大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 24号(2006.1月号)

研究成果・トピックス

~SPring-8が見た 天王星・海王星深部の鉱物~

シリカは惑星の代表的な物質

 太陽系を形作る物質の基本元素は水素とヘリウムです。太陽はこれらのガスの巨大なかたまりですし、木星、土星、天王星、海王星などの「ガス惑星」も水素とヘリウムのガスを主体としています。そのほかの惑星は「地球型惑星」といって、中心に金属の核(コア)があり、その外側は岩石、化学組成でいうとケイ素(シリコンSi)の酸化物やマグネシウムの酸化物などで構成されています。
 厚いガスにおおわれているガス惑星の中心にも岩石や金属の核があり(図1)、その組成は地球の固体部分とそれほど違わないと考えられます。観測から求められるのは惑星全体の平均した密度だけで、核の大きさや内部構造についてはよくわかっていません。そこで、惑星深部に相当する超高圧・超高温環境を人工的につくり、惑星を構成する代表的な物質、たとえば二酸化ケイ素(シリカSiO2)の結晶構造を調べる実験が重要となります。
 この超高圧・超高温実験は最近10年ほどで急速に進歩しました。その最先端を行くのがSPring-8の高圧構造物性ビームラインBL10XUです。2005年春には世界初の300万気圧2000℃を実現。270万気圧以上の環境で、シリカの結晶構造が変化(相転移*)し、「パイライト型」と呼ばれるサイコロ状の鉱物ができることを発見しました。この新鉱物は、天王星や海王星の核となっている物質の有力候補なのです。

図1. 天王星の内部構造モデル図1. 天王星の内部構造モデル。核が半径の10分の1というモデルも提唱されている。
「天王星写真部分はNASANSSDC(The National Space ScienceData Center)ホームページより引用」

高圧環境でできた微小な結晶を「見る」

 300万気圧2000℃の環境をつくり出したのはレーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧発生装置(図2)。その原理は、ダイヤモンド2個の間に試料をはさんで加圧し、近赤外レーザーで加熱するという単純なものですが、100万気圧をこえる実験にはダイヤモンド先端部の形状を工夫をする必要があります。
 「ブリリアントカットしたダイヤモンドの先端のカットを工夫し高圧に耐えられるようにする。この工夫が世界各国の研究者の腕のみせどころです」
 技術開発の秘訣を、実験グループを率いる廣瀬敬・東京工業大学大学院理工学研究科助教授が語ってくれました。
 こうして実現された超高圧・超高温環境はわずか50マイクロメートル(1マイクロメートルは1/1000mm)、試料はその半分ほどの大きさです。
 「この実験の最大の難関は試料が小さいこと」と、廣瀬助教授。
 結晶構造を調べる(見る)には、その構造よりも短い波長のX線を試料にあて、回折されるX線を測定するのが最適です。ところが、従来のX線発生装置では、このような小さな試料にあたるX線の量はごくわずかです。回折されるX線もかすかで、ノイズと見分けがつきません。一方、SPring-8の放射光からは従来の装置の約1億倍の明るさ(輝度)のX線が得られますから、小さな試料であっても、その結晶構造を見ることができるのです。
 SPring-8のメリットはもう一つ、超高圧・超高温環境の試料を「その場観察」できることです。通常の実験室では、超高圧・超高温でつくった物質を回収して常圧・常温で見ることになりますから、試料の密度や構造までも変わってしまうことがあるのです。

図2. レーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧発生装置の中心部図2. レーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧発生装置の中心部
2つのダイヤモンドで上下から押さえつけることで高圧力を発生させ、レーザーで加熱することで高温にする。ガスケットは、圧力を水平方向へ逃がさないためのシール材。

地球には存在しない新しい鉱物

 シリカは、地表(常温常圧)では石英(水晶)として知られている六角柱状の鉱物です。圧力によって引き起こされるシリカの相転移は数多く知られています。パイライト型の存在は1980年代から理論計算によって予測されていましたが、相転移圧が非常に高いので、これまで実験することができませんでした。
 今回パイライト型が合成された270万気圧以上という圧力は、地球では外核の圧力に相当します。外核は液体の鉄でできていることがわかっていますから、地球にはパイライト型のシリカはありえません。パイライト型が存在するのは地球より大きな惑星ということになりますが、巨大惑星の木星や土星の核の圧力はもっとずっと高く、そこでは別の鉱物になっていると考えられます。天王星や海王星の核なら、パイライト型が存在する可能性が高いというわけです。
 ところで、石英は鉱物名ですが、パイライト型はそうではありません。鉱物学では、天然で見つかっていないものには鉱物名をつけてはいけないことになっているからで、パイライトつまり二硫化鉄(鉱物名:黄鉄鉱)と結晶構造が同型の立方晶であることからパイライト型と呼ばれるのです(図3)。「パイライトは金属光沢をもっているので、パイライト型のシリカも金属化するのかと、興味津々でした」
 廣瀬助教授の言葉には、予測できないことを見る実験の醍醐味が感じられます。
 実際には、パイライト型のシリカは金属化しませんでした。共有結合しているO-O原子間の距離にくらべて、パイライト型のシリカ中ではO原子間の距離が離れており、金属化をもたらすほどO原子同士の結合が強くありませんでした。

図3. 石英の結晶構造(左)とパイライト型シリカの結晶構造(右)図3. 石英の結晶構造(左)とパイライト型シリカの結晶構造(右)
左図(石英)では青色の四面体、右図(パイライト型)では八面体の中心にケイ素原子(Si)、それぞれの頂点の○に酸素原子(O)が存在している。

地球の中心をめざして

 今回の実験の原点はじつは地球にありました。地球の半径約6400kmに対して、地殻の厚さは高々約30km、それから深さ2900kmまでがマントルです。地震波の解析から、マントルはいくつかの層に分かれることが予測されていて、高圧実験によって上部から順に鉱物が確かめられてきました(図4)。上部マントルはかんらん石、遷移層はスピネルという鉱物からなります。その下の下部マントルが「ペロブスカイト」という鉱物からなることは、1974年に30万気圧付近で実証されました。以降、新しい相は発見されておらず、核との境界のD”層もペロブスカイトからなると考えられてきました。
 それが、2002年冬、SPring-8による125万気圧2200℃以上の環境下で新しい鉱物が見つかったのです。新鉱物は「ポスト・ペロブスカイト」。この実験も廣瀬助教授らのグループが行ったもので、これによって、マントルの主要な鉱物種がすべて明らかになりました。
 「私たちが次に狙っているところは、深さ5100kmの外核と内核の境界、330万気圧です」と、廣瀬助教授。液体の外核と固体の内核の境界では、金属の結晶化が起こっており、核全体の化学的進化、外核の対流、さらには地磁気の発生に決定的な役割を果たしています。この内核/外核境界をめざして圧力を上げてきました。その技術開発の途上で、シリカの相転移にも挑戦し、パイライト型を初めてつくり出したというわけです。
 未知の領域であった地球の核。超高圧実験によって、その物質がつくられる日が近づいてきているようです。

図4. 地球の内部構造と構成鉱物図4. 地球の内部構造と構成鉱物
ペロブスカイトは地球で最も多い鉱物で、地球全体の4割を占めている。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●相転移
物質の構造(構造の状態を「相」と呼ぶ)が、温度や圧力などの外的要因によって、別の状態に変化すること。組成の変化は伴わない。鉱物では、黒鉛が高温高圧下でダイヤモンドへと相転移することがよく知られている。高圧相になるほど密度は高くなるが、大きく構造を変える相転移と、少しだけ変化する場合がある。シリカの場合、石英は約3万気圧以上でコーサイトという鉱物に変わり、10万気圧以上でステイショバイトに、60万気圧以上で塩化カルシウム型に変化する。コーサイトからステイショバイトへの構造変化は大きく、密度が10%も違うが、ステイショバイトと塩化カルシウム型の密度差はまったくない。2つの相転移を経てパイライト型になるが、ここでは密度が5%も上がる。高温高圧状態でのパイライト型シリカの重さは石英の約2倍、常温常圧の鉄よりも重い。


この記事は、東京工業大学大学院理工学研究科/海洋研究開発機構地球内部変動研究センターの廣瀬敬氏にインタビューをして構成しました。

行事報告

トライやる・ウィーク「SPring-8」での1週間

 SPring-8のある兵庫県には、県内の公立中学校2年生の生徒を対象にした教育プログラム「トライやる・ウィーク」があります。これは子どもたちに地域の企業や公共施設などで実習を体験させ、共に生きる心や感謝の心を育むなど、「生きる力」の育成を目的として実施されています。SPring-8ではこの趣旨に協賛し、平成10年度の「トライやる・ウィーク」開始から、毎回8人前後の生徒を受け入れています。
 今回は、11月7日から11日までの5日間、新宮中学校2年の生徒6名(男性4名、女性2名)を受け入れました。なお、6月には上郡中学校の生徒10名を受け入れています。
 生徒たちは、まずオリエンテーションおよびSPring-8の施設見学を行い、その後2班に分かれ、設備等の各種点検やSPring-8利用者の受け入れ準備、資料整理等の業務を体験しました。また新たな試みとして、SPring-8を利用している研究者に対して、研究内容の取材を行い、SPring-8で行われている研究内容を理解する取り組みも行いました。そして、最後の日にはこの1週間を通した成果を各班がパソコンを用いて発表を行いました。
 このトライやる・ウィークの体験実習を終えての生徒たちの感想を聞いてみると、それぞれの仕事に対しては「最初は緊張したがなかなかできない体験をして楽しかった」「SPring-8には研究だけでなく、いろいろな仕事があることが理解できた」「簡単だと思っていたが難しかった」「このような職場で働いてみたい」などがありましたが、生徒たちは全体の感想としては概ねよい感想を持ったようで、有意義かつ貴重な体験ができた1週間であったのではないかと考えています。
 このような体験学習を通して、生徒たちが勤労の大変さを学習するとともに、科学技術により一層の興味を持ってくれることを期待しています。

トライやる・ウィーク「SPring-8」での1週間 トライやる・ウィーク「SPring-8」での1週間
産業利用ビームラインで実験中の
研究者への取材
パソコンを使って4日間の
まとめを作成

第9回SPring-8シンポジウム

第9回SPring-8シンポジウム

 11月17日、18日の両日、SPring-8放射光普及棟において、第9回SPring-8シンポジウムが開催されました。本シンポジウムは、SPring-8利用者懇談会とJASRIの共催で行われ、施設者・利用者の双方に共通の理解を確立することを主旨としています。今回は、183名(施設内部:88名、外部:95名)の方々に参加頂きました。シンポジウムの目的は、大きく分けて3つあります。一つは、SPring-8の施設管理・運営および利用の現状と今後の課題について、利用者の方々に報告することです。二つめの目的は、SPring-8で実施されているプロジェクトや各実験ステーションで行われている研究・開発の最新の成果についての報告を行うことです。三つめの目的は、SPring-8で培われた利用技術に関する討論会の開催です。今回は「ハイスループット化とその周辺」というテーマで行われました。質の高い成果を如何に効率的に得るかという課題に対し、各実験ステーションが取り組んでいる「測定の高速化、高質化と自動化」について11件の報告が行われました。今回のシンポジウムも、会期を通して活発な議論が交わされ、盛況のうちに無事閉幕しました。

実施した行事

● 11月6~7日 SPring-8研修会:X線CT撮影
● 11月14日 SPring-8ワークショップ 触媒と放射光利用(東京)
● 11月22~23日 SPring-8研修会:初心者を対象とした蛍光XAFS測定
 SPring-8では、利用者の拡大を目的として、コーディネータを中心とした利用支援体制を整え、利用に向けてのコンサルティングや、普及啓蒙活動等を行っています。その支援の一環として潜在的利用者や既利用者を対象にした講習会、ワークショップを行い、最先端の利用技術や利用成果を紹介しています。また、SPring-8の放射光利用の実体験を通じて、利用実験の習得を目的とした研修会を開催することで、放射光利用の拡大をはかっています。

SPring-8 Flash

X線自由電子レーザー(XFEL)試験加速器試験運転開始~XFELプロジェクト~

 (独)理化学研究所は、(財)高輝度光科学研究センターの協力のもとに次世代放射光源としてX線自由電子レーザー(XFEL)の研究開発を行ってきましたが、このたび、ビームエネルギー250MeV(1MeVは100万電子ボルト)試験加速器の機器の設置が終了し、試験運転を開始しました。この機器の設置に用いられた技術は、SPring-8建設時に培われた技術を発展させたものです。XFELは、X線とレーザー光の優れた性質を併せ持つ、まさに夢の光です。現在、世界中で熾烈な開発競争が行われていますが、理研で開発中のXFELは、海外と比較して、同等以上の性能と半分以下のコンパクト化・低コスト化を実現します。この試験加速器の完成は、日本がXFELの実現に世界で最も近いことを証明し、「技術大国日本」を世界にアピールする絶好の機会になります。XFELは、生物学、ナノテクノロジー、医学、材料科学など自然科学全般に革命を起こすツールとなることが期待されています。XFELがSPring-8サイトに作られることで、非常に幅広い放射光科学をカバーすることができるようになり、播磨科学公園都市は世界最高性能の光源が集まる光の都となるでしょう。

試験加速器収納部 試験加速器収納部

SPring-8を利用した研究成果で日本高圧力学会学会賞を受賞

 放射光を利用して、酸素分子の金属化など超高圧下で出現する驚異の物質状態を次々と発見した兵庫県立大学 赤浜裕一氏に日本高圧力学会より2005年度学会賞が授与されました。地球の中心に匹敵する300万気圧もの超高圧下では、物質は1気圧とは全く異なる状態・構造を示します。超高圧下で物質の状態・構造を調べることは物質のなりたち(性質と構造の関係)を理解する上で、また、高温超伝導体などの新しい物質を開発する上で重要な研究ですが、数百万気圧まで加圧できる物質の大きさはミクロンサイズと極めて微小となり、その状態・構造を測定することは従来技術では困難でした。赤浜氏は300万気圧の超高圧発生技術を独自に開発するとともに、世界最強の放射光源であるSPring-8(BL10XU)を利用して、圧力スケールを確立し、超高圧下の状態・構造研究において数多くの優れた成果を挙げました。これらの成果はアメリカ物理学会誌を中心に30報にも及ぶ研究論文として発表され、SPring-8が超高圧科学の研究拠点として国の内外から高い評価を得る原動力となりました。

古池治孝氏が日本材料学会X線材料強度評価委員会から感謝状を授与されました

 この感謝状は、日本材料学会の委員会から「X線材料強度学研究への発展に貢献した機関または個人」に対して贈られるもので、古池氏は委員会の44年の歴史で7人目の授与となります。古池氏は現在SPring-8の利用推進協議会を通じた新規利用者支援や日本機械学会と連携した構造材料の応力解析などへの放射光の適用について積極的に活躍され、感謝状はこの実績に対して贈られたものです。

今後の行事予定

● 1月7~9日 第19回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム(名古屋大学)
 放射光学の発展をはかるため、研究の成果と動向に関する意見の交換、共通の学術的・技術的課題の解決、あるいは新分野の開拓を目指した迅速な内外の情報交換の場となることを目的として開催される学会で、1988年の第1回から毎年実施されています。

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