大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

SPring-8 NEWS 31号(2007.3月号)

研究成果・トピックス

~SPring-8で明らかになった多彩な色を生み出す固体酸素の謎~

色彩豊かな固体酸素

  まずは図1をご覧下さい。赤、オレンジ、黄…、多彩な色の数々。まるでステンドグラスを見ているようです。これはいったい何なのでしょうか。
 「実は、これはすべて酸素なのです。-196℃という極低温や、室温で6GPa(1GPa:ギガパスカルは10億パスカル)、つまり6万気圧以上の高い圧力をかけると酸素は固体となり、このような多彩な姿を見せます。」と話すのは、特殊な条件下での酸素の物理的性質について研究する兵庫県立大学大学院物質理学研究科の赤浜裕一助手。

図1. 多様な姿を見せる固体酸素のε相図1. 多様な姿を見せる固体酸素のε相。室温において圧力10GPaで現れます。

色と構造には関係がある

 ただの酸素がなぜこのような多彩な姿を見せるのでしょうか。これには、低温や高圧での酸素の結晶構造が関係しています。酸素分子の電子状態が結晶構造の変化、つまり隣の分子との距離や配置の変化によって変わるためです。
 酸素の色を理解するために、まず、色はどのようにして見えているのかを考えてみましょう。例えば物質が赤く見えるのは、赤以外の色が吸収されて赤だけが透過し、それが私たちの眼に入るからです。
 この光の吸収や透過は、物質がどんな分子で構成され、それがどのような構造に組み立てられているかによります。ですから、酸素だけで構成されている物質でも、酸素分子間の結合距離が違うなど結晶構造に差があれば、分子の電子状態が変わり、吸収・透過する光の色に違いが出てきます。
 6つの写真(図1)は、すべて固体酸素です。温度は6つとも室温で、圧力が違います。圧力が異なるだけでこんなにも色が違って見えています。更に、同じ圧力である1枚1枚の写真の中でも複数の色が見えます。「このような多色性をもつ物質の結晶構造はいったいどうなっているのでしょう。そして、どんな性質をそなえているのでしょう。私はそこに興味を持ち研究を始めたのです。」と赤浜助手。

長年の難問がついに

 赤浜助手は、Se(セレン)、S(硫黄)という元素の周期表上で16族と呼ばれる元素の高圧下での振る舞いを研究してきました。そして、1994年からは酸素(O)の研究を始めました。その頃、酸素の高圧下での振る舞いについて一つの難問が横たわっていました。それが、固体酸素のε(イプシロン)相とよばれる状態の結晶構造決定です。
 10~96GPaで現れる固体酸素のε相は、1979年に発見されました。「相」は、おおまかに気相、液相、固相に分かれます。そして、酸素の場合は固相が更に細かく分かれています(図2)。そのうちの一つがε相です。実験と理論によって構造解析が試みられてきましたが、長い間その結晶構造は謎のままでした。
 しかし2006年9月、ついに固体酸素のε相の結晶構造が解明されました。それは、酸素分子が4つセットになった「O8クラスター」という非常に興味深い構造をしていたのです(図3)。

図2. 固体酸素の温度圧力相図図2. 固体酸素の温度圧力相図。ε相は10GPa以上で現れます。更に圧力を上げると約100GPaでζ相が現れ、極低温では超伝導状態となります。青色の矢印は室温(298K)を示しています。
図3 SPring-8でのX線回折実験により解明された固体酸素(O8クラスター)のε相の構造図3. SPring-8でのX線回折実験により解明された固体酸素(O8クラスター)のε相の構造。圧力は11.4GPa。原子間距離は、d1(赤い棒)が0.120nm(1nm:ナノメートルは10億分の1メートル)、d2(オレンジの棒)が0.234nm、d3(白い破線)が0.266nm。(b)は角度を変えて(a)を見た状態。

三者の協力で結晶構造を決める

 固体酸素のε相の結晶構造決定は、兵庫県立大学の実験技術、高輝度光科学研究センターの実験装置、産業技術総合研究所のデータ解析技術、この三者の協力による成果です。結晶構造決定にはX線回折を用います。結晶にX線を当てると回折が起こり、その回折像を解析することにより、どのような結晶構造を持っているかがわかります。
 X線回折実験は、まず試料作りから始めます。酸素を、液体窒素により冷却して液体酸素にし、「ダイヤモンドアンビルセル」(図4)という特殊な環境に耐えうる容器の中に入れ、高い圧力を加えて固体にします。この技術で作成できる試料は、直径60μm(1μm:マイクロメートルは100万分の1メートル)、厚さ30μmと極めて微量です。更に、酸素はもともと放射線に対して強度が弱く、研究室のX線装置では質の高い回折像を得ることが難しいのです。そこでSPring-8の出番となりました。
 SPring-8には、高圧構造物性ビームライン(BL10XU)という超高圧、極低温でのX線回折実験が可能なビームラインがあります。「SPring-8のX線は放射光であるため高い強度と平行性を持ち、極微量な試料でも質の高い回折像を得ることが出来ます。」と赤浜助手はSPring-8の利点を強調します。

固体酸素の構造解析の難しさ

 回折像が得られただけでは構造がわかったことにはなりません。結晶の中でどのように原子が配置されているのか、構造モデルを予測して回折像を再現してみて、実験での回折像と一致するかどうか、それが重要です。実はこれが最大の難関でした。1979年にε相が発見されてから25年以上の間構造が決定できなかった理由は、原子配置が予想外に複雑だったためなのです。
  「ε相の構造として従来予想されていたのは、酸素分子2つがペアになったものやチェーンのようにつながったもので、酸素分子の形を基本としていました。酸素分子は原子が2つ対称に結合したもので、この対称性を維持したまま固体になっていると考えていたのです。」と赤浜助手は言います。酸素以外の水素や窒素、あるいは酸素のβ相やδ相など、分子の性質を持ったまま固体となった分子性固体は多数あり、これは従来の常識に基づいた予測でした。
  「しかし、それは正確さを欠いていました。酸素分子としての性質は薄れ、独立した酸素原子の集まりとして構造が形成されていたのです。」と赤浜助手は続けます。実際、この考えをもとに構造モデルを作りX線回折像を解析することで、ε相の構造を決定することが出来ました。固体酸素のε相は、酸素分子の形が少し崩れた2つの酸素原子が4つ集まってO8クラスターを形成し、それが更に寄り集まって形成されていました(図3)。

図4 X線回折の実験装置図4. X線回折の実験装置。コリメーターの先から放射光が照射され、ダイヤモンドアンビルセル内の固体酸素に当たり、背後の検出器に回折像が現れます。

極限状態での分子の振る舞い

 構造が決定されたことで、多彩な色が現れる理由がわかってきました。O8クラスターが平面状に寄り集まって、それが少しずつずれて重なっている。これだけ複雑な構造を持っているために、様々な色が現れると考えられます。
 もちろん、赤浜助手の研究の目的は、固体酸素の色だけではありません。「酸素の高圧下での性質を調べることによって、『分子性金属』、『分子解離』、『単原子金属』といった特殊な環境下でしか現れない構造や現象を探りたいと思っています。」と赤浜助手は言います。
 酸素は、気相と液相では分子の状態にあり、酸素分子は自由に動き回ることができます。ところが、圧力をかけていくとその動きが徐々に制限されていき、2つの酸素分子がペアを作ったり、4つ集まってクラスターを作ったりという状態が現れます。もはや単純な酸素分子ではなくなっています。更に圧力をかければ、最終的には酸素分子としての性質を完全に失い、酸素原子が格子状にきれいに並んだ「単金属酸素」が現れると考えられています。分子の性質が徐々に失われていくこの現象を、「分子解離」と言います。

広がる固体酸素の研究

 赤浜助手は、今後の展望を語ります。「極低温・超高圧の固体酸素の構造を調べることによって、様々なことがわかり始めています。しかし、クラスターを作るときの原子の結合の様子がどうなっているか、金属酸素を絶対零度付近まで冷却すると現れる超伝導状態がどのように起こっているのかなど、まだわからないことのほうが多いのです。更に詳しい性質を調べ、また、酸素以外の分子についても研究していきたいですね。」
 目を宇宙に向けると、木星や土星など巨大惑星の核には金属水素があると言われています。固体酸素や固体分子の研究は、実験室の中だけではありません。それどころか地球上にとどまらないのです。今後この研究がどのように広がっていくのか、期待はふくらむばかりです。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●16族元素(元素の周期表)
現在では1~18の各族を横列に区分している長周期型周期表が一般的に用いられていますが、1989年にIUPACが無機化学命名法を改訂する以前には1~7族を1A~7A族、8~10族を8族、11~17族をそれぞれ1B~7B族、18族を0族としていました。

●クラスター
数個から数百個の原子または分子が凝集して形成される原子または分子の集団。代表的なクラスターとして、フラーレン(炭素60個からなるC60など)があります。

●超臨界流体
X線などを結晶などに当てて得られる像。回折像から結晶構造の解析を行うことができる。

●コリメーター
レンズまたは凹面鏡を用いて平行光線束を得る装置。


SPring-8ビームライン豆知識

BL10XU(高圧構造物性ビームライン)

 ダイヤモンドアンビルセルという装置を用いて400万気圧、さらにマイナス260度の低温から3000度の高温状態に及ぶ極限状態での物質構造の研究ができるビームラインです。このような極端条件が実現されるのは数+μmの領域でしかないため、放射光の輝度をさらに高めるためのX線レンズ等を用いた光学系が配備されています。例えば地球の中心部の環境は300万気圧・3000度を超えていますが、このビームラインは物質をそのような環境に置いた場合どのような結晶構造となるのかを調べることができます。

図1. 対向したダイヤモンドアンビル図1. 対向したダイヤモンドアンビル。この中央部分に試料を金属ガスケットで封入して、超高圧を発生させることができる。
図2. ダイヤモンドアンビルを透して見た試料部図2. ダイヤモンドアンビルを透して見た試料部。外側が金属ガスケットで中央に丸い試料室がある。試料は圧力伝達媒体で満たされていて、黒色の試料中央部に赤外線レーザーを照射しており、試料が加熱されて白く輝いている様子が見える。この白熱部分にX線を照射して回折像を測定し、高温高圧状態での結晶構造を解析する。この試料は鉄-ケイ素合金で、50万気圧・2000Kの状態にある。

この記事は、兵庫県立大学大学院 物質理学研究科助手の赤浜裕一氏にインタビューをして構成しました。

行事報告

第20回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム

 第20回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウムが、2007年1月12日から14日にかけて広島市の平和記念公園内にある広島国際会議場で開催されました。このシンポジウムは日本放射光学会が主催をし、国内に数多くある、放射光関連施設やその利用者団体が共催をしているもので、SPring-8も中心的な役割を担っています。放射光を使った物理学、化学、生命科学、工学、産業・医学利用など、広範囲にわたる研究成果の報告や情報交換が行われる国内で唯一の会議です。放射光学会設立以来20回目の記念すべき会議になり、555名の参加者が集まりました。
 特別講演や企画講演では、現在SPring-8で開発が進められているX線自由電子レーザーに関する話題が大きく取り上げられました。また、ここ数年学会開催と同時に行われている市民講座も好評で、204名の参加者がありました。JASRIの二宮利男氏による科学捜査、マツダ(株)の住田弘祐氏による環境に優しい自動車開発、広島大学の木村昭夫氏によるIT社会におけるナノテクノロジーの話題が紹介され、それぞれ、我々の身近な分野で放射光が役立っている事例がわかりやすく解説されました。会場に数多く見られた高校生からも熱心な質問がありました。
 今回の会議では慶応大学の岡俊彦氏、住友化学(株)の野末佳伸氏がSPring-8を利用した「時間分解X線回折による紫膜の光科学反応の研究」、「マイクロビームX線小角散乱を用いた高分子材料の構造研究」の成果によってそれぞれ学会奨励賞を受賞されました。つくばの放射光科学研究施設(PF)の宮島司氏と合わせた3名の受賞者の講演も企画され、お三方には賞状と記念のメダルが授与されました。

懇親会場での歴代放射光学会会長懇親会場での歴代放射光学会会長

国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2007)に出展

 2月21日(水)から23日(金)に東京ビッグサイトで開催された国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2007)に(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)が出展しました。nano tech 2007は海外22カ国からの出展も含め484機関が出展する世界最大のナノテク総合展です。JASRIも3年前から単独で出展をしています。本年も、2002年度から実施してきたナノテクノロジー総合支援プロジェクトの成果を中心にSPring-8の最先端の研究成果を展示しました、大変多くの来場者の方々が展示ブースを訪れてくださり、SPring-8がナノテクノロジー研究にとって大変有効な研究施設であることを実感していただけたと思います。また、同期間中に展示会場のメインシアターで文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト成果報告会が開催されました。支援プロジェクトを実施している超高圧電子顕微鏡グループ、放射光グループ、極微細加工・造形グループ、分子・物質総合合成・解析グループの4グループが支援概要説明を行うとともに、各機関の支援を受けた発表者による支援研究事例が紹介されました。放射光グループからも4件の支援研究事例が発表され、多くの聴衆者が熱心に発表を聴講していました。JASRIでは、これからもこのような展示会の出展を通して、多くの方々にSPring-8の研究成果を知っていただけるよう努めます。

文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト成果報告会での発表風景文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト成果報告会での発表風景

お知らせ

第15回SPring-8施設公開のご案内 ~来て・見て・発見!科学の不思議~

 大型放射光施設SPring-8では科学技術週間参加行事として、第15回SPring-8施設公開~来て・見て・発見!科学の不思議~を以下の日程で開催します。
日時:4月22日(日)9:30~16:30(入場15:30まで)
主な実施内容(予定)施設公開:蓄積リング棟実験ホール、加速器収納部、中央制御室、放射光普及棟、ニュースバル、X線自由電子レーザー(XFEL)試験加速器、生物系特殊実験施設
※実験ホールでは、公開場所の見学の他、科学実験・実演や工作等のイベントも行います。
科学講演会:兵庫県立先端科学技術支援センター所長 千川純一先生 「毛髪の放射光分析による健康診断」
(独)理化学研究所主任研究員 高田昌樹先生 「SPring-8の光で見えた超微量のアスベスト」
問い合わせ先:(財)高輝度光科学研究センター 広報室
TEL:0791-58-2785 e-mail:kouhou@spring8.or.jp
公開内容の詳細は、SPring-8ホームページに掲載しています。

2006年度の施設公開風景より2006年度の施設公開風景より

SPring-8 Flash

「第4回ひょうごSPring-8賞」を株式会社大関化学研究所 宮下景子所長が受賞

 ひょうごSPring-8賞は、SPring-8の認識と知名度を高める目的で、兵庫県が平成15年度より設置した賞です。社会経済全般の発展に寄与することが期待される研究成果をあげた研究者に顕彰されます。
 宮下所長は、防水コンクリートの耐久性、耐水性等について、SPring-8を活用してその優位性を科学的に解明し、産業面での応用として顕著な成果を上げました。

「島津賞」を大阪大学大学院基礎工学研究科 菅滋正教授が受賞

 島津賞は、島津科学技術振興財団が、主として科学計測の基礎的な研究において、近年著しい成果をあげた功労者を表彰するものです。
 菅教授は、軟X線を利用した光電子分光で世界の先陣を切り、強相関電子系の研究に多大な貢献をされました。また、軟X線での角度分解光電子分光やフェルミオロジーにも挑戦し、さらに8keV付近の硬X線を用いて、真にバルク敏感な高分解能光電子分光にも成功しました。内殻吸収磁気円2色性にもとづいた光電子顕微鏡によるミクロ磁性体の磁区観察を我が国で初めて成功させたほか、近年はスピン偏極走査トンネル顕微鏡によるナノ磁性体の研究も推進されています。

「日本高圧力学会学会賞」を慶應義塾大学理工学部 辻和彦教授が受賞

 日本高圧力学会学会賞は高圧力の科学・技術の進歩・発展に貢献し、内外から高い評価を受ける顕著な研究成果を収めた研究者・技術者を表彰しています。
 辻教授は高温高圧下の液体の構造を研究するため,世界に先駆けて放射光とマルチアンビルプレスを組みあわせた実験手法を開発し、高圧液体構造研究という新しい分野を切り拓きました。そして、第3世代放射光SPring-8における各種実験が可能な複数の高圧ビームラインとして実を結びました。

SPring-8加速器ビーム運転10周年記念講演会

SPring-8加速器ビーム運転10周年記念講演会

 SPring-8の加速器の運転が今年で10年目を迎えることを記念し、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)加速器部門主催で記念講演会が2月15,16日に催されました。15日はイーグレ姫路にて放射光科学研究施設(PF)、極端紫外光研究施設(UVSOR)から見たSPring-8についての招待講演の他、SPring-8の線型加速器、シンクロトロン、蓄積リング、SPring-8と同じ敷地内にあるNewSUBARUの10年間の歩みについて講演が行われ、10年間の進歩に対し賞賛の声が大きく聞かれました。この日は祝賀会も催され、大いに盛り上がりました。翌16日は会場をSPring-8普及棟講堂に移し、建設後に東海や和光に帰った元スタッフよりそれぞれが携わっている大強度陽子加速器計画(J-PARC)やRIビームファクトリー(RIBF)についての紹介が行われました。これらの発表からSPring-8での建設の経験を生かしている様子を伺い知ることが出来ました。またSPring-8キャンパスでの様々な計画についても講演があり、今後に期待を持たせる内容が盛りだくさんでした。
 講演会には100名を超える人数が参加し、建設時の元スタッフも多数参加されたことから、旧交を温め合う様子が会場のあちらこちらで見受けられました。10年後のさらなる発展の後の再開を約束して春を思わせる陽気の中、閉会いたしました。

最終変更日