大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 51号(2010.7月号)

目次

研究成果 · トピックス
隕石で発見された夢の磁性材料

SPring-8 Flash
SPring-8を使った研究の受賞情報!
· 平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰
· 第42回市村学術賞 貢献賞
· 2009年Polymer Journal論文賞-日本ゼオン賞
· 平成21年度日本表面科学会学会賞

行事報告
トライやる・ウィーク

鉄隕石を特徴づける微細な金属組織「ウィドマンステッテン構造」
鉄隕石を特徴づける微細な金属組織
「ウィドマンステッテン構造」

研究成果 · トピックス

隕石で発見された夢の磁性材料

宇宙からの贈りもの

 私たちの地球には、1年間に数万トンもの石「隕石」が降ってきます。隕石は今から46億年前に誕生し、その姿を今日まで変えていない太陽系の化石です。この隕石を手がかりにして、太陽系の歴史を探る研究が進められてきましたが、地球の鉱物とは異なり、多くの謎が残されています。
 地上で発見される隕石は、表面が黒く焦げていますが、内部の金属や石は変質していません。鉄とニッケルの合金からなる鉄隕石(隕鉄)を切ると、銀色に光る面に筋状の模様が走る特有の構造が現れます(表紙の写真)。「ウィドマンステッテン構造」と呼ばれるこの組織は、隕石の元になった小惑星の中心部が、ゆっくりと冷えてできたものです。
 鉄隕石のサンプルを恩師の研究室でたまたま目にした財団法人高輝度光科学研究センター研究員の小嗣(こつぎ)真人さんは、その美しさに打たれ、研究者魂を呼び起こされました。
 「“測ってみろ”というサンプルの声が聞こえてきた」と、そのときの印象を振り返ります。
 小嗣さんはそれまで、光電子顕微鏡(図1)を使って、ハードディスクなどのデバイスに使われる磁性体(磁石)の研究をしてきました。ハードディスクは、鉄合金などの磁性薄膜を重ねた多層膜でできています。鉄隕石も多層膜からなり、共通点がありました。そこで、鉄隕石の研究資料をいろいろ調べてみたところ、物理的なくわしい測定はされていませんでした。
 「デバイスを理解する方法で、つまり光電子顕微鏡を使って、鉄隕石の構造を明らかにしよう」。こうして新たな研究が拓かれました。

表紙の写真表紙の写真
鉄隕石を特徴づける微細な金属組織「ウィドマンステッテン構造」
図1.光電子顕微鏡(PEEM)の原理図1.光電子顕微鏡(PEEM)の原理
試料の表面にX線を照射すると、そのエネルギーが吸収され、試料中の電子が飛び出してくる。この電子を「光電子」といい、物質に応じた強度分布を示すので、その画像から電子状態や磁気状態を知ることができる。光電子の分布を電子レンズにより拡大投影することで、数十ナノメートルのものを見分けることができる。

地球には存在しない不可思議な磁性

 SPring-8の光電子顕微鏡(PEEM)は軟X線固体分光ビームラインBL25SUに設置されており、世界でもトップクラスの性能をそなえています。解像度は数十ナノメートル(nm:1nmは10億分の1m)。物質の組成や結晶構造、そしてハードディスクの研究には欠かせない、磁気的な構造を見ることができます。
 鉄隕石は、鉄を多く含むα相とニッケルを多く含むγ相からなることが知られていました。小嗣さんは、α相とγ相が接する境界(界面)に注目しました。ハードディスクの界面には未知の性質が現れることがあり、鉄隕石の界面にもその面影が見えたからです。そこで、PEEMを使って界面付近の組成分布と、磁区構造、つまり磁化の向きを調べてみました(図2)。組成分布を示す画像では、α相とγ相がはっきりと分かれていて、界面には「テトラテーナイト」として知られる鉱物のナノサイズの薄い層が存在することが実際に確認されました。
 磁区構造を示す画像には、これまでの常識ではありえない構造が現れました。棒磁石のN極とN極を近づけようとしても、反発力が強くてくっつきません。ところが、鉄隕石の界面ではN極とN極が向かい合っているという不可思議な構造がなりたっていたのです。
 この特殊な構造を解き明かすため、2つのモデルを立ててシミュレーションを行いました。鉄とニッケルが単純に接するモデルと、鉄とニッケルの間に「テトラテーナイト」層を入れたモデルです。その結果、鉄とニッケルだけのモデルでは、磁化の向きはそろっていますが、テトラテーナイトを入れたモデルでは、界面を境にして磁化の向きが正対しました(図3)。テトラテーナイト層が磁区構造を左右しているようです。

図2.光電子顕微鏡で見た鉄隕石の界面付近図2.光電子顕微鏡で見た鉄隕石の界面付近
左は組成分布で、明るいところほどニッケルが多いことを示す。右は正対する磁区構造を示す。
図3.シミュレーションで求めた磁区構造図3.シミュレーションで求めた磁区構造
それぞれのモデルの界面近くの磁区構造が再現され、正対する構造はテトラテーナイトによってつくられていたことが明らかになった。

テトラテーナイトは優れた磁性材料

 小嗣さんは、テトラテーナイトの性質をより深く知りたくなり、さらに解析を進めました。テトラテーナイトは鉄50%とニッケル50%からなり、それぞれの原子が単原子ごとにくりかえされる規則的な結晶構造をもっています。この結晶の規則性が、磁化の向きを変化させない性質、ハード(硬い)磁性をつくりだしていることがわかりました。ハード磁性体としてよく知られているのは、永久磁石やハイブリッドカーのモーターです。
 ハード磁性が非常に強いテトラテーナイトは、まわりの磁場の影響を受けませんが、まわりの磁場に影響をあたえて、磁化の向きを変化させてしまいます。そのため、鉄隕石の界面では正対する磁区構造ができていたのです。
 もうひとつ大きな発見がありました。テトラテーナイトはハードディスクなどの磁性材料として有望だということです。
 ハードディスクの容量は今日、映像や音楽などを保存できるように、飛躍的に増加しています。これに対応するため、ハードディスクの記録密度を高くしようとしています。ところが、これまでの面内磁気記録方式(図4)では、これ以上記録密度を上げると、磁気的な相互作用によって情報が失われる恐れがあり、限界に来ていると言われます。代わって、垂直磁気記録方式(図4)が開発されています。その材料には、磁化の向きが垂直に立ちやすい性質「垂直磁気異方性」が求められます。垂直磁気異方性の高い材料として、コバルトや白金(プラチナ)などが使われています。テトラテーナイトの垂直磁気異方性も、これらと同じぐらい高いことが明らかになりました。

図4.ハードディスクの記録方式図4.ハードディスクの記録方式
これまでの面内磁気記録方式と比べると、垂直磁気記録方式では100倍も記録密度を高くすることができる。その材料としてテトラテーナイトが有望視されている。

レアメタルフリーの実現をめざして

 テトラテーナイトは地球上には存在しませんから、磁性材料として応用するには人工的につくりださなければなりません。また、テトラテーナイトがなぜハード磁性になるのか、結晶構造との関係はまだ解明されていません。そこで、鉄とニッケルの層を積み木細工のように交互に重ねていき、規則的な構造を人工的に再現しようとする基礎実験が東北大学で進められています。プロトタイプの段階に入っているようで、人工のテトラテーナイトができる日も遠くないかもしれません。
 一方、次世代のハードディスクの材料として欠かせないプラチナは、価格が高騰を続けている「レアメタル」です。急増する消費量に対して生産量が追いつかないのが現状です。年間約2トンのプラチナがハードディスクに使われていますが、テトラテーナイトのような鉄とニッケルの合金を使ったハードディスクが実現すれば、プラチナの消費量は大幅に抑えられます。省資源と低コスト化が実現できるわけです。
 小嗣さんは、人工のテトラテーナイトを次世代の磁気メモリーに応用したいと考えています。現在のコンピューターのメインメモリーに使われている半導体メモリーは、電源を切ると記録が消えてしまいます。磁気メモリーの特長は、電源を切っても記録が消えないことで、その開発研究が進められています。この新しいメモリーに人工のテトラテーナイトを使うことができれば、磁性材料はさらに進歩していくことでしょう。

コラム:異なるものとの交流

小嗣さん

 「ドイツにいたときはモデルもやりました」。小嗣さんがハードディスクの素材の研究を始めたのは、ドイツのマックスプランク研究所にいたころ。服飾デザイナーの友人が日本の丹後ちりめんに興味をもち、手織りの技法を機械化してニットのように編んだ作品を発表しました。この日本とドイツの文化の融合に協力したのです。
 小嗣さんの信条は、異なるものとの交流です。「材料の研究者は閉じたソサエティーにいることが多く、それではイマジネーションを広げていくことができません。実験室の内外でさまざまなものに触れる。そのときに美しいと感じたものには、美しさを説明できる物理法則が存在するはずです」

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 福島 佐紀子


この記事は、財団法人高輝度光科学研究センター利用研究促進部門研究員の小嗣真人さんにインタビューして構成しました。

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰

 文部科学省では、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者について、その功績を讃えることにより、科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、もって我が国の科学技術水準の向上に寄与することを目的とする科学技術分野の文部科学大臣表彰を定めています。顕著な功績をあげた者を対象とした科学技術賞、高度な研究開発能力を有する若手研究者を対象とした若手科学者賞などがあります。平成22年度はSPring-8関係者が下記のとおり多数受賞しました。

受賞部門
受賞者
所属
業績名
科学技術賞(研究部門)
堀 勝
国立大学法人名古屋大学
大学院工学研究科 教授
ラジカル制御プラズマプロセスの先駆的研究
高木 英典
独立行政法人理化学研究所 基幹研究所
電子複雑系機能材料研究グループ グループディレクター
遷移金属酸化物における新奇電子相開拓の
研究
秩父 重英
国立大学法人東北大学 多元物質科学研究所 教授
インジウムを含む窒化物半導体混晶の光物
性の研究
富田 耕造
独立行政法人産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門 研究グループ長
酵素反応の動的分子機構の構造的研究
宮野 雅司
独立行政法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター
宮野構造生物物理研究室 主任研究員
GPCRロドプシンの結晶構造解析を基盤と
した機能研究
岡田 哲二
学習院大学 理学部 生命科学科 教授
山口 明人
国立大学法人大阪大学 産業科学研究所 所長・教授
異物排出タンパク構造・機能・制御と生理
的役割に関する研究
若手科学者賞
清水 啓史
国立大学法人福井大学 医学部 講師
イオンチャネル開閉構造変化のX線1分子計
測についての研究
唯 美津木
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所
物質分子科学研究領域 電子構造研究部門 准教授
高選択触媒機能の分子レベル表面設計とそ
の場構造解析の研究
田中 秀明
国立大学法人大阪大学 蛋白質研究所 助教
巨大な超分子ボルトの構造決定の研究
村上 元彦
国立大学法人東北大学 大学院理学研究科 准教授
下部マントルと核マントル境界の相転移と
物性の研究
矢橋 牧名
独立行政法人理化学研究所
X線自由電子レーザー計画推進本部
利用グループ ビームライン建設チーム チームリーダー
超高分解能X線分光器の開発と応用に関す
る研究

(広報室)

第42回市村学術賞 貢献賞

財団法人新技術開発財団は、大学ならびに研究機関で行われた研究のうち、学術分野の進展に貢献し、実用化の可能性のある研究に功績のあった技術研究者またはグループに対し、市村学術賞を授与しています。

受賞者:上原 宏樹 群馬大学大学院 工学研究科 准教授
受賞内容:「インプロセス計測技術による高分子材料の高性能化・高機能化」

(広報室)

2009年Polymer Journal論文賞-日本ゼオン賞

日本高分子学会では、高分子若手研究者の研究奨励のため、Polymer Journal論文賞を設けています。

受賞者:寺尾 憲 大阪大学 理学研究科 助教
受賞内容:「Solution Properties of Amylose Tris (Phenylcarbamate): Local Conformation and Chain Stiffness in 1,4-Dioxane and 2-Ethoxyethanol」

(広報室)

平成21年度日本表面科学会学会賞

日本表面科学会学会賞は、表面科学において相当期間にわたって高い水準の業績を挙げることにより、本会に貢献した功績の顕著な個人に与えられる賞です。

受賞者:大門 寛 奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 教授
受賞内容:「放射光二次元光電子分光の開発」

大門教授
大門教授(右)

 大門教授は、「二次元表示型球面鏡分析器」を発明し、それを用いて固体表面の原子構造・電子状態について「放射光二次元光電子分光の研究」を強力に推進し、独自の領域を切り拓きました。発明した分析器では、特定のエネルギーをもつ荷電粒子の放出角度分布を、±60°という広い角度範囲にわたって二次元的に表示することができ、従来の分析器に比べると数千倍効率が高くなっています。この性能が、従来より格段に優れていることを数々の実験によって実証しました。
 直線偏光放射光を励起光として価電子バンドからの二次元光電子パターンを測定すると、その強度分布の異方性から、そのバンドを構成する電子軌道の種類が特定でき、さらにその軌道の結合状態が解析できることを明らかにしました。
 円偏光励起の二次元光電子パターンを上記の分析器で観測し、前方散乱ピークが軌道角運動量に従って回転することを発見しました。さらに、この前方散乱ピークの回転現象を利用して、原子配列の立体写真を撮る手法を発明した。左右円偏光を用いて一組のパターンを測定すると、右目および左目から対象物を見た視差に対応した像となり、原子配列を10億倍に拡大して直視できる立体写真となることを導いたことが評価され、今回の受賞となりました。 (広報室)

行事報告

トライやる・ウィーク

トライやる・ウィーク

 「トライやる・ウィーク」は兵庫県下の中学2年生が地域において、勤労体験を通して自ら学び、考え、体得する教育の一環として行われており、SPring-8では、毎年春と秋の2回地元の生徒を受け入れています。今年も5月31日から6月4日まで上郡中学校の生徒5名を受け入れました。
 生徒たちは、SPring-8における安全管理部や施設管理部、そして総務部や広報室などの仕事を体験しました。また、「光の世界・見たことのない世界へ」というLED電球を用いた体験実習があり、講演を聴いた後に、実験を行いました。
 5日間を終えて、生徒の感想は「仕事は大変だったが、とても充実していた。」、「しんどかったが、楽しかった。」、「貴重な経験ができた。とても勉強になった。」などでした。また、中には「SPring-8や光について興味がさらに沸いた。将来働けるのであれば、SPring-8で働きたい。」というものもありました。
 SPring-8といたしましても、今回参加してくれた生徒が、将来研究者・技術者となり、SPring-8で働いてくれることを期待しています。 (総務部/広報室)

最終変更日 2019-11-21 17:16