大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 29号(2006.11月号)

研究成果・トピックス

~SPring-8の技術で実現するX線自由電子レーザー~

放射光をレーザー光にする

 SPring-8では、赤外線からX線までの波長の光を、自在に取り出すことができます。しかも、非常に明るく、X線領域では従来の発生装置の1億倍の輝度を誇っています。これらの明るい光を使えば、タンパク分子の構造などを詳細に調べることができます。
 「SPring-8の光は確かに高性能ですが、原理的にはランプの光と同じです。これをレーザー光にしてやれば、もっともっと明るくすることができます。目指すは世界初のX線レーザーの実現。」と、力強く語るのは石川哲也プロジェクトリーダー。レーザー光では、波長だけでなく、位相も揃うので、放射光より明るく、かつ指向性の高い光となります。
 2006年6月には、全長60mの試験加速器(プロトタイプ機)で波長49ナノメートル(nmは1nm=100万分の1mm)という紫外線領域のレーザー光の発振に成功、2010年には全長約800mの装置を完成させ、波長0.06nmのX線レーザー光を実現させようとしています。これは、理化学研究所と高輝度光科学研究センターの共同プロジェクトで、 X線自由電子レーザー計画合同推進本部が進めており、石川プロジェクトリーダーを始め約60人の研究者が携わっています(図1)。
 先陣を争っているのは、米国スタンフォード大学線形加速器研究センター(SLAC)とドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)ですが、これら2つに比べて日本の計画では、全長もコストもとてもコンパクト。SPring-8で培った技術ゆえだそうです。どのようにしてX線レーザーを実現しようとしているか、石川プロジェクトリーダーの話をじっくり聞いてみましょう。

図1. コンピュータで試験加速器を操作する研究者たち。 図1. コンピュータで試験加速器を操作する研究者たち。

長いアンジュレータでレーザー光を発振

 放射光は、荷電粒子が速さや運動方向を変えられた時(加速された時)に出す光です。電子を円型加速器で加速すれば、常にその接線方向に放射光が出ます。
 SPring-8では、円型加速器の一部に、さらにアンジュレータという装置を組み込んでいます。アンジュレータは、多数の磁石を電子軌道の上下に直線状に並べたもので、電子の軌道を何回も曲げて蛇行させるのが役目です。
 「アンジュレータに電子の集団を導くと、放出する光のうち、ある波長のもの同士が干渉により強まります。そして、アンジュレータの両端に鏡を置き、何百回も光を反射させつつ、ここに電子を次々と入れると、電子と光の相互作用により、電子が光の波長の間隔で並ぶようになります。こうして同位相の電子集団がアンジュレータの中をうねるようになり、レーザー光の発振に至ります。」これが「自由電子レーザー」です。しかし、波長が短くなると鏡の反射率が低下し、 X線になると反射できる鏡が存在しなくなります。そこで1990年代後半に、鏡で何百回も反射させる代わりに、アンジュレータを十分に長くすればよいのではないか、という案が浮上してきました。アンジュレータが十分に長い場合には、光と電子の相互作用で、後ろの電子が出した光の波長に合わせて、前の電子が次々と並ぶようになり、同位相の電子集団ができるからです(図2)。

図2. X線自由電子レーザー 図2. X線自由電子レーザー「電子銃」から飛び出した電子ビーム(自由電子)を「線型加速器」で光速に近い速さまで加速し「アンジュレータ」で蛇行させます。蛇行させた際に放出される放射光と蛇行している電子ビームが干渉を起こすことで、非常に短い波長のレーザー(X線レーザー)が発振します。

真空封止型アンジュレータの威力

 今のところ、 X線レーザー光を手に入れる手段は、このX線自由電子レーザーしかありません。 SLAC(全長4km、建設費約720億円)もDESY(全長3.3km、約1300億円)もSPring-8サイト内のX線自由電子レーザー施設(XFEL)(0.8km、約380億円)も手法は同じなのに、なぜ全長や建設費に差があるのでしょうか。
 「答の1つとして、アンジュレータの工夫があります」と石川プロジェクトリーダー。電子軌道の上下に直線状に配置されるアンジュレータの磁石は、上下の間隔が小さいほど、直線方向の磁石の間隔を詰められるようになります。つまり、短い距離で何度も電子を曲げることができ、装置が短くても十分な効果が得られるようになるのです。
 従来のアンジュレータでは、磁石が電子の走行する真空パイプの上下を挟む構造でしたが、北村英男グループディレクターは真空パイプの中にアンジュレータをつくり込み、さまざまな工夫を重ね「真空封止型アンジュレータ(図3)」を完成させました。SPring-8において世界で初めて実用化に成功した真空封止型アンジュレータにより、上下の磁石間隔を飛躍的に近づけることが可能になり、必要な磁場をコンパクトなアンジュレータで得ることができるようになったのです。
 紫外線レーザー光発振に成功した試験加速器では、1個の磁石の幅をSPring-8のアンジュレータの約3分の1にまで縮めており、本番機でもこの15mm幅が採用されることになっています。

図3.真空封止型アンジュレータ 図3.真空封止型アンジュレータ。銀色の真空パイプ(真ん中の円筒)の中に磁石列が入っています。

電子間距離を詰めながら、Cバンド加速器で効率よく加速

 「2つ目には、Cバンド加速器(図4)の採用がありますね。」電子はマイクロ波で加速しますが、普通の加速器では2.8ギガヘルツ(GHz)のSバンドで加速します。一方、プロトタイプ機ではSバンドだけでなく、 5.7GHzのCバンドを使う加速器も用いています。周波数が2倍になれば、加速効率も2倍になり、加速器の長さを半分にできます。
 Cバンド加速器の技術は、新竹積グループディレクターが高エネルギー加速器研究機構(KEK)にいた時に開発しました。周波数を高くするほど加速管には高い加工精度が求められ、Cバンド加速器には日本の加工技術の粋が詰まっています。
 また、アンジュレータで同位相の電子集団をつくるには、後ろの電子が出した光が届くところに前の電子がいなくてはなりません。
 つまり密な電子ビームをつくらねばならないのですが、負の電荷をもつため電子同士は反発します。
 「最初は密度の薄いビームをつくり、加速しながら電子密度を上げる方式をとりました。加速と密度アップを同時に行うのは、この試験加速器が世界で初めてです。マイクロ波との位相に電子を載せるかで上手くコントロールしていきます。」
 ちなみに、SLACもDESYも、最初に非常に高密度な電子ビームをつくる方式をとっているとのこと。「不安定性が大きいので私たちは避けたのですが、どっちがいいかは最後までいってみないとわかりませんね。」と、石川プロジェクトリーダーはクールに技術アプローチの違いを受け止めています。
 電子ビームを作り出す電子銃にも新技術が採用されました。アンジュレータが短くなると、電子銃から出る電子の平行性が要求されます。そこでホウ化セリウム(CeB6)の単結晶を用いた発生源(熱カソード)システムを開発し、世界最高の電子の平行性(エミッタンス)を実現しました。

図4. Cバンド加速管 図4. Cバンド加速管。右側の壁の裏側に高周波を供給する発生装置があります。

コンポーネントの組み合わせの妙

 レーザー光を発振させるためには、電子銃、加速器、アンジュレータといったコンポーネント(構成要素)を革新し、精度と信頼性を上げるだけでなく、システム全体としての精度と信頼性を確保しなければなりません。熱膨張率の低い特別なセラミックスで装置を支える台をつくる、床面を平らに研削する装置を開発するなどして、試験加速器ではコンポーネント(構成要素)を10マイクロメートルの精度で並べました。「レーザー光の発振に成功したのは、 60m試験加速器のシステムとして精度が高かった証拠といえるでしょう。800mの本番機では、1個1個のコンポーネントも長くなり、数もふえる…。今後は本番に向けて、それら1つ1つの精度と信頼性をあげていくことが必要でしょうね。」

X線レーザー光で真空の破れが見たい

 X線レーザー光を手に入れることができれば、さまざまなものを見ることができるようになります。
 X線放射光の場合は、タンパク分子を結晶化しなければ、その構造を見ることはできません。しかし、結晶化に成功していないタンパク分子はたくさんあり、細胞膜にある膜タンパクもその1つです。
 一方、X線レーザー光なら、結晶化しなくても、膜タンパクの構造を調べることができるので、創薬の面からも大きな注目を集めています。「ナノテクノロジー分野の材料開発にも力を発揮するでしょう。」という石川プロジェクトリーダーが今興味があるのは、真空が破れるところです。「光のエネルギー密度があるしきい値を超えると、真空が破れて電子と陽電子が生まれてきます。今の私たちの技術を、あと1桁あげれば可能でしょう…。でも、結局、何を見るかはシステムの開発者ではなく、システムのユーザーが決めることです。とにかく私たち開発者は愚直に精度を上げていくだけです。」

SPring-8長尺ビームラインと並列するX線自由電子レーザー施設完成予想図(赤囲み)。 SPring-8長尺ビームラインと並列するX線自由電子レーザー施設完成予想図(赤囲み)。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ


この記事は、X線自由電子レーザー計画合同推進本部 石川哲也プロジェクトリーダーにインタビューをして構成しました。

「X線自由電子レーザー(XFEL)施設」(国家基幹技術)愛称とロゴマークを公募します!

 国家基幹技術としてSPring-8キャンパスに建設を進めている「X線自由電子レーザー施設(仮称)」について、日本国内のみならず、海外の多くの方々からも親しみを持たれる愛称とロゴマークを募集することになりました。奮ってご応募下さい!
なお、締め切りは2007年1月3日(水)17:00必着となっています。

応募方法など詳細についてはホームページをご覧下さい。

応募先・問い合せ
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
独立行政法人理化学研究所・財団法人高輝度光科学研究センター
X線自由電子レーザー計画合同推進本部企画調整グループ愛称応募係

行事報告

高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ

 SPring-8の加速器運転が停止している8月9日~11日の3日間に、SPring-8と近隣の科学・研究関連施設で「高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ」を実施しました。このイベントは科学に関する体験実習や研究者との交流を通して、放射光を中心とする科学技術分野への理解を深めることを目的として毎年開催されており、通算9回目となる今回は兵庫県内の高校生27名の参加がありました。
 3日間の開催期間中には体験実習、SPring-8の施設見学の他、西はりま天文台での天体観測、県立粒子線医療センター・菱川院長による講演「21世紀のがん治療最新技術」などの多分野に渡る様々な催しが実施されました。なかでも体験実習はイベントの核として行われ、4つのテーマの中から1つを自分で選びそのテーマについて丸一日かけて実習から結果のまとめを行います。今年は「光の粒子性と波動性」「超高速ネットワークの歩き方」「光をつかった磁気検知」「結晶と非晶」をテーマとし、いずれも高校の授業ではまだ勉強していない理論や、初めて目にする研究用の実験装置を用いての本格的なものとなりました。参加者は「今回のサマーキャンプでは私は驚くことばかりでした。また、知らないことで一杯でした。でも多くのことを教えて頂き、自分で体験して、面白いと思う自分に気がつきました。」と新しいことを知る・体験する喜びを味わい、非常に意欲的に実習と結果のまとめに取り組みました。

高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ 高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ 高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ
初日のSPring-8見学では二宮コーディネータの説明を真剣に聞きSPring-8についての理解を深めました。 体験実習「光をつかった磁気検知~MDの再生原理を確かめよう~」ではレーザー光を用いて磁石のN極とS極を判別することが可能な「磁気カー効果」を利用した磁気検出実験を行いました。 最終日の集合写真。科学への興味や理解がより深まった3日間となったようです。

第3回SPring-8産業利用報告会

 9月5日、6日の両日、SPring-8における幅広い産業利用の普及活動の一環として、第3回SPring-8産業利用報告会が開催され、188名の参加がありました。この報告会においては、産業界専用ビームライン(サンビーム)参加企業の研究者や産業利用ビームラインBL19B2をはじめとする共用ビームラインを利用した産業界ユーザーによる成果発表、ならびに産業界の利用に重点的に取り組んでいる兵庫県ビームラインの活動紹介など14件の口頭発表と51件のポスター発表が行なわれました。講演者やポスター発表者と聴講者との熱心な質疑応答がなされ、SPring-8における幅広い産業利用に期待の声が寄せられました。さらに、本年の報告会では、製薬会社21社が運営をしている創薬産業ビームラインBL32B1の紹介やSPring-8利用推進協議会の活動について発表も行なわれました。9月5日の口頭ならびにポスター発表終了後に、意見交流会が設けられ、参加者の意見交換と交流が行なわれました。9月6日には、ポスター発表終了後に、産業界専用ビームライン(サンビーム)、産業利用ビームラインBL19B2や兵庫県ビームラインの見学が行なわれ、多数の参加者がビームラインの現場を見学する機会が設けられました。今回の利用報告会も、会期を通して活発な議論や意見交換ならびに交流が行なわれました。

先端大型研究施設戦略活用プログラム報告会

 10月4日(水)、コンファレンススクエアM+(東京都千代田区)で、「先端大型研究施設戦略活用プログラム」において平成17年度に支援を実施した課題の成果報告会が行なわれ、企業、大学・研究機関などから134名の参加がありました。文部科学省が平成17年度から実施している「先端大型研究施設戦略活用プログラム」は、我が国が有する先端大型研究施設(SPring-8と地球シミュレータ)について、その汎用性にふさわしい広範な利用者・領域により、施設の能力を最大限に引き出すような質の高い研究開発を実施し、新技術・新産業を創出していくために、戦略的な活用を推進していくユーザー支援プログラムです。この成果報告会では、SPring-8を利用した課題の成果報告に関する5件の口頭発表ならびにSPring-8と地球シミュレータの両方を利用した併用課題の成果報告に関する1件の口頭発表、そして地球シミュレータを利用した課題の4件の口頭発表と22件のポスター発表が行なわれ、聴講者との熱心な質疑応答がなされました。さらに、高輝度光科学研究センターと海洋研究開発機構からH17年度戦略活用プログラムの総括が行なわれ、今後の活用プログラムの利用と運営に関して意見交換を行ない、幅広い産業利用の成果と今後の運営に期待の声が寄せられました。

SPring-8 Flash

寺田靖子主幹研究員が堀場雅夫賞受賞

 (財)高輝度光科学研究センターの寺田靖子主幹研究員が「高エネルギー放射光を用いたマイクロビーム蛍光X線分析法の革新とその応用」で堀場雅夫賞を受賞し、10月17日に京都大学にて表彰式が行われました。
 堀場雅夫賞とは分析・計測技術分野で活躍する国内外の若手研究者を対象に2004年堀場製作所が創設した賞です。今年は「X線計測関連技術」がテーマで国内外から40名の応募がありました。
 寺田氏はSPring-8で得られる高エネルギーX線領域での集光光学素子の設計・開発を行ない、1マイクロメートルの微小ビームの形成に成功しました。その応用により、カドミウムを蓄積する植物において各組織内の元素分布が明らかになるなど、蛍光X線による微量重金属元素分布の分析が可能であることを実証しました。また、高エネルギー放射光蛍光X線分析の手法を開発することで、希土類などの微量重元素の非破壊高感度分析を可能とし、和歌山ヒ素カレー事件の亜ヒ酸鑑定など、鑑識・環境・文化財などの各分野において具体的成果をあげました。

堀場雅夫最高顧問から表彰を受け取る寺田研究員(写真右側)。 堀場雅夫最高顧問から表彰を受け取る寺田研究員(写真右側)。

「のじぎく兵庫国体」炬火がSPring-8から出発

 9月16日午前にSPring-8の中央管理棟前広場において、来賓・リレー走者・関係者約130名の参加のもと、「のじぎく兵庫国体」の炬火(きょか)の採火・出発式が行われました。
 9月30日から10月10日にかけて、兵庫県で50年ぶりに開催されたこの国体では、30日の開会式に向けて兵庫県内10カ所で採火された炬火が大会旗とともに兵庫県内全市町をリレーで回りました。
 ここ西播磨地域では、SPring-8の加速器診断ビームライン(BL05SS)からひきだされた放射光をロウソクに照射して採られた火種が炬火として使われ、「未来に向かう科学の火」と命名されました。式典では前もって行われたこの採火の様子がビデオ上映され、参加者に感動を与えました。さらに、炬火トーチ・大会旗を運ぶリレーランナーにSPring-8(理化学研究所、高輝度光科学研究センター、日本原子力研究開発機構)から参加があり、「のじぎく兵庫国体」の開催機運を盛り上げるのに協力しました。
注)炬火=オリンピックの聖火に相当

「のじぎく兵庫国体」炬火がSPring-8から出発 「のじぎく兵庫国体」炬火がSPring-8から出発
放射光から採取した炬火トーチを掲げる安居院研究員(原子力機構)を先頭に、SPring-8を出発するリレー走者。
ビームライン制御盤を操作する国体
マスコットはばタンと高野研究員。

実施した行事

● 10月13日 三市町懇話会(SPring-8)
 SPring-8が立地する、たつの市、佐用町、上郡町の三市町及び播磨科学公園都市内の関係機関から行政関係者をお招きして、SPring-8の研究成果や安全性について毎年意見交換を行っています。
● 11月1日~2日 第10回SPring-8シンポジウム(SPring-8)
 今後のSPring-8共同利用の円滑化、実験ステーションの建設・高度化を目指し活発な議論が行われました。また、SPring-8利用者側と施設側の双方が共通の理解を確立できる場となり今後のSPring-8のさらなる発展が期待されるものとなりました。

今後の行事予定

●11月14日~24日 未来科学技術情報館~SPring-8特別展~(未来科学技術情報館・東京)
●11月24日~25日 第1回放射光研究のためのアジア・オセアニアフォーラム(高エネルギー加速器研究機構・つくば)
●2007年1月12日~14日 第20回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム(広島国際会議場・広島)

最終変更日