SPring-8 NEWS 48号(2010.1月号)
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![]() メラノサイトで作られたメラニン色素が、ケラチノサイトに移動して
細胞が角質化すると皮膚は黒くなる。 |
研究成果・トピックス
小胞輸送研究が、新しい美白メカニズムを提案
どうして日に焼けるのか?
強い日差しを受けると、肌は焼けて黒くなります。これは、日差しの中の紫外線の刺激によって、皮膚の基底層にあるメラノサイトが黒いメラニン色素を作り、メラニン色素が皮膚のケラチノサイトに移動して、細胞の角質化が起こるからです(表紙)。有害な紫外線から体を守る大事なシステムですが、女性たちは、肌が黒くなることや日焼けの後に残るシミを嫌います。その願いに応えるために、いかに白い肌を保つかという美白研究が盛んです。
肌を白く保つ方法として1つには、メラニン色素を作らせないことが考えられます。このような効果をもつ物質はすでに見つかっていて、美白化粧品に使われているものもあります。ほかには、作られたメラニン色素がケラチノサイトへ移動するのを防ぐことができれば、美白効果が期待できます。2004年、東北大学大学院・生命科学研究科の福田光則教授は、メラニン色素がどのようにしてメラノサイトの細胞内を輸送されるかを明らかにしました。研究成果は、新しい美白剤の開発につながると注目されています。
トラック輸送に似たメラニン色素輸送
「メラニン色素輸送はいくつものタンパク質が関わる複雑なシステムですが、トラック輸送に例えるとわかりやすくなります」と福田教授は、多くの人にわかってもらいたいと工夫しています(図1)。
トラックで運ばれる荷物は、メラノソームです。メラノソームとは、小胞*1というリン脂質でできた入れ物に、メラニン色素が詰められた顆粒のことです。この荷物が間違いなくケラチノサイトに輸送されるには、まずどこへ運ぶかを表示した荷札が必要です。荷札の役割をしているのは、Rab27A*2というタンパク質で、Slac2-aとSlp2-a の2種類のタンパク質が荷札の指示に従います。
運転手に例えられるSlac2-aは、荷物であるメラノソームとRab27Aを介して結合します。同時に細胞内を移動するための動力となるタンパク質、ミオシンVaとも結合します。その様子は、まるで運転手が荷物をもってトラックに乗り込むかのようです。ミオシンVaトラックが通る道路は、細胞内のアクチン線維です。
届け先であるケラチノサイト側に面したメラノサイトの細胞膜に近付くと、Slp2-aが働きます。Slp2-aはトラックを降りて荷物を届け先の玄関に置く宅配人です。ケラチノサイトに送り込むために、メラノサイトの細胞膜にメラノソームを取り付けます。
メラニン色素輸送の詳細はここまで明らかになっていますが、これがすべてではありません(図2)。メラノサイト内には、アクチン線維のほかにもう1つ、核を中心に放射状に伸びる微小管という道が走っています。核のまわりで作られたメラノソームは、微小管を通ってアクチン線維の手前まで運ばれます。この微小管部分をメラノソームがどのように動いているのかわかっていません。そもそもメラニン色素がどのようにメラノソームに蓄えられるのかも、ほとんど明らかになってはいないのです。メラニン色素輸送の全容を明らかにしようと、今も未解明部分の研究が進められています。

運転手(Slac2-a)も宅配人(Slp2-a)も、荷札(Rab27A)を認識して荷物(メラノソーム)を運ぶ。

(1)(2)については、いまだ十分に明らかになっていない。赤い点線内が図1のトラックモデルに対応する。
メカニズムに迫る長い道のり
福田教授が誰よりも早くメラニン色素輸送のメカニズムに迫ることができたのには理由があります。福田教授の専門は、神経伝達物質の放出など小胞が関わる細胞内輸送です。その研究の過程で、偶然Slp2-aを見つけました(図1右上)。Slp2-aは、細胞膜に結合するためのC2AやC2Bというアミノ酸配列をもっています。このことから、何らかの輸送に関わっていることが予想されました。何を輸送するかのヒントになるアミノ酸配列を探索すると、Slac2-aにも共通するSHDというアミノ酸配列が見つかりました。この配列が荷札タンパク質のRabと結合するのではないかと考えた福田教授は、知られていた60種類すべてのRabとの結合を地道に調べました。その結果、27番のRab27AとRab27Bだけが結合することを突き止めたのです。
ところで、Rab27Aの遺伝子が欠損すると、メラニン色素の輸送がうまくいかず、グリセリ症候群という肌や髪の毛の色素が薄くなる病気が発症します。Slac 2-aとSlp2-aはRab27Aと結合することから、メラニン色素輸送に関わっている可能性があります。実際に、Slac2-aやSlp2-aが働かないように遺伝子を欠損させると、メラニン色素輸送がうまくいかなくなる様子がとらえられています(図3)。これらの実験結果を総合して、トラック輸送モデルができました。

正常細胞(左)とSlac2-a欠損細胞(中央)、Slp2-a欠損細胞(右)。黒い粒1つ1つがメラノソーム。Slac2-a(運転手)の欠損により、メラノソームは微小管より先のアクチン線維上を移動できないため、核のまわりに留まっている。一方、Slp2-a(宅配人)が欠損すると、アクチン線維上を運ばれてきたメラノソームは細胞膜に結合できないため、細胞膜手前で留まる。
これから注目の小胞輸送研究
2008年には、理化学研究所・生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長の協力のもと、SPring-8の構造生物学ⅠビームラインBL41XUを使った立体構造解析を行い、Rab27BとSlac2-aの結合部分の構造を明らかにしました(図4)。すでに結合部分に関わるアミノ酸の検証を行っていた福田教授は、「立体構造を見て、考えていた通りの結合部位があるのを確認したときには感激しました。しかも、まだ思わぬところに見落としがあったことがわかりました」と立体構造を明らかにする意義を話します。同じ頃、高エネルギー加速器研究機構の若槻壮市教授が、Rab27AとSlp2-aの結合部分の立体構造を明らかにしています。安定なタンパク質を取るのが難しいなどさまざまな苦労がありましたが、この構造情報は今後、美白剤の探索や白髪の予防薬の開発を進めていく上で大いに役立てられるでしょう。
福田教授は、自分の研究成果が美白化粧品などへ応用されることを歓迎しています。しかしその一方で、「小胞輸送は、神経伝達やホルモン、消化液の分泌など実に多くのところで行われています。だから面白い。もし細胞内を物質がうまく輸送されなければ、いろいろな病気が起こるでしょう」と、メラニン色素輸送に限らず広く小胞輸送の研究をしていきたいと話します。その手始めとして、メラニン色素輸送のメカニズムを解明しました。
今後は、60種類のRabすべてをもっているという福田研究室の強みを生かして、これまであまり調べられてこなかったRabについても、その荷札タンパク質としての働きを突き止めたいと抱負を語ってくれました。小胞輸送研究がますます面白くなりそうです。

どのアミノ酸が結合にかかわっているかわかる。構造解析に適した安定なタンパク質をつくるのが難しく、一部Rab27Aのかわりに類似の構造をもつRab27Bを使った。Rab27Aと複合体を形成するタンパク質は、Rab27Bとも結合することから、代用に問題はないと考えられている。
(右図は大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構 構造生物学研究センター 若槻壮市センター長 提供)
コラム:“青葉山”の自然を大いに楽しんでいます!
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2人の息子と遊びに行った公園でもアブをパチリ! |
「5年ほど前、息子が小学校に入学したのを機に、連絡用として携帯電話をもつようになりました。でも、電話として使うことはほとんどなく、もっぱらカメラとして使っていますよ」と福田教授。チョウやトンボなどの昆虫から、カエル、植物まで、これまでに撮った写真はおよそ2000点。「最近はカメムシを撮るのにはまっています。でも、地味な虫なのでなかなか周りの人に良さをわかってもらえないですね」と生態学を学びたくて大学に進んだだけあって、かなりの虫通のようです。写真はホームページに掲載されているので、ぜひご覧ください!また時には、サナギを取ってきて、息子に学校へもって行かせたり、自分でも研究室にもってきたりすることがあるとか。どんなに研究が忙しくても、東北大キャンパスのある青葉山の季節の移り変わりを楽しむ気持ちは忘れません。
福田教授の携帯写真館は、下記URLにあります。
URL:http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~fukuda/photo.htm
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子
用語解説
*1 小胞
細胞内にある膜に囲まれた袋状の構造で、細胞中に物質を合成・貯蔵したり、細胞内外に物質を輸送したりするために用いられる。
*2 Rab27A
Rabは細胞内小胞輸送で主に荷札の役割を果たすタンパク質。ヒトでは約60種類が知られており、そのうち27番のRab27Aはメラノソーム輸送に関わっている。Rab27Aと似た機能をもつRab27Bは、構造解析に適した安定なタンパク質を得るために一部Rab27Aに代用された。
この記事は、東北大学大学院 生命科学研究科 生命機能科学専攻 膜輸送機構解析分野の福田光則教授にインタビューして構成しました。
行事報告
ICALEPCS2009国際会議開催

2009年10月12~16日の5日間、神戸国際会議場で理化学研究所と高輝度光科学研究センターの共同主催により、制御技術に関する国際会議ICALEPCS2009が開催されました。SPring-8は世界最高性能の放射光を発生させる施設です。最高性能を実現するには加速器とビームラインの神経にあたる制御技術が優れていることが重要です。世界トップのスポーツ選手が素晴らしい運動神経を持っているのと似ています。SPring-8の制御系は、最新の電子・情報技術を用いて構築されており、日頃の研究活動の成果が、国際会議の場で世界に向けて広く発信されました。今回は世界23カ国から575名(通常参加351名、同伴者65名、企業参加159名)の参加があり、最新の制御技術・応用事例・技術展望について、加速器、核融合、宇宙など幅広い学術分野からの発表がありました。次回は2011年にフランス・グルノーブル市で開催されます。(制御・情報部門)
第3回アジアオセアニア放射光科学フォーラム・放射光スクール ―ケイロンスクール2009―

アジアオセアニア放射光科学フォーラム(AOFSRR:会長 Dr.Keng Liang-NSRRC/台湾)が主催するCheiron School(ケイロンスクール)がAOFSRR、理化学研究所、KEK、JASRI、日本放射光学会の共催によりSPring-8で2009年11月2~11日の10日間にわたって開催されました。今年は、オーストラリア、中国、インド、韓国、シンガポール、台湾、タイ、日本のAOFSRR加盟国に、ニュージーランドからの2名を加え、9カ国55名の若手研究者、大学院生が参加しました。タイ、台湾、オーストラリアからは、各国5名の定員枠を超えて生徒が派遣されるなど、3年目を迎え、ケイロンスクールに対する認知度は高く、ほぼ定着したものと思われます。今年は、SunilSinha教授(米国)、Jens Als-Nielsen教授(デンマーク)などの強力な講師陣による基礎から応用技術までバラエティに富んだ講義、懇談形式のミート・ザ・エキスパート、22コースに上るビームライン実習を行いました。また姫路・京都では、日本文化や歴史に触れ、講師・生徒の交流を深めることができました。
最後にケイロンスクール開催にあたり、蛋白質構造解析コンソーシアム、(株)リガクをはじめ各方面から多大な御協力を頂きましたことを、この場を借りて御礼申し上げます。
第5回X線自由電子レーザーシンポジウムを開催しました

2009年11月27日、品川インターシティホールにおいて、文部科学省、理化学研究所、高輝度光科学研究センターの主催で、第5回X線自由電子レーザー(XFEL)シンポジウムを開催しました。一般の方、民間企業の方や研究者など363名の方にお集まりいただきました。
施設者側からは、今回のテーマである「日本発・実用X線レーザーで拓く科学と未来」という観点について、XFELが拓く新しい科学技術の可能性、施設整備の進捗状況や、XFELの世界状況についての講演を行いました。外部の研究者からは、2011年の供用開始後の利用法やその準備状況などが紹介されました。質疑応答や展示コーナーでの参加者との交流を通じて、XFELに大きな関心が寄せられていることがうかがえました。また、このような機会を通じた社会への説明の重要性についても再確認され、とても有意義なシンポジウムとなりました。今回いただいたさまざまなご意見を、XFELの運営や利用に役立てていきたいと思います。(理研・JASRI XFEL計画合同推進本部 企画調整グループ)
SPring-8 Flash
SPring-8関連の受賞情報!
平成21年度兵庫県科学賞
「兵庫県科学賞」は科学技術の研究者を表彰することにより、科学技術の向上を図ることを目的として1963年(昭和38年)に設置された賞です。
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宮野主任研究員(左)と 吉良顧問(右) |
受賞者:吉良 爽 財団法人高輝度光科学研究センター 顧問
宮野 雅司 独立行政法人理化学研究所 播磨研究所 放射光科学総合研究センター
宮野構造生物 物理研究室 主任研究員
吉良氏は永年にわたり放射線化学を研究し、SPring-8の利用促進に努め、内外で高い評価を定着させるとともに、兵庫県の科学技術政策の検討に参画し、科学技術の向上と産業界の発展に尽くしたことが評価されました。
また宮野氏はSPring-8を活用した膜タンパク質の研究により、世界に先駆けてウシロドプシンの結晶構造の決定に成功するとともに、これまで行ってきた「医薬への応用を目指した放射光X線構造生物学研究」の業績が評価され、それぞれ今回の受賞となりました。授賞式は2009年11月19日に兵庫県公館にて行われました。 (広報室)
2009堀場雅夫賞
「堀場雅夫賞」は、株式会社堀場製作所が「分析計測技術」に関する国内外の大学または公的研究機関の研究開発者対象の奨励賞として2004年に創設した賞です。
受賞者:桜井 健次 独立行政法人物質・材料研究機構 グループリーダー
受賞内容:「蛍光X線分光法による超微量分析-新しい高効率波長分散型X線分光器の開発と高輝度シンクロトロン放射光による全反射蛍光X線分光法への応用」
(広報室)
警察庁長官賞詞
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「警察庁長官賞詞」は警察職員として警察行政に多大な功労があると認められる方に送られる賞です。
受賞者:西脇 芳典 兵庫県警察本部 刑事部 科学捜査研究所 研究員
受賞内容:「高エネルギー放射光蛍光X線分析の科学捜査への応用」
(広報室)
お知らせ
2010年の施設公開は4月29日に決定!
第18回SPring-8施設公開-たんけん・発見、科学の最先端!-
SPring-8では、毎年、科学技術週間(4月18日(発明の日)を含む1週間)にちなんで、「SPring-8施設公開」を実施しています。第18回SPring-8施設公開は4月29日に開催することが決定されましたのでお知らせいたします。この機会にSPring-8の科学の最先端を体感してください。みなさまのご来場をお待ちしております。
○日 時:2010年4月29日(木・祝日)9時30分~16時30分(受付は15時30分まで)
○場 所:SPring-8
○入場料:無料(お気軽にお越しください)
○内 容:施設の公開、科学実演・工作、科学講演会、見学ツアー、パネル展示など
○問い合わせ先:(財)高輝度光科学研究センター 広報室
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786 e-mail:openhouse10@spring8.or.jp
URL:http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/events/open_sp810