大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 21号(2005.7月号)

研究成果・トピックス

ヘアケア製品開発における新しい「科学の目」

プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(P&G)
研究開発本部 分析部門
佐野 則道

生活用品の製品開発に役立つ“放射光”

 赤ちゃんの紙おむつ、衣類や食器の洗剤、石鹸やシャンプー・コンディショナー、化粧品、生理用品など、私たちの日常の快適な生活のためには、様々な生活用品を欠かすことはできません。これらの生活用品には常に卓越した性能・効果・効能が求められ、より良い製品を目指して製品開発が続けられています。消費者の求める製品の効能を理解し、その効能を実現する製品技術を迅速に開発し、新製品を消費者の手元に届けるためには、
 (1)製品の効き目がどのように現れるのか、その科学的な仕組みを理解する
 (2)科学的理解に基づいて、効率よく製品が効くように、成分・材料・製造方法などを検討する
 (3)その製品がなぜ効き目があるのかを消費者に分かりやすく説明する
必要があります。
 放射光は、物質の分析・解析などの画期的な手段として、材料科学、地球科学、生命科学、環境科学など様々な分野で、学術研究・産業応用に広く利用されています。そこで私たちは、放射光によって初めて可能となる分析・解析手法に着目し、他の手法では知ることのできない「日用品の科学」を明らかにしようと試みました。今回は、ヘアケア製品(シャンプー、コンディショナー、トリートメント)が髪の毛にもたらす変化を、毛髪内部の様々な尺度での構造変化と関連付けることを目的として、屈折コントラストイメージング法 *とX線回折法*を毛髪に適用しました。その結果、ダメージ補修効果について興味深い科学的理解が得られ、新製品の開発に反映されました。以下に、用いられたこれらの手法とSPring-8での実験で得られた成果を紹介します。

毛髪の内部構造をX線写真で観察する

 コンディショナーなどのヘアケア製品に期待されていることは、その有用成分が、毛髪一本一本の内部に深く浸透して効果を発揮することです。このような効果を評価するためには、同一の毛髪において製品あるいは有用成分による処理の前後での変化を示さなければなりません。しかし、一般的な顕微鏡観察の手法では内部を観察するために毛髪試料を切り開かねばなりません。また、非破壊観察の(ものを切ったりこわしたりしなくても見ることのできる)手法として広く用いられているX線透過像では、毛髪の内部構造を観察するには分解能が足りず、またタンパク質が主成分である毛髪では内部構造を吸収の違いによる濃淡で映し出すことはできません。ところがSPring-8の産業利用ビームラインBL19B2で利用できる屈折コントラストイメージング法を用いると、試料を破壊することなく、容易に図1のような毛髪一本の像を撮ることができます。
 毛幹(皮膚の外に出ている髪の毛)は外側から中心に向かって毛小皮(キューティクル)、毛皮質、毛髄の三層からなっています。今回、屈折コントラストイメージング法を用いることにより、毛皮質の一様な構造と毛髄部のスポンジ状の構造を鮮明に観察することができました。私たちは、同一の健康な毛髪試料に脱色処理を施しメラニンを分解した後、更にこれを自社コンディショナーで用いられていたダメージケア成分(ポリペプチド)の水溶液で処理し、
 (1)未処理のもの
 (2)脱色処理したもの
 (3)(2)をダメージケア成分(ポリペプチド)で処理したもの
のそれぞれについて毛皮質部の密度変化を観察しました。その結果、脱色処理により傷んだ毛髪では密度が下がりますが、ポリペプチドでのダメージケア処理により毛皮質部の密度が部分的に回復していることが分かりました。すなわち、このダメージケア成分は毛皮質部まで浸透して毛髪の密度の回復に効果があることが分かりました。

図1. 毛髪一本のX線屈折コントラスト画像図1. 毛髪一本のX線屈折コントラスト画像
アジア人、ヘアケア製品未使用 
図2. 毛髪の構造モデル図2. 毛髪の構造モデル

毛髪主成分の配列状態を測る

 毛髪の主成分はケラチンというタンパク質で、毛髪内部では個々のケラチン分子が螺旋状の構造をとりながら毛髪の伸長方向に向きを揃えて、毛幹の太さ方向に緩やかに束ねられたような構造をしています。健康な髪ではこのケラチン分子の配列の隙間をマトリックスと呼ばれる水とタンパク質などの混合物が満たしており、傷んだ髪ではこのマトリックスの一部が流失しているといわれています。それでは、このマトリックスの流失に伴い、毛髪の構造の基本となっているケラチン分子の配列状態に変化は起こるのでしょうか。この問いに答えるためには、原子や分子の配列状態を計測するのに用いられるX線回折法を毛髪に適用する必要があります。しかし、毛髪内のケラチン分子の配列状態の規則性はあまり高くないため、一般的なX線回折装置では信号強度が弱く、測定が困難でした。一方、市販の装置の約一億倍もの明るさを持つX線を発生させるSPring-8では、兵庫県専用ビームラインBL24XUにおいて毛髪一本で図3に示す回折パターンを短時間に測定することができます。
 毛髪単繊維の回折パターンを非破壊で測定できることから、先に述べた脱色とコンディショナー有用成分による一連の処理に伴う変化を、ケラチンの配列状態についても同一の毛髪繊維で追跡することができます。まず、脱色処理によりケラチンの配列状態がより規則正しく(結晶化度が高く)なることが分かりました。これは、健康な髪でマトリックスに一部溶解していたケラチン分子が、マトリックスの流失により結晶化したためと推測されます。次に、ポリペプチドを用いた旧処方、または、髪を構成する約二十種のアミノ酸のうち特定の三種を含む水溶液で処理する新処方を施し、ケラチンの配列状態を測定しました。すると新処方では、旧処方と比較して、脱色処理により上昇した結晶化度が健康な髪の状態に、さらに近づくことが分かりました。これらのアミノ酸は従来ダメージケア成分として使われていたポリペプチドより小さな分子であるため容易に毛幹内に浸透し、マトリックスと同様の作用をしたものと推測されます。
 さらに、私たちは図3に示された“Spacing”の回折線の全強度がケラチン分子の結晶化度に比例しているとの前提の下で、ケラチンの結晶化度に基づく髪の「ダメージ回復率」を計算しました。この方法で新処方の三種のアミノ酸混合物を評価すると、68%のダメージ回復率を示すことが分かりました(図4)。

図3. 毛髪1本のX線回折パターン図3. 毛髪1本のX線回折パターン
“Spacing”の回折線からケラチン分子の配列状態について情報が得られます。
図4. ダメージケア処方の結晶化度による評価図4. ダメージケア処方の結晶化度による評価

放射光利用から得られた成果と展望

 以上述べたSPring-8を利用して得られた毛髪ダメージ補修効果に関する新しい研究成果をもとに、切れ毛を抑える効果が大幅に上がったコンディショナーを開発し、高い評価を得ています。
 SPring-8では今回紹介した手法のほかにも画期的な評価・解析手法が多数利用でき、生活用品の製品開発に活用されていくものと期待されます。

用語解説

屈折コントラストイメージング法
X線による物体の透視画像は、物体内部のX線の吸収率の違いの結果として得られます(吸収コントラスト法)。放射光の光源は、通常のレントゲン撮影用X線と異なり平行性が良いため、放射光を利用したX線撮影は、レントゲン撮影に比べ、格段に解像度の高い画像が得られます。また、物体とX線検出器との距離を充分長くとり、X線の屈折の効果を利用することによって、境界が強調された輪郭強調画像が得られます(屈折コントラスト法)。
図3. 毛髪1本のX線回折パターン
X線回折法
X線を結晶に照射すると、結晶内で規則正しく配列した原子によって、X線の回折がおきます。得られた回折線の位置や強度(回折像)を解析することによって、結晶構造に関する情報が得られます。結晶構造は物質の性質を決める最も基本的なものであり、これを知ることが物性理解の最初の重要な課題です。X線回折法は、新物質創製、タンパク質結晶構造解析などの先端科学分野における重要な手法となっています。
図3. 毛髪1本のX線回折パターン

行事報告

第13回SPring-8施設公開 SPring-8~科学の世界へ日帰り旅行

 今年のSPring-8施設公開は好天に恵まれた4月23日に、「SPring-8~科学の世界へ日帰り旅行」をキャッチフレーズにして行われました。この「日帰り旅行」に来られた方はおおよそ2500名で、そのうち、中学生以下の参加が2割弱でした。オリエンテーションを兼ねて参加される近隣の大学や高校も増えてきて、将来の利用研究者が増える期待があります。また、2回以上参加されたというリピーターが4割近いこと、SPring-8の人気が根付いてきたことを示しているようです。
 総合受付で来場記念セットを受け取った来場者は、SPring-8の心臓部である中央制御室で、用意されたいくつかの衣装を着けて記念写真をとった後、ある人たちは、普段はなかなか見られない、加速器の長い磁石列に感心したり、説明に聞き入ったりし、また、別のグループは実験ホールに展示された色々な展示物の説明を受けたり、科学実験に参加していました。放射光発生の原理の説明にうなずいたり首を傾げたり、また定番になった光通信セットやCD分光器の他に、果物電池、SPring-8オリジナルカレンダー、紙で作るウィルスモデルなどを研究者達と夢中になって作っている子供達、参考展示されているダイヤモンドに見入る女性、地球の中を再現できる高圧装置に圧倒される見学者、床の上をすいすいすべるエアーパッドに興じる人たちで、さながら縁日の賑わいでした。さらに巡回バスでニュースバルを訪れ、放射光を利用した光微細加工についての説明を受けていました。
 常設展示が行われている放射光普及棟では今年は「ナノ」に関連する3件の講演、「マイクロマシンと放射光」、「光で探るクォークの世界」、「X線と電子線で超分子ナノマシンべん毛の形と働きを探る」が行われ、満員の客席から活発な質問が寄せられていました。普及棟の前では、地元の人たちによる模擬店や即売会が行われ、ここで一休みしている方も多くいました。
 アンケートにご協力下さった方には記念品としてハートが見えるメガネが手渡されました。参加者からは来年もまた来たいという声も多く聞かれ、関係者一同、一層頑張る気持ちになりました。

果物電池を作ってみよう ニュースバル
果物電池を作ってみよう
ニュースバル
加速器設備 分子をつくろう BL01B1実験ハッチ
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分子をつくろう
BL01B1実験ハッチ

実施した行事

● 5月30日~6月3日 トライやる・ウィーク
 兵庫県下の中学2年生が地域や職場などで大人に混じって働くことを通し、生徒ひとりひとりのたくましく「生きる力」を育むことを目指す体験活動週間。今回は上郡中学校の生徒10名が参加し、SPring-8内で見学者対応用質問集作りや水質検査等の業務を体験しました。

今後の行事予定

● 7月1~4日 第5回SPring-8 夏の学校
最先端の放射光科学を学ぶSPring-8で活躍する最前線の研究者達による講義と実習を行います。ここでは、放射光の原理と利用研究成果を学ぶと共に、放射光を使う実習によってSPring-8の夢の光を体験し、次世代の放射光利用研究者を育成します。
● 8月22~24日 高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ
体験実習や研究者との交流を通して科学技術分野への理解を深めるサマーキャンプ。今年度で8回目の開催です。

SPring-8 Flash

文部科学省ナノテクノロジ-総合支援プロジェクト 放射光グル-プ平成16年度成果報告会 放射光利用ナノテク最前線2005

 平成17年6月13日(月)、ホテルセントノ-ム京都において標題の成果報告会が開かれました。この文部科学省のプロジェクトは先端研究施設の共同利用によりナノテクノロジ-研究分野を支援する目的で平成14年度より始まったものです。放射光利用による支援グル-プは立命館大学SRセンタ-とSPring-8が各々低エネルギ-、および高エネルギ-放射光の領域をカバ-しています。SPring-8からは(財)高輝度光科学研究センター、日本原子力研究所、(独)物質・材料研究機構が参加し、計14の支援テ-マが設定されています。当日は平成16年度の支援課題の中から7件の口頭発表、17件のポスタ-発表がありました。カ-ボンナノチュ-ブの電子素子への応用や金属内包フラーレンの磁性などカ-ボン系のナノ材料に関する興味深い成果の発表が3件あったのが印象的でした。また(財)高輝度光科学研究センター副主幹研究員の寺田靖子による「高エネルギ-マイクロビ-ムの開発と重金属元素分析への応用」、および兵庫県立大学の松井真二教授による「集束イオンビ-ムによる三次元ナノテクノロジ-の展開」の2件の招待講演が行われました。参加者総数は150名と会場がほぼ満席になる盛況で、各講演、ポスタ-発表に対して活発な議論があり、ナノテクノロジ-分野における放射光利用に対する関心の高まりが感じられました。このプロジェクトは本年度を含めてあと2年続きます。立命館大学SRセンタ-、SPring-8ともにより有効な支援を行うためにさらに努力を続けてゆきます。支援テ-マなど詳細に興味のある方はホ-ムペ-ジをご覧下さい。

放射光利用ナノテク最前線2005 放射光利用ナノテク最前線2005

相生ペーロン祭り(ペーロン競漕)に出場

 相生湾に初夏の訪れを告げる「相生ペーロン祭、海上の部」が5月29日(日)に、相生湾の特設会場で開催されました。
 今年もSPring-8からは、地域との交流や親睦を図るとともに、選手間の親睦等レクリエーションを目的とした「SPring-8」チームがオープンレース、Aブロックに参加しました。
 今年のSPring-8チームは乗員32名中,艇長・銅鑼・太鼓を含む11名が新人という厳しい状況でしたが、女性9名を交えた、新・旧メンバーがチーム一丸となって陸上練習(おかペー)と海上練習に取り組みました。
 当日は晴天にも恵まれ、11名の新人たちは、はじめての体験に不安な気持ちとSPring-8の期待を胸に抱え、ペーロン船「輝龍」に乗り込みました。結果は、4艇中2位のゴールで、タイムは3分44秒09と、昨年のタイムには少し及びませんでしたが、選手一同さわやかな気持ちでペーロン祭りを楽しむことが出来ました。
 新人 高田さん「初めての参加で不安でしたが、本番後に言葉では表せない程の達成感を久しぶりに感じました!楽しかったです。」
 新人 服部さん「2着、やったぞー。リーダーの音頭に合わせたチームワーク漕法と陸上支援が大切なことを実感しました。」

相生ペーロン祭り 相生ペーロン祭り
最終変更日