大型放射光施設 SPring-8

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ナノメートルサイズで磁石になる金

北陸先端科学技術大学院大学
材料科学研究科
山本 良之、堀 秀信

 金は、古くから装飾品や、貨幣に用いられてきたように、酸化されて錆びたりすることがなく、また、王水を除いて酸に侵されないため、自然界で最も安定な金属であると、一般に信じられています。ところで、この金をどんどん小さくしていってナノメートルサイズ(10億分の1メートル)にすると、金がもっている性質は変わらないままなのでしょうか? 実は、金は普通の大きさでは融点が1065℃ですが、サイズをどんどん小さくして、数ナノメートルサイズ程度の大きさになると、融点が700℃位まで降下することが知られています。また、最近の研究によると、化学的に不活性で、およそ触媒とは無縁と思われる金も、数ナノメートルのクラスターにすると、高い触媒活性を示すことが報告されています。このように普通の大きさで示す性質が、非常に小さなサイズになると、大きく変わる現象を、一般にサイズ効果といい、近年のナノテクノロジーの発展とともに注目されてきています。通常の大きさの金は、鉄などと違って反磁性*なので、磁石にくっつくことはありません。ナノメートルサイズでも、この性質は不変なのでしょうか? 我々は、このことを調べるために、通常の状態では磁石の性質をもたない、金などの貴金属元素に着目し、それらの物質がナノ微粒子の形態をとったとき、どのような磁気的な性質を持つかを研究してきました。ナノメートルサイズの大きさの粒子を作ると、一般には表面エネルギーを下げるために粒子同士が互いに集まり、大きな粒子を作ろうとするため、小さなサイズを保持したまま安定に存在するのは困難です。そこで、我々は、ナノメートルサイズの金の微粒子を、金属塩を還元する溶液プロセスで化学的に合成して、表紙図のように表面を有機分子で保護安定化することで、微粒子同士が互いにくっつかないで分離した状態の微粒子を用いて実験を行うことにしました。この手法で合成した試料は、粒子の直径が非常に均一である他、室温、大気下で少なくとも数ヶ月は安定に存在するので取り扱いが容易です。また、微粒子表面を有機分子で取り囲んでいるため、微粒子を適当な溶媒中に溶かして分散させることができるという特徴があります。これらの性質を利用して、図1左の写真のように溶液を基板上に滴下、乾燥させることで自己組織的に微粒子を集めて、2次元配列させて規則正しく並べることもでき、そのような研究も盛んに行われています。

図1 金ナノ微粒子の電子顕微鏡写真

図1 金ナノ微粒子の電子顕微鏡写真(金ナノ微粒子は黒点で見えている)

(左)ドデカンチオール被覆金ナノ微粒子(平均粒径2.5 nm) (右)ポリアリルアミン塩酸塩被覆金ナノ微粒子(平均粒径1.9 nm)

 以上の手法で、様々なサイズ、様々な種類の有機分子で保護した、金ナノ微粒子を合成し、磁気的性質を調べた結果、驚くことに高分子で安定化した直径3nm以下の金ナノ微粒子は、非常に低い温度で、超常磁性*的な振る舞いをするということが分かりました。これは、金のナノ微粒子ひとつひとつが、強磁性(=磁石)の性質を帯びるようになったということを示している現象です。ところが、高感度磁気センサー(SQUID)を用いた測定手法では、万一試料に不純物が含まれていた場合も一緒に測定してしまったり、金ナノ微粒子を保護している有機分子の磁気的な性質も一緒に測定してしまったりするため、本当に金ナノ微粒子自身が磁石の性質を示しているのか、明確に証明することが困難でした。このことを明らかにするためには、有機分子や他の元素に邪魔されずに、金原子だけを選択的に磁気的性質を測定する手法が必要となります。
 そこで、我々はSPring-8のBL39XU(磁性材料ビームライン)でX線磁気円二色性*(X-ray Magnetic Circular Dichroism; XMCD)の実験を行いました。XMCDの実験は特定元素のX線吸収端付近のエネルギーをもった高エネルギーの偏光X線を試料に入射し、右回り偏光と左回り偏光に対応するX線吸収の差を測定する手法です。この測定を行うことで、特定元素だけを狙い撃ちして、磁力の大きさを測定することが出来ます。さらに、結果を詳しく解析することで、物質の磁気的性質の、電子の運動からの寄与と、電子が持つスピン自由度からの寄与を分離して求めることもできます。このような利点から、XMCDは、近年、盛んに用いられている手法となっています。XMCDの実験で得られるスペクトルのピークの高さは狙った元素の磁気的な性質の強さに比例することが分かっているので、今回の場合、金の吸収端でのXMCDピークの大きさを外部磁場の関数として測定することにより、被覆有機分子あるいは不純物元素の影響を受けずに金微粒子そのものの磁化過程を調べることができます。
 ポリアリルアミン塩酸塩という、高分子の一種で被覆安定化した金ナノ微粒子(粒径1.9 nm)(図1右の写真)に対して、温度2.6 K、外部磁場10 Tの条件下で測定した、金のL3吸収端(11.917 keV)とL2吸収端(13.730 keV)でのX線吸収スペクトル(XAS)とXMCDスペクトルを図2に示します。L3端では負、L2端では正の明瞭なXMCDのピークが観測されました。XMCDのピークの大きさは、10-4のオーダーの非常に小さな信号で、これはSPring-8の高輝度X線と高精度の分光器によって初めて検出できたものです。これらのピークが、装置などによる外因的な信号でないことを確かめるために、磁場方向を反転してXMCDスペクトルを測定したものが、図2左のグラフに点線で示したものです。ピークは反転していて、この信号が確かに磁気的な起源によるものであることを示しています。ここから金原子が磁気的な性質を帯びていることが明らかとなりました。なお、このような全て非磁性元素(金、炭素、水素、窒素)からなる物質系で、金からのXMCD信号を捉えたのは、今回の研究が初めてのものです。

図2

図2

温度2.6 K、外部磁場10 T下のポリアリルアミン塩酸塩被覆金ナノ微粒子のL3, L2端X線磁気円二色性スペクトル(赤線)とX線吸収スペクトル(黒線)、外部磁場-10 TのX線磁気円二色性スペクトル(点線)。

 また、L3端のピークの強さを磁場の関数として示したもの、つまり金原子そのものの磁化過程を、SQUIDで測定した結果に重ねて図3に示します。磁場の増加とともにXMCD強度の増加がみられ、強磁場下でも飽和することがなく、超常磁性的に振舞うことが分かりました。この振る舞いは、図中白丸で示したように、通常の磁気測定で得られた結果と同様であり、確かに金が磁気を帯びていることが明らかになりました。
 このようにナノメートルサイズの金が磁気を帯びる原因としては、物質を構成している原子の数が少なくなって、全構成原子数に対して、表面にあらわになる原子の割合が通常の大きさの物質と比べて異常に大きくなることが原因になっていると考えています。今後は、表面を保護する有機分子の種類を変えることで、表面に働く相互作用を調整して、これらのことを明らかにしたいと考えています。

図3

図3

温度2.6 Kでの、ポリアリルアミン塩酸塩被覆金ナノ微粒子のXMCDピーク強度の外部磁場依存性(赤丸)とSQUIDで測定した磁化過程(磁気的な強さ)(白丸)。


用語解説

反磁性
物質に外部から磁場を加えると磁場の向きと反対方向に磁化する現象。ほとんどの有機物質のほか、銅、金などの一部の金属でもこの現象が見られる。

超常磁性
ナノメートルサイズの磁性体にみられる磁気的な状態のひとつ。磁気エネルギーは磁性体の体積に比例するため、ナノ粒子の磁気エネルギーは非常に小さく、周囲の熱エネルギーによって磁化の向きがたやすく乱されてしまう。このため、ひとつひとつのナノ粒子が強磁性(磁化)を持っている場合でも、異なる粒子間では磁化の向きはばらばらになろうとする。この状態を超常磁性とよぶ。磁場を加えたり、温度を変えて磁化測定をすることにより、超常磁性を通常の強磁性や反磁性と区別することができる。

X線磁気円二色性
磁化した物質に円偏光したX線を照射したとき、円偏光の回転方向によってX線の吸収強度に差が見られる現象のこと、あるいは吸収強度の差分量そのものを指す。X線磁気円二色性の大きさは、物質の磁化の大きさに比例する。物質に含まれるすべての元素は特定のエネルギーのX線を強く吸収し、そのエネルギー(吸収端)は元素の種類によってそれぞれ異なる。このことを利用し、X線のエネルギーを観測したい元素の吸収端エネルギーに同調させて磁気円二色性を測定することにより、特定の元素の磁性についての情報、とりわけ磁性の起源となる電子の状態を詳細に調べることができる。