大型放射光施設 SPring-8

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従来の常識を破るガラス構造の発見

財団法人高輝度光科学研究センター
利用研究促進部門 I
小原 真司

 ガラスは、私達の生活に非常に身近な存在であり、光学ガラス、光ファイバー、窓ガラス、ガラス瓶、レーザー媒質等広い範囲で使われています。ガラスそのものの歴史は古く、紀元前3000年のメソポタミア文明時代にすでに利用されていたと言われています。ガラスの中でも特に代表的なガラスとしてシリカ(SiO2)ガラスが挙げられます。ガラスは結晶のような長周期構造を有していないため、そのX線回折パターンはブロードです(図1上)。また、その構造の本質は、SiO4四面体ユニットが酸素を共有してできる構造(ネットワーク(網目)構造(図1下))を形成することにあります。これらのユニット(ネットワーク形成ユニット)が不足している酸化物では、隙間のある構造をつくれないので、融体を急冷してもたいていはガラスにはならずに結晶となってしまいます。

図1結晶とガラスのX線回折パターンとその構造図1 結晶とガラスのX線回折パターンとその構造

 マントル上部や隕石の主要構成鉱物であるかんらん石(フォルステライト:Mg2SiO4)も、MgO:SiO2が2:1のモル比であるので、組成的にガラスにはなりにくい物質です。また、融点が非常に高いので(∼1880°C)、炉材やるつぼの素材などから考えても実際にガラスの作製は困難です。しかし、かんらん石組成のガラスは隕石や星間物質中など、宇宙に存在しています。このガラスは融体の構造を色濃く残していると考えられます。したがって、かんらん石組成のガラス即ちフォルステライトガラスができれば、主要造岩鉱物の融体研究という観点からも非常に興味深い研究になります。
 そこで、我々は、るつぼ等の容器を使わないで、フォルステライトを不活性ガスと音波で浮遊させながらCO2レーザー加熱で溶融し、宇宙空間と同じように、無重力に近い状態で保持しつつレーザーの急断によって冷却することで、不純物の極めて少ないフォルステライトガラスを作製しました(コンテナレス法、図2)。この方法では結晶化の核となる容器がないために過冷却液体状態が比較的低温まで保たれるので、球形試料の径が小さい場合には容易にガラスを得ることができます。

図2コンテナレス法によって浮上−融解中のかんらん石図2 コンテナレス法によって浮上−融解中のかんらん石(フォルステライト(Mg2SiO4)、
1880°C、直径∼2mm)。CO2ガスレーザーによる加熱を止めるとガラスになる。

 さて、この通常ではガラスになりにくいガラスの構造はどうなっているでしょうか?その構造を調べるために我々は、SPring-8のBL04B2(高エネルギーX線回折ビームライン)における高エネルギーX線回折実験とアルゴンヌ国立研究所におけるパルス中性子回折実験を行いました。その結果、フォルステライトガラスにはシリカガラスのネットワーク構造の存在を示す回折ピークが存在していないことがわかりました(図3)。そこで、得られた回折パターンを再現するようなガラス構造を、逆モンテカルロ(Reverse Monte Carlo, RMC)法というコンピュータシミュレーションを用いて、そのガラス構造を可視化してみました(表紙図)。この3次元構造から、フォルステライトガラスは、通常のシリカガラスとは大きく異なり、ネットワーク構造には寄与しないと考えられていたマグネシウム-酸素の多面体(比較的対称なMgO4四面体、非対称なMgO5、MgO6ユニット)が頂点および稜共有によってネットワークを形成しているという特異な骨格構造をもつガラスであることがわかりました。一番多いのはMgO5ユニットです。この構造は、これまで我々がイメージしていた「ネットワーク形成ユニットが頂点共有で支えるガラス構造」という常識とは全然違っています。一方、フォルステライト結晶であるかんらん石の構造は、八面体のMgO6ユニットが稜共有で形成し、それを孤立したSiO4四面体が繋いでいる構造であることがよく知られています。一般に、同じ組成の結晶とガラスでは短範囲のユニット(MgO6ユニットやSiO4四面体)はほぼ同じですが、フォルステライトガラスとフォルステライト結晶の場合は、この常識もまったくあてはまりません。フォルステライトガラスはフォルステライト結晶の結晶構造が適当に乱れて形成された物ではありません。むしろ、フォルステライトガラスの構造は、液体(融体)に類似していると考えられます。このことをより詳しく調べるために今後、コンテナレス法によって液体過冷却液体−ガラス−結晶のより広い範囲での更なる実験が必要です。
 我々は、これまでSPring-8での高エネルギーX線回折、さらに中性子回折とRMC法を利用して、ガラスの3次元構造という観点からその特異な物性を探ってきました。このフォルステライトガラスの特異な構造は、その熱履歴や融体構造を色濃く反映していると考えられます。今後、宇宙・地球科学など他分野との連携による研究が期待されます。また、高温電気炉も特別なるつぼもいらないコンテナレス法によって、ガラス形成範囲、化学量論に縛られない、非常に広い組成範囲の高純度ガラス作製の道が開かれました。この方法は、今後、ガラス基礎科学、ガラス材料を中心とした光・エレクトロニクス産業の基盤技術として重要な役割を果たすことが期待されます。究は、日本原子力研究所 鈴谷 賢太郎氏、東京理科大学 竹内 謙氏、米国コンテナレスリサーチ社J. K. Richard Weber氏、Jean A.Tangeman氏、Thomas S. Key氏、アルゴンヌ国立研究所Chun-K. Loong氏、Marcos Grmisditch氏と共同で行われ、本成果は、米国科学誌「サイエンス」2004年3月12日号に掲載されました。

図3図3 フォルステライト(Mg2SiO4)ガラスとシリカ(SiO2)ガラスのX線回折パターン

用語解説

かんらん石
かんらん石 地球の上部マントルの主要構成物質と考えられ、隕石にも含まれている苦土かんらん石(Mg2SiO4)と鉄かんらん石(Fe2SiO4)を端成分とする連続固溶体。フォルステライトは苦土かんらん石(Mg2SiO4)のことを指す。

逆モンテカルロ(Reverse Monte Carlo, RMC)法
非晶質物質の構造を3次元可視化するために、R. L.McGreevyらにより開発されたシミュレーション。回折実験のデータを再現するように、密度を満たしたセルの中に配置した原子を乱数で動かす。