大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

SPring-8 NEWS 118号(2024.12月号)

 

研究成果 · トピックス

割れにくく温度変化に強い「ガラスセラミックス」ができる仕組みを解き明かす
SPring-8で初めて見えたガラスセラミックスの生成過程

ガラスの利点を活かし欠点を補うガラスセラミックス

 ガラスは私たちの生活に欠かせない身近な材料です。 加工しやすく安定で透明度が高いことから、窓や食器などに利用されています。 しかし、よく知られているように、ガラスは壊れやすいという欠点があります。 落としたら割れてしまうというだけでなく、急激な温度変化に弱く、熱湯を注いだり、火にかけたりすることはできません。
 その欠点を補うべく、温度変化や衝撃に強い新しいガラスが様々に開発されてきました。 その中の1つが「ガラスセラミックス」です。 ガラスセラミックスは結晶化ガラスとも呼ばれ、ガラスの中に微細な結晶を析出させることで、ガラスと同様の透明度を保ちながら、熱変化や衝撃に強い性質を持たせた材料です。 食器や薪ストーブの窓、スマートフォンのカバーガラス、防火設備用ガラスとして建物などにも使われています。
 そもそもガラスは、なぜ透明なのでしょうか。 ガラスは原料である二酸化ケイ素(SiO2)などの原料を高温にして融かした液体を急激に冷やし、規則的な結晶構造をとる前に固めて作ります。 規則的な結晶構造をもたない、アモルファス(非晶質)と呼ばれる構造をとるガラスは一般的に均質で、光を散乱せず透過するため透明です。
 ガラスの主成分の二酸化ケイ素はケイ素と酸素が強く結合しているために硬いのですが、強い衝撃を受けると一気に破壊が進みます。 また熱が伝わりにくい性質を持つことから急激な熱変化が加わったときにもガラスの一部分だけが急速に温められて膨張するため、割れやすい(脆い)性質があります。 一方、規則的な構造をもつ結晶には一部透明な物質も存在しますが、その多くは微細な結晶粒子が集合した固体であり、粒子間の境界領域(粒界)で光が散乱されるため、不透明です。
 ガラスセラミックスが透明かつ割れにくいのは、アモルファス構造をとるガラスと、規則的な構造をとる結晶の間のような性質を持つからです。 ガラスセラミックスは、ガラスの中に微量の物質を添加して温度を制御することで作られますが、添加した物質を核とする微細な結晶構造が集まった領域が、全体に分散していることが知られています(図1)。 この微細な結晶構造があることにより、ガラスよりも割れにくくなり、結晶構造の領域がひとところに固まらずに分散しているため、光を透過しやすく透明度を保つことができるのです。

図1

図1 ガラスセラミックスとガラスの違い

 このような便利な材料をより発展させていくためには、その生成過程を詳細に知る必要がありますが、ガラスセラミックスの結晶ができていく初期過程はこれまで謎に包まれていました。 そこで物質・材料研究機構(NIMS)マテリアル基盤研究センターの小野寺陽平さんは、AGC株式会社、高輝度光科学研究センター(JASRI)と共同で、実際の製品に近い組成をもつガラスセラミックスの結晶化の初期過程を明らかにすることを試みました。

X線マルチスケール構造解析で結晶化初期過程も明らかに

 今回解析したのは、アルミノケイ酸塩ガラスを原料としたガラスセラミックスです。 二酸化ケイ素と酸化アルミニウム(Al2O3)が主成分となったガラスに、核形成剤として微量の酸化ジルコニウム(ZrO2)が添加されています。 もともとガラスは原子の並び方が不規則であるため構造解析が難しいのですが、さらに今回解析するガラスセラミックスは見たい成分のZrO2が微量にしか含まれていないため、かなり解析が困難です。 そこで、小野寺さんたちは複数の解析方法を組み合わせてガラスセラミックスの構造を調べることにしました。
 図2は今回小野寺さんたちが利用したX線による構造解析手法です。 X線構造解析は、手法によって調べることができる対象の大きさ(スケール)が異なります。 ガラスの中で微量な結晶が生成していく過程を動画のようにリアルタイムで詳細に観察することは困難ですが、図2のような複数の手法を組み合わせて、異なるスケールでのスナップショットを集めることができれば、試料の中で何が起きているのかが詳細に見えてきます。
 まず小野寺さんたちは、ガラスを加熱する時間を制御して、結晶核が生成していく途中のさまざまな段階にある試料を作りました。 それらの試料を10~100 nmのスケールの構造を観測できる「X線小角散乱法」で調べると、加熱時間0 時間、すなわち加熱前のガラスの時点ですでにZrが豊富な領域と少ない領域ができており、加熱時間を増やしていくと、Zrが豊富な領域にZrO2結晶粒子が析出していくことが推定されました。 次に1 nm~10 nmのスケールを解析できる「X 線回折」で見てみると、熱処理時間が増えても、結晶粒子のサイズはほぼ変わらず、ZrO2結晶として析出していく粒子の数が増えていくことが示されました。 さらに、Zrの短距離構造(図2参照)を選択的に測定できるEXAFSの解析結果から、48時間の熱処理で結晶粒子を十分に析出させた試料では、ZrO2の結晶構造は立方晶(すべての辺の長さが同じサイコロのような形)または正方晶(底面は正方形で1辺だけ長さが違う形)に近いものになっていることが分かりました。

図2

図2 X線マルチスケール構造解析

 ここまでの解析結果で熱処理前のガラスと十分に結晶化が進んだガラスセラミックスの構造は分かったのですが、今回、最も見たい結晶化の初期過程を明らかにするためには、SPring-8の放射光を用いたX線異常散乱実験が必要不可欠でした。
 「今回私たちが特に見たかったのは、ガラスセラミックスの結晶化において中心的な役割を果たすZr周囲の構造変化です。 しかし、試料中にZrが約1%しか含まれていないため、通常の実験ではその観測がきわめて困難でした。 実際に、熱処理前のガラスと結晶化初期過程にあるガラスセラミックスについて通常のX線散乱データを測定しても、違いはほとんど見られませんでした(図3左)」

図3

図3 通常のX線散乱データ(左)とX線異常散乱実験データ

 X線異常散乱実験は、各元素に固有のX線の吸収が起こるエネルギー(吸収端)の近傍で元素のX線散乱能力が大きく変化するX線異常分散効果を利用するため、注目する吸収端を持つ元素周囲の構造を選択的に計測することが可能です。 今回、小野寺さんたちは、Zrの吸収端近傍で2つのエネルギーの異なる入射X線を用いることで、試料中のZrのX線散乱能力のみを変化させたX線散乱データを測定しました。 そして、2つの散乱データの差分をとることによって、Zrに関連する構造情報だけを持ったデータの抽出に成功しました。 データを解析してみると、熱処理前のガラスと結晶化初期過程にある4時間の熱処理を施したガラスセラミックスで、構造が変化していることがわかったのです(図3中央)。
 「今回のように微量元素の構造を観測したい場合には散乱データの間に生じるわずかな差を抽出することになるため、高輝度の入射X 線を用いた測定が必要となります。 これはSPring-8の放射光がないと実現できない研究でした」
 X 線異常散乱実験は、SPring-8のBL13XUビームラインを用いて行われました。 実験で得られたZr周囲の構造情報のみを持つ実空間関数の解析から、ZrにOが結合してできる多面体(ZrOx)がガラスの主成分であるケイ素(Si)やアルミニウム(Al)を中心とした四面体(SiO4、AlO4)と結合していて、その結合は多面体の稜(辺)を共有する形になっていることがわかりました(図3右)。 さらに、この稜共有による多面体間の結合は加熱時間とともに増加していくことも観測されました。
 「SiO2のような一般的なガラスの場合は四面体が頂点を共有してネットワーク構造を作っており、このような稜共有は見られません。 稜共有の形成はガラスの中に結晶の種となるような構造が既にできていることを示しているとも考えられます。 また、稜共有ができると多面体の中心にある原子がお互いに近づくことになるので、より密な原子配列ができてきますが、このことがガラスセラミックスに硬さをもたらしているのではないかと考えています」

実用化を見据えた材料研究をしていきたい

 全ての解析結果をふまえて考えると、ガラスセラミックスの形成初期過程を図4のように図示することができます。

図3

図4 ZrO2を結晶核とするガラスセラミックスの結晶化初期過程

 熱処理前のガラスではすでにZr濃度にナノスケールでの濃淡が見られますが、結晶化は進んでおらず、稜共有による結合もそれほど多く形成されていないため、まだ強度は高くありません(図4左)。 この状態のガラスに熱処理を行うと、Zrが豊富な領域でZrO2の結晶核が形成されます。 この結晶化によってZrの濃い領域にますますZrが集まっていくため、Zrの濃度差が拡大します(図4右上)。 さらに、結晶化の初期過程では結晶粒子は大きさを保ったまま、数が増えていくこともわかりましたが、異常散乱実験の結果をふまえると、この現象を詳細に知ることができたと小野寺さんは説明します。
 「異常散乱実験の結果から、ガラスセラミックスの結晶化初期過程では、図4の右下に示したような、Zr(緑)とO(赤)が作る微小なZrO2結晶を、SiやAl(青)を中心とした四面体がぐるりと取り囲んだ構造になることが予測できました。 SiO4やAlO4に稜共有を作りながら取り囲まれてしまうと、ZrO2結晶はそれ以上サイズを大きくすることができません。 このことが、ZrO2結晶のサイズが大きくならず、数だけが増えていく理由だと考えています」
 ZrO2の結晶サイズが大きくなってしまうと材料の透明度は減少しますが、サイズが小さいまま数だけが増えていくのであれば、透明度を保ったまま硬度を増していくことができます。このような初期の結晶化プロセスがガラスセラミックスの特長に貢献していることが、今回の研究によって示唆されました。
 「もともといろいろな材料の構造を解析するのが好きだったのですが、NIMSに来てからは、実用化の見込みがある材料の研究がしたいという思いが強くなりました。新しい材料の機能の秘密を明らかにしたり、逆に研究の成果によって新しい材料が生まれるきっかけを作ったり。 そんな研究を行うことが今の目標です」
 気がつくと便利になっている世の中ですが、その舞台裏には、材料科学の研究の知見が活かされています。小野寺さんの研究成果が未来をどのように変えていくのか、今後の活躍も楽しみです。


 

コラム

 小野寺さんが最初にガラスという材料に魅了されたのは、大学1年生の時でした。一般教養の授業でガラスの構造に関する講義を受けたのです。
 「ガラスのアモルファス構造というものに対してイメージが湧かなくて、自分でも調べてみましたが、調べれば調べるほどよくわからなくなり、そこが面白いと思いました」
 その2年後、小野寺さんは教養の授業でガラスの講義を聴いた臼杵毅教授(山形大学)の研究室を選ぶことになります。研究室紹介で聞いたガラスの話が面白かっただけでなく、そこで見せられたSPring-8の写真に惹かれたことも選択の理由になったそうです。
 「巨大な宇宙船の中のような空間の写真を見せられて、世界最高性能の装置を使った実験ができますという話を聞いていたら、自分もそこで実験をしてみたいと思いました」
 修士課程で初めてSPring-8を訪れた小野寺さん。その後、研究室を移りながらも、SPring-8とはずっと関わり続けていると話します。
 「もともと研究者になるつもりはなかったので、ある意味、SPring-8との出会いが僕の将来を決めたのかもしれません」

コラム

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、物質・材料研究機構(NIMS)マテリアル基盤研究センター 小野寺陽平さんにインタビューして構成しました。


実験技術紹介 利用者のみなさまへ

BL47XUにおけるX線異常散乱測定

 「研究成果・トピックス」で紹介された、ガラスが部分的に結晶化しガラスセラミックスに変化する初期過程をとらえたX線異常散乱(Anomalous X-ray Scattering, AXS)実験は、ビームラインBL13XUで実施されました。 当時は、BL13XUに設置された多軸回折計に散乱X 線のエネルギーを分別できる分光結晶を組み込んだ測定システムを立ち上げ、実験が行われました。 現在同様の実験は、BL47XUに新たに導入された装置にて実施可能です(図1)。 BL47XUは、SPring-8標準アンジュレータ挿入光源を光源とするビームラインであり、エネルギー領域が5.2〜37.7 keVのX 線を利用できます。 特に、オープンスペースにできる実験ハッチがあり、ユーザーの装置持ち込みによる実験も可能となっています。 従来のX 線全散乱法による二体分布関数解析では、非晶質材料などの局所構造(近接原子間の距離、配位数、原子種、配位構造など)を定量的に評価できますが、X 線異常散乱法では、さらに特定元素周囲の構造情報のみを実験的に抽出することが可能となります。
 X 線異常散乱法は、元素固有のエネルギー近傍(X 線吸収端とよばれる)でそのX 線散乱能力が大きく変化する異常分散効果という現象を利用しています。 すなわち、注目する元素の吸収端近傍の2つのエネルギーのX 線をもちいてそれぞれのX 線散乱パターンを測定し、その差分をとることで注目元素に関連する情報のみを抽出したデータを得ることができるわけです(図2)。 今回紹介された研究では、SPring-8の世界最高性能の放射光を利用することでジルコニウム元素を対象としたX 線異常散乱実験を実施しました。
 本装置では、ガラスなどの非晶質を対象としたX線異常散乱測定に加えて、結晶を対象とした蛍光X線ホログラフィー(X-ray Fluorescence Holography, XFH)測定も可能となっています。 これにより幅広い物質相の試料周りの局所構造が観察できます。さらに、測定システムが3連装になっておりハイスループット化されたことはもとより、さらに精度の高い測定が可能となるなどより広範なユーザーの要望に応えられる使いやすい装置になっています。

user_fig1

図1 AXS・XFH複合解析装置

user_fig2

図2 ガラスの元素選択的な測定・解析例

SPring-8の 利用事例や相談窓口


 

対談

前回の内容 ―新しい化学反応(Pd(パラジウム金属錯体)を用いた反応)を研究している関西大学の田原さんと、その試料を田原さんとともにSPring-8で測定したJASRIの渡辺さん。 前回の対談では、田原さんの研究を説明頂き、Pdナノクラスターを使った新しい合成ルートの開拓が出来たところまでお聞きしました。

[編集] 新しい反応経路がわかっただけでなく、Pdナノクラスターの役割についても考察されています。

田原:ナノクラスター自体の研究は広く行われていますが、“新しい合成ルートの開拓”に利用される触媒の材料としては、あまり研究されていない印象で、やはり一般的には、分子設計が可能な金属錯体触媒が使われていると思います。
ナノクラスターなどの不均一系触媒は、安定かつ高耐久性を示すため、既存の反応を効率よく進行させるために使われますが、今回の研究では、不均一系触媒で新規の触媒変換反応を見出すことができました。
単に生成物を得た!では終わりたくなかったので、DFT(密度半関数理論)計算や、SPring-8も駆使して、Pdナノクラスターのダイナミクスを全体的に成果にすることが出来てよかったです(図4)。

図4:想定される反応機構


渡辺:実は、田原さんの研究の細かい部分は、今日聞くまで全然わかってなかった(笑)。

[編集] まさか(笑)。渡辺さんはSPring-8のビームライン技術者ですが、実験を始めるときに、研究の説明は受けるのですか?

渡辺:一通り説明して頂いています。今回はX AS(X線吸収分光)測定やSA XS(X線小角散乱法)を計画していて、化学状態や粒子形態が重要な知見になると思い、「ナノ粒子が各過程でどのような化学状態や粒子形態で存在すると予想しているか」などを中心に、お伺いしていました。
それでも、どんな化学反応が起きているのか?とか、わかっていなかった部分があって結構ショックを感じます…… 。

田原:とはいえ、研究のイントロ部分なので。研究全体の詳細を話していたら、実験時間が無くなってしまうので(笑)。 僕らも、どんなスペクトルが欲しい。とか考えてからSPring-8の実験に臨むようにしています。

渡辺:ユーザーさんから実験内容についてご相談を受けるとき、ユーザーさんによっては相談内容や実験計画が漠然としている場合があります。
私たちは、このようなご相談に対しても最適な測定・解析方法を提案していきたいと思っています。ですので、ちゃんと理解したいとは思っているんです。

田原:今まで私はSA XSを使って分析することを知らなかったので、渡辺さんから今回提案があって、とても良かったです。

渡辺:分析方法を提案したのに、研究全体がつかめていなくて、やっぱりショック(笑)。

(次号へ続く)



 

行事報告  line
 

第8回SPring-8 秋の学校を開催しました。

 2024年9月1日(日)~4日(水)の日程で、第8回SPring-8秋の学校を開催しました。SPring-8夏の学校は大学院生中心、秋の学校は大学学部生から社会人までと幅広い参加対象者が特色となっています。
 今回は、台風10号の影響により急遽1日目、2日目をハイブリッド開催に切り替えたため、最終的な参加者は全国24大学から57名の学部・大学院生と10名の社会人の方、総計67名となりました。
 急なプログラム変更となりましたが、講師、参加者の皆様には臨機応変にご対応いただき、不通・遅延となっていた飛行機・新幹線・在来線を乗り継いで全国より駆け付けた参加者も含め、全員が揃った3日目午後に自己紹介や懇親会を開催し、例年よりは短時間での直接的な関わりとなりましたが、有意義な時間となりました。
 アンケートには、「SPring-8の存在は知っていたが、中での活動が見えなかったので、知ることができてよかった」や「秋の学校を通じて色々な境遇の人と出会い、今後の将来について新たな考え方を持てた」などの肯定的な意見を多くいただきました。皆さんも今後、SPring-8夏の学校/秋の学校に参加して放射光について学びませんか?

第8回SPring-8秋の学校における集合写真

第8回SPring-8秋の学校における集合写真


表紙について:
強度や耐熱性に強い「ガラスセラミックス」でコーティングされたスマートフォンと、その中に映る小野寺陽平さんを描いた。今回、謎に包まれていたガラスセラミックスの形成過程が観測され、初期の結晶核の構造が明らかになった(背景:緑球はZr、赤球はO、白球はSiやAi、透明面はZr–O–Si/Al結合部分を示す)。

表紙

イラスト:大内田美沙紀

最終変更日