大型放射光施設 SPring-8

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放射光X線で重力が光子に与える作用を直接見る 〜研究者の夢をのせて!〜

 SPring-8では今、“世界初の長尺1,000mビームライン”の建設が、2000年3月完成を目指して進められています。本号では、この1,000mビームラインで期待される研究の一端を覗いてみましょう。

 重力が光子に与える作用は、重力レンズ現象など宇宙観測でよく知られており、一般相対性理論の証明となった現象です。しかし、重力が光子に与える作用の大きさの測定値には、まだ大きな幅があります。この“測定値の幅”をもっと絞ることができれば、それは現在の宇宙像にも変更を迫るような重要な寄与となるでしょう。SPring-8の高輝度で干渉性の高いX線を用いて、この“重力が光子に与える作用の大きさ”を精度高く観測しようというのです。

「1,000mビームラインとは?」

 この世界初の1,000mビームライン(BL29XU)は、SPring-8標準型真空封止アンジュレーターを光源にしています。アンジュレーターは、波長領域5~40keVのいずれの波長ででも、40m先で2㎟程度にしか広がらないという非常に指向性の高い、波長幅が絞られた準単色X線を発します。その光の中心部をスリットにより切り出し、それを2枚のシリコン単結晶のブラッグ反射を組み合わせて単色化し、さらに単色性の良いX線とし、蓄積リング棟実験ホールに導きます2)。X線は、蓄積リング棟を出てほぼ1,000m先の長尺ビームライン実験棟まで、上下1mを隔てて設置された直径10cmのステンレス導管の中を一直線に進みます3)。この導管の中は真空に保たれます。
 そして、1,000m先の実験棟に、面積(約20mm角)の平行波面を持つエネルギー分散度の小さい(ΔE/E~1×10-4)X線として到達します4)
 光の導管が上下2本あることが、動力が光子に与える作用を検出するのに必要なのです。下を走る導管は、アンジュレーターから発したX線ビームが直接進むための導管です。1m高い上の導管は、後で述べる分離型X線干渉計によりビームの一部が分けられ、1m高いところに上げられてその高さを保ったまま1,000m並進するためのものです。

1,000m長尺ビームライン1,000m長尺ビームライン(建設中)

「1,000m分離型X線干渉計による観測実験」

 すでにお話してきた通り、このビームラインではX線を基準高より1m上に上げ水平に1,000m先に送り出す必要が干渉計の素子に要求されます。X線の分波に用いるブラッグ角は約23度ですから、そのためには1.5mもの長さを持つ完全単結晶シリコンロッド(円柱状)が必要になります5)。現在では直径10cm・長さ1.5mのものが2本入手できています。それぞれに3枚の薄い板を平行に切り出したものが分離型干渉計の心臓部をなします。(下図参照)。1,000m離れてこの2つの結晶があたかも1つの結晶のように、ひとつながりの状態を再現するよう調整が行わなければ干渉は起きず、目的とする1オングストロームの1/1,000オーダーでの干渉強度の時間差の上下比較は実現できません。このような精度が要求される実験には、これらの分離型干渉計や検出器など光学的機能部は高度に均一な環境におかれていることも必要条件です。そのためこのビームラインでは、振動や電圧変動、温度変化を極度に排除する設計になってます。
 また、実験ハッチ内を1/10℃以内までの温度変化に抑え、機器の周囲をさらに断熱シールドで囲んで、その内部は測定実験中は1/100℃以内の温度変化に保たれます。温度の安定までにほぼ3日かかりますが、これも機器の非常に均一な作動のために必要な条件の一つなのです。

図:わずかな位相の違いを測定するしくみ:わずかな位相の違いを測定するしくみ
イラスト2

 この1,000mの長尺ビームライン干渉計では、上下1mの高さの違う導管があり、上の導管は1m上げられX線(①)が走ります。下の導管中は、実は数mm離れた2本のX線ビーム(②③)が進みます。アンジュレーターからの光の水準のまま走る一番下の光(③)は回転する位相子によりその位相にほんの少し周期的変化を受けて併走し、数cm上を行く高さによる重力影響差をほとんど受けないで進んだX線ビーム(②)との間、および1m上に上がって重力により少しエネルギーを減じて、そのまま1,000m進んできた光との間で、それぞれ1,000m先で同時に合わされ、両方の光とそれぞれ干渉縞を作ります。この2つの干渉縞の強度の時間変化を同時に表示することで、重力・光子相互作用の大きさが直ちに観測されます。

「重力は光にどう作用するの?」

イラスト3

 光のエネルギーEと振動数νの間にはE=hνという関係があります。(プランクの式、hはプランクの定数)。一方アインシュタインのエネルギー保存の法則はエネルギーと物質の質量mの間にE=mc2(cは真空中の光の速度)の関係があることを示します。したがって、mc2=hνと書けますが、表紙で見たように、光子にとても小さいながら質量がありそうです。光子の仮想的質量をmphotonと表すと、mphoton=hν/c2となります。

 今、同じ光が二つに分けられ、一方が地球の重力に逆らって1m上に上げられると、その光はmphoton gH(H=1m)の位置エネルギー6)を得たことになり、とても少ないながら光の運動エネルギーはその分小さくなります。その結果、波長はわずかに長くなり(波動数はわずかに低くなり)ます。下を進むもう一方の光の方はそのままのエネルギー(波長、振動数)で進みます。
 下方の光に比べて上方の光で“わずかに変化する量”は、波長1オングストロームのX線では、その波長の1/1016位のとても小さい変化と見込まれます。これはとても小さすぎて観測できる大きさではありませんが、この微小なエネルギー差を保ちながら水平に1,000m進む間には10の13乗個の波の数が存在しますので、一波長あたり1/1016の変化も1013回累積され、1,000m先ではその差の程度は、一波長の1/103位にまで拡大されます。このため、上下2本の1,000mにもわたる光路長が必要となる理由なのです。
 さらに、1,000m走った光に生ずる重力による微小な変化の累積は、精緻なX線干渉計があれば、十分観測可能な範囲です。

 地球の重力がX線に与える微小な作用をたった1m違う高さで1,000m走らせることにより、地上で精度高く検証するものです。微小な干渉強度の差が読み取れた時、実験ラインは初めて完成したことになるのです。このプロジェクトがどんなに精密な制作・調整技術・検出機器を要するプロジェクトであるかが推察されるでしょう。


2)この間、可干渉性を劣化させる可能性があるビームライン光学要素はできる限り使われないよう工夫されています。
3)直進するX線ビームは、地表が球面なので、はじめ地表に水平に発射されますが、1,000m先ではその地点での水平準位からは約8cm高いところに到達・通過します。1,000mビームラインでは、それを考慮して設計がされています。
4)光のエネルギー(E)の幅(ΔE)を挟めることにより、干渉性が高まります。
5)完全結晶シリコンロッドは普通薄い円板に切り出され、主に超LSIや太陽光シリコン電池に使用されます。
6)高い所にある物体は、落下する時、他の物体に仕事を与えることができるのでエネルギーを持っています。これを位置エネルギーといい、その大きさはUp=mgh(Up:位置エネルギー、m:重量、g:重力の加速度、h:基準面からの高さ)で表されます。

直進する光は1,000m進むと、水平面から8cmも離れる!!

 地球は球面なので、蓄積リング棟で水平に発進した光も、1,000m直進した長尺ビームライン実験棟のところでは、8cmも高いところを通過します。長尺ビームラインでは、地球の丸さの曲率による補正が必要となります。この補正には、基準面を水平面にとり、L離れた先でのビームの高さのズレを以下の近似式で求められます。

数式

 Rは地球の半径です。R=6,371kmを用いて、L=1kmのとき、⊿H~7.8cmとなり、無視出来ない大きさであることが分かったのです。
 L=10kmのとき、⊿Hは約8m。L=220kmでは、⊿Hは約3,800m。ですので、途中に何の障害物が無くても日本一高い富士山(3,889m)も見えなくなることが分かります。ちなみに、富士山は三重県の志摩半島からは辛うじて見ることができるそうです。(富士山から志摩半島の鳥羽まで直線距離で約200km)

直進する光は1,000m進むと、水平面から8cmも離れる!!

「用いられるX線干渉計とはどんなものでしょう」

 X線も電磁波(光)の一つですから、その干渉現象は他の光の場合と原理的に異なるわけではありません。しかし、X線の場合、波長が短いことなどの制約から、独立に置かれた光学素子の位置と角度を調整して、同一光源から放出されたX線を2つの光路に分けた後、再びそれらを干渉が起きるように重ね合わせることはきわめて難しい。それに加えて、X線の屈折率は1に非常に近いために通常のレンズがつくれないことなどの理由から、干渉計を作ることは容易ではありませんでした。X線領域の干渉計は1964年に初めて実現しました。1つのシリコン完全結晶にひとつながりに3枚の板を切り出し、それぞれにビームスプリッター、ミラー、アナライザーの働きをさせた一体型のものでした。このため、入手できるシリコンの単結晶の大きさが制約されていました。そこで、少し大きな試料に適用するために、分離型X線干渉計が工夫されました。測定の精度を確保するため、分離型干渉計は1つのシリコン単結晶から作成されなくてはなりません。このため、SPring-8のX線での分離型X線干渉計の製作とそれを精度高く調整することに、この計画の成功はかかっているのです。

「干渉効果って・・・・?」

「干渉効果って・・・・?」 イラスト4

あなたの目で体験してみてください。

まず、紙面とフィルムの図をぴったりと合わせてみてください。そして、フィルムを上下左右に少しずらしましょう。このとき、新しく見えてくる模様が「干渉」です。