大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 71号(2013.11)研究成果トピックスへのご質問に対する回答

遺伝子に傷が付くというのは、そもそもどういう状態をいうのか、と傷つく原因等を教えてください。

 遺伝子の情報は、DNAの塩基(A,T,G,C)配列として保持されています。遺伝子が働くには正しい配列が保たれる必要がありますが、それが損なわれた状態を「傷がついた」といっています。
 傷つく原因は複数あります。まず、遺伝子をコピーするときのエラーです。細胞が増殖するときに遺伝子のコピーを作りますが、低い確率ながらコピーを作る酵素が誤った塩基を取り込むことで起こります。また、細胞が通常の機能している途中に起きる破損もあります。化学物質であるDNAは活性酸素や紫外線、放射線などによって、塩基が化学変化を起こします。飲食物ならびに体内に摂取される薬品に含まれる一部の化学物質にもDNAの化学変化(傷)を起こす性質があります。これらの傷が蓄積され、その細胞が死なずに増殖すると異常が拡大します。傷は生きている以上避けることはできませんが、生命は酵素を使って修復を続けています。

Rasは正常な細胞にあるので、正常な細胞の増殖が阻害されないのですか?

 正常細胞では複数のタンパク質のネットワークで生命活動を維持しており、あるタンパク質の働きが一時的に抑制されても、ほかのタンパク質の働きで生命活動を維持することが可能な場合があります。しかし、がん細胞では細胞の生存自体をがん遺伝子に頼る特徴があります。この“がん遺伝子中毒”と呼ばれる現象は、がん遺伝子の発現異常あるいはがん遺伝子の突然変異に由来する遺伝子産物(タンパク質)の細胞内での機能異常が引き起こすのが原因と考えられています。このため、がん細胞で異常ながん遺伝子産物の機能を抑えると、細胞増殖の抑制や急速ながんの退縮が起こることが確認されていて、この抗がん剤でもこうした性質を利用しています。臨床の現場で実際に使用されている多くの抗がん剤は、がん遺伝子中毒と関連が深い遺伝子産物をターゲットに近年開発が進められてきたものです。

Rasは状態1と状態2とゆらゆらと変るのはなぜですか?

 なぜ構造変化が起こるのかという点では、GTPとGDPを交換する際に、蓋が開閉する必要があるからだということになるでしょう。タンパク質は化学反応や情報伝達のため、硬い構造を持たず、動くものが一般的で、こうした性質はとくに例外的というわけではありません。
 情報伝達の観点では、スイッチのオン・オフの二状態がわかりやすく、進化の初期にはGTP型がオン、GDP型がオフになるような変化しかしなかったのかもしれません。しかし、タンパク質にさまざまな機能を持たせる進化の過程で、情報の入力と出力を制御する機構を複雑化するように、GTP型における蓋のゆらぎを利用するようになったのかもしれません。
 Rasは自身に結合する2種類のヌクレオチドGDP(グアノシン2リン酸)、GTP(グアノシン3リン酸)を交換しながらシグナル伝達のスイッチのオン(GTP結合型)とオフ(GDP結合型)を調整しています。Rasはシグナル伝達上、GDPとGTPのいずれにも結合する必要があるのですが、GDPに比べてGTPでは1個リン酸基が多く、GTP結合型では、この余分にあるリン酸基(一番外側にあるリン酸基)とRasとの結合が発生するため(この結合はGDP結合型では存在しません)、リン酸基が1個少ないGDP結合型と比較して構造がより安定になるようです。一番外側のリン酸と結合して構造が安定になるこの領域のことを、Rasの研究者の間では“スイッチ領域”と呼んでおり、GTP結合型ではこの領域に存在するアミノ酸の1つである35番目のスレオニンが一番外側にあるリン酸基との結合を通じて、構造の安定化をはかる上で重要な役割を果たしていることが分かっています。GDP結合型ではこの結合はリン酸基が1つ足りないことから全く存在せず、スイッチ領域の特に35番目のスレオニン付近は不安定な構造をしています。GDP結合型とGTP結合型を行き来する必要のあるRasはその成り立ちからして、35番目のスレオニン付近がもともとゆらゆらするよう仕組まれているのではないかと考えています。シグナルがオフになるGDP結合型の存在は細胞にとっては絶対に必要です(常にGTP結合型になると細胞ががん化します)から、GDP結合型に起因する構造のゆらぎの性質(ゆらゆらする性質)が、GTP結合型でも引き継がれているのではないか、というのが我々の考えです。実際、GTP結合型のポケットがある“状態1”のスイッチ領域の構造はGDP結合型に似た特徴が多いことが確認できています。

タンパク質は、生体内では結晶化しているのですか?

 数多のタンパク質の研究がおこなわれてきていますが、生体内で結晶状態を取るものはごくわずかです。結晶にならない理由は、数千以上の複数種類の成分が細胞内に希薄に分散しているためです。一般的に結晶化の際には、高濃度で高純度の均一なタンパク質水溶液が必要となります。しかし、最近では遺伝子組み換えにより細胞内で強制発現されたタンパク質が微小な結晶を作ることも明らかになっており、この試料を用いた解析法の開発も始まっています。