SPring-8 NEWS 109号(2022.9月号)
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謎の古生物パレオスポンディルスの正体を解明 ―表面から見えない化石をSPring-8で観察する―
矛盾した特徴を併せ持つ分類不能な生物
地層から見つかる化石は、遠い昔に生きていた生物を知る手がかりを与えてくれます。しかし、何億年も前に生きていた生物たちの全容を知るのは簡単ではありません。生物が化石になって発見されるまでには、いくつもの奇跡的な偶然が重なる必要があり、化石として残る生物は全体のほんの一部だからです。さらに、完全な姿が残ることも稀です。古生物学者たちは、保存状態のあまりよくない骨や痕跡の一部から、未知の生物の全体像を推測するしかありません。そのため、新たな手掛かりや解析方法が見つかると、これまでの定説が大きく覆されることも起こります。
東京大学大学院理学系研究科で生物の進化を研究している平沢達矢さんは、長年の議論の的だった「パレオスポンディルス」という生物の謎を、SPring-8の放射光を使用して解明しました。
「パレオスポンディルスは1890年にイギリスのスコットランドの地層から化石として発見された5センチメートルほどの生物です(図1)。発見された場所はかつて湖だったところで、約4億年前のデボン紀と呼ばれる時代の地層に相当します。デボン紀は、魚の時代と呼ばれる時代で、さまざまな形態の魚が存在していたと考えられています。パレオスポンディルスも湖の中で暮らしていたと考えられますが、奇妙な特徴を持っていたため、進化の系統樹のどこに位置するのかがわからない謎の生物とされていたのです」
図1 パレオスポンディルスの化石
これまでの化石の分析によって、パレオスポンディルスには、歯や頭の表面を覆う骨がなく、胸ビレや腹ビレもないことがわかっていました。この特徴は「円口類」に似ています。円口類というのは、現代ではヤツメウナギとヌタウナギだけが属する、原始的な脊椎動物です(図2)。
しかし、パレオスポンディルスは、円口類よりも進化的に新しいグループの特徴である、よく発達した背骨も持っていました。原始的な特徴と進化的に新しい特徴を併せ持つ、矛盾した形態の生物だったのです。
図2 脊椎動物の進化系統樹
2016年にパレオスポンディルスの研究に着手した平沢さんは、当初、ヌタウナギの胚(受精卵から少し成長した状態)と形態が似ていることから、パレオスポンディルスを円口類だと考えていました。しかし、2017年に他の研究グループによって、パレオスポンディルスが円口類ではない可能性を指摘した論文が発表されました。放射光を使ったX線CTで化石を観察したもので、これまでの研究よりも詳細な解析が行われていましたが、平沢さんには納得できない点がありました。
「円口類と他の脊椎動物では、耳の中にある『半規管』の形態が違います。『三半規管』という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、私たちを含め、顎を進化させた脊椎動物には半規管が3つあります。しかし、円口類の半規管は1つか2つです。2017年の研究データには半規管の形も写っていたのですが、1つしかないように見えました。1つしかないなら、円口類のはずです。ただ、解像度があまりよくなくてはっきりしたことはわかりませんでした。そこでSPring-8を使用し、はっきりとした画像を撮ってパレオスポンディルスが円口類であることを証明しようと考えたのです」
表面から見えない埋まった化石を解析する
平沢さんが最初に行ったのは、状態のよい標本探しでした。パレオスポンディルスの化石は大量に見つかっていて、世界中の博物館などに保管されていますが、収蔵されている標本のほとんどは、全身が表面に露出した化石です。表面に出ていると観察はしやすいのですが、化石を覆う岩がはがれるときに化石はダメージを受けているはずで、半規管のような小さな形態を細かく解析することは難しくなります。
平沢さんは、岩の中に埋まっている化石なら、完全な状態を保持しているかもしれないと考えました。普通は埋まっていると観察できませんが、SPring-8の放射光から生み出される高エネルギーのX線を使用すれば内部の様子も解析できます。
平沢さんは頭部が埋まっている化石を見つけるために、オランダの化石採集者を訪ねました。そして2000個以上ある化石の中から、パレオスポンディルスの尾だけが見えている標本を2つ発見し、それを日本に持って帰りました。
「持ち帰った標本に頭部が埋まっているかどうかは、その時点ではわかりませんでした。尾だけの化石を持ち帰る可能性もあったのです。ある意味、賭けでした」
帰国した平沢さんはまず、国立科学博物館(東京)の従来型CTで化石の内部を調べ、頭部が埋まっていることを確認しました。次に、SPring-8の放射光で精度よく解析するために、化石の周りの岩を削る作業を行いました。
「周りのよけいな岩が少ないほど、化石の解像度は上がります。しかし、大切な標本まで削ってしまうと大変です。標本を壊してしまわないように、ひたすら紙やすりで削っていきました。SPring-8ではビームラインBL20B2を使って、放射光X線マイクロCTという手法で3回測定しました。まず大きめに削った状態で分解能6.63 μmでスキャンをし、その後さらにもう1回削って2.74 μmに分解能を上げて解析。最後にもう1回削って1.46 μmで観察しました。3回目のときは本当にぎりぎりまで削って寸止めしました。おかげで、世界中の研究者から驚かれるほど綺麗なスキャンができました(図3)」
生物が手足を獲得した過程を知る手がかりに
最初の撮影ですぐに、平沢さんの予想は外れていたことがわかりました。パレオスポンディルスは三半規管を持ち、円口類ではなかったのです。しかし、それ以上の収穫がありました。SPring-8で得た詳細な断層像では、これまで見ることができなかった関節、さらには骨どうしの境界や、細胞が入っていた穴のような小さな組織の特徴までも観察することができたのです(図3)。これらの情報をもとに頭骨の関節の形を明らかにし、3次元モデルで再現した画像が図4です。
「三半規管を見つけたときはがっかりしましたが、当初の予想よりずっと興味深い事実が次々とわかりました。関節や骨の境界や、細かい組織の構造まで見えたことで、パレオスポンディルスは硬骨魚類と共通する骨を持っていたことが判明したのです。しかも硬骨魚類の中でも、手足を持つ四肢動物により近い『四肢動物型類』と呼ばれる生物だったのです」
図3 シンクトロン放射光X線マイクロCTで撮影された骨格組織
図4 パレオスポンディルスの頭骨の3次元モデル
(左側が鼻先で右側が後頭部。また右側のオレンジの管が確認された三半規管)
平沢さんはこれまでわかっている化石動物のデータをもとに、パレオスポンディルスの系統解析を行いました。その結果、パレオスポンディルスはヒレから手足に移行する段階の動物と近縁であり、肘関節や指の骨格をヒレの中に持っていた動物と、それらを持たない動物の間の位置に当たると推定されました(図5)。
歯もヒレもないことから原始的な脊椎動物だと思われていたパレオスポンディルスは、手足を獲得する直前まで進化した生物だったのです。そもそも、三半規管を持つ生物であれば、歯やヒレはすでに進化していたはずです。なぜ、パレオスポンディルスには歯やヒレがないのでしょうか。
「カエルとオタマジャクシのように、大人と子どもで形が違う生物がいますが、パレオスポンディルスは幼生(子ども)の化石だったと考えられます。進化的に進んだ特徴と、円口類的な原始的な特徴を併せ持っていたのは、歯やヒレがまだ出てきていない幼生期の姿だったからと考えればつじつまが合います」
大人のパレオスポンディルスと子どものパレオスポンディルスが同時に化石として見つかっていれば、このような混乱は起きなかったでしょう。しかし、大人と子どもが一緒に生活しているとは限りません。また、幼生の大きさだからこそ、たまたま化石で残りやすかった可能性もあります。4億年前の地球が残したメッセージの断片の謎が、平沢さんの工夫とSPring-8の放射光によってつながったのです。
図5 パレオスポンディルスの系統的位置
「私たちヒトのような、一度に体を作り上げるタイプの成長のしかたをする動物と異なり、幼生期をもつ動物は、体幹部、内臓、ヒレなど、器官ごとにできるタイミングがずれています。一度に体を作り上げるタイプの成長では、ひとつの器官のかたちに変化が起こると、それができてくる過程で周りの別の器官にまで影響を与えることがあります。一方で、幼生期をもつ動物では、ひとつの器官ができてくるときには、周りの器官はすでに完成しているか、まだ現れていない状態なので、器官のかたちの変化は周りの器官に影響しません。このような場合、突然変異で器官のかたちが大きく変わっても、周りの器官が異常なかたちになったりしないことから、かたちが大きく変わるような進化が生まれやすいと考えられます。動物が、いつ、どのようにして手足を獲得したのかは、発生学的にも進化学的にも大変興味深い問題です。今回の発見で、手足の獲得にはヒレのない幼生の形を経ることが重要であるという可能性が出てきました」
SPring-8で4億年前の過去を覗く旅はまだまだ続きます。今後はさらに、調べたい部分を絞って細かく解析を進めていく予定だと話す平沢さん。そこから何が見えてくるのか、研究成果が楽しみです。
平沢さんが古生物学者を目指したのは小学生のときでした。4歳の頃に連れて行ってもらった恐竜展で恐竜に興味を持ち、小学校のときに映画『ジュラシック・パーク』で古生物学者という職業を知ったのだそうです。
「小学6年生のときには、自分の研究室のプレートを手書きで作成しました。今も研究室に飾っています」
古い鉄製のアンティークの家具や瓶に入った標本が置いてある研究室は、どことなく映画『インディ・ジョーンズ』の世界観を連想させます。平沢さんが身に着けている服もビンテージのジーンズをはじめ、こだわりのアイテムばかり。ときどき、インスタグラムで日々のコーディネートも発信しています。
「服は簡単に気分を変えられますし、研究をしながらでも楽しめるのでちょうどよい趣味だと思っています。こだわるというよりは、自分が心地よく過ごすために、好きなものを集めて楽しんでいます」
子どものときの夢をかなえた平沢さんは、今度は『学研の図鑑LIVE 恐竜 新版』(学研プラス)の監修も行い、子どもたちに夢を与える側になっています。
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今も研究室にある手作りのプレート |
平沢さんのインスタグラムより |
文:チーム・パスカル 寒竹 泉美
この記事は、東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授 平沢 達矢さんにインタビューして構成しました。
SPring-8中尺ビームラインBL20B2のX線マイクロCT測定
“研究成果・トピックス”で紹介された古生物パレオスポンディルスの化石のX線マイクロCT測定は、ビームラインBL20B2で行われました。BL20B2は、SPring-8で唯一の中尺の偏向電磁石ビームラインであり、光源から最下流の実験ステーションまで全長215 mもあります。光学ハッチおよび実験ハッチ1は、蓄積リング棟建屋内にある(図左)のに対して、いわゆる下流ハッチと呼んでいる実験ハッチ2および3は、中尺ビームライン実験施設実験棟(中尺棟)と呼ばれる離れの建屋内にあります(図右)。偏向電磁石光源から得られる比較的大きな発散角度を持つX線ビームを中尺棟まで導入することにより、平行性の高い大面積のX線ビームを画像計測に利用することができます。
本文で紹介した化石の測定では、この特徴を利用しました。まず、下流ハッチで広い視野のX線マイクロCT撮影を行い、化石とそのまわりの岩との正確な位置関係を高エネルギーのX線ビームを用いて撮影しました。BL20B2では、現在110 keVまでの高エネルギーX線ビームが利用できますが、これにより厚みのある大きな岩石状試料でも、その内部構造を非破壊かつ3次元で可視化することができます。高エネルギーX線マイクロCTにより得られた位置情報をもとに、化石のまわりの不要な岩を正確に削り取ることが出来ました。次に、化石にフォーカスした測定を行うために、今度は蓄積リング棟内の実験ハッチ1において、画素サイズ1.46 μmでの高分解能X線マイクロCTを行いました。高分解能測定では、高いビームフラックスが必要となるため、より光源に近く、フラックス密度の高いX線ビームが使える実験ハッチ1が適しています。このような段階的な測定を行うことにより、化石の詳細な構造の解析が可能となりました。
BL20B2では最近、従来の二結晶分光器に加え、高フラックス密度で110 keVおよび40 keVのX線ビームを出力することが可能な多層膜分光器が導入されました。110 keVの多層膜分光器を利用した高エネルギーX線マイクロCT測定では、二結晶分光器を用いた場合と比較して、測定時間の大幅な短縮や、4Kカメラ等を用いた高精細測定への展開が可能となってきています。
(左)蓄積リング棟建屋内のビームライン全景。実験ハッチ1の下流部分から中尺棟へ続く真空パイプが右下に伸びている。
(右)中尺棟建屋内の実験ハッチ2および3。実験ハッチ3の下流端(写真右手)が光源から215 mの位置となる。
SPring-8の利用事例や相談窓口
第25回:京都工芸繊維大学 河合さん
今回は京都工芸繊維大学の河合さんです。河合さんは今年7月に開催された「第22回SPring-8夏の学校」の参加者でした。どのような経緯でSPring-8夏の学校に参加されたのでしょうか。
Q.大学では“どのような”研究をしていますか。
A.現在のテーマは「消費者マインド調査によるバイオベース高分子材料の社会実装上の問題点の把握」として、「消費者のプラスチックごみに対する意識がどの程度あるのか」、また「環境配慮行動からプラスチック製品についての価格が、どの価格帯だと購入意欲につながるのか」について高分子化学と心理学を融合した研究を行っています。
Q.なぜ「SPring-8夏の学校」に参加しようと思ったのですか。
A.自分の研究テーマが直接SPring-8を用いた実験には関係しないのですが、研究テーマにある高分子は、X線などを用いて科学的に多く分析されています。その中で私と同じ研究室のメンバーがSPring-8を利用し実験している姿を見て、「研究を進める上で、高分子のなどのデータを科学的に読み取れることは、知識を得るために必要だろう」と考え、「SPri ng-8夏の学校に参加しよう」と決意しました。
Q.現在の研究は理系寄りの研究と見受けられますが、テーマを変更するときに不安とかありましたか。
A.高校生の頃は心理カウンセラーになりたいと思い、心理学を学ぶことができる大学を選びました。
私は根っからの文系だったので、大学院から「理系に進学をすること」を決めたのはとても勇気が必要で不安しかありませんでした。しかし、「やりたい!」と思った研究でしたので、意を決して飛び込みました。今では研究に対する知的好奇心が湧き続けて、楽しく研究を進めています。
Q.そのような中で今回SPring-8夏の学校に参加された感想をお聞かせください。
A.一番印象に残ったことは、蓄積リングの見学です。SPring-8で10年働いている方でも2回しか入ったことが無いというめったにお目にかかれない場所に入ることができ、数々の電磁石と本物のアンジュレータが見ることができて感動しました。
Q.最後に来年以降のSPring-8夏の学校に参加を希望されている生徒にひとこと。
A.少しでも「知りたい、見てみたい、学んでみたい」という欲求があるのであれば、参加をしてみてほしいと思います。夏の学校は「見て」「聞いて」「触る」ことが“ぎゅっ”と詰まったとても楽しい4日間を体験できるので、ぜひ参加してみてください!
講義などは「やや難しい」と感じたものの、「学ぶ意欲があれば、講義を受けるにつれ理解が深まり、講師の方々は分からないことも何でも教えてくださり、夏の学校が終わった後で、“あの時の話はこのことだったのか”と気が付くことができれば、今後の学びにつながるのではないかと思います」と、明るく語ってくれた河合さん。
異なるフィールドに対しても、このような「前向きな気持ち」を持つことは大切だと気付かせてくれました。今回のSPring-8夏の学校で学んだ経験も、きっと将来何かの形で役立ってくれると嬉しいです。
SPring-8 夏の学校 実習1日目BL40B2の機器の前で河合さん
第22回SPring-8夏の学校を開催しました。
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2022年7月10日(日)~13日(水)の日程で、第22回SPring-8夏の学校が開催されました。ここ数年のコロナ禍の中でも、感染対策を徹底して開催し、今回で22年連続の開催となりました。
SPring-8夏の学校の参加者は大学院生と学部生が中心で、今回は全国23の大学から総計77名が参加されました。コロナ禍で多少の不自由はあっても、みなさん講義と実習に積極的に取り組み、最終日には笑顔で帰途につかれました。
この夏の学校の卒業生には、放射光を扱う第1線の研究者になられた方もたくさんいらっしゃいます。そのような卒業生が研究者となり、講師を務めたこともあります。代々引き継がれる夏の学校の参加者の輪。事務局として見ていてもワクワクします。
第22回SPring-8夏の学校における集合写真