大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 33号(2007.7月号)

研究成果・トピックス

~SPring-8で小さなかけらから太陽系のなぞを探る~

太陽系のレシピ

 太陽系は何を材料にどうやって作られたのでしょうか。
 太陽系には、太陽、惑星、衛星、あるいは小惑星、彗星といった様々な天体がありますが、原材料は何なのでしょう。これは、生命がどうやって誕生したかにも関わる非常に重要な問題です。
 太陽系の材料や作られ方を知る方法はいくつか考えられます。有力なものとして、太陽系誕生当時の姿を現在まで残している彗星を調べる方法があります。彗星は太陽系の外縁部からやってきます。太陽に近いところでは太陽のエネルギーを受けて材料が変化してしまっていますが、外縁部の星であればその影響を受けないのです。

スターダスト計画

 これまで望遠鏡による観測で、彗星が金属、岩石、氷、あるいは有機物などからできていることが、おおまかにわかっていました。そこでNASAは、太陽に近づいたヴィルト第2彗星がまき散らすダスト(塵)を集めて地球に持ち帰り、調べることにしました。それがスターダスト計画(図1)です。
 1999年に彗星探査機「スターダスト」を打ち上げ、足掛け7年のミッションを終えてサンプルが地球に到着したのが2006年1月。約半年間初期分析された後、8月から世界中の地球惑星科学者らにより、サンプルの詳しい分析が始められました。

図1. スターダスト計画の探査機「スターダスト」図1. スターダスト計画の探査機「スターダスト」。ヴィルト第2彗星(81P/Wild2)の背後に回りこみ、まき散らされたダストを採取した(右)。ダスト採取装置は、密度が5~30グラム/リットル(水の100分の1程度)という世界一軽い固体であるエアロジェルのセルが並べられたもの(左)。(いずれもNASA提供)

まずは触れずに調べる

 大阪大学の土`山明教授は、九州大学の中村智樹准教授らと共に、彗星のダストが何からできているか、どうやって作られたかを研究しています。「私たちはダストの成分を調べ、太陽系の起源物質を詳しく探ろうとしています。」と土`山教授。
 採取したダストは、図2のようにエアロジェル*のセルに突き刺さっています。ほとんどのダストの大きさは、10マイクロメートル以下です。これを分析していくのですが、中に埋まったダストをいきなり掘り出すことはしません。ダストの“刺さり方”から得られる貴重な情報があるからです。
 ダストの刺さった跡を「トラック」と呼びますが、その形には太いものや細いもの、長いものや短いものがあります(図3、表紙図)。ダストがセルに刺さる速度は毎秒約6.1キロメートルでみな同じなので、トラックの形の違いには何か理由があるはずです。
 土`山教授は、「ダストの成分とトラックの形に関係がある」と考えています。「ダストがセルに衝突したとき、その衝突エネルギーによりダストが熱せられます。ダストの揮発性成分*が蒸発してまわりのエアロジェルを押し広げているとしたら、太いトラックを形成するダストは揮発性成分が多いことになります」。揮発性成分は有機物、そして氷の可能性も考えられ、生命の起源につながる可能性がある重要な成分です。

図2. ダスト採取装置の拡大図(左)とダストが刺さった部分を切り出したサンプル(右)図2. ダスト採取装置の拡大図(左)。中央のセル(1セル=1×2cm)にダストが突き刺さっている(NASA提供)。ダストが刺さった部分を切り出したサンプル(右)がNASAより提供される。
図3. X線CT撮影により解析された様々なトラックの形図3. X線CT撮影により解析された様々なトラックの形。矢印方向からダストが入射。X線CT撮影により求めた。
表紙の図:彗星のダストの衝突によって開けられた穴表紙の図:彗星のダストの衝突によって開けられた穴

興味深い結果に

 ダストサンプルの測定実験は、SPring-8のビームラインBL47XUを使って行いました。サンプルをマイクロメートルの精度で分析するには、強い強度と高い平行性を持った高輝度放射光が必須です。
 このビームラインでは、X線CT撮影と蛍光X線分析を、セットアップを変更せずに行うことができます(図4)。X線CT撮影は土`山教授が担当し、測定サンプルの3次元構造からトラックの精密なサイズ(長さ、太さ、体積)やトラック内で分裂したダストの分布を求めます。蛍光X線分析は中村准教授の担当で、元素分布を解析します。ダストの主な成分は比重の重い金属や岩石なので、トラック全体に含まれる鉄(Fe)の総量から、トラック内でバラバラになったダストの総質量を推定することができます。
 こうしてトラックの形とダストの質量を比べると、「今のところ、トラックが太くて短いと揮発性成分が多く、細くて長いと揮発性成分が少ない傾向が出ています。」と土`山教授。「NASAから提供されたサンプルは9つ。そのうち3つがまだ分析中なので、結果が出るのを楽しみにしています」。

図4. 実験装置図4. 実験装置。SPring-8の放射光(A)をダストの入ったサンプル(B)に照射させ、X線CT撮影(C)と蛍光X線分析(D)を行う。

手に取って調べていく

 土`山教授と中村准教授は、より詳しい情報を得るため、ダストを取り出して行う直接分析も始めています。ただ、今回提供されたサンプルからは、ダストを掘り出すことはできません。NASAの許可がいるのです。サンプルを有効活用するため、サンプルに触れない実験を先に行うという国際ルールが定められているからです。
 「ダストの成分とトラックの形の関係については、これからまだ追求しようと思っています。そのために今、ダストを掘り出していいサンプルをNASAにリクエストしています。」と土`山教授は今後の実験方針を語ります。サンプルに触れずに分析するのは、やはり限界があるのです。「取り出したダストをダイヤモンドナイフで薄くスライスして、電子顕微鏡で内部の構造を調べます」(中村准教授)。また、どの同位元素が何%含まれているかの分析を行うなどして、研究を進めていく予定です。

太陽系の始まりに何があったのか

 はじめに、彗星を調べることで初期の太陽系がどうなっていたかわかると言いました。しかし、スターダストが持ち帰ったサンプルは彗星ダストが採取装置に衝突した後のものです。衝突前のダストがどうなっていたかが重要なのです。土`山教授と中村准教授が行っている一連の実験の目標はここにあります。彗星ダストが詳しくわかると、彗星本体のことがわかり、それが太陽系初期の理解につながります。
 誕生したての太陽系は、ガスとダストの円盤状になっていたと考えられています。その後時間が経つにつれて、円盤を構成する小さな粒が衝突合体を繰り返してどんどん大きな塊になっていき、最後に惑星ができ上がりました。これが現在、有力な説です。
 中村准教授は、「何年も太陽系の起源を研究してきて、この説だけではまだ不十分だという感覚を持っています。特に初期の太陽系で本当は何が起こったのか。彗星を手がかりに少しでも当時の様子がわかればいいと思っています」。そして土`山教授らは、「太陽系の原材料が何かわかったとします。では、それはいったいどこから来たのでしょうか。非常に興味をひかれます。」と壮大なテーマを語ってくれました。
 太陽系はどのように作られたのか。材料は何か。その材料はどこから来たのか。ほんの数マイクロメートルの小さなかけらから、とてつもない大きなスケールのことが見えてくる。これが、この研究の醍醐味なのかもしれません。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●エアロジェル
 発泡スチロールのように多孔質で非常に低密度の半透明固体。自身の2000倍もの重さを支える強度、驚異的な断熱性など、様々な特性を持つ。スターダストで用いられたのはシリカ(SiO2)製。

●揮発性成分
 低温でも蒸発しやすい性質を持つ物質。


この記事は、大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻教授の土`山明氏と、九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門准教授の中村智樹氏にインタビューをして構成しました。

最近のプレス発表

●水銀に隠されていたもうひとつのゆらぎ-天才物理学者L.D.ランダウの予言を実証-(5月8日)
●光で分子の結合状態を変えることに成功-一色の光が操る世界初の光スイッチングの可能性-(5月11日)
●ダイヤモンドを超電導に導く格子振動の発見(5月18日)
●細胞外から細胞内へ分子を取り込む細胞膜陥入機構を解明-生命現象の基本であるエンドサイト-シスの一端が明らかに-(5月19日)
●細胞の発生・増殖・分化などを制御するタンパク質の構造と機能を解明-大腸ガンや肝臓ガンなどの発生メカニズムの基礎研究-(5月28日)
●浸水環境下で使用される電力ケーブルに発生する絶縁不良部分の元素分布を可視化することに成功(6月8日)
●1,000億分の1の確率で生まれる光子の姉妹を世界で初めて高精度キャッチ-X線で物質の結合状態を直接観測するツールが可能に-(6月14日)

プレスリリースの詳細はSPring-8ホームページからご覧いただけます。

行事報告

女性研究者が手がける有機・高分子材料科学~放射光利用研究の現状と将来~開催

女性研究者が手がける有機・高分子材料科学~放射光利用研究の現状と将来~開催

 2007年6月1日(金)、普及棟中講堂にて、JASRI/SPring-8講演会「女性研究者が手がける有機・高分子材料科学-放射光利用研究の現状と将来-」(協賛:(独)理化学研究所、(社)高分子学会、SPring-8利用者懇談会)が開催されました。本講演会は、有機・高分子材料分野の女性研究者の先端放射光利用と女性研究者間のネットワーク作りを促進する目的で企画されました。冒頭に、吉良理事長から、女流ではなく女性研究者としてサイエンスにおける活躍を期待しているとのご挨拶がありました。協賛機関を代表して、高分子学会常任理事の高原淳教授(九大・先導研)と高田昌樹主任研究員(理研播磨研・JASRI)からのご挨拶の後、北村英男主任研究員(理研播磨研)、今栄東洋子特別研究教授(慶応大・理工)、栗原和枝教授(東北大・多元研)、剣萍教授(北大・理)、池田裕子准教授(京都工繊大・工芸科学)、毛利恵美子助手(九工大・工)、佐藤春実博士研究員(関学大・理工)、渡邊香織研究員(JST研究成果活用プラザ広島)、長谷川美貴専任講師(青学大・理工)、そして佐々木園副主幹研究員(JASRI)から、それぞれの研究成果と放射光利用について講演いただきました。また、女性研究者としてのあり方と社会参画との関わりについてのお考えも述べて頂き、昼食時間が足りなくなるほどの活発な議論が行われました。閉会にあたって、高分子学会男女共同参画委員長の栗原和枝教授が、女性研究者の存在意義と、積極的な本活動への今後の取り組みについて述べられました。参加者数は約40名で、懇親会を兼ねた昼食会と施設見学を行い、和やかな雰囲気で盛会のうちに終了しました。

第6回非弾性X線散乱国際会議(IXS2007)開催

第6回非弾性X線散乱国際会議(IXS2007)開催

 2007年5月7日から11日の5日間、淡路夢舞台国際会議場(兵庫県淡路市)で第6回非弾性X線散乱国際会議(IXS2007)が開催されました。11カ国、53の大学・研究所等から、115名の研究者が集いました。その内、18名が国内外の学生で、非弾性X線散乱研究分野の健全性を示しています。
 非弾性X線散乱は基礎物理で重要な格子振動、電子励起、電子軌道、フェルミ面などを研究する実験手法です。SPring-8は非弾性X線散乱研究に最適な放射光施設で、8本のビームラインにおいて非弾性X線散乱の実験が活発に行なわれています。
 会議では最新の研究成果が報告されました。プログラムは、実験手法別の総合報告に続いて、「水」、「強相関電子系物質」、「格子振動」、「非弾性X線散乱の研究フロンティア」、「電子状態」、「新技術と次世代光源」をテーマとした口頭発表と約70件のポスター発表がありました。会期中はSPring-8の運転停止期間と重なったため、SPring-8のスタッフとユーザーは議論に集中することができ、有意義な時間を過ごすことができました。

今後の行事予定

●高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ
 SPring-8内で行われる3日間のキャンプでは研究者の指導を直接受けながら体験実習を行います。
 8月8日(水)~10日(金)(SPring-8)

実施した行事

●6月4日~8日 トライやるウィーク
 上郡中学校の生徒10名がSPring-8で体験実習を行いました。生徒たちからは「一週間を通して、色々な体験をさせて貰い、たくさんの思い出や経験ができた。」と勤労する喜びと大変さを体験できた一週間となったようです。

SPring-8 Flash

安田伸広研究員が日本化学会第87春季年会優秀講演賞を受賞

安田伸広研究員が日本化学会第87春季年会優秀講演賞を受賞

 (財)高輝度光科学研究センターの安田伸広研究員が、3月25~28日に行われた日本化学会第87春季年会にて「放射光マイクロビームによる極微小単結晶内での結晶相反応解析手法の開発」というタイトルで講演を行い、優秀講演賞を受賞しました。
 この賞は発表内容、プレゼンテーション、質疑応答などにおいて優れ、今後の研究活動発展の可能性を有すると期待される講演に対して贈られるものです。
 単結晶X線構造解析は、単結晶にX線を照射し、回折してきたX線を解析することで、結晶中の分子の構造や配列を明らかにする手法です。一般に実験室のX線装置では数100μm程度の単結晶を用いて測定を行いますが、大きな単結晶を作りにくいタンパク質の結晶構造や、新機能物質の反応現象を調べるには数ミクロン~サブミクロンの単結晶を用いた計測が必要とされ、これは高輝度で高い平行性を持つSPring-8の放射光でなければ実現しません。
 現在SPring-8では、JSTのCREST研究プロジェクト「反応現象のX線ピンポイント構造計測」(研究代表者理研高田昌樹主任研究員)で、計測装置の開発により、その実現を目指しており、安田研究員は中心メンバーとして今回の研究成果を挙げました。
 講演では、X線を集光し、さらに高輝度化することにより500nmφの無機化合物単結晶の構造解析に成功したこと、また、熱反応によって結晶性が劣化する有機化合物のわずかに残された単結晶領域に集光X線を照射し、反応後の分子構造を明らかにしたことが報告されました。
 これにより、粉末一粒程度の微小結晶、ミクロンを切るナノメーター領域の構造解析、反応現象過程の詳細な追跡研究が実現に一歩近づきました。

相生ペーロン祭(ペーロン競漕)に出場

相生ペーロン祭(ペーロン競漕)に出場

 相生湾に初夏の訪れを告げる「相生ペーロン祭、海上の部」が5月27日(日)に、相生湾の特設会場で開催されました。
 今年もSPring-8からは、地域との交流や親睦を図るとともに、選手間の親睦等レクリエーションを目的とした「SPring-8」チームがオープンレース、Aブロックに参加しました。
 今年のSPring-8チームは乗員32名中、艇長・銅鑼・太鼓を含み17名が新人という厳しい状態でしたが、女性10名を含む、新・旧メンバーがチーム一丸となって陸上練習(おかペー)と海上練習に取り組みました。
 当日は晴天にも恵まれ新人たちは、はじめての体験に不安な気持ちとSPring-8の期待を胸にペーロン船「白龍」に乗り込み、タイムは3分50秒23と、昨年のタイムには少し及びませんでしたが、43チーム中29位と選手一同さわやかな気持ちでペーロン祭を楽しむことができました。また今回たくさんの方が応援に来て頂きました事を書面をお借りしてお礼申しあげます。

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