大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 30号(2007.1月号)

研究成果・トピックス

~SPring-8で昆虫の飛翔進化の秘密をさぐる~

昆虫が繁栄した理由とは

 「地球上でもっとも繁栄している生き物」とは何でしょう?さまざまな見方がありますが、こと生活圏の広さと種類の多さに着目すれば、あらゆる環境に様々な種類が生息している「昆虫」こそが、ずば抜けた成功を収めた生物と言えます。昆虫がここまで繁栄した理由のひとつは、飛ぶ能力を持ったためであると考えられています。
 実は昆虫の筋肉の構造(図1)は、ヒトの筋肉によく似ています。それにもかかわらず昆虫が自由自在に飛び回ることが出来る秘密は、昆虫の羽を動かしている「飛翔筋」が非常に精密な構造を持っていること、そしてその動作方式にあるのです。
 昆虫飛翔筋の動作方式は2種類あります(図2)。一つは「同期型」と呼ばれ、バッタのように大型で原始的な有翅(ゆうし)昆虫に見られます。この方式では神経の興奮(インパルス)一回ごとに飛翔筋が収縮弛緩を行い、羽ばたきが一回起こります。この方式の利点は大きく羽を動かせることですが、一方で羽ばたきの頻度は、毎秒100回程度が限界になってしまう欠点があります。
 従来は大型だった昆虫は、様々な生活環境に適応進化していく過程で、より小型化する必要に迫られました。小型化すると、同期型の限界を超えた高頻度の羽ばたきが必要になります。たとえばカは、毎秒500回も羽ばたいて飛んでいます。このため「同期型」とは異なる動作方式が生まれました。それが「非同期型」動作方式で、ハチやハエといった進化した昆虫に見られます。
 この「非同期型」方式では、飛翔筋を収縮状態に保ち、胸部外骨格との共鳴によって振動させることで高い羽ばたき頻度を実現します。この方式では筋肉の動きは小さくなりますが、少ないインパルス頻度で何回も羽ばたくことができます。この仕組みで筋の張力を正確にコントロールするには、筋節(図1)中のタンパク質が、筋節全体にわたって規則正しく並んでいる必要があると考えられます。実際、「非同期型」の飛翔筋の筋節を形作るタンパク質の並び方は、いわば「結晶的」な非常に規則性の高いものであることが、従来の研究から判っていました。
 (財)高輝度光科学研究センターの岩本裕之主幹研究員らのグループがまず取り組んだのは、この昆虫の飛翔筋が筋原繊維の全長にわたって結晶的な構造を持っているかどうかという問題でした。

図1 昆虫骨格筋(横紋筋)の構造図1. 昆虫骨格筋(横紋筋)の構造筋肉は多数の筋細胞(筋線維、a)が集まってできている。この筋線維を拡大すると長さ2~2.5マイクロメートルの筋節(サルコメア、b)という構造が多数集まってできている。1個の筋節の横断面では、ミオシンフィラメントとアクチンフィラメントという分子が六角格子の形に整列している(c)。
図2 昆虫飛翔筋の同期型(a)と非同期型(b)動作方式の違い図2. 昆虫飛翔筋の同期型(a)と非同期型(b)動作方式の違い

昆虫の飛翔筋は巨大結晶

 X線が結晶格子によって回折される現象を利用して、物質の結晶構造を調べる手法をX線回折法といいます。従来の実験では、X線を筋細胞の長軸に垂直に当てていました。しかしこれでは、筋線維の垂直断面方向の結晶性しか知ることができません。昆虫の飛翔筋が筋原繊維の全長にわたって結晶性を持っているということを示すためには「筋線維の長軸方向でX線回折実験を行う」(エンドオン照射)という難しい実験をする必要がありました。
 この実験では筋細胞の中に多数存在する筋原繊維の一本だけに、針の穴を通すように精密に、強いX線マイクロビームを当てなければなりません。そこで、直径を2マイクロメートル程度に絞ったX線マイクロビームを筋細胞の長軸に平行に当てました(図3A)。これはSPring-8の輝度の高いX線(理研構造生物学ビームライン(BL45XU))を用いることで初めて可能になった実験です。
 このとき、もし飛翔筋の全長にわたって筋節が整列していれば、エンドオン照射によって得られるX線回折像は綺麗な六角格子状になりますが(図3B)、筋節が整列していない場合は同心円状のぼやけた回折像が得られることになります(図3C)。
 実験の結果は、驚くべきものとなりました。典型的な「非同期型」昆虫であるマルハナバチの1本の筋原繊維から得られたX線回折像は、筋節のタンパク質結晶の格子面が、筋節内だけでなく筋原繊維の全長(約3mm、筋節1000個分)にわたって整然と並んでいることを示していたのです。つまり、3mmもある筋原繊維全体が、1個の巨大タンパク質単結晶とみなせるわけです。タンパク質の研究者は人工的に結晶を作りますが、この大きさは通常1mm以下です。昆虫はこれよりはるかに巨大な、しかも働く結晶を持っているのです(SPring-8 News 2003年5月号参照)。

図3 昆虫飛翔筋細胞に対するエンドオン照射実験の模式図図3 昆虫飛翔筋細胞に対するエンドオン照射実験の模式図図3. 昆虫飛翔筋細胞に対するエンドオン照射実験の模式図(説明は本文)。

昆虫の進化と飛翔筋の構造

 それでは、この巨大単結晶型の筋原繊維は、昆虫の進化の過程でどのようにしてできてきたのでしょう?岩本グループは、これを調べるためにSPring-8周辺の豊かな自然の中で、原始的なものから進化したものまで、なるべくたくさんの種類の昆虫を採取し、飛翔筋の筋原繊維のX線回折像を記録しました。また、これまでの実験では生の筋肉サンプルを使ったので、X線でサンプルが傷んだり、測定中に乾いたりしてしまうという問題がありました。そこで岩本裕之・井上勝晶・八木直人各研究員のグループは筋肉サンプルを急速凍結し、極低温(−199℃)で回折実験を行う手法を開発しました。そうすることによって、生の試料を用いた場合に比べて、さらに長時間の実験を行うことが可能になりました。そしてBL45XUの1000倍輝度の高いX線を発生できる高フラックスビームライン(BL40XU)を使うことで、より短時間の露光で回折像を記録することができるようになりました。
 この結果を示したのが図4です。「非同期型」であるハチ目、ハエ目、甲虫目、カメムシ目の回折像はいずれもきれいな六角格子状になり、筋原繊維が巨大単結晶型であることがわかります。「非同期型」の小型昆虫から進化したと考えられているカミキリムシの回折像も、きれいな六角格子状でした。調べた限り全ての「非同期型」昆虫が、巨大単結晶型の筋原繊維を持っていたのです。
 この一方、チョウ目やバッタ目など、多くの「同期型」の昆虫では、回折像はぼやけた同心円状に見え、格子面がそろっていないことが分かります。しかしカメムシ類と同じ目でありながら「同期型」のセミ科では、ぼやけた六角格子的な回折像が見えます。この昆虫は進化の途上にあるか、あるいは大型化にともなって「非同期型」の特徴を失いかけていると考えられます。
 また興味深いのは、有翅(ゆうし)昆虫で最も原始的と考えられているトンボ目のイトトンボ類が六角格子的な回折像を示していること、また「同期型」のチョウ目の中でも、空中に静止(ホバリング)しながら花の蜜を吸うという高度な飛翔能力を持っているスズメガ科のホシヒメホウジャクだけは、多数のスポット状の反射からなる回折像を示していることです。
 これらから、「非同期型」の飛翔筋動作をする昆虫は、巨大単結晶型の筋原繊維を持っていることがわかりました。しかし巨大単結晶型の筋原繊維を持たない「同期型」の昆虫でも、生活の中で飛ぶ能力が重要になっているものは、タンパク質配列に部分的な規則性を示しています。このことから推測されるのは、自然の精巧な仕組みです。つまり、進化の中である昆虫の種にとって飛ぶ能力が重要になった場合、飛翔筋の構造が、より飛ぶのに適した巨大単結晶型になっていくと考えられるのです。
 岩本グループは、SPring-8の設備と新たに生み出した技術を使って、昆虫が地球でもっとも成功した動物となった理由の一端を解明しました。昆虫が小型化していく際に、生体機能の効率を極限まで高めるために採用したシステムのひとつが「非同期型」飛翔筋であり、そのために筋肉を巨大結晶化したのだと考えられます。この自然の精緻な仕組みは、それ自体が驚くべきものであることはもちろん、今後ナノテクノロジーによってナノモーターなどの小型デバイスを設計していく時に、大いに参考になることでしょう。

図4 各種昆虫の飛翔筋から記録された筋原繊維のX線回折像図4. 各種昆虫の飛翔筋から記録された筋原繊維のX線回折像。名前の前に●が付いているものは「非同期型」の飛翔筋動作、■が付いているものは「同期型」の飛翔筋動作をする昆虫であることを示す。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ


この記事は(財)高輝度光科学研究センター 主幹研究員 岩本裕之氏にインタビューをして構成しました。

行事報告

第10回SPring-8シンポジウム

第10回SPring-8シンポジウム

 利用者懇談会と(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の共催行事であるSPring-8シンポジウムが11月1、2日の両日、キャンパス内の普及棟で開催され、参加者は220人を数えました。SPring-8からの成果発信をより加速するために、また戦略的な放射光研究の展開を図るために、今春、利用者懇談会は組織改革され、34の研究会が新たに発足しました。本シンポジウムでは改革の精神をいかに実現するかが主要なテーマとなり、その鍵となるプログラム編成に関しては実行委員会で数回にわたって議論が重ねられ、周到な準備がなされました。シンポジウムでは施設側からの運営報告に続いて、研究会側から将来ビジョンとそれを実現するための要望・提案などを含めた12件の報告がありました。また、ポスターセッションでは共用・専用ビームラインの現状と将来計画、最新の優れた研究成果に関して60件を超える発表があり、熱心な議論がなされていました。最終日の総合討論では、利用者懇談会の坂井会長の司会の下にパネルディスカッションが進められ、JASRIの吉良理事長の基調報告をベースに、今後のSPring-8の発展をめざして、率直な意見交換がなされました。総合討論会に先だって行われた産業利用研究に関する招待講演にも参加者から大きな関心が寄せられ、「新しい風」が感じられたシンポジウムでした。次回は供用開始10周年を記念するシンポジウムとなることを確認して盛況の内に閉会となりました。

「トライやる・ウィーク」SPring-8での1週間

 SPring-8のある兵庫県では、兵庫県内の公立中学2年生を対象にした教育プログラム「トライやる・ウィーク」が実施されています。これは地域の企業や公共施設などで実習を体験し、共に生きる心や感謝の心を育み「生きる力」「将来の夢」を育成を目的として実施されています。SPring-8ではこの趣旨に協賛し平成10年度の「トライやる・ウィーク」開始から毎回10名前後の生徒を受け入れています。
 今回は11月6日~10日までの5日間、新宮中学校4名と播磨高原東中学校2名を受け入れました。
 5日間の実習を通して「初めて来たときは、よくわからなかったけど5日間学んできていろんなことを人から教えてもらって、わかった気がしました。」「最初は広くてとまどったけど5日間いるうちに色々な設備がわかりました。世界一のところに来られて良かったです。」といった感想がきかれました。生徒たちにとって、14歳の思い出を作ってもらうと共に色々な場所で色々な人たちが日々頑張っている事を感じてくれれば「トライやる・ウィーク」を受け入れて良かったと思います。

中央設備監視室での実習で、SPring-8中のユーティリティーがモニターに映し出され驚いている。 中央設備監視室での実習で、SPring-8中の
ユーティリティーがモニターに映し出され驚いている。

第1回X線自由電子レーザー(XFEL)シンポジウム開催

 第1回X線自由電子レーザー(XFEL)シンポジウムが、平成18年11月7日(火)、東京丸の内 MY PLAZA HALLにおいて、(独)理化学研究所、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、X線自由電子レーザー計画合同推進本部の主催で開かれ、幅広い分野から340名の参加者がありました。
 事前の天気予報は雨でしたが、当日は雨は降らず、プロジェクトの今後の運の強さを暗示するすべり出しとなりました。
 XFELは、放射光とレーザーの双方の特徴を併せ持つ「夢の光」といわれています。総合科学技術会議より阿部博之議員、未来光科学技術推進議員連盟を代表して渡海紀三朗幹事長、文部科学省の 永保研究振興局長よりXFELへのエールが送られ、引き続きXFELの開発担当者達と、その光を利用して未踏分野へ踏み込もうという気鋭のユーザー達が、それぞれの熱い思いを語りました。
 また会場の参加者からも、SPring-8との違いや相互補完的な利用について、また、電子デバイス業界から熱望されている波長10数ナノメートルの実用光源の開発可能性についてなど、数多くの質問がありました。さらに、車に例えると軽四ではないF1車のようなものの開発であるから、F1車を乗りこなせるだけのドライビング・テクニックをユーザーも身に着ける必要がある、ユーザーと開発者は車の両輪であり、双方からの問題解決の努力が不可欠である、といったご意見をいだきました。活発かつ有意義な議論や意見交換が行われました。

SPring-8 Flash

SPring-8ワークショップ「ヘルスケア」について

 11月9日(木)、新大阪ワシントンホテルプラザで、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の主催、SPring-8利用推進協議会の共催により、SPring-8ワークショップ「ヘルスケア」(第2回ヘルスケア研究会)が行われました。
 今回のワークショップでは、放射光を利用した毛髪の研究や実験の現状についての5件の講演が行われ、聴講者との熱心な質疑応答がなされました。
講演題目は、以下の通りです。
○「マイクロビームX線小角散乱によるくせ毛の局所ナノ構造解析」 東京大学 雨宮慶幸
○「マイクロビームX線を用いた毛髪キューティクル中の細胞膜複合体の構造解析」 JASRI 太田 昇
○「SPring-8を利用したソフトマテリアルのイメージング実験」 JASRI 八木直人
○「両親媒性脂質分子集合体のX線構造解析」 群馬大学 高橋 浩
○「皮膚角層のX線構造解析の研究動向」 JASRI 八田一郎
 当該ワークッショップには、54名(企業34名、大学15名、公的機関5名)の方々が参加されました。ワークショップ終了後に、講師の先生方との更なる議論や参加者間の情報交換を目的としまして、技術交流会(42名参加)が行われ、活発な議論や意見交換ならびに交流が行われました。

石川哲也理化学研究所放射光科学総合研究センター長が兵庫県科学賞を受賞

 兵庫県では、県民文化の高揚、科学技術の向上、スポーツの発展及び明るい地域社会づくりに顕著な貢献をされた個人または団体に、文化賞、科学賞、スポーツ賞及び社会賞を贈り表彰しています。独立行政法人理化学研究所放射光科学総合研究センターの石川哲也センター長は、SPring-8や放射光科学への貢献が高く評価され、兵庫県科学賞を受賞しました。石川センター長は、SPring-8の建設期から重要な役割を果たし、高輝度光源の導入、世界最高輝度のX線に対応できる高性能分光器の開発等を成功させてきました。また、世界最長の1km長尺ビームラインに代表される優れたビームライン技術、最近では国家基幹技術に指定されている次世代光源「X線自由電子レーザー」の研究開発について、内外から高く評価されています。11月20日に神戸市中央区の県公館で表彰式が行われ、井戸敏三兵庫県知事より表彰状と記念品が授与されました。

井戸知事から表彰状を受け取る石川センター長(写真左) 井戸知事から表彰状を受け取る石川センター長(写真左)

実施した行事

●11月10日 ナノテクノロジー総合支援プロジェクト共用施設支援4グループ合同連絡会(つくば)
●11月13日~14日 第2回ナノテクワークショップ(東京)
●11月24日~25日 第1回放射光研究のためのアジア・オセアニアフォーラム(つくば)

お知らせ

~来て・見て・発見!科学の不思議~ 第15回SPring-8施設公開

 第15回SPring-8施設公開は2007年4月22日(日)に開催します!
 SPring-8では毎年4月の科学技術週間にあわせて施設公開を開催しています。「来て・見て・発見!科学の不思議」をキャッチフレーズとして小学生・中学生・高校生から大人の皆様に科学を楽しんでいただけるよう、イベントを鋭意企画中です。
 施設公開の詳細については、決定次第ホームページに掲載致します。

CDで虹を見よう
CDで虹を見よう
(2006年度公開風景より)
最終変更日