大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 55号(2011.3月号)

目次

研究成果 · トピックス
加熱しても壊れない、食中毒原因菌・腸炎ビブリオの毒素に迫れ!!

SPring-8 Flash
「はやぶさ」微粒子の初期分析が行われる

行事報告
日本SPring-8台灣專屬光束線十週年慶祝會(台湾ビームライン10周年記念式典)

お知らせ
SPring-8ホームページ一般向けコーナー『光のひろば』がオープン!
第19回SPring-8施設公開 - 未来へつながる科学の輪 -

表紙の図

食中毒原因菌、腸炎ビブリオの電子顕微鏡写真。この写真では菌体と太いべん毛が見られる。
(出典:日本細菌学会 細菌学教育用映像素材集(第2版)島田俊雄、大澤朗)

研究成果 · トピックス

加熱しても壊れない、食中毒原因菌・腸炎ビブリオの毒素に迫れ!!

60年前の大規模食中毒事件

 1950年10月、大阪南部で、患者272名、死者20名を出す、戦後最大の食中毒事件がありました。患者がシラス干しを食べてから約1時間後に腹痛を訴え、嘔吐・下痢をしたことから、大阪大学微生物病研究所(阪大微研)の故・藤野恒三郎名誉教授は、シラス干しに繁殖していた腸炎ビブリオが原因菌だと突き止めました。以来、腸炎ビブリオは日本ではじめて発見された食中毒原因菌として、藤野先生の弟子から弟子へと、その研究が受け継がれてきました。
 ひ孫弟子にあたる柳原格(いたる)先生は、阪大微研から大阪府立母子保健総合医療センターに移った今も、腸炎ビブリオの研究を続けています。2010年5月には、腸炎ビブリオがつくるタンパク質毒素(耐熱性溶血毒;略称TDH)の立体構造を、原子のレベルの細かさで解明することに成功しました。この成果は、阪大微研の本田武司名誉教授と横浜市立大学の橋本博助教らとの共同研究によるものです。
 食中毒発生のメカニズムの解明につながる成果として注目されています。

巧みに悪さをする腸炎ビブリオ

 腸炎ビブリオは、発見者の藤野先生が「丸くて太っちょ」と表現したように、長さ約2マイクロメートル(μm:1μmは100万分の1m)のずんぐりとした俵形で、1本の太いべん毛と細かいべん毛をもつ細菌です(表紙写真)。べん毛をモーターのように使って海を泳ぎ回り、魚介類に付着します。このときは、食中毒を起こすほどの菌の数ではありません。ところが、腸炎ビブリオにとって最適とされる温度と塩分がある環境では、10分に1回の速さで分裂して増えるのです。このスピードで増殖すると、1個の菌が1時間では64個に、6時間後には687億個になるのですから、ものすごい増殖力です。こうして、食中毒を起こします。
 腸炎ビブリオは人間の体の中に入り腸管に付着すると、自らのタンパク質を送り込むための分泌装置を、船のイカリのようにおろして、ほかの細菌を腸内から排除し強く定着します。さらに恐ろしいことに、宿主の心臓の筋肉細胞などを破壊する毒素を分泌します。この毒素は熱に強いことと、発見当初に、赤血球の細胞膜に孔を開け破裂させる性質があるとわかったので、耐熱性溶血毒と呼ばれています(写真1)。

写真1.TDHが細胞膜に開ける孔(左)と溶血の様子(右)

写真1.TDHが細胞膜に開ける孔(左)と溶血の様子(右)

血液の入った寒天にTDHを入れると、溶血がおこり透明に抜ける。
(左写真の出典:日本細菌学会 細菌学教育用映像素材集(第2版)三輪谷俊夫、本田武司)

加熱しても消えない毒性?!

 「少しくらい日にちがたっても、十分加熱すれば食べても大丈夫などといいますが、腸炎ビブリオの場合そういうわけにはいきません」と柳原先生。タンパク質は一般的に、熱によって変性すると元に戻りません。身近な例としては、ゆで卵が生卵に戻らないことがあげられます。だから、加熱すれば大丈夫といわれるのです。しかし腸炎ビブリオの場合、加熱によって菌は死滅しても、毒素であるTDHはその後の温度変化によっては、いったん失った毒性を回復させることがあるのです。このような現象は、発見者の名前を取ってアレニウス効果と呼ばれています。腸炎ビブリオがつくるTDHにアレニウス効果があることは、1972年に阪大微研の故・三輪谷俊夫名誉教授が発見しました。しかし、くわしいメカニズムの解明にまではいたりませんでした。

TDHの毒性は構造で決まる

 柳原先生が、TDHのアレニウス効果に注目するようになったのは、TDHとβグロブリン(牛乳に含まれるごく一般的なタンパク質)が結合することを発見したからでした。βグロブリンを実験装置の膜に固定して実験するとTDHが結合するのに、TDHを膜に固定するとβグロブリンは結合しませんでした。その理由を柳原先生は、膜に固定されたことで、TDHの立体構造が壊れたからではないかと考えました。つまり、構造がTDHの性質を決めているのです。
 そこで、さまざまな測定装置を使って、温度による構造変化を追いながら、毒性を評価しました(図1)。その結果、TDHは毒性をもつ構造(TDHn)のほかに、温度によって線維状*1(TDHi)や、ほどけたような構造(TDHu)をとることがわかりました。このとき仲間とともに、「TDHのアレニウス効果は構造で説明できる」と大喜びしたといいます。

図1.腸炎ビブリオの毒素TDHのアレニウス効果

図1.腸炎ビブリオの毒素TDHのアレニウス効果

もとの毒性(TDHn;1)を100%として、加熱処理した後に残る毒性とTDHの構造変化を示す。60°Cで加熱処理したとき(3)だけ、線維状(TDHi)になり、その後冷ましても毒性は消える。60°Cより高い温度にすると、ほどけた状態の構造(TDHu)をとって毒性を失うが、体温の温度に戻すと巻き戻りによってTDHnになり、毒性が回復する(2,4)。

本当に4量体なのか?

 TDHの構造に関する実験をしていると、毒性をもつTDHが4量体*2を形成しているらしいとわかってきました。しかし、2量体と考えられてきた毒素が、4量体だと証明するには原子レベルの解析がどうしても必要でした。そこで、構造を直接見ようということになり、横浜市大の橋本先生の協力を得て、TDHを結晶化してX線結晶構造解析を行ったのです(図2)。使用したのは、SPring-8のビームラインBL41XU、BL40B2と高エネルギー加速器研究機構のビームラインです。10年ほど前にもTDHの構造解析にチャレンジしたことがありましたが、うまくいきませんでした。「解析できる大きさの良質な結晶をつくるのは、簡単ではありません。しかし、以前もある程度の結晶はできていました。SPring-8の放射光実験技術は年々向上しています。これまで見えなかったものが、次々に見えるようになっているのです」と橋本先生。今回の成功の鍵は、測定技術の進歩にあったと話します。
 TDHの立体構造がわかったことで、研究は大きく前進しました。TDHの4量体構造の中心部分には直径約2ナノメートル(nm:1nmは10億分の1m)、深さ約5ナノメートルの孔が認められました。スーパーコンピューターを使った分子シミュレーションでは、この孔を水分子が高速で通過することがわかり、この孔が細胞膜に孔を開けると考えられます。

図2.毒素TDHの結晶構造

図2.毒素TDHの結晶構造

4量体構造の様子(左):色分けされた4本の鎖が集合している。上から見た図(右):中央に貫通した孔が開いているのがわかる。球1つ1つは原子を表している。

TDH研究の最後の詰め

 「あとは、TDHがどのように細胞膜に近づき孔を開けて毒性を発揮するのかを明らかにするばかりです」と柳原先生は研究の集大成に入ろうとしています。先生の頭の中には、すでにそのモデルができています。しかし、証明できなければ単なるモデルに過ぎないと、厳しく考えています。そして、「モデルが正しいかどうかを明らかにするには、対象を結晶化しなくても構造観察ができるほど強い放射光があればいいんです」とSPring-8の進歩とまもなく稼働するX線自由電子レーザー(XFEL)に期待しています。
 60年にわたる研究によって、食品管理の大切さが理解され、腸炎ビブリオの検査法も確立し、患者数はかなり減ってきました。そして今も、発見者である藤野先生の「腸炎ビブリオ感染症例をゼロに」という願いを実現させたいと、後進たちが研究を続けているのです。


用語解説

*1 線維状
分子がいくつも連なった棒のような細長い構造。

*2 4量体
タンパク質は多数のアミノ酸が鎖のように連なった高分子化合物である。複数の鎖が集まって接触し、1つのまとまった働きをもつものを多量体という。1本の場合は単量体、2本では2量体、4本では4量体となる。また、それぞれの鎖をサブユニットという。

コラム:いい仲間に囲まれて

共同研究者の橋本先生(左)とともに
共同研究者の橋本先生(左)とともに

 「阪大微研で何十年も研究されているのに解けなかった問題にアプローチするには、理学や工学の力が必要でした」と柳原先生が話すように、今回の研究にはさまざまな分野の研究者がかかわっています。皆、阪大微研時代に、隣近所の研究室にいた30代半ばの若手研究者でした。橋本先生も仲間の1人でした。ああでもないこうでもないと議論しあったこと。夜中なら誰も使わないからと、工学部の装置を好きなだけ使わせてもらったこと。すべてが楽しい思い出でした。
 そして、研究の場が大阪府立母子保健総合医療センターに移ってからも、小児科医をやりながら腸炎ビブリオの研究を続けられるのは、周囲の理解があるからだと感謝しています。


取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子


この記事は、大阪府立母子保健総合医療センター 研究所免疫部門の柳原格部長と横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科の橋本博助教にインタビューをして構成しました。

SPring-8 Flash

「はやぶさ」微粒子の初期分析が行われる

SPring-8 BL47XUにおいて、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの微粒子の初期分析が行われました。今回の測定は、大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻の土`山明教授らのグループによるもので、初期分析のトップを切って2011年1月21日(金)から5日間実施され、測定の結果、粒径0.03〜0.1ミリメートルの微粒子約40個について、約100ナノメートル(=1万分の1ミリメートル)の解像度のX線CT像が得られました。
 今回測定されたCT像をコンピュータで再構成し、粒子を構成する鉱物の三次元形状とその空間分布を特定することで、破壊分析を行う上で最適な切断面を決定するなど、今後の微粒子の分析において有益な情報が得られます。また、太陽系の成り立ちに関して、これまで得られている約6万個の隕石の分析結果と約25万個の小惑星の観測データとの互いの欠落を埋める新たな知見が得られることが期待されています。
 なお、1月22日(土)には報道機関向けの説明会を開催いたしました。説明会では、土`山教授に分析手法の概要及び実験現場をご紹介いただきました。説明会には12社20名の報道関係者の参加がありました。 (広報室)

「はやぶさ」微粒子の初期分析が行われる

SPring-8 BL47XUのCT装置 / 実験ホールで説明する土`山教授

行事報告

日本SPring-8台灣專屬光束線十週年慶祝會(台湾ビームライン10周年記念式典)

日本SPring-8台灣專屬光束線十週年慶祝會(台湾ビームライン10周年記念式典)

 2010年12月22日、SPring-8に於いて台湾ビームライン10周年記念式典及び懇親会が台湾放射光施設、國家同歩輻射研究中心(NSRRC)の主催で挙行されました。台湾ビームラインは1998年日本の(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)と台湾の亜太科学技術協会(APCST)の間で結ばれた国際協力協定に基づきSPring-8 BL12に建設が開始されました。2000年10月に最初のビームラインが完成し以後10年間運用されてきました。昨年、過去10年の研究活動と新たな10年間のビームラインの将来計画のレビューが実施されビームライン設置契約の延長が交わされました。記念式典では台湾の行政院國家科學委員會の張文昌副主任委員、NSRRCの張石麟主任による開会の挨拶で始まり、JASRIの白川哲久理事長、建設当時の所長で現(独)理化学研究所の上坪宏道特任顧問からご祝辞を賜りました。式典終了後、これまで台湾ビームラインの建設及び運用にご尽力下さった方々をお招きして懇親会が行われました。参加者全員で台湾から持参してきたサンタクロースの衣装で仮装して乾杯を行いました。久方ぶりの旧交を温めるとともに更なる協力関係の進展を確認し盛会のうちに終了いたしました。 (國家同歩輻射研究中心)

お知らせ

SPring-8ホームページ一般向けコーナー『光のひろば』がオープン!

光のひろばトップページ

(独)理化学研究所と(財)高輝度光科学研究センターは、2011年2月1日に、SPring-8利用者だけでなく、中学生、高校生を中心とする一般の方々にSPring-8を身近に感じていただくことを目的として、ホームページに、SPring-8をよりわかりやすくご紹介した一般向けコンテンツ『光のひろば』のコーナーをオープンしました。http://commune.spring8.or.jp/

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 「光のひろば」には、今までになかったコンテンツもいっぱいです。ぜひ、ご覧ください。 (広報室)

第19回SPring-8施設公開 - 未来へつながる科学の輪 -

SPring-8では、以下の通り「SPring-8施設公開」を実施いたします。みなさまのご来場をお待ちしております。
日 時:2011年4月30日(土)9時30分〜16時30分(受付は15時30分まで)
場 所:SPring-8
入場料:無料(お気軽にお越しください)
内 容:施設の公開、科学実演・工作、科学講演会、見学ツアー、パネル展示など
詳しくはこちらをご覧ください。

最終変更日 2013-04-25 10:24