SPring-8 NEWS 34号(2007.9月号)
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供用開始10周年
![]() ![]() 美しい髪は、毛髪を構成する細胞の分布が均一 |
研究成果・トピックス
~ツヤがある髪の毛の秘密~
女性の憧れ“天使の輪”
「ツヤのある美しい髪の毛」。奈良時代には既に、「五味子(さねかずら)という植物の、つるや葉から出るネバネバの汁を髪につけ、整えたり、ツヤを出したりした」と言いますから、今も昔も、女性たちの美しい髪への憧れは変わらないようです。
「髪の毛のツヤ」とは、髪にあたった光の反射のことです。反射する部分としない部分の境界がくっきりしているほど、反射光が強くなり、光の輪ができます(図1左)。この光の輪は“天使の輪”と呼ばれ、ツヤのある髪の象徴です。

加齢にともなう髪の悩み
石鹸や化粧品などで知られる花王は、シャンプーやコンディショナーといったヘアケア製品にも力を入れています。20年ほど前からは、より消費者の声に応えたいと、加齢にともなう髪の変化について広く調査・研究をしてきました。その成果として、年齢とともに毛髪が細くなることなどがわかっています。
2005年には、首都圏に住む10代~50代の女性1500人を対象に「毛髪悩みアンケート」調査を行いました。その結果、「白髪」に次いで、「ハリ・コシ・ボリュームがない」「ツヤがない」といった悩みが年齢とともに急増していることがわかりました。
「ハリ・コシ・ボリュームがない」という悩みは、既に知られている「毛髪が細くなる」ことが関係していると考えられます。しかし、「ツヤがない」という悩みについては、これまであまり研究されておらず、原因もわかっていませんでした。
こうして「髪のツヤ」に迫る研究が始まったのです。
ツヤとうねりの関係
まず、最近6カ月間に、パーマをかけていない女性230名の協力のもと、1人1人の髪のツヤを、手触りなどの官能評価と数値化したツヤ値とで評価しました。その結果、加齢にともない、“天使の輪”がハッキリしなくなること、また、ツヤ値は20代と比べて50代では約20%、60代では約30%低下していることがわかりました(図2)。
このように、当人たちが感じている「加齢にともなう髪のツヤの低下」は、客観的な事実として明らかになりました。では、その原因はいったい何なのでしょうか。
花王では、これまでのクセ毛の研究から、「うねりのある毛髪ほどツヤがない」という結果を得ていました。これをヒントに、加齢にともなう髪のツヤの低下も“髪のうねり”と関係があるのではないかと考えました。先ほどの女性230名から毛髪を提供してもらい、うねりの程度を測ったところ、強いうねりが現れる頻度は、10代の36%から60代の75%へと年齢とともに増えていました(図3)。
加齢とともに髪のうねりは強くなり、それにともなってツヤも低下していることが明らかになったのです。


髪のうねりを支配するコルテックス細胞
うねりの強い髪と直毛とは、どのような違いがあるのでしょうか?
1本の髪は大きくわけると3つの層からできています。外側からキューティクル、コルテックス、メデュラです(図4)。美しい髪と聞いて、私たちが、まっさきに思い出すキューティクルは一番外側にあるため、傷つきやすく、髪のツヤや感触を大きく左右します。
しかし、髪のうねりの原因はこのキューティクルではありません。内側のコルテックスという細胞の構造に関係しています。
1本の毛髪はコルテックスが束になったもので、1つ1つのコルテックスの中には縦方向に繊維が走っています。この繊維が並行に並んでいるか、ねじれて並んでいるかの違いによってコルテックスは2種類に分けられます(図5)。花王は、この2種類のコルテックスを染め分ける技術を持っており、以前おこなった「クセ毛の研究」で、うねりの強い髪の毛ほど、2種類のコルテックスの分布に偏りが大きいことを見出していました(図1右)。そこで、加齢にともない、コルテックスがどのように変化しているかを調べることにしました。しかし、この染色方法では定性的な評価が限界で、加齢にともなう微妙なコルテックスの変化を知ることはできませんでした。
そこで、世界最高性能を持つSPring-8による研究が必要になったのです。
花王と共同研究者の東京大学大学院新領域創成科学研究科の雨宮慶幸教授は高フラックスビームライン(BL40XU)*をつかったマイクロビームX線小角散乱法*で、コルテックスの偏りの程度を調べました。「毛髪繊維の直径はおよそ100μm(1μm:マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)。毛髪の微小部分の内部構造を解析するためには、5μmの分解能で解析できるBL40XUは最適なのです」と花王メイクアップビューティ研究所副主席研究員の伊藤隆司さんは話します。
図6のような小角散乱像が得られ、加齢にともなってうねる髪の2種類のコルテックスは偏りが大きくなることを、初めて定量的に評価できました。



うねりの改善=ツヤの回復
花王は有機酸の一種が髪のうねりを改善することを見出しました。「うねりを改善すれば、ツヤを取り戻すことができる」ことを示した研究結果によって、「この有機酸が入ったシャンプー、コンディショナー、トリートメントは髪のツヤを改善する」ことが科学的に裏づけられたことになります。今年4月に発売になった「セグレタ」は、まさにこの成果をもとに作られたヘアケア製品です。
「SPring-8の結果があるから、私たちはこの製品を自信をもってお薦めできるのです」と伊藤副主席研究員。消費者に信頼できる製品を届けたいという強い思いが伝わってきました。
髪のツヤの研究はまだまだ続く
「この研究の意義は、“髪のツヤ”に関係する毛髪構造を細胞レベルで初めて定量的に評価した点にあります」と伊藤副主席研究員は話します(図7)。しかし、これですべてが解明したわけではありません。
この有機酸は髪のうねりを改善しますが、コルテックスにどのように働きかけて変化させるのかといった詳しいメカニズムについては、まだわかっていません。今後実施される、この有機酸の作用に焦点を当てた研究にとって、SPring-8での構造解析はますます重要になることでしょう。
そして、その成果は私たちに、より効果の高いヘアケア製品を提供してくれるのです。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ
用語解説
●BL40XU
このビームラインでのX線の強さ(輝度)は世界最高(従来のX線発生装置の約1億倍)で、この強力なX線を用いることで複雑な構造を持つ生体器官などの詳細な立体構造解析ができる。
●マイクロビームX線小角散乱法
X線マイクロビーム(大きさを1/1000mmのオーダーに絞ったX線)を物質に照射して散乱するX線のうち、散乱角が小さいものを測定することにより、物質の構造情報を得る手法。
この記事は花王株式会社 ビューティケア研究センター メイクアップビューティ研究所 副主席研究員の伊藤隆司氏と、主任研究員の長瀬忍氏にインタビューをして構成しました。
行事報告
第7回SPring-8夏の学校

JASRI・兵庫県立大学共催の「第7回 SPring-8夏の学校」は、7月6日~9日の日程で、全国から40名の大学院生および学部生の参加を得て開校されました。初日には4つの基礎講座、2日目と3日目に10本のビームラインを使った実習、4日目に4つの応用講座がカリキュラムとして組まれました。実験ホール・ニュースバル・X線自由電子レーザー試験加速器の見学も行いました。今年の特別企画として、SPring-8供用10周年事業の一環で上坪宏道先生(SPring-8初代所長で夏の学校の設立にも尽力された)に特別講演をお願いしました。SPring-8の成り立ちから最近の応用研究まで幅広い知識をもとに啓蒙的なお話しで、参加者は強い感銘を受けているようでした。
第4回日本放射光学会若手ワークショップ

8月6・7日の2日間、SPring-8で行われた日本放射光学会若手ワークショップには約110名の若手研究者(自称を含む)が会しました。今回は「次世代放射光源を用いた生命科学未踏領域への挑戦」のテーマで、放射光科学と放射光分野に関連した生命科学の最先端の研究について13件の講演が行われました。さらにその講演を踏まえ、次世代放射光XFELの干渉光を利用していかに生命現象を解析していくか、また細胞レベルから分子レベルに至るスケールをもったシステムである生命を理解していくにはどうしたらよいか、分野の垣根を越えた熱い議論が繰り広げられました。
高校生のためのサイエンス・サマーキャンプ2007
科学技術への理解と啓発を目的に兵庫県下の高校生17名が参加したサイエンス・サマーキャンプが8月8日~10日の日程で開催されました。初日はX線レーザーに関する講演、SPring-8の見学、西はりま天文台での天体観測が行われました。2日目は4班に分かれて、「波の性質」「磁気情報」「光通信」「物質の構造」の中から1テーマを選んで実験しました。自分で考えることを重視しているため、わからないことがあっても講師や先生はすぐには教えてくれません。夕食後、3日目の発表に備えて、実験のまとめを行いました。高校生たちがどのようにまとめるか自主的に議論しているのが印象的でした。3日目の発表はどの班も非常によくできていました。
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レーザーで情報をよんでみよう
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光や音の不思議な振る舞い
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実習のまとめ作業風景
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参加者からは「将来SPring-8を使いに来たい!」という声もあり、
このキャンプから将来の研究者が誕生することに期待できそうです。 |
SPring-8 Flash
入舩教授(愛媛大)、高圧地球研究などでフンボルト賞を受賞
2007年6月14日、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター長、入舩徹男教授がドイツのアレキサンダー・フォン・フンボルト財団よりフンボルト研究賞を授与されました。同賞は、近代地理学の祖とされる著名なドイツ人博物学者・探検家、アレキサンダー・フォン・フンボルトの名が冠せられ、さまざまな分野で国際的に傑出した業績を挙げた研究者に対して贈られる最高の栄誉です。入舩教授は地球の内部物性や構成物質に関する研究において、世界に先駆けて高温高圧装置とX線によるその場観察実験を取り入れるなど精力的に努められ、特にSPring-8の高温高圧ビームライン(BL04B1)を利用した研究により、マントル構造や海洋プレート物質の解明に飛躍的な進歩をもたらしました。また、材料開発にも積極的に取り組まれ、高圧装置を使って世界で最も硬い超高硬度ナノダイヤモンド(HIME-DIA)の合成にも成功されています。このような世界第一線級の研究成果が評価され、日本人としてはノーベル賞の小柴昌俊・東大名誉教授らに続き34人目、地球科学の分野では3人目の受賞となりました。授賞式は2008年4月3~6日にドイツで行われる予定です。
金谷教授(京都大)、松下教授(名古屋大)が平成18年度高分子学会賞受賞
大型放射光などを使ってポリマーの結晶化機構や相分離構造を明らかにした金谷利治教授(京大)と松下裕秀教授(名大)が、今年の高分子学会賞を受賞し、5月29日京都国際会議場で表彰式が行われました。金谷教授の研究は、広くポリエチレンなどの結晶性ポリマーが結晶化する過程で結晶核生成以前の誘導期にも非晶構造中で構造形成があることを、SPring-8の構造生物学Ⅱ・小角散乱ビームライン(BL40B2)などで見い出したものです。松下教授の研究は、高度なアニオン重合技術をもとにして様々なブロック共重合体を精密合成し、それらが固体でつくるミクロ相分離構造をSPring-8の高フラックスビームライン(BL40XU)などで明らかにしたもので、その断面が整数多面形の集合体となるアルキメデスのタイリングパターンを分子設計により次々と実現しています。いずれの場合も、SPring-8の高輝度X線によりメソ領域での規則構造解析が実現したもので、大型放射光施設をつかうX線小角散乱のソフトマタ-研究での有効性が顕著となった今回の受賞です。
実施した行事
●7月19日 SPring-8ワークショップ「ヘルスケア」(東京)
●7月20日 SPring-8ワークショップ「放射光による金属組織観察技術の現状」(東京)
今後の行事予定
●9月10日~20日 第1回アジアオセアニアフォーラム放射光科学夏の学校 -ケイロンスクール2007-
●10月19日 SPring-8供用開始10周年記念式典
●10月29日~30日 第11回SPring-8シンポジウム