大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 53号(2010.11月号)

目次

研究成果 · トピックス
鉄鋼のように強い汎用プラスチックをつくりました

行事報告
第2回日本放射光学会基礎講習会「入門者のための放射光技術」
第4回アジアオセアニア放射光科学フォーラム・放射光スクール - ケイロンスクール2010 -

SPring-8 Flash
SPring-8を使った研究の受賞情報!
· 第3回SPring-8萌芽的研究アワード受賞者決定(萌芽的研究支援ワークショップ)
· International Metallographic Society(国際金属組織学会)Dubose-Crouse賞

お知らせ
2011年の施設公開は4月30日(土)に決定!

表紙の図

高分子鎖が伸長方向(矢印)にそろって並んでいることを示すX線小角散乱画像(左)とX線広角散乱画像(右)。右のイラストはナノ配向結晶体の「鎧モデル」。
©広島大学・彦坂正道/岡田聖香

研究成果 · トピックス

鉄鋼のように強い汎用プラスチックをつくりました

高分子の紐のなぞ

 ポリ袋やポリバケツ。これらの汎用プラスチック製品は、ポリエチレンやポリプロピレンといった合成高分子からつくられます。その構造を分子レベルで見ると、炭素原子が鎖になって長く連なっています。この「紐(ひも)」状の構造は、生体物質にも通じる、やわらかさを生みだしています。ところが、炭素の鎖はダイヤモンドの共有結合と同じ強さをもっているにもかかわらず、汎用プラスチックの強度はそれほど強くありません。なぞを解く鍵は紐にありました。
 広島大学大学院総合科学研究科の彦坂正道特任教授は、高分子の紐に着目し、その構造の変化と性質を研究してきました。「糸や毛糸をぐしゃぐしゃにしてしまうと、絡み合って結び目ができます。この結び目を解くには、ただ引っ張ってもだめで、蛇が滑るように動かさなければいけない。この“絡み合い”と“滑り”が、高分子の構造や機能を制御していると考えました」。
 こう語る彦坂特任教授の高分子研究の原点は生命体でした。生物は、染色体の中のDNAに遺伝情報を収め、それを取り出して転写したり、伝達したりして、生命活動を制御しています。長い紐であるDNAは、何重かのらせんを巻いて染色体にコンパクトに収納される、という仕組みによって、絡み合いと滑りを制御して情報を巧妙に制御しているのです。その仕組みは、合成高分子にも通じるものでした。

結晶化のメカニズムを解き明かす

 ポリエチレンなどでは、紐の絡みや滑りが、液体から固体への変化を制御しています。融液(1つの物質のみが融けた状態の液体)を冷やすと、紐が滑りながら絡み合いを解いていき、紐としてつながったまま、分子が格子上に配列していくことによって結晶に成長していきます。このとき、絡み合いがすべて解けるわけではなく、結晶の外に押し出され、結晶にならない「非晶」の固まりができます。結晶と非晶が半々に混ざった状態です。この結晶化度の低さが、熱に弱い、強度が劣るといった低性能の原因と考えられてきました。しかし、そもそも結晶が生成するメカニズムがわかっていませんでした。
 彦坂先生は、X線回折やその他の手法を使って、紐の乱れとそれが性質にどう関係するかを調べました。そして、高分子の理想的な結晶と現実の不完全結晶が生成する仕組みを、絡み合いや滑りの効果を取り入れて定式化しました。これが1987年に発表された「高分子の滑り拡散理論」(図1)で、結晶化のメカニズムの解を出したのです。
 理論を立証するには、結晶ができる現場を観察する必要があります。そこでは、まず原子が数個集まって結晶の赤ちゃん「核」ができます。核の大きさはナノメートル(nm:1nmは10億分の1メートル)サイズ。その存在は1930年代に仮定されていましたが、検出は不可能だと言われてきていました。1980年代以降、放射光を使って世界中の研究者が核の検出に挑戦しましたが、すべて失敗に終わりました。
 このような難題に取り組んだのが、博士課程の学生として彦坂先生の研究室に配属された(現在は博士研究員)岡田聖香さんでした。融液の中の核の数はきわめて少なく、ノイズの中に核の信号が埋もれている状態でした。彦坂研究室では、結晶化を助ける添加剤(核剤)を微細にして混ぜるという独自の手法を開発していましたが、うまくいきません。岡田さんは、核剤を均一に分散させる工夫をこらし、朝から晩まで実験をくりかえしました。
 1年後、核はようやく検出されました。そして2003年から2007年にかけて、SPring-8のBL40B2ビームラインで核の生成過程が世界で初めて観察されたのです(図2)。

図1.「高分子の滑り拡散理論」の模式図

図1.「高分子の滑り拡散理論」の模式図

原子や低分子が結晶をつくる場合、個々の原子または低分子は自由に動いて、格子状に並ぶことができる。紐状の高分子の場合、各分子は紐につながれたまま、滑りながら拡散して結晶が成長していく。絡み合った部分(赤い糸)はほどかれるか、結晶から除かれ、非晶のまま固化する。 ©広島大学・彦坂正道/岡田聖香

図2.SPring-8での観察データから明らかになった核の成長過程(模式図)

図2.SPring-8での観察データから明らかになった核の成長過程(模式図)

まず小さい核がぱらぱらとでき、35分後にはその数がいっきょに増えて、100分後にはもっと大きな核ができる。©広島大学・彦坂正道/岡田聖香

ナノ配向結晶体を発見

 彦坂先生が次に挑戦したのは、理想的な結晶をつくることでした。
 高分子の融液を伸ばすことができたら、分子鎖がきれいに並び、結晶化度も上がるのではないか。しかし水を引っ張ることはできないのと同様に、粘度の高い高分子融液でも伸ばすことは困難でした。そこで、融点以下に冷やした融液を板にはさんでつぶしてみましたが、不十分な伸びしか観察されませんでした。
 試行錯誤のすえ、つぶす速度が足りないのではないか、とひらめきました。伸長する速度というのは、押しつぶす速度に比例します。押しつぶす速度を200倍に上げたところ、わずか0.001秒後には結晶化が始まることが、偏光顕微鏡で確認されました。融液をつぶさない場合、結晶化の開始は40分後でしたから、結晶化挙動が一変したことがわかります。
 こうしてできた結晶体の構造を2007~2010年、SPring-8のX線散乱装置で調べました。その結果、散乱パターン(表紙の画像)から、20~30nmの結晶が伸長方向にそろって並んでいる(配向している)ことが明らかになりました。これを「ナノ配向結晶体」Nano Oriented Crystals、略してNOC(ノック)と名づけました。NOCの結晶化度は92%。結晶が密に連なっています。しかも、それぞれの結晶は、炭素の鎖(ダイヤモンドの共有結合)でしっかり結ばれています。その構造が鎧(よろい) のように小鉄片をつなぎ合わせたように見えることから、「鎧モデル」と呼ばれるようになりました(図3)。
 NOCは合成高分子の絡み合いと滑りの制御に成功した初めての実例でした。NOCは、鉄鋼の強度に匹敵する引張強度、折り曲げても壊れにくい靱(じん)性、176°Cまで変形しない耐熱性、そしてガラスのような透明性など、すぐれた材料特性をそなえていることがわかりました。

図3.ナノ配向結晶体の生成メカニズム

図3.ナノ配向結晶体の生成メカニズム

©広島大学・彦坂正道/岡田聖香

実用化を見すえたロードマップ

 プラスチックが工業生産されたのは1960年代でした。以来、急速に増加の一途をたどり、2007年には年間3億トン(世界生産量)をこえています。その多くは汎用プラスチックですが、強度や耐熱性を高くしたエンジニアリングプラスチック(エンプラ)やスーパーエンプラ、ガラス繊維強化プラスチックの需要も増えてきています。これらの高性能プラスチックは、溶融や高性能化のために加えている物質を分離することが容易でないためにリサイクルが困難なので、このまま増加していくと、重大なゴミ問題になります。しかも、高価です。
 NOCは、汎用プラスチックと同じ素材を使い、押しつぶすという操作を加えただけなので、既存の技術をレベルアップするだけで生産することが可能です。キログラムあたりコストは約百数十円。従来の高性能プラスチックの10分の1から100分の1と試算されています。そのため、従来の高性能プラスチックに代わる幅広い分野での利用が期待できます。
 鉄鋼や金属材料の代替を考えたとき、NOCの強度、同じ重さで比べた引張強度は、鉄鋼の2~5倍。鉄鋼板と同じ強度を実現するには、厚さは約2倍になりますが、質量は4分の1ですみます。自動車などの車体に使うとすると、車両重量を非常に軽くできるわけです。
 彦坂先生の研究室では現在、NOCの産業化を見すえて、民間企業と共同研究を進めています。その中で、引張強度などの特性の向上が図られるとともに、食品容器などの製品化に取り組んでいます。今後、さまざまな分野において製品が実用化され、プラスチックはさらに進化していくことでしょう。

コラム:研究への思いを受け止めてパートナーに

彦坂先生、岡田さん

 彦坂先生はいつも紐を持ち歩いています。高分子の紐に惹かれたのは大学院時代、以来ずっと紐という視点に立って、未知の研究に挑戦してきました。
 岡田さんは、彦坂先生とはじめて面談したときのことを、「先生が真剣な顔で、まったくわからないのだという話を延々とされたことだけを覚えています」と振り返ります。「わからないことを研究するのが本来の研究なのだから、ここに行ってみよう」と決心しました。
 結晶の核が生成する過程は立証不可能といわれた難題。これに果敢に挑戦し、世界で初めて核をとらえた岡田さん。彦坂先生は、「訳がわからないから研究だという思いが、これまでやってこれた岡田の原動力。研究者仲間からは、岡田さんはよく逃げ出さないねと言われたものです」と、岡田さんの功績を高く評価しています。
 2人の研究への思いは同じ。自然の仕組みを知りたいという究極の夢も共通しているようです。


取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 福島 佐紀子


この記事は、広島大学大学院総合科学研究科の彦坂正道特任教授と同大学大学院総合科学研究科博士研究員の岡田聖香さんにインタビューして構成しました。

行事報告

第2回日本放射光学会基礎講習会「入門者のための放射光技術」

第2回日本放射光学会基礎講習会「入門者のための放射光技術」

 第2回放射光基礎講習会は、日本放射光学会主催、日本国内の各放射光施設・ユーザー団体(21団体)の共催で、8月17日(火)、18日(水)の2日間、東京大学工学部5号館52号講義室で開催されました。本基礎講習会は、放射光科学の裾野の拡大と、放射光科学入門者に向けた放射光基礎教育の充実を目的として、昨年より開催しています。今回は、2回目の開催になりますが、第1回では1日での開催であったものを、基礎編1日、応用編1日の計2日間とし、内容を拡充しました。基礎編に関しては、日本放射光学会が2008年に出版し、非常に高い評判を頂いている書籍「放射光ビームライン光学技術入門」をテキストとして利用し、執筆者自らに講義をしていただきました。一方、応用編に関しては、XAFS、光電子分光、タンパク質構造解析、X線自由電子レーザーを取り上げ、それぞれの専門家に講義をお願いしました。SPring-8の職員は、講師として6名参加しました。おかげさまで大変ご好評をいただき、当初の定員80名を大幅に上回る91名の受講者があり、受講者アンケートでも来年度以降も継続してほしいという回答を大部分の参加者からいただきました。 (利用研究促進部門)


第4回アジアオセアニア放射光科学フォーラム・放射光スクール - ケイロンスクール2010 -

ケイロンスクール2010

 第4回アジアオセアニア放射光科学フォーラム(AOFSRR:会長 Dr. Keng Liang-NSRRC/台湾)放射光スクール:Cheiron School(ケイロンスクール)がAOFSRR、理化学研究所、KEK、JASRIの主催によりSPring-8で2010年10月9日~18日の10日間にわたって開催されました。今年は、オーストラリア、中国、インド、韓国、シンガポール、台湾、タイ、日本のAOFSRR加盟国8ヶ国に、ニュージーランド、マレーシア、ベトナムの准加盟国3ヶ国を加え、11ヶ国68名の若手研究者、大学院生が参加しました。タイ、台湾、中国、オーストラリアからは、各国4名、ニュージーランドからは2名の定員枠を超えて生徒が派遣され、参加者数も過去最高となり、4年目を迎え、ケイロンスクールに対する認知度はますます高まっています。今年も、David Attwood教授(米国)などの強力な講師陣による基礎から応用技術までバラエティに富んだ講義、懇談形式のミート・ザ・エキスパート、21コースに上るビームライン実習を提供しました。また、京都では、日本文化や歴史に触れ、講師・生徒の交流を深めることが出来ました。
 最後に、開催にあたり蛋白質構造解析コンソーシアムをはじめ各方面から多大な御協力を頂きましたことを、この場を借りて御礼申し上げます。

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

第3回SPring-8萌芽的研究アワード受賞者決定(萌芽的研究支援ワークショップ)

受賞者:柏原 輝彦 広島大学 大学院理学研究科
研究内容:分子の構造情報に基づくモリブデンとタングステンの海水‐鉄マンガン酸化物間の固液分配および同位体分別機構の解明
受賞者:Che-Hsiu Shih The University of Tokyo, Department of Advanced Materials Science(現 独立行政法人理化学研究所)
研究内容:Study of photo-induced commensurate modulated structure in Fe(II) spin crossover system: t-[Fe(abpt)2(NCS)2] polymorph C

前列左が柏原氏、右がShih氏
前列左が柏原氏、右がShih氏

 SPring-8では、将来の放射光科学研究の発展を担う若手人材の育成と萌芽的・独創的な放射光科学研究を創出することを目的として、大学院博士課程の学生を対象とした「萌芽的研究支援プログラム」を実施しています。同プログラムは、学生自らが実験責任者(リーダー)となりSPring-8を利用できる制度として平成17年度から開始され、現在まで約220課題が実施されています。また、平成20年度から、萌芽的研究支援プログラム課題実施者のうち、特に優秀な成果を上げた学生(当時)を表彰する「SPring-8萌芽的研究アワード」を設置し、アワードの審査を兼ねた「SPring-8萌芽的研究支援ワークショップ」を実施しています。3回目となる今回は、平成21年度の課題実施者32名(42課題)のなかから7名の応募があり、10月1日、東京で開催されたワークショップにおいて口頭発表が行われました。審査の結果、アワードには、上記の2名が選ばれました。これからもSPring-8は研究者を目指す若い学生を支援します。 (研究調整部)

International Metallographic Society(国際金属組織学会)Dubose-Crouse賞

受賞者:小嗣 真人 財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門研究員
三俣 千春 東北大学 工学研究科 客員教授

受賞内容:「光電子顕微鏡による鉄隕石の金属組織と磁区構造の観察」

上記の2名は、日本金属学会金属組織写真賞を受賞し、その後国際金属組織学会に推薦されDubose-Crouse賞の2nd Plance(第二位)を受賞しました。内容の詳細は、SPring-8 NEWS No.50の6ページに掲載されておりますので、そちらをご参照ください。 (広報室)

お知らせ

2011年の施設公開は4月30日(土)に決定!

 SPring-8では、毎年、科学技術週間(4月18日(発明の日)を含む1週間)にちなんで、「SPring-8施設公開」を実施しています。第19回SPring-8施設公開は2011年4月30日(土)に開催することが決定されましたのでお知らせいたします。


最終変更日 2019-11-21 17:18