大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 27号(2006.7月号)

研究成果・トピックス

~SPring-8が見つけた 誘電体の新しい原理~

私たちの暮らしを支える誘電体

 携帯電話、テレビや冷蔵庫のような家電、自動車など、今やあらゆる機器に集積回路(ICやLSI)が入っています。集積回路は、電気信号を処理して、機器を環境に合わせてコントロールしたり、他の機器と繋げたりしています。このような働きを担う大本は、電子チップにつくり込まれた微小なトランジスターやコンデンサーや抵抗などです。トランジスターは信号のオンオフを、コンデンサーは信号の反転を、抵抗は信号の制限や電圧の制御などを行い、これらのさまざまな組み合わせで、メモリーや演算などの機能を実現しています。トランジスターは半導体で作りますが、コンデンサーには誘電体が使われています。
 誘電体は磁性体によく似ています。鉄などの磁性体を磁場の中に置くと、N極とS極の偏りが生じますが、誘電体を電場の中に置くと、陽極と陰極の偏りが生じます。プラスチックやセラミックス、油や純水などは誘電体で、基本的には絶縁性です。
 磁性の源は電子のスピン(角運動量)です。一方、誘電性の源は、陽イオンと陰イオンの並び方にあるとされてきました。陽イオンの並びの重心と陰イオンの並びの重心とがずれていると、微小な領域では正電荷と負電荷の偏りで「電気双極子」(正極と負極からなる微小磁石のようなもの)が生じます(図1)。電場のないときは、いろいろな向きの電気双極子が生じているので、物質全体としては電気的に中性です。しかし、外から電場を与えると、電気双極子の向きが電場に沿うようになり、物質全体として陽極と陰極の偏りが生じます。

図1. 今までの強誘電体の原理 図1. 今までの強誘電体の原理
負電荷イオンの重心に対して、正イオン(黄色)の重心が一致しない。正イオン(黄色)が移動することにより電気双極子になる。

RFe2O4の高い誘電率の源は?

 昨年、SPring-8を使った共鳴 X線散乱法の実験で、誘電体の源がイオンの並び方ではなく、電子の並び方によるという新しい現象が見出されました。発見したのは岡山大学理学部物理学科の池田直教授(当時は高輝度光科学研究センター 主幹研究員)、対象となった物質はRFe2O4という化学式で表し、希土類(R)を含む鉄の酸化物です(図2)。
 1970年代の半ばに東京工業大学のグループがつくり出したこの物質では、鉄の2価(Fe2+)と3 価(Fe3+)が入り混じっています。 80年代に磁性体として注目され、当時博士課程にいた池田教授も恩師から磁性体としての研究を勧められました。
 「その時、誘電体としてはどうなのだろうか?という疑問が、なぜかふと湧いたのです」。測定してみたところ、なんと比誘電率の値が(真空の誘電率に対する比)10万と非常に高い値を示しました。
 「面白い結果でしたが、困りました。陽イオンの鉄と陰イオンの酸素の並び方では、高い誘電率を説明しきれません」
 実は、池田教授の頭の中には、 90年代の始めにはすでに、鉄の2価と3価の電子の並び方で誘電体になるというシナリオができていました。しかし、これを確かめる手法が見出せず、学位論文には「新しいタイプの誘電体になる可能性がある」とのみ記しました。その後、ポスドク時代に、村上洋一東北大学教授(当時は高エネルギー加速器研究機構助教授)が開発した、放射光の特徴を利用した共鳴X線散乱で電子の軌道の秩序化や揺らぎを探る実験法を知り、「これが使える!」と確信しました。そして1998年に高輝度光科学研究センターの研究員となった後数年はビームラインの運営に追われていましたが、やがて念願のRFe2O4の電子構造を放射光による共鳴X線散乱法で解析する機会が巡ってきたのです。

図2. RFe2O4の結晶構造 図2. RFe2O4の結晶構造
三角格子と呼ばれる結晶構造をもち、原子が三角形に配置した層が積み重なって結晶をつくっている。緑:希土類原子 赤:鉄原子 青:酸素原子

正電荷の多い面と負電荷の多い面

 「2価と3価の鉄の電子の並び方によってRFe2O4は誘電体となっている」と仮説を立てた池田教授は、次のような共鳴X線散乱実験を行いました。
 物質のなかで原子が規則的に配列している面があるとブラッグ回折がおこります。RFe2O4でもブラッグ回折が起こりますが、2価と3価の鉄の電子が規則的に配列しているかどうかは、すぐには区別できません。
 一方、鉄の原子核の周りを回る電子は約7keVのエネルギーを吸収して外側の軌道へ移ります(共鳴遷移)。しかし、鉄の2価と3価では共鳴するエネルギーがわずかに違います。そこで、照射するX 線のエネルギーを少しずつ変えていきました。同時に、結晶の方向も少しずつずらし、ブラッグ回折の強度変化を調べていきました。その結果、7.113keVと7.120keV でブラック回折強度の異常な変化が生じたのです。
 ブラッグ回折強度が2つの共鳴遷移のエネルギーで変化したということは、鉄の2価と3価は混ざっているのではなく、それぞれが規則的に配列し面をつくっていることを示しています。ブラッグ回折のデータを、RFe2O4の結晶構造に投影すると、3個の鉄からなる三角格子を単位とする面が2つあり、片方は鉄の3価の多い面(電子の薄い面)、もう片方は2価の多い面(電子の濃い面)となり、両面の間で電気双極子を生じていることが分かりました(図3)。
 こうしてイオンではなく、電子の並び方によるという誘電体の新しい原理が確認され、2005年8 月25日付けのNatureにも掲載されました。「X線のエネルギーを連続的に細かく変えられる SPring-8あってこその成果」という池田教授は、今年4月に岡山大学に移った後もSPring-8を使って、さらに研究を進めたいと考えています。

図3. 今回判明した誘電体の新しい原理 図3. 今回判明した誘電体の新しい原理
Fe原子中の電子が移動(上図ではA面からB面)することにより電気双極子になる。

自己組織化は21世紀物性研究の要

 今後の課題の一つは、新原理をもつ誘電体の応用面の研究です。集積回路中のコンデンサーはイオンが動くことで、信号を反転させていますが、これを電子が動く原理に変えれば、より小さい、より応答性の速い、より消費電力の低い、より耐久性のあるコンデンサーができると考えられます。
 また、誘電体を使ったメモリー素子もいろいろと考えられていますが、小さくできないところが問題でした。小さくするとイオンが動きにくくなり、機能が十分に発揮できなくなるのです。電子が動く誘電材料にかえれば、この問題も解決でき、いずれはトランジスターを使ったDRAMやフラッシュメモリーなどに取ってかわるかもしれません。
 課題のもう1つは、物性研究の新しい視点の追究です。誘電体の新原理は、2価あるいは3価の鉄原子1個から生じるものではなく、6個くらいの2価と3価の鉄原子が集まって生じます。
 「電子でいえば何十個、何百個の電子が集まり、相互作用により電子の濃いところと薄いところという規則構造をつくり、誘電性という機能を生じています。つまり、電子の『自己組織化』によって機能が生まれています。そういう自己組織化のからくりを探るのが、今後の物性研究の重要な課題になると思っています」
 約50年前に半導体を起点として新たな物性研究が始まったように、今、誘電体を起点とした21 世紀の物性研究が始まろうとしているようです。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●共鳴X線散乱
放射光X線による回折実験手法の一つ。原子がもつ固有の共鳴エネルギーに一致するX線を入射し、原子を励起状態に保ちながら回折線の強度を調べる方法。これにより、その回折線の起源となる電子が規則配列を起こしているかどうかを調べることができる。

●希土類
スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタノイド(La~Lu)の17元素を合わせて希土類元素(Rare earth elements)という。希土類元素は様々に応用され、特にネオジム(Nd:希土類元素の1つ)系磁石やレーザー材料、光通信装置などに用いられている。

●ブラッグ回折
X線が結晶の格子面にある角度で入射したときだけ、各格子面で散乱した光が干渉して強め合い結晶の特定の方位に強い信号が現れる事を回折という。この回折を生じる条件をブラッグ条件と呼び、結晶からの回折をブラッグ回折と呼ぶことがある。


この記事は、岡山大学理学部物理学科教授の池田直教授(成果発表当時、(財)高輝度光科学研究センター主幹研究員)にインタビューをして構成しました。

行事報告

「第14回SPring-8施設公開―科学探検!スプリングエイト」開催

 4月23日(日)に、今年で14回目となるSPring-8施設公開が開催されました。あいにくの曇り空でしたが、昨年度を400名近く上回る2900名近くの方に来場していただくことができました。
 今年の施設公開では、例年の加速器設備、実験ホールなどの公開、見学、展示のほか、今年からプロジェクトがスタートする自由電子レーザーの試験機も公開されました。新竹理研主任研究員による自由電子レーザーに関する講演会も、ストロボを用いた簡単な実験を行いながら、自由電子レーザーの使い道、建設の道のりなどわかりやすく解説され、好評でした。講演会では、産業利用推進室の二宮コーディネータ(元兵庫県警察本部 科学捜査研究所)による、放射光の犯罪捜査利用への応用についてのお話しもあり、満員の聴衆の関心を集めました。実験ホールでの工作や体験は多くの子供たちでいつも満員の状態でした。
 SPring-8の研究者たちは日々の研究の合間を縫って、科学に目を向けていただけるよう知恵を絞って公開内容を企画しました。毎年の行事ですので、マンネリにならないようさらに工夫を重ねたいと思います。又、将来を担う、小、中、高校生など若い世代の方たちに、さらに興味を持っていただいて来場していただけるような施設公開を来年も行う予定です。

科学工作で製作した電波チェッカーのテストにうれしそうに挑戦する子供たち。 科学工作で製作した電波チェッカーのテストにうれしそうに挑戦する子供たち。

相生ペーロン祭に参加

相生ペーロン祭に参加

 今年も恒例の相生ペーロン祭が5月27日(土)、28日(日)の両日開催されました。今年は当初天候が心配されましたが、雨が降ることもなく薄曇りの絶好のペーロン日よりでした。SPring-8チームは、日曜日に開催される「海上の部・ペーロン競漕」のオープンレースに平成5年以来14年連続して参加しています。オープンレースは各レースで4艇によりその順位を競うものです。
 今年は開会直後の第1レースということで、参加者は少々緊張した面持ちで船に乗り込みました。スタート位置につき、合図と同時にスタート。スタートに少々出遅れたSPring-8チームはまず3位につけました。しかしそこからぐんぐん加速して折り返しを過ぎる頃には2位へと上昇。このまま行くかと思われましたが最後で力尽き、結局3位でレースを終えました。全体としては40チーム中24位の成績でした。タイムは3分45秒27と昨年の3分44秒09にはわずかに及びませんが、それでも大健闘だったと思います。
 SPring-8としては、今後も継続的にペーロン競漕などの地域行事に参加し、地域の方々とより一層の交流を図っていきたいと思います。皆様もSPring-8チームを見かけたら、気軽に声をかけてください。よろしくお願いします。

実施した行事

● 5月24日~26日 シンクロトロン放射光機器設計に関する国際ワークショップ(MEDSI2006) (姫路)
 本ワークショップは、2000年SLS(スイス)、2002年APS(米国)、2004年ESRF(フランス)に続く第4回目の開催となりました。世界各国の放射光施設から約90名の研究者・技術者が集い、加速器・ビームライン装置の最新技術に関する発表と活発な情報交換がおこなわれました。
● 5月29日~6月2日 トライやる・ウィーク
 上郡中学校の生徒10名を受け入れました。
● 6月19日~21日 三極ワークショップ(フランス・グルノーブル)
● 6月23日 放射光利用ナノテク最前線2006(東京)

今後の行事予定

● 7月7日~10日 第6回SPring-8夏の学校
● 8月9日~11日 高校生のためのサイエンスサマーキャンプ
 兵庫県下の高校生が体験実習や研究者との交流を通して科学分野への理解を深めるサマーキャンプ。今年で9回目の開催です。

SPring-8 Flash

鈴木真一氏、鈴木康弘氏、笠松正昭氏が文部科学大臣表彰受賞

 鈴木真一氏(科学警察研究所)、鈴木康弘氏(滋賀県警察本部科学捜査研究所)、笠松正昭氏(科学警察研究所)が、「科学捜査技術における超高感度分析法の開発」の業績により、平成18年度科学技術分野の文部科学大臣表彰、科学技術賞(開発部門)を受賞されました。
 近年、犯罪はますます、悪質・巧妙化する傾向にあり、犯行現場に目立った証拠となる物証が残されません。そのような状況の中で、犯行現場から採取された極微細な証拠物から犯罪を解明することが求められています。
 上記受賞者の方々は、このような困難な状況を打破すべく、従来の実験室における分析装置では分析困難な、非常に微細な種々の科学捜査資料(亜砒酸結晶、ガラス片、ハンダ片、銃弾片等)を、SPring-8の放射光を用いて非破壊的に、かつ、超高感度で分析する手法を開発し、新しい科学捜査手法を確立した功績が高く評価され、今回の受賞につながったものです。この手法は、今後の犯罪捜査に大いに活用が期待されます。

片山芳則氏が「SPring-8を利用した液体構造研究」でとやま賞を受賞

 片山芳則氏(日本原子力研究開発機構)がBL14B1およびBL11XUを利用した研究成果「液体-液体1次相転移の発見をはじめとする液体・非晶質の高密度構造研究」でとやま賞(学術研究部門)を受賞されました(授賞式5月11日、富山国際会議場)。リンが1万気圧、1000℃付近で密度の不連続な増加を伴う一次相転移を示すことを、放射光を利用したX線回折による液体構造、ラディオグラフィによる密度測定ならびに相分離状態のその場観察によって明らかにしました。液体の1次相転移が観測されたことはそれまでにはなく、これらの成果は既にNature、Science誌に掲載され世界的にも高く評価されていました。とやま賞は放射光を利用した、液体リンを含む高温高圧下の液体・非晶質の構造に関する一連の研究に対して授与されました。

*富山県の置県百年を記念して昭和59年に創設されました。対象者は富山県出身者、または富山県内在住者とし、学術研究からスポーツ分野において、顕著な業績をあげ、将来の活躍が期待される人に対して、その活動を奨励することを本旨としています。

科学者の夢を語る片山氏 科学者の夢を語る片山氏

第9回放射光装置技術国際会議(SRI2006)開催

 5月28日から6月2日まで韓国大邱で放射光装置技術国際会議が開かれました。この国際会議は急速に発展している放射光科学技術に関する問題を3年毎に議論する重要な国際会議で、韓国の浦項放射光施設と日本のSPring-8が共同で開催し、約800名が参加しました。ちなみに1991年英国のチェスターで開かれた第4回の参加者442名と比べて非常に増えています。本会議の他放射光光源、挿入光源、ビームラインと光学、検出器、時間分解技術、マイクロ/ナノ分光、ナノ科学技術、リソグラフィーと微細加工、産業利用、表面界面、磁気・スピン電子、化学・材料科学、生命・医療科学などの分科会が開かれました。今回は特に発展途上国における放射光光源という分科会が開かれ、途上国における放射光の開発の役割や具体例が話され、議論されました。最終日には浦項製鉄所・浦項放射光施設の見学ツアーが開かれました。この会議の前後にはいくつかのサテライト会議が開かれました。次回は3年後にオーストラリアのメルボルンで開催されることになりました。

最終変更日