大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 32号(2007.5月号)

研究成果・トピックス

~蛍石の結晶の様子を映し出す~

きれいに見えても

  無色透明のきれいな結晶があります(図1)。これは、光学レンズに用いられる蛍石《ほたるいし》(CaF2)の結晶です。無色に見えるということは、光があらゆる波長についてまんべんなく透過しているからで、光学レンズの材料として優秀と言えます。実際、蛍石はカメラの望遠レンズなどですでに使われています。
 しかし、これだけきれいに見える結晶も、中を細かく調べると、欠陥*があったり結晶格子に歪みがあったりと、完全な結晶ではないことがわかります(図2左下参照)。完全な結晶を作るのは非常に困難です。このような欠陥は光を微妙に曲げ、高い精密さを要求されるエレクトロニクスの用途などで問題となります。

図1. 蛍石の結晶図1. 蛍石の結晶。左の試料は直径100mm厚さ40mm。右の試料は直径30mm厚さ30mm。

石英ガラスから蛍石へ

 半導体の高集積化にともない、電子部品は日々微細化しています。それらを作る製造装置も、より小さな部品を作ることができるよう改良されてきました。
 例えば半導体露光装置(図3)。これは、回路パターンが描かれたレチクル(原画)にレーザー光を照射し、シリコンウエハ*に電子回路を焼き付ける装置です。装置の要であるレンズは、カメラのレンズに比べて非常に高い精度が必要とされます。このレンズの材料として一般的に広く用いられているのは石英ガラスです。
 これまで、露光装置のレーザー光の波長は、最も短いものでArFエキシマレーザーの193nm(1nm:ナノメートルは10億分の1メートル)。ところが、より細かい回路を焼き付ける手段の一つに、より波長の短いレーザー光を用いる方法があります。
 「石英ガラスは160nmより短い波長の光を吸収してしまうので、レーザー光の波長がそれより短くなるとレンズとして使えなくなります。そこで、130nmまで光を透過できる蛍石が、レンズ材料として重要になります。」と、キヤノン株式会社先端融合研究所の向出大平《むかいで・たいへい》氏は言います。

結晶の完全さと光学特性

 キヤノンでは、露光装置用蛍石レンズの開発が進められています。「私は、結晶の完全性の評価法について研究しています。蛍石の結晶の完全性と光学特性には相関があります。試作で得られた様々な蛍石の結晶を白色X線トポグラフィーにより測定し、結晶にどれくらい欠陥があるかを調べています。欠陥が少ないほど光学特性が良いことになります。」と向出氏。それにより、「どのような条件で作れば、最適な結晶が得られるかがわかるようになります。」
 白色X線トポグラフィーは、試料にX線を当て、その回折像*により試料内部の結晶欠陥を調べる非破壊の試験法です(図4)。「白色」とは、特定の波長のX線(単色X線)ではなく、様々な波長のX線が重ね合わさった、という意味です。

図2図2. (a)は検出器に投影された回折像で、回折条件を満たす複数の像が見えている。(b)、(c)、(d)は(a)の回折像の一つに着目して円形に加工した像で、数字は試料の上面からの距離を示している。このようなシート状の像を積み上げて三次元イメージ化したものが(e)である。

白色X線で蛍石の中をのぞく

 白色X線トポグラフィーによる結晶の測定は次のように行われます。融点1418℃の蛍石を約1500℃の炉で溶かして、ゆっくり冷やすことで試料となる蛍石の結晶を作ります。これにはキヤノンのノウハウが蓄積されています。
 その試料にX線を当てるのですが、通常の実験室で使われるX線ではエネルギーが低く強度も足りないため、表面から数ミリ程度の深さまでの情報しか得ることができません。そこで向出氏は、「SPring-8の白色X線回折ビームラインBL28B2で生成される白色X線を使いました。このビームラインから出る白色X線は非常に高いエネルギーまでを含んでおり、高強度で細く絞られているため、30mmの試料も透過して内部の情報を得ることができます。」と語りました。
 試料を透過した白色X線の回折光はデジタル型検出器(注)に入り、図2(a)のように、X線の波長と結晶の向きで回折条件が満たされた楕円形の像がいくつも投影されます。これが、白色X線を用いた効果です。単色X線だと回折条件を完全に一致させなければ像が得られないので条件合わせが大変ですが、白色X線であれば様々な波長のX線を同時に利用できるため容易に像が得られます。
 向出氏は、測定技術の進歩についても語ります。「以前は検出器としてイメージングプレートというカメラフィルムのようなものを使っていました。この場合、一度撮像する度にイメージングプレートを取り出し、別の装置を使って読み取る必要がありました。そのため、測定する度に実験を中断しなければなりませんでした。しかし、高輝度光科学研究センターの梶原堅太郎研究員が検出器の撮像と試料の移動を連動させるソフトウェアを開発してくれたおかげで撮像データを直接コンピュータに取り込めるようになり、実験の効率が格段に上がりました。」

図3図3. 半導体露光装置。光源、レンズ群、レチクルステージ、ウエハステージにより構成されている。レチクルステージとウエハステージを同期し、高速に移動させながら光源からの光を集光させウエハ上にパターニングする。要となるのは直径約30cmの巨大なレンズ(レンズの写真はキヤノンオプトロン株式会社提供)。

スライスして積み上げる

 では、どのように蛍石の内部の状態を調べるのでしょうか。「CCD検出器の場合、白色X線を高さ100μm(1μm:マイクロメートルは100万分の1メートル)のシート状に整形し、高さ方向に試料を移動させながら照射して試料全体を細かく測定しました。」「高さは薄いほどより細かく観察できるのですが、あまり薄すぎると全体を見るのに測定回数が膨大になり、試料を透過して検出されるX線の強度も弱くなります。1回の測定時間は検出するX線の強度によるので、全体の測定時間などを考えて、高さを100μmにしました。」と向出氏。「X線を薄く整形でき、それでも測定に十分な強度を得ることができる。それがSPring-8のすばらしいところです。」そしてスライスした1つ1つの結晶構造を積み上げた3次元イメージが、図2左下です。図1と比べてみて下さい。あれだけきれいに見えた蛍石の結晶も実はかなり不均質であることがわかります。
 結晶の不均質の要因はいくつもありますが、その中の1つが「粒界」です。蛍石はガラスと異なり原子が規則正しく並んだ結晶構造をもっています。結晶は、溶けた蛍石が固まる時にCa(カルシウム)原子とF(フッ素)原子が規則正しく並んで積み重なっていくことでできていくわけですが、積み上がる方向が異なる結晶同士の境界では原子の並びが乱れてしまいます。この、「結晶同士の境界」を粒界と呼んでいます。図2で鱗のように見える部分が粒界です。図1のように、肉眼ではまったく均質な蛍石の場合、ほとんどの結晶の積み上がる方向の違いは10分の1度未満ですが、数度を超えるような極端に悪い粒界は肉眼でも確認できる場合があります。
 また、一つ一つの結晶は比較的完全性の高いものですが、それでも原子の並びに乱れが残っていることがあり、この乱れが多いほど不均質になります。「レンズの仕様に応じ、半導体露光装置のように精密さが必要とされるものほど均質なものにしなければなりません。」と向出氏。

図4. 白色X線トポグラフィー装置図4. 白色X線トポグラフィー装置。左から白色X線が入射し、蛍石の試料を透過、右の検出器で回折光撮像する。

証拠をそろえて技術開発に生かす

 こうして、白色X線により蛍石の結晶の完全性を評価し、高精度レンズ材料の光学特性を調べることができるようになりました。「私の仕事は、レンズ開発の裏付けとなるデータを示すことです。」と向出氏は言います。
「なんとなく失敗した。よくわからないけど良い物ができた。」ではなく、証拠をそろえ、成功と失敗の理由を明らかにして、今の、そしてこれからの開発に生かす。その姿勢が先端技術を支えているのでしょう。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●欠陥
規則正しい結晶格子の中にある配列の乱れや不純物原子の混在。格子欠陥。

●シリコンウエハ
ICチップの製造に使われるケイ素の結晶でできた薄い基板。

●回折像
X線などを結晶などに当てて得られる像。回折像から結晶構造の解析を行うことができる。


この記事は、キャノン株式会社 先端技術研究本部先端融合研究所 先端解析研究部先端解析第一研究室の向出大平氏にインタビューをして構成しました。

行事報告

来て・見て・発見!科学の不思議 第15回SPring-8施設公開

 4月22日(日)にSPring-8の施設公開が行われました。雨が降ったりやんだりのあいにくの空模様でしたが、3449名という多くの方が来場され、SPring-8を身近に感じていただけたのではないかと思います。今年は、中学生、高校生などこれからの未来を担う若い世代の方々に、なるべく多く来場していただき、科学を身近に感じていただこうとスタッフ一同努力をしてきました。今年から新たに設けられた、実験ホール一周ツアーには、恒例の加速器ツアーとあわせ、1000名を超える多くの方々からの申し込みがあり、両コース合わせて各300名以上の当選者に参加をしていただきました。惜しくも当選されなかった方、来年もぜひ応募してください。(独)理化学研究所の電子顕微鏡の公開では、実際に電子顕微鏡の操作ができるということで、40分もの待ち時間があったにもかかわらず、多くの方が自分で細胞内部の構造を撮影し、その記念の写真を持ち帰られていたようです。科学講演会では、兵庫県立先端科学技術支援センターの千川純一所長に、毛髪分析による健康診断の可能性についてご講演をいただきました。放射光を用いた毛髪内の元素分析でなくてはわからない情報があり、がん診断の可能性についての研究も進展している様子をわかりやすく解説していただきました。
 また、(独)理化学研究所の高田昌樹主任研究員による、超微量のアスベスト検出手法に関しては、最近の厳しい基準をクリアする条件で微量のアスベストを検出するために、SPring-8を用いることが大いに有効であることが、様々な事例を交えて紹介されました。セミナーでは人間の皮膚をテーマに八田一郎((財)高輝度光科学研究センター)、國澤直美((株)資生堂)、小幡誉子(星薬科大学)の3名の講師の方に講演をいただきました。肌を美しく保つのは女性の永遠の願いかと思います。会場には多くの女性の姿が見受けられました。蓄積リング棟実験ホール内で開催された、工作、実験などの出し物の多くも、スタッフが、新たにアイデアを絞って考えたものでした。皆様お楽しみいただけたでしょうか?そして科学を身近に感じていただけたでしょうか?
 今年が供用開始10周年ということで、SPring-8は、新たなフェーズに踏み出そうとしています。来年も引き続き新しい企画を考え、施設を紹介する機会を設けたいと考えておりますので、ぜひご来場をお願いいたします。

超伝導体で遊ぶマイスナー効果を体験してみよう 来て、見て、さわって!電子顕微鏡 実験ホール一周ツアー 光を追う猫
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実施した行事

●4月27日 平成19年度第1回光・量子デバイス研究会(SPring-8)
●4月29日 播磨科学公園都市まちびらき10周年記念セレモニー(兵庫県立先端科学技術支援センター)
 平成19年度はSPring-8の立地する播磨科学公園都市がまちびらき10周年を迎えることになりました。「播磨科学公園都市のさらなる発展を語る」をテーマにしたシンポジウムが行われ、パネリストとして財団の吉良理事長が参加しました。また、進出企業とともにパネル展示を行い、播磨科学公園都市でSPring-8が担う責任の重さを再認識した一日でした。

今後の行事予定

●第7回SPring-8夏の学校のご案内
 参加対象:主として大学院修士(前期)課程に在学中の大学院生、及び学部4年生
 募集人数:40名程度
 申込締切:5月25日(金)
 問い合わせ先:第7回SPring-8夏の学校事務局
 TEL:0791-58-0987 FAX:0791-58-0988
 ホームページ

SPring-8 Flash

理研 播磨研究所 石川哲也センター長が「平成19年度文部科学大臣賞(開発部門)」受賞

理研播磨研究所石川哲也センター長

 (独)理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センターの石川哲也センター長が、平成19年度の文部科学大臣表彰科学技術賞(開発部門)を受賞しました。同賞は、我が国の社会経済、国民生活の発展向上等に寄与し、実際に利活用されている画期的な研究開発若しくは発明を行った者を対象とするものです。石川センター長は世界一の第3世代放射光源であるSPring-8の建設以前には未開発であった数々のビームライン技術を実用化し、それが世界標準となった今では、世界中の放射光施設のユーザーがその恩恵を受けています。このような「大型放射光X線光学系の開発」への貢献が高く評価され今回の受賞に至りました。授賞式は4月17日に東京虎ノ門パストラルにて行われました。石川センター長は現在、SPring-8に併設して研究開発および建設が進んでいる第4世代放射光源のX線自由電子レーザー計画のプロジェクトリーダーとして、今後ますます活躍が期待されます。

中村哲也主幹研究員が「本多記念研究奨励賞」受賞

 (財)高輝度光科学研究センターの中村哲也主幹研究員が「放射光を用いた新しい磁気測定に関する研究」で第28回本多記念研究奨励賞を受賞し、5月11日(金)に東京神田の学士会館においてその表彰式が行われました。本多記念研究奨励賞は、わが国の金属・磁性研究の礎を築かれた、本多光太郎博士の学徳を顕彰するために設立された(財)本多記念会が設けている賞で、金属に関連する研究で優れた業績を上げた若手研究者に対して贈られる賞です。
 磁性体は身の回りのさまざまな場面に役立っていますが、その磁性体の構成元素に円偏光をあてると、円偏光の回転方向と磁化の方向に応じて光の吸収強度に差が現れます。この現象を磁気円2色性といい、SPring-8のような高輝度放射光施設における物質研究の有力な手法になっています。中村主幹研究員はSPring-8において、サンプルの温度が可変で、磁界も1.9テスラまで連続的に変化させることができる装置を開発し、多くの興味深い磁性体の研究を行ってきました。磁気円2色性のみならず放射光を用いた他の手法による磁性研究も推進しています。また、国内外の数多くの共同研究者との協力も行い、その成果は大きく評価されています。このたびの受賞はそれらの成果に対して贈られたもので、今後のよりいっそうの活躍が期待されます。

中村哲也主幹研究員が「本多記念研究奨励賞」受賞磁気円2色性測定装置と中村主幹研究員

SPring-8研修会「マイクロビームX線を用いた毛髪の構造解析」

 4月10日(火)、11日(水)に(財)高輝度光科学研究センターにおいてSPring-8研修会「マイクロビームX線を用いた毛髪の構造解析」が行われました。参加者は20名でした。初日午後の手続きに続いて、講演と実施例の紹介がありました。実施例の紹介では、(株)カネボウ化粧品の井上敬文氏、花王(株)の梶浦嘉夫氏によりビームラインBL40XUのマイクロビームX線を用いた毛髪のキューティクル、コルテックスの研究例が詳しく報告され、研修会参加者にはマイクロビームX線を用いて実際にどのようなことが行えるのかが分かり易く説明され、大変好評でした。夜には実習がはじまり、実習担当者のきめ細かな対応により、各自が持ち寄った毛髪試料の測定を行いました。11日の朝には研修会参加者が集まり、質疑が行われました。一部の方の実習が終わった後であったので、X線検出器の適切な大きさやピクセルサイズなどについて具体的な質問がありました。夕方には予定していた全ての実習が終了しました。キューティクルの傾き角度、および繊維間距離などの簡単な解析を体験しました。今回の研修会を通して、マイクロビームX線回折が毛髪研究者にとって微細構造を知る重要なツールであることを認識できました。これを基に価値のある実験成果が生み出されることが期待されます。

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