててさまざまな実験をしているのです。将来は、地震予知につながるような成果もでるかもしれません。
 本当にSPring-8は、科学技術の万能装置!今回の地球科学をはじめ、材料・生命・環境科学、さらに医学にも利用されいろいろな成果がでています。今後も、SPring-8の未知の実力について、皆様に分かりやすくお届けします。乞うご期待!!!

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