大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 45号(2009.7月号)

目次

研究成果・トピックス
~ナノの世界に手が届く-新型X線CTを開発~

SPring-8 Flash
SPring-8を使った研究の受賞情報!
第30回本多記念研究奨励賞
日本化学会第57回化学技術賞
第63回(平成20年度)日本セラミックス協会技術奨励賞
SPring-8の利用研究者がのべ10万人に!

行事報告
~SPring-8次期計画2019シンポジウム~光科学の明日~

ラット大脳の新型X線CT画像
ラット大脳の新型X線CT画像

研究成果・トピックス

ナノの世界に手が届く - 新型X線CTを開発

人の体内を画像化する

 テレビのニュースや健康番組などで、人間の脳や内臓の輪切り画像を見かけたことはありませんか。人によっては何かの検診で、実際に自分の体内画像を見たことがあるかもしれません。これらは、いま医療の世界で急速な進歩を遂げている、画像診断と呼ばれるものです。画像診断とは、脳や臓器に直接触れることなく体内の様子を画像化し、がんなどの異常を見つけようというものです。
 画像診断にはいくつかの方法があります。がん診断などに使われるポジトロン断層法(PET)、体内の水素原子濃度を画像化する核磁気共鳴画像法(MRI)、そしてSPring-8で開発が行われているX線CT(コンピューター断層撮影:ComputedTomographyの略)です。

測定したX線をコンピューター処理

 X線CTは次のような原理で体内を画像化します。体にX線を当てると一部は吸収され、残りは透過します。その透過したX線の量を測定します。ここまではレントゲンと同じです。ただ、これでは奥行き情報が足りません。そこで、試料を回転させつつX線を当てることで、全水平方向からのデータを集め、コンピューター処理して奥行き方向も含めた断面図を再現するのです。
 CT画像は通常、白黒の濃淡で表示されます。密度が高い骨などは白っぽく、密度が低い部分は黒っぽくなります。また、断面図を積み上げることで3次元画像を作り出すこともできます(図1)。3次元画像の再現には膨大な計算が必要ですが、コンピューターの性能が上がった現在ではそれが可能になっています。
 このX線CTは対象物を壊さず内部を観察できるので、医療分野だけでなく材料開発など様々な場面で使われています。

図1. マウス胸部のX線CT画像。 図1. マウス胸部のX線CT画像。
青は気管を、白は骨を示している。(Sera et al. 2004)

X線のゆがみを測る新型CT

 SPring-8では、BL20B2、BL20XU、BL47XUの3本のビームラインを使ってX線CTの測定および技術開発をしています。高品質な画像を得るための性能向上や新規手法開発が主な目的のため、医療現場で使われているような大型装置はありません。ビームラインBL20B2のX線CTでは、測定できる試料は最大20mmまでですが、約10μm(マイクロメートル:1μmは100万分の1m)の解像度を持っています。医療で通常使われるCT装置は1画素数百μm程度なので、それに比べれば数十倍もの高い解像度です。
 とはいえ、X線CTの性能には限界があります。骨と脂肪のように密度の差が大きいものは見分けられても、例えば一つの臓器における細かい密度の差を見分けるのは困難です。そこでSPring-8では、これまでとは原理の異なる新型X線CTの開発が進められています。それが「位相差X線CT」です。
 位相差X線CTは、X線が試料を通過したときの波面のゆがみを測定するものです(図2)。波面のゆがみを測定するためには、試料を通過する前のX線の波面がそろっていなければなりません。ですから位相差X線CTには、波面がそろったSPring-8の放射光X線が必須なのです。

図2. 位相差X線CTの原理。 図2. 位相差X線CTの原理。
放射光X線を2つに分け、ルート1のX線は水平方向に回転する試料を通過してから検出器に入る。
ルート2のX線は空間をそのまま検出器に向かう(上図)。試料に当たったX線は、内部構造に応じて波面がゆがむ(下図)。
この波面のゆがみ(位相差)を、ルート2を通ったX線と比較して測定する。ゆがみの大きさが、濃淡となってCT画像に表れる。

ナノスケールを制御

 この位相差X 線CTの開発を行っているのは、JASRI利用研究促進部門副部門長の八木直人さんと同研究員の上杉健太朗さんです。SPring-8の利用者からX線CTに求められることは、空間分解能、濃度分解能、時間分解能の向上で、これらの性能は密接に絡み合っています。
 空間と濃度についてはこれまで、解像度、試料の密度という言葉を使って説明してきました。八木さんは「一番重要なのは、時間分解能です」と言います。例えば人間の心臓を測定することを考えます。安静時の大人は1秒間に約1回拍動するため、仮に1ショットに1秒かかるとすると、拍動のために画像がぼけてしまいます。
 レントゲン撮影のとき息を大きく吸って止めるように、肺であれば動きを止めることができますが、心臓はそうはいきません。そこで「1ショットの時間を短くし、拍動の間隔に合わせて何回も繰り返し測定して鮮明な画像を得ます」と八木さん。そのためにも短時間の撮影が必要ですが、開発を進めた結果、現在はわずか0.02秒の時間幅で画像が得られています。
 解像度については、特殊な撮影法を使用することで200nm(ナノメートル:1nmは10億分の1m)まで上がっています。ところが、ここまで細かく見ることができると、別の問題が出てきます。装置は金属などでできていて、金属は1℃上がると10万分の1くらい膨張します。部品に10cmの金属棒があるとすると、1℃の気温上昇で1μm伸びてしまい、200nm(0.2μm)の解像度が意味をなさなくなってしまうのです。
上杉さんは「温度調整には気を遣います。温調装置は気温の上下に敏感なため、実験ハッチ内には置かず、建物全体の空調で穏やかに安定させています」と言います。そして「試験を繰り返してわかったのですが、一番気をつけなければならないのは風。風除けは必須です」と、装置にかかる透明シート(図3)に目をやります。解像度を高くしたため、わずかな風でも画素のピッチ(0.2μm)を超えるほど試料が揺れてしまうのです。

図3. サンプルが揺れないように風除けをセットする。 図3. サンプルが揺れないように風除けをセットする。高い解像度を生かすため、風と気温の制御が重要である。

どんどん使ってください

 これまで医療用途の話を中心にしてきましたが、位相差X線CTについて上杉さんは「人間への応用はすぐにはできません」と言います。大きな試料を解像度良く撮影するのは非常に難しく、今可能なのはPETボトルのキャップくらいの大きさまで。また、現在使われている医療用X線CT装置は医療現場の要求をそれなりに満たしており、位相差X線CTが緊急に必要なわけではありません。材料分野においても、金属や半導体は従来のX線CTで十分です。では、位相差X線CTを何に使うのでしょうか。八木さんは「X線の吸収が少ない、いわゆるソフトマテリアルに有効です」と言います。生体やポリマーなどがそれにあたります。「分子サイズを見ることができるので、病気の原因を探り、薬の開発にも使えるかもしれません」。2人は、様々な研究にこの装置をどんどん使って欲しいと考えています。SPring-8の役割は、様々な分野の研究者の要求に応える技術を提供することです。八木さん、上杉さんが開発した位相差X線CTに今後どのような価値を見いだされるかは、ユーザーの豊かなアイデアにかかっているのです。

図4. ラット大脳のX線CT画像 図4. ラット大脳のX線CT画像(西多賀病院・JST-CREST 小野寺宏博士提供)。
従来のX線CT(左)ではノイズしか見えないが、位相差X線CT(右)では脳の構造がより鮮明に映し出されている。

コラム:いろいろな試料が集まります

 位相差X線CTが設置してある医学利用実験施設には、利用者から様々な測定試料が送られてきます。中でも“生もの”は冷蔵庫に保管されています。発泡スチロールの箱を開け、幾重にもなった梱包材を外していくと、中から現れたのはサンプル液に浸かった生体試料。慣れない人には堪こたえますが、医学研究においては欠かすことのできない貴重なサンプルです。
 地学出身の上杉さんはもちろん、これまでにこうした試料を見たことがなく、「最初はやっぱりきつかったです」と言います。今でもまだ慣れないようですが、それはそれとして、X線CTの開発を順調に進めています。

位相差X線CTに試料を取り付ける八木さん(右)と上杉さん(左) 位相差X線CTに試料を取り付ける八木さん(右)と上杉さん(左)

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 吉戸智明


この記事は、(財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門の八木直人副部門長、同上杉健太朗研究員にインタビューをして構成しました。

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

第30回本多記念研究奨励賞

本多記念研究奨励賞は、金属やその周辺材料に関連する優れた研究を行った将来有望な若手研究者に贈られる賞で、わが国の物理冶金学の創始者である本多光太郎博士の名が冠されています。

受賞者:松田 康弘 東京大学物性研究所准教授
受賞内容:「強磁場X線分光法の開発と磁性研究への応用」

 松田氏は、放射光X線とパルス磁場を組み合わせた実験手法を開発し、非常に強い磁場中でのX線分光実験を可能にしました。これまでの放射光実験では、超電導磁石による15テスラが限界でした。松田氏は、-269℃という超低温に冷やしたコイルに瞬間的に大きな電流を流すことでより強い磁場を発生させました。利用可能な磁場は一気に40テスラになりました。ただし、磁場が得られるのは、1/1000秒という非常に短い時間だけです。この間に測定を行い精密なデータを得るためには、SPring-8の強力なX線が役に立ちました。光が強ければ速いシャッター速度でも鮮明な写真が撮れるのと同じことです。
 この研究によって、物質に強磁場を加えたときに起こる多様な現象を、物質中の電子の運動に基づいて解明できるようになりました。こうして得られた情報は、新たな磁性体や関連する性質を持った新材料の開発につながると期待できます。
*磁場(磁束密度)の大きさを表す単位。1テスラは1万ガウス。最も強いネオジム磁石の表面磁場はおよそ0.5テスラ。(利用研究促進部門)

松田准教授(左) 松田准教授(左)

日本化学会第57回化学技術賞

日本化学会化学技術賞は、わが国の化学工業の技術に関して特に顕著な業績のあったものに対して贈られる賞です。

受賞者:新庄 博文 株式会社豊田中央研究所 環境材料研究部 触媒研究室室長
    長井 康貴 株式会社豊田中央研究所 環境材料研究部 触媒研究室研究員
    田辺 稔貴 株式会社豊田中央研究所 環境材料研究部 触媒研究室主任研究員
    三宅 慶治 トヨタ自動車株式会社 パワートレーン材料技術部グループマネージャー
    坂神 新吾 株式会社キャタラー 第1研究開発部 第11開発室室長

受賞内容:「担体アンカー効果により貴金属凝集を抑制する自動車ガソリン用三元触媒技術の開発」

 新庄氏らのグループは、触媒劣化の主要因である貴金属の凝集抑制機構解明や触媒開発にあたって、セリアなど重元素を含む材料の解析に有効なSPring-8のBL01B1(XAFSビームライン)、BL14B2(産業利用Ⅱビームライン)、BL16B2(サンビームBM)を用いてX線吸収微細構造(XAFS)測定を行い、貴金属と担体(貴金属粒子を分散させるセラミックス)との結合情報を原子レベルで解析しました。さらに、貴金属凝集抑制における貴金属-担体相互作用に関する法則を見出し、これらの結果を触媒設計の尺度として世界で初めて活用されました。これにより、自動車ガソリン用三元触媒の課題であった劣化を抑制し、貴金属使用量の低減と高い浄化性能の両立を実現した高性能触媒が開発され、2005年8月以降発売のトヨタ製ガソリンエンジン自動車に搭載されています。この技術は、環境や資源問題への解決につながるキーテクノロジーの一つであり、この分野での大きな発展が期待されています。(産業利用推進室)

下段:新庄室長(左)、田辺主任研究員(右)上段:長井研究員(左)、三宅GM(中)、坂神室長(右) 下段:新庄室長(左)、田辺主任研究員(右)
上段:長井研究員(左)、三宅GM(中)、坂神室長(右)

第63回(平成20年度)日本セラミックス協会技術奨励賞

セラミックスの産業及び科学・技術の進歩発達に貢献し、学術研究及び技術上に顕著な業績のあったものに贈られる賞です。

受賞者:野中 敬正 株式会社豊田中央研究所 分析・計測部 ナノ解析研究室研究員
受賞内容:「放射光を利用したXAFS法の材料研究への適用」

 野中氏は早くからSPring-8の放射光XAFS法に注目し、産業界ビームラインBL16B2に設置されたXAFS法を利用して、さまざまな材料の構造・状態解析にその有用性を明らかにされました。まず、LiNiCoO2系のLiイオン電池正極材料に透過XAFS法を適用され、この材料の電池材料としての化学状態がNiの価数変化を追跡して明らかにできることを示され、さらにマイクロXAFS法及び転換電子収量XAFS法などを駆使されて、材料劣化の機構を明らかにされました。また、自動車排気浄化触媒の貴金属担体として実用化されている酸素貯蔵CeO2-ZrO2系担体において、酸素の吸放出能と原子レベルでの構造との関係を明らかにされました。さらには眼鏡フレーム等で実用化されている超弾塑性チタン合金、ゴムメタルの解析にも貢献されました。いずれの業績も高輝度な放射光の利用なくしては成し得なかったものであり、これらの功績が高く評価され、今回の受賞に至りました。(産業利用推進室)

野中研究員(左) 野中研究員(左)

SPring-8の利用研究者がのべ10万人に!

 SPring-8供用開始から12年の2009年6月5日、利用研究者がのべ10万人を突破しました。
 10万人目の研究グループは、コンタクトレンズの材料開発に関する課題が採択された名古屋大学とメニコンの共同研究グループで、(財)高輝度光科学研究センター理事長(当時吉良爽理事長)から、ささやかな記念品が贈られました。
 「宝くじに当たったような気分です!」と実験責任者の山本准教授(名古屋工業大学)。これまでに何度か実験で訪れたことがあり「やはり高輝度だという点が大きく、短時間で測定ができ、早く成果が出せる点がよい」と高くSPring-8を評価していただきました。一方、今回は初めての利用という伊藤研究員(メニコン)は、「10万人目ということで採択される特典はありませんか?」と課題採択の競争率の高さが伺えました。このような声に対し、利用者支援の窓口である利用業務部では「採択特典はありませんが、是非今後も良い申請をしていただいて成果を出されることを期待します。」とエールを送りました。
 最近の年間利用者数はのべ約1万3千人。SPring-8ではこれからも利用研究者のニーズを的確に把握し、より良い環境を提供できるよう、また放射光の利用により新たな展開が期待される分野への利用拡大への努力を続け、日本の科学技術の発展と産業の振興に貢献していきたいと考えています。(広報室)

右から吉良理事長(当時)、山本准教授(名古屋工業大学)、伊藤研究員(メニコン)、高木氏(名古屋工業大学)、梅垣氏(名古屋工業大学)、牧田利用業務部長 右から吉良理事長(当時)、山本准教授(名古屋工業大学)、伊藤研究員(メニコン)、
高木氏(名古屋工業大学)、梅垣氏(名古屋工業大学)、牧田利用業務部長

行事報告

SPring-8次期計画2019シンポジウム ~光科学の明日~

 2019年を目処に検討が行われているSPring-8次期計画に関するシンポジウム「SPring-8次期計画2019 ~光科学の明日~」が、6月19日に東京ステーションコンファレンスで開催されました。石川哲也高度化計画検討委員会委員長による開会挨拶および、文部科学省の大竹暁研究振興局基礎基盤研究課長による挨拶を皮切りに、午前中の部では、次期計画のワーキンググループ側から、「SPring-8次期計画の概要」「サイエンスの展望」「加速器計画の展望」「ビームライン光学系の展望」の4件が発表され、今後の次期計画の方向性に関するこれまでの検討結果が参加者に示されました。
 午後の部では、SPring-8外の方々から10年後、あるいはそれ以降の放射光サイエンスを見据えた講演をしていただくという主旨により、国立遺伝学研究所の前島一博氏による「放射光によるバイオイメージング:その可能性と未来」、兵庫県立大学の松井真二氏による「最先端ナノテクノロジーと放射光の関わり」、東京大学の所裕子氏による「光応答物質における相転移ダイナミクス」、および大阪大学の藤岡慎介氏による「SPring-8次期計画によって開かれる高エネルギー密度科学の展望」の4講演が行われました。
 当日は、SPring-8の将来に興味を持った利用者ら計182名が集まり、終日ほぼ満員だった会場からは、次期計画の指針に関する質問、次期計画によってもたらされる新サイエンスへの具体的な提言など、活発な議論が展開され、来場者のSPring-8次期計画への関心・期待の高さが感じられました。(SPring-8次期計画ワーキンググループ)

SPring-8次期計画2019シンポジウム~光科学の明日~
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