SPring-8 NEWS 20号(2005.5月号)
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![]() SiC単結晶基板のX線トポグラフ
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研究成果・トピックス
超高品質炭化珪素単結晶の開発
(株)豊田中央研究所
山口 聡、中村 大輔
郡司島 造、広瀬 美治
SiC(炭化珪素)半導体は、その良好な物理的・電気的性質(現在主流のSi半導体に比べ禁制帯幅3倍、絶縁破壊電界7倍、熱伝導率3倍)を持つため、次世代ハイパワー・超低損素子への応用が期待されています。従来、基板となるSiC単結晶ウエハは品質が十分とは言えず、大電力、高信頼性、低損失の素子製造を阻む大きな一因となっていました。これまで、SiC単結晶中に含まれる結晶欠陥*のうち、最もデバイス動作に悪影響を及ぼす中空貫通欠陥(マイクロパイプ欠陥)の低減が行われてきましたが、近年、マクロな結晶欠陥であるマイクロパイプ欠陥のみならず、より微細な結晶欠陥である転位欠陥等もデバイスの性能および信頼性等に悪影響を及ぼす場合があることが明らかになってきました。しかし、これまで転位欠陥等の微細な結晶欠陥を効率的に低減する手法はありませんでした。
今回、我々はマイクロパイプ欠陥のみならず微細な転位欠陥も除去する新規な手法である、RAF (ラフ)成長法(Repeated A-Face growth method)を開発しました。結晶中の転位欠陥の様子を調べてみるとa軸方向(c軸に垂直な方向)に成長した場合「転位欠陥は成長方向と平行な方向に伝播する」ということが分かり、これをヒントに考えたRAF成長法は、まず横方向(a軸方向)への成長を複数回繰り返した後に縦方向(c軸方向)へ成長させるというプロセスから構成されます(図1)。これまでは、一方向だけに成長させていた結晶を、横方向(a軸方向)→横方向(a軸方向)→縦方向(c軸方向)と90度ずつ方向を変えながら成長させることで、方向を変えるたびに効率的に結晶欠陥を少なくすることができるのではないかと考えました。

a軸方向(横)→a軸方向(横)→c軸方向(縦)と90度ずつ方向を変えながら成長させる。
このRAF成長法で作製されたRAF基板は本当に高品質(結晶欠陥が少ない状態)なのでしょうか?それを証明するため、SPring-8の放射光を使ったX線トポグラフィ*という実験方法を用いて観察しました。マイクロパイプ欠陥は肉眼(実体顕微鏡)でなんとか見ることはできますが、転位欠陥などの微細な結晶欠陥は肉眼では見ることはできません。見た目では鏡面にしか見えない単結晶ウエハもこの方法で観察すると、SiC単結晶を割ったり薬品にさらしたりすることなく、非破壊で微細な結晶欠陥も見ることができます。また、見ることができた微細な結晶欠陥は、どんなミクロな結晶欠陥なのでしょうか?これが分かれば、SiCデバイスの信頼性を上げる重要なヒントとなり得ます。
今回、二つの4H-SiC*ウエハを試料としました。一つは、RAF基板(直径2インチ、表面は(0001)面から8度オフした方向)で、もう一方は、比較のために従来の方法で作製した従来基板(直径1.2インチ、表面は(0001)面)です。肉眼ではどちらも鏡面状態で、結晶欠陥があるようには見えません。
実験は、SPring-8のBL20B2(医学・イメージングⅠ)の第二ハッチで行いました。この実験ハッチは蓄積リングから200mも離れた位置にあるので、とても横幅が広く強度が一様な放射光を使うことができます。そのため一度に試料面全体に放射光を照射することができ、また単色の放射光であるため細かな結晶欠陥をとても鮮明に観察することができます。今回、X線を試料表面にすれすれで入射するようにし、表面にある結晶欠陥を観察する条件で実験を行いました(図2)。入射角が1度になるように、RAF基板の時は11.94keV、従来基板の時は9.86keVのX線をそれぞれ用いました。この実験では、表面からRAF基板の場合は約4μm、従来基板の場合は約2μmまでの深さにある結晶欠陥を観察することができます。トポグラフ・イメージは原子核乾板*に記録しました。

光源から200mもの距離があり、横幅の広いきれいなX線を使用することができる。
X線を試料表面に対しすれすれの角度で入射することによって、結晶表面近傍に存在する結晶欠陥を観察することができる。
実験の結果、RAF基板には結晶欠陥が極めて少ないことが分かりました。図3にSiC基板のトポグラフを示します。図3(a)のRAF基板の場合では、結晶性はとても均質であり、またマイクロパイプ欠陥などのマクロな結晶欠陥、転位欠陥などのミクロな結晶欠陥も共に極めて少ないことが観察できました。それに対し図3(b)に示す従来基板では、マイクロパイプ欠陥や小傾角粒界などのマクロな結晶欠陥がたくさんあることが分かります。拡大すると、ミクロな結晶欠陥もたくさんあることが分かり、そのミクロな結晶欠陥には二種類あることが観察できました。一つはトポグラフではドット状に観察された結晶欠陥で、らせん転位と呼ばれる結晶欠陥であり、それはc軸方向にほぼ平行に存在する転位欠陥です。もう一方は底面転位(basal plane 転位)と呼ばれる転位欠陥対応し、トポグラフ中では白や黒の円弧として観察されます。この底面内転位は複雑に絡み合い、ネットワークを形成しています。従来基板ではこの底面内転位がたくさんありますが、RAF基板ではほとんどないことが分かりました。他の実験結果も合わせて、RAF成長法により製造されたSiC単結晶はマイクロパイプ欠陥や小傾角粒界が皆無であるばかりか、微細な結晶欠陥である転位欠陥が従来に比べ大幅に少なく( 転位密度で従来比1/100~1/1000を達成)、結晶格子の歪みがほとんど無いことが分かりました。このように、どちらのSiC単結晶基板も肉眼では鏡面状態できれいな結晶のように見えますが、SPring-8でのトポグラフィ観察によってRAF基板はとてもきれいな単結晶であることが分かりました。

(b)従来基板たくさんの結晶欠陥が観察される。ドット状の欠陥像はらせん転位、
円弧状の欠陥像は底面内転位(basal plane)にそれぞれ対応している。
以上のようにRAF成長法によって製造されたSiC単結晶は非常に高品質かつ均質であることが、今回の放射光を用いたトポグラフィ実験で明らかにすることができました。このような高品質なSiC単結晶が製造できるようになったことにより、信頼性の高い大電力用チップの製造が可能になると考えられます。特に、大容量電力変換装置などのハイパワー用途において大幅な低損失化、機器サイズダウン、およびコストダウンが期待できます。
本研究の成果は、英国の科学雑誌「Nature」の2004年8月26日号に掲載されました。
用語解説
●結晶欠陥
理想的な結晶内の原子・分子は規則正しく配列するが、実際の結晶では配列の乱れが存在する。その結晶格子の構造上の乱れのことをいう。
●X線トポグラフィ
X線の回折現象を用いて、非破壊で単結晶中の結晶欠陥を可視化する実験手法の一つ。結晶欠陥の周りの歪みを検出し、様々な条件でトポグラフを撮ることにより、結晶欠陥の詳細な情報が得られる。
●4H-SiC
化学組成が同じであるが結晶構造が異なる(ある一方向の周期構造が異なる)場合があり、これを結晶多形という。SiCでは非常に多くの多形が存在し、その中で主なものは六方晶の4H、6H及び立方晶の3Cの3種類である。異なる多形では物性値も異なり、パワーデバイス用としては比較的キャリア移動度の高い4Hが注目されている。
●原子核乾板
特殊な写真フィルムの一種。ガラス板上に光や荷電粒子に感光する乳剤が塗布されたもので、数μmの非常に高い空間分解能を持つ。元々は素粒子・原子核・宇宙線の実験に用いられているものである。
行事報告
第1回SPring-8ユーザーズミーティング

「第1回SPring-8ユーザーズミーティング」は平成17年3月15日(火)13時~16日(水)17時の日程でSPring-8放射光普及棟の講堂にて、SPring-8利用者懇談会が主催し、JASRIとSPring-8利用推進協議会の後援で開催されました。
このユーザーズミーティングは、SPring-8での利用者の活動がビームライン建設から本格的な利用研究に移行したことを踏まえ、SPring-8利用研究者のユーザー団体である「SPring-8利用者懇談会」の意義や役割および今後のあり方を検討することを意図して企画されました。SPring-8利用者懇談会は、SPring-8利用者のサイエンスに関するビジョン(夢)を結集して、利用研究の新しい芽を発掘し、それらの実現に向けて支援することが重要な役割と考えられます。今回の第1回SPring-8ユーザーズミーティングでは、この目的に沿ってユーザーから公募した“サイエンスに関するビジョン(夢)”に関する15件の発表を中心に、SPring-8を利用したサイエンスの成果と近未来について活発な議論が行われました。
また、SPring-8におけるプロジェクト研究の実例と施設側の報告の後、パネルディスカッション形式で「今後の利用懇について」と題して議論が行われました。坂田会長からSPring-8利用研究の円滑化、効率化を目指した利用者懇談会の組織改変に関する提案があり、一般参加者を含めて熱心な討論が行われました。年度末の多忙な時期にもかかわらず、120名を超える参加者があり、第1回SPring-8ユーザーズミーティングは無事に終了することができました。(SPring-8利用者懇談会)
平成16年度トライアルユース成果報告会
(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)は、平成15年度より、産業利用促進を目的として、「まずは放射光を経験してみることが重要」との観点から、共用ビームラインを活用して、技術相談から実験企画、資材の調達・実験準備、実験解析等の支援を実施するトライアルユースを実施しています。
この度、平成16年度のトライアルユースの成果を発表する「平成16年度SPring-8トライアルユース成果報告会」を平成17年3月10日(木)に丸ビルコンファレンススクエア(東京)で開催致しました。
報告はエレクトロニクス、素材、環境・エネルギーなど広範な産業分野にわたるトライアルユースの50課題の中から、重点分野(電子デバイス用薄膜、微量元素局所構造解析)の課題を中心に10件の成果発表を行い、高輝度放射光による最先端分析技術が産業利用にどう活かされているかの現状の理解のみならず、更なる発展の機会につなげることを目的としました。
報告会への参加者は報告者を含めて企業・大学などから計66名の参加がありました。はじめに、JASRIコーディネータの古宮氏による、トライアルユースの概要及び結果の説明をおこなったあと、それぞれ15分間という短い時間ではありますが、各講演者から実験装置や測定方法、あるいは解析結果・今後の課題などについての発表を、質疑を交えて活発におこないました。最後にトライアルユース評価委員長である立命館大学の池田先生に講評を頂き無事に報告会を終えました。(産業利用推進室)
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行事一覧
● 3月10日 平成16年度SPring-8トライアルユース成果報告会(東京都千代田区)
● 3月15~16日 第1回SPring-8ユーザーズミーティングーSPring-8の近未来についてー
● 4月4~6日 2nd US-Japan Workshop on Synchrotron Radiation and Nanoscience(アメリカ・サンディエゴ)
● 4月23日 第13回SPring-8施設公開「SPring-8~科学の世界へ日帰り旅行~」
今後の行事予定
● 6月17日 第31回理事会・第21回評議員会・利用推進協議会総会(神戸)
● 7月26~30日 第8回国際X線顕微鏡学会(XRM2005)(姫路市)
SPring-8 Flash
ナノテクビジネスフォーラムとnanotech 2005国際ナノテクノロジー総合展・技術会議が開催されました
2月21日から25日にかけて東京ビッグサイトにおいてナノテク関連の11会議が同時に催されました。23日にはナノテクビジネス推進協議会(NBCI)主催でナノテクビジネスフォーラムが開かれ、「NBF2005ビジネスクリエーション」と銘打った5つの企画のうち「ナノマテリアル最前線」というテーマで物質・材料研究機構と高輝度光科学研究センターが共同で講演会を開きました。物質・材料研究機構が3つの講演を、高輝度光科学研究センターから高田昌樹主席研究員による「SPring-8におけるナノテク最前線」と小林啓介ナノテクノロジー総合支援プロジェクト推進室長による「SPring-8を用いたナノテク研究支援」の講演が行われ、大勢の聴衆が集まり活発な議論がなされました。
並行して23日から25日までnanotech2005国際ナノテクノロジー総合展が開かれ、高輝度光科学研究センターからも出展しました。通常より広いブースを出してポスター展示と大型プラズマディスプレーを用いたプレゼンテーションを行いました。SPring-8の施設の紹介、放射光のナノテクノロジー分野での成果、放射光の産業利用に関する成果、SPring-8の利用方法などを展示やビデオを用いて説明し、15分のプレゼンテーションを行って参加者に訴えました。3日間で1445名が展示ブースを訪れ、初めての試みであるプレゼンテーションには182名の参加を得ました。今回の展示会には展示を始めプレゼンテーションに力を入れたためか、ブースを訪れた人の反応はよく感じられ、SPring-8が少しずつ知られはじめていることを肌で感じることができました。
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