大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 42号(2009.1月号)

目次

研究成果・トピックス
~ナノテクノロジーで新しい“物質”をつくる~

SPring-8 Flash
SPring-8を使った研究の受賞情報!
第1回SPring-8萌芽的研究アワード受賞者決定
(萌芽的研究支援ワークショップ)
第6回ひょうごSPring-8賞

行事報告
第12回SPring-8シンポジウム
SPring-8ビーム物理研究会2008の開催

お知らせ
4/26(日)に決定!第17回SPring-8施設公開

アメリカの建築家、リチャード・バックミンスター・フラーが設計したエクスポ’67のアメリカパビリオン。
アメリカの建築家、リチャード・バックミンスター・フラーが
設計したエクスポ’67のアメリカパビリオン。
フラーレンの名前の由来となった。

研究成果・トピックス

ナノテクノロジーで新しい“物質”をつくる

次々に生まれる新物質

 私たちは、身の回りの物質がもつ性質を便利に利用して暮らしています。逆の見方をすると、物質の性質が便利さを決めているともいえます。今後、新しい物質が発見されれば、私たちの生活は大きく変わるでしょう。そんな発見がナノスケール(ナノは10億分の1メートル)の世界では、今なお続いています。
 代表的な例をあげると、1985年にフラーレンという物質が発見されました(図1)。この新しい物質は、炭素原子が60個集まってサッカーボールのような形をしていることから、当時たいへん話題になりました。さらに、1991年には、筒状のカーボンナノチューブが見つかり、ナノテクノロジーの常識を変えました。そして、2008年1月、名古屋大学の北浦良准教授と篠原久典教授は、ナノスケールの金属ワイヤーの合成に成功しました。

図1. 炭素の同素体 図1. 炭素の同素体
炭素の同素体といえば、ダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)であった。
そこに、フラーレンとカーボンナノチューブが加わった。

最も小さな世界

 「東洋では、ナノ(10-9)のことを塵(じん)といいます。ナノテクノロジーはまさにチリの技術。しかも、これよりさらに小さい世界は原子の内部のことになります」と篠原教授。私たちがいるこの世界に直結している最小の単位がナノだということです。
 1959年に、アメリカのノーベル賞物理学者であるリチャード・ファインマンが、「この世界を小さいほうに向かっていくと限界があって、そこには、まだまだ研究の余地がある」と予言して以来、ナノテクノロジーの研究の歴史は始まりました。2000年にクリントン大統領が一般教書演説の中で、注目の技術として取り上げたことで、ナノテクノロジーは広く知られるようになりました。
 最近のナノ研究の進展は、80年代中頃からの、ナノ観察技術の進歩によるところが大きいとされます。例えば、鋭くとがった探針(プローブ)を物質の表面に近づけて、流れる電流から表面の原子レベルの構造がわかる「走査トンネル顕微鏡」は1982年に開発されました。また、微細構造を観察するための大型放射光施設SPring-8の建設構想がでてきたのも、1984年のことです。
 こうして、ナノ物質を扱えるようになり、今ではその特有の性質がさまざまに利用されています。例えば、フラーレンは、スポーツ用品のプラスチックの強度を増すために混ぜられています。また、球形構造が、紫外線で発生する肌に有害な物質を吸収することから、化粧品の成分になっています。
 一方、カーボンナノチューブは、気体を吸着するので、爆発性のある水素ガスを安全に運ぶ用途に大きな期待がかかっているほか、チューブの巻き方によって電気の通りやすさが大きく変化することを利用して、電子デバイスへの応用も期待されています(図2)。

図2. カーボンナノチューブの電子顕微鏡写真(左上)と特徴 図2. カーボンナノチューブの電子顕微鏡写真(左上)と特徴

金属ナノワイヤー

 注目のナノテクノロジー研究にあって、篠原教授らは今回、カーボンナノチューブを化学反応の反応炉として、金属ナノワイヤーを合成しました。
 カーボンナノチューブとフラーレンを混ぜて、500℃で加熱して2日間おくと、フラーレンはカーボンナノチューブの中に入り込みます(図3)。その様子が、サヤエンドウに似ていることから、peapod(ピーポッド)と呼ばれています。篠原教授は、ナノの世界で新しい物質をまた1つ見つけたいと、自分が力を入れて研究してきた金属内包フラーレン(金属原子が入ったフラーレン)とピーポッドで何か新しいことはできないかと考えたのです。
 ガドリニウム(Gd)という金属が1個入ったフラーレンを使ってピーポッドをつくり、それを1200℃の高温で処理しました。すると、フラーレンが壊れて、カーボンナノチューブの中でGdが見事に整列したのです。これは、カーボンナノチューブに被覆された金属ナノワイヤーがつくれることを意味しています。
 しかし、金属内包フラーレンを使ったこの方法では、金属の充填率が十分に高くないために、ワイヤーはカーボンナノチューブの中で、切れ切れになってしまいました。そこで、思い切って、フラーレンを使わずに、カーボンナノチューブとエルビウム(Er)の塩化物(ErCl3)を試験管に入れ、真空にして3日間、約800℃で加熱しました。電子顕微鏡で観察すると、ErCl3がカーボンナノチューブにびっしりと詰まってワイヤー状になっているらしいとわかりました(図4)。
 これが本当にErCl3であることを実証するために、X線分析を行う必要がありました。しかし、一般の研究室には、それだけのエネルギーを出せる装置はありません。そこで、北浦准教授と大学院生の小川大輔氏、今津直樹氏とをSPring-8に送り、高輝度光科学研究センターの中村哲也主幹研究員、産業技術総合研究所の斎藤毅研究チーム長らとの共同研究として、軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)を使った実験をしました。その結果、Erに特徴的なX線の吸収が観察され、カーボンナノチューブの中に、ErCl3のワイヤーができていることが確認されました(図5)。

図3. フラーレンを取り込んだカーボンナノチューブ 図3. カーボンナノチューブがフラーレンを取り込む。まるでサヤエンドウ(ピーポッド)のように見える。
図4. カーボンナノチューブ内にできるErCl3のナノワイヤー 図4. カーボンナノチューブ内にできるErCl3のナノワイヤー
図5. SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)を使った極高感度分光測定 図5. SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)を使った極高感度分光測定。
Er特有の1409eVの吸収線がみられた。

究極のナノワイヤーを求めて

 「SPring-8の結果があったからこそ、その後の実験は自信をもって行うことができました」と篠原教授。
 ErCl3に続いて、臭化ニッケル(NiBr2)やユウロピウム(Eu)のナノワイヤーの合成にも成功。今では、原子1列でできた、これ以上細くできない究極の金属ナノワイヤーの合成も可能になっています。
 純粋な金属は酸素との反応性が高いために、簡単に酸化されてしまいます。それが、カーボンナノチューブという安定な物質に包まれていることで、こんなに細いナノワイヤーが空気中でも溶液中でも安定に存在できるのです。これは、ちょうど普通の銅線がビニールで被覆されているのと同じことで、超小型電子デバイスとして利用価値が高いと考えられます。
 「今、この物質は非常に注目され、世界が私たちの研究を追ってきています」と篠原教授。研究の過程では、ナノスケールの物質には、独自の安定構造があるということもわかり、こうした構造から生じる未知の特性を探っていくのも楽しみだと話します。ナノテクノロジーは、これからますます面白くなりそうです。

コラム セレンディピティの魅力

 高校にもよく講演に呼ばれるという篠原教授が、必ずする話があります。それは、ナノテクノロジーに関わる「セレンディピティ」の物語です。セレンディピティとは偶然の発見のこと。例えば、フラーレンは、宇宙空間にある炭素のクラスター(集合体)の合成実験中に、偶然できました。カーボンナノチューブも、フラーレン合成の際にできる副産物の中から、当時、NEC基礎研究所の特別主席研究員だった飯島澄男氏によって発見されました。「大発見は自分たちには縁がないと思って、科学に興味をもてなかった学生たちの目が輝きます」と篠原教授。もちろん、この幸運に恵まれるためには、途方もない努力と経験が必要です。飯島氏は、長年の電子顕微鏡観察の経験がありました。
 しかし、自分の研究について語る篠原教授を見ていると、途方もない努力も経験も、知りたいことに向かう楽しいプロセスなのだと感じられます。

篠原教授

文:池田亜希子 協力:サイテック・コミュニケーションズ


この記事は、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻の篠原久典教授にインタビューをして構成しました。

SPring-8 Flash

SPring-8を利用した研究の受賞

第1回SPring-8萌芽的研究アワード受賞者決定(萌芽的研究支援ワークショップ)

 SPring-8では、将来の放射光科学研究の発展を担う若手人材の育成と萌芽的・独創的な放射光科学研究を創出することを目的として、大学院博士課程の学生を対象とした「萌芽的研究支援プログラム」を実施しています。同プログラムは、学生自らが実験責任者(リーダー)となりSPring-8を利用できる制度として平成17年度から開始され、これまでに約150課題が実施されています。平成20年度から、萌芽的研究支援プログラム課題実施者のうち、特に優秀な成果を上げた学生(当時)を表彰する「SPring-8萌芽的研究アワード」を新たに設置し、アワードの審査を兼ねた「第1回SPring-8萌芽的研究支援ワークショップ~SPring-8からはじめるサイエンス~」を10月29日に東京で開催しました。記念すべき第1回目となる今回は、平成19年度の課題実施者のうちから6名のエントリーがあり、成果発表が行われました。最優秀賞には、山添誠司さん(当時京都大学大学院・現龍谷大学)「WL1, L3-edge XANESの解析」、優秀賞には、石井あゆみさん(当時青山学院大学大学院・現ソニー株式会社)「LB膜法を用いたランタノイド新規発光材料の開発」が選ばれました。これからもSPring-8は研究者を目指す若い学生を支援します。(研究調整部)

高田委員長(中央)を真ん中に最優秀賞受賞 山添誠司氏(右から3番目)、優秀賞受賞 石井あゆみ氏(左から3番目)。 高田委員長(中央)を真ん中に最優秀賞受賞 山添誠司氏(右から3番目)、
優秀賞受賞 石井あゆみ氏(左から3番目)。

第6回ひょうごSPring-8賞

 ひょうごSPring-8賞は兵庫県が設置した賞で、SPring-8を利用して得られた優れた研究成果を発表した研究者を表彰しています。
 第6回目を迎え、SPring-8を利用して得られた産業利用を応用した研究成果が広く知られるところとなっています。今回はヘアケア製品を開発し、社会経済の発展に寄与している二人の研究者、花王株式会社の伊藤隆司氏とプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社(P&G)の佐野則道氏に授与されました。ヘアケア製品に対する消費者の要望が多様化および個別化するとともに益々ミクロなエヴィデンスに基づく製品開発が要求されるようになっています。両者ともにSPring-8の施設を縦横に利用しながら研究を行ってきました。受賞対象になった研究では、伊藤氏は毛髪1本の中のコルテックスの構造を小角X線回折実験により研究し、くせ毛のミクロな要因を突き止め、また、佐野氏は屈折コントラストイメージングにより毛髪1本の内部構造を観測し、毛髪処理の効果を明らかにし、製品開発に至りました。このようにSPring-8の毛髪研究ではいわゆる観測のための染色等の処理無しにイメージや回折像が観測できることを有効に使って行われ、今回の研究成果はセグレタ(花王)、パンテーンクリニケア(P&G)といったヘアケア製品の開発へ結びつきました。かれらの貢献もあり、SPring-8での毛髪研究に基づく製品開発が日本の他の企業へも広がっています。また、用いられる測定手法もさらに多様になってきています。(産業利用推進室)
2名の成果はバックナンバーに掲載しています。
P&G 佐野氏:SPring-8News 21号
花王 伊藤氏:SPring-8News 34号

兵庫県公館で行われた授賞式。 兵庫県公館で行われた授賞式。
受賞した伊藤隆司氏(左から3番目)、佐野則道氏(右から3番目)。

行事報告

第12回SPring-8シンポジウム

 今年で第12回を迎えたSPring-8シンポジウムは、10月30日(木)から11月1日(土)の3日間にわたり行われました。これまでシンポジウムはSPring-8で行われてきましたが、昨年迎えた供用開始10年を過ぎて、研究者のみならず一般の方々にもSPring-8の研究活動を広く発信をしたいという思いから、今回は東京お台場の日本科学未来館で開催しました。それを踏まえて、従来の研究者向けの研究報告に加えて、初日にはオランダから研究者を招き、ゴッホの隠された肖像画を放射光によって浮かび上がらせた研究についてご講演いただくとともに、最終日には一般向けの講演を並べました。SPring-8の解説を皮切りに、自動車の排気ガス浄化触媒の開発、昆虫の筋肉の進化、蛍光物質の開発、放射光と中性子の関わりについての講演はわかりやすいと好評だったようです。この企画は来年度以降も予定していますので、SPring-8 News読者の方々も奮ってご参加ください。(利用研究促進部門)

第12回SPring-8シンポジウム

SPring-8 ビーム物理研究会2008の開催

 本研究会は、電子ビーム、イオンビーム、光子ビームなどの量子ビームの発生、制御などに関する物理的ふるまいを基礎的観点から議論をすることを目的としたものです。近年のレーザ技術の進展による加速器技術との融合、または一部の従来技術の置換えの試みに関する発表が多かったのが、今回の会議での特色でした。招待講演の一つに皮膚科のレーザ治療の講演が近畿大学医学部の遠藤英樹先生によって行われたことも、ビーム物理が学際的な分野であること印象づけました。今後に期待を持たせる示唆に富んだ発表が多く、活発な議論が行われました。研究会には62名が参加し、6日(木)にはSPring-8施設見学ツアーが懇親会前に行われました。蓄積リング(収納部内)見学(Aコース)と、SCSS試験加速器及び、フォトカソードRF電子銃試験施設の見学(Bコース)の2班に分かれ、活発な意見交換がなされました。今後のビーム物理の発展とさらなる他分野との融合技術の発展を予感して、閉会いたしました。(加速器部門)

ビーム物理研究会オープニング(11月6日) ビーム物理研究会オープニング(11月6日)

お知らせ

4月26日(日)に決定!
第17回SPring-8施設公開~つなげよう 科学と君とのネットワーク!~

毎年恒例の施設公開を今年は4月26日(日)に開催します!
皆様とSPring-8がつながって、科学やSPring-8をより身近に感じていただくための施設公開です。SPring-8って何だろう?放射光って何だろう?の疑問や科学の魅力を「施設公開」を通してお伝えします。見て触って「科学っておもしろい!美しい!」を体験してください。

☆スケジュールやイベントなど詳細はホームページに随時掲載していきます。

4月26日(日)に決定!第17回SPring-8施設公開~つなげよう科学と君とのネットワーク!~
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