大型放射光施設 SPring-8

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全地球マントル領域における炭酸塩鉱物の安定性の解明

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター
博士後期課程 一色麻衣子
教授 入舩 徹男

1.地球内部の構造と運動

 地球の内部構造はよく卵にたとえられます。薄い地殻は卵の殻、その下のマントルは白身、中心を占める核が黄身です。これらのうち核の外側を除いては固体であり、従って卵といっても黄身が軟らかい半熟卵といったほうがいいかも知れません。マントルは深さ660km付近(圧力約24万気圧)の不連続面を境に、大きく上部マントルと下部マントルに分けられます。また、核も深さ5200km付近を境に外核と内核に分けられ、前者は融けた鉄、後者は結晶化した固体の鉄が主要な成分です。このような構造を持つ地球の内部は高温高圧の世界であり、マントルと核の境界付近で約130万気圧・3000度C、また中心で360万気圧・5000度Cくらいの圧力と温度に達しています。
 地球の体積の8割を占めるマントルは、主にかんらん石などの珪酸塩鉱物からできています。マントル中には厚さ100kmくらいの海洋プレートが日本などの島弧付近で沈み込み、これが地震や火山の原因となることが知られています。沈み込んだプレートは660km付近で一旦停留し、その多くはさらに下部マントル深くに達すると考えられています(表紙図)。
 下部マントルと核の境界付近にはD”(ディーダブルプライム)層と称される、起伏に富んだ不均質な厚さ200kmくらいの層が存在します。ここは沈み込んだプレートの“墓場”であるとともに、核の熔融鉄とマントルの鉱物が反応し、化学的にその上のマントルとは異なると考えられています。また、鉄の核と珪酸塩のマントルの化学組成境界であるこの付近の深さでは、大きな温度勾配を有する熱境界層が形成されます。
 一方、沈み込む冷たいプレートに対して、D”付近に起源をもつ上昇流であるホットプルームの存在が知られています。特に南大平洋やアフリカ直下には、非常に大きな“スーパープルーム”の存在が、最近の地震波トモグラフィーなどの手法により見事にとらえられています。

2.炭素の長期的大循環

 炭素は太陽大気の組成に基づく元素の宇宙存在度からみて、水素、ヘリウム、酸素に次いで太陽系において4番目に多い元素です。しかしこれらの元素は揮発性が高いため、地球の形成過程でその大部分が散逸しています。隕石などから推定される地球の中の炭素含有量は0.1%程度ですが、それでも重さにすると地球全体で1018トンという膨大な量に達します。
 これに対して、大気中には二酸化炭素(CO2)として1012トン程度、また生物圏にはこの5倍、海洋中には50倍程度の炭素がそれぞれ有機物や炭酸水素イオンとして含まれています。これらの炭素は光合成などの生物活動や大気-海洋間の化学反応により、数十年〜数百年程度の短期的な時間スケールで地球表層付近を循環しています。このサイクルは近年の人類の生産活動の急激な増大にともない均衡がくずれつつあり、大気中の二酸化炭素の増大が地球温暖化を招く可能性が危惧されています。
 一方、より長期的な地質学的時間スケール(数万年〜数億年)においては、炭素は海洋底に炭酸塩鉱物として堆積し、マントル深く沈み込む海洋プレートの一部として、地球の中にもたらされます(表紙図)。その量は年間5000万トンにのぼると推定されています。その一部は沈み込めずに陸のプレートにくっついたり、また分解して二酸化炭素として火山ガスとして地表に戻りますが、そのような収支バランスを考えても年間2000万トン程度の炭素が炭酸塩鉱物としてマントル深部にもたらされる可能性があります。
 堆積物中の様々な炭酸塩鉱物のうち、上部マントル深部でもっとも主要なものはMgCO3(鉱物名マグネサイト)であると考えられています。この鉱物は温度圧力の変化にともない、MgO+CO2に分解して二酸化炭素を発生したり、MgO+C+O2となってダイヤモンドを生成する可能性が指摘されてきました。従ってマグネサイトの安定性を地球内部の条件下で明らかにすることは、炭素の長期的な全地球規模での大循環や、天然ダイヤモンドの生成過程を明らかにする上で大変重要な課題です。

3.マグネサイトの安定性と新高圧相の発見

 これまで、マグネサイトの高温高圧下での安定性の実験的研究は、そのほとんどが上部マントル条件に限られていました。一部には下部マントルのある程度の深さまでの高温高圧実験もありましたが、その圧力は50万気圧程度に限られており、実験手法も急冷凍結後常温常圧で回収した試料の分析に基づく間接的なものでした。また、X線その場観察実験がおこなわれた例もありますが、圧力は80万気圧程度の下部マントルの中ほどの深さまで、また温度も室温条件に限られていました。我々はSPring-8のBL10XUに設置されたレーザー加熱ダイヤモンドアンビル装置(LHDAC)と、挿入光源からの強力な単色X線を利用して(図1)、ほぼマントル全域に対応する120万気圧、2500°C程度までの圧力温度条件下でのマグネサイトの相変化を、X線その場観察実験により解明することに初めて成功しました。
 実験は様々な圧力の試料をレーザーで加熱して高温高圧状態を実現し、同時に試料に20ミクロン程度に細く絞ったX線を照射してその回折パターンの変化を観察しました(図2)。この結果、下部マントル中深さ2600kmに対応する115万気圧2000°C程度の温度圧力下までの条件では、マグネサイトは分解や相転移せずに安定であることがわかりました。しかし、これより少し高い圧力下では全く結晶構造の異なる新しい相(マグネサイトIIと命名)が出現しました。この高圧相は温度を下げても安定でしたが、圧力をさげるとその回折線は見えなくなり、常温常圧下にはとりだすことができませんでした。現在のところマグネサイトの結晶構造を決めるには至っていませんが、約120万気圧での密度は5.2g/cm3程度と推定されます。
 図3に今回の実験結果や熱力学計算に基づくMgCO3の予想される相関係と、地球内部の温度分布の推定値を示します。今回の結果は下部マントルのほぼ全域でMgCO3はマグネサイトあるいはその高圧相であるマグネサイト?として存在し、分解してCO2やCを生じることはないことを示しています。ただし、このようなMgCO3が下部マントルの底のD”層に至ったとき、核に接する領域での温度上昇により、CO2を発生する分解反応が起こる可能性があります。このようなCO2は周囲の珪酸塩鉱物の融点を低下させ、D”に起源をもつ巨大プルーム発生のトリガーになり得ます(表紙図)。また、炭素の一部は核の鉄に取り込まれたり、還元されてダイヤモンドとして存在する可能性もあります。これらの可能性を検証するには、更にD”付近の高い圧力と温度での実験が必要になります。BL10XUにおける最近の実験技術の進歩によりこのような条件での実験も可能になりつつあり、今後の研究の発展が期待されます。なお本研究の成果は、ネイチャー誌2004年1月1日号に掲載されました。

図1.BL10XUにおけるレーザー加熱DACを用いたX線その場観察実験図1.BL10XUにおけるレーザー加熱DACを用いたX線その場観察実験
図2.MgCO3のX線回折プロファイルの圧力・温度に伴う変化図2.MgCO3のX線回折プロファイルの圧力・温度に伴う変化
図3.MgCO3の相関係と地球内部の温度変化図3.MgCO3の相関係と地球内部の温度変化

用語解説

ホットプルーム
主に核・マントル境界に起源を持つ高温のマントル上昇流。南大平洋やアフリカなどの下に存在する巨大ホットプルームはスーパープルームと称されて、地表において活発な火山活動をもたらしている。

地震波トモグラフィー
X線で人体の断層写真(CT画像)を撮影するように、多数の地震波を用いて地球の内部のCTにより、その内部構造を明らかにする手法。

ダイヤモンドアンビル装置(DAC)
2個のダイヤモンド単結晶により試料をはさみ、力を加えることにより高い圧力を発生させる装置。最高300万気圧に達する圧力の発生例もあるが、試料容積が極端に小さく、高温高圧下でのX線回折その場観察による鉱物の相変化の研究は、従来100万気圧程度に限られていた。

相転移
圧力や温度の変化により、物質の原子配列が急激に変化して、新しい構造に至る現象。例えば炭素でできた石墨(炭)は5万気圧、1500度Cくらいでダイヤモンドへと相転移する。