大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8で明らかになった 多彩な色を生み出す固体酸素の謎

色彩豊かな固体酸素

  まずは図1をご覧下さい。赤、オレンジ、黄…、多彩な色の数々。まるでステンドグラスを見ているようです。これはいったい何なのでしょうか。
 「実は、これはすべて酸素なのです。−196℃という極低温や、室温で6GPa(1GPa:ギガパスカルは10億パスカル)、つまり6万気圧以上の高い圧力をかけると酸素は固体となり、このような多彩な姿を見せます。」と話すのは、特殊な条件下での酸素の物理的性質について研究する兵庫県立大学大学院物質理学研究科の赤浜裕一助手。

図1. 多様な姿を見せる固体酸素のε相

図1. 多様な姿を見せる固体酸素のε相。

室温において圧力10GPaで現れます。

色と構造には関係がある

 ただの酸素がなぜこのような多彩な姿を見せるのでしょうか。これには、低温や高圧での酸素の結晶構造が関係しています。酸素分子の電子状態が結晶構造の変化、つまり隣の分子との距離や配置の変化によって変わるためです。
 酸素の色を理解するために、まず、色はどのようにして見えているのかを考えてみましょう。例えば物質が赤く見えるのは、赤以外の色が吸収されて赤だけが透過し、それが私たちの眼に入るからです。
 この光の吸収や透過は、物質がどんな分子で構成され、それがどのような構造に組み立てられているかによります。ですから、酸素だけで構成されている物質でも、酸素分子間の結合距離が違うなど結晶構造に差があれば、分子の電子状態が変わり、吸収・透過する光の色に違いが出てきます。
 6つの写真(図1)は、すべて固体酸素です。温度は6つとも室温で、圧力が違います。圧力が異なるだけでこんなにも色が違って見えています。更に、同じ圧力である1枚1枚の写真の中でも複数の色が見えます。「このような多色性をもつ物質の結晶構造はいったいどうなっているのでしょう。そして、どんな性質をそなえているのでしょう。私はそこに興味を持ち研究を始めたのです。」と赤浜助手。

長年の難問がついに

 赤浜助手は、Se(セレン)、S(硫黄)という元素の周期表上で16族と呼ばれる元素の高圧下での振る舞いを研究してきました。そして、1994年からは酸素(O)の研究を始めました。その頃、酸素の高圧下での振る舞いについて一つの難問が横たわっていました。それが、固体酸素のε(イプシロン)相とよばれる状態の結晶構造決定です。
 10〜96GPaで現れる固体酸素のε相は、1979年に発見されました。「相」は、おおまかに気相、液相、固相に分かれます。そして、酸素の場合は固相が更に細かく分かれています(図2)。そのうちの一つがε相です。実験と理論によって構造解析が試みられてきましたが、長い間その結晶構造は謎のままでした。
 しかし2006年9月、ついに固体酸素のε相の結晶構造が解明されました。それは、酸素分子が4つセットになった「O8クラスター」という非常に興味深い構造をしていたのです(図3)。

図2. 固体酸素の温度圧力相図

図2. 固体酸素の温度圧力相図。

ε相は10GPa以上で現れます。更に圧力を上げると約100GPaでζ相が現れ、極低温では超伝導状態となります。青色の矢印は室温(298K)を示しています。

図3 SPring-8でのX線回折実験により解明された固体酸素(O8クラスター)のε相の構造

図3. SPring-8でのX線回折実験により解明された固体酸素(O8クラスター)のε相の構造。

圧力は11.4GPa。原子間距離は、d1(赤い棒)が0.120nm(1nm:ナノメートルは10億分の1メートル)、d2(オレンジの棒)が0.234nm、d3(白い破線)が0.266nm。(b)は角度を変えて(a)を見た状態。

三者の協力で結晶構造を決める

 固体酸素のε相の結晶構造決定は、兵庫県立大学の実験技術、高輝度光科学研究センターの実験装置、産業技術総合研究所のデータ解析技術、この三者の協力による成果です。結晶構造決定にはX線回折を用います。結晶にX線を当てると回折が起こり、その回折像を解析することにより、どのような結晶構造を持っているかがわかります。
 X線回折実験は、まず試料作りから始めます。酸素を、液体窒素により冷却して液体酸素にし、「ダイヤモンドアンビルセル」(図4)という特殊な環境に耐えうる容器の中に入れ、高い圧力を加えて固体にします。この技術で作成できる試料は、直径60μm(1μm:マイクロメートルは100万分の1メートル)、厚さ30μmと極めて微量です。更に、酸素はもともと放射線に対して強度が弱く、研究室のX線装置では質の高い回折像を得ることが難しいのです。そこでSPring-8の出番となりました。
 SPring-8には、高圧構造物性ビームライン(BL10XU)という超高圧、極低温でのX線回折実験が可能なビームラインがあります。「SPring-8のX線は放射光であるため高い強度と平行性を持ち、極微量な試料でも質の高い回折像を得ることが出来ます。」と赤浜助手はSPring-8の利点を強調します。

固体酸素の構造解析の難しさ

 回折像が得られただけでは構造がわかったことにはなりません。結晶の中でどのように原子が配置されているのか、構造モデルを予測して回折像を再現してみて、実験での回折像と一致するかどうか、それが重要です。実はこれが最大の難関でした。1979年にε相が発見されてから25年以上の間構造が決定できなかった理由は、原子配置が予想外に複雑だったためなのです。
  「ε相の構造として従来予想されていたのは、酸素分子2つがペアになったものやチェーンのようにつながったもので、酸素分子の形を基本としていました。酸素分子は原子が2つ対称に結合したもので、この対称性を維持したまま固体になっていると考えていたのです。」と赤浜助手は言います。酸素以外の水素や窒素、あるいは酸素のβ相やδ相など、分子の性質を持ったまま固体となった分子性固体は多数あり、これは従来の常識に基づいた予測でした。
  「しかし、それは正確さを欠いていました。酸素分子としての性質は薄れ、独立した酸素原子の集まりとして構造が形成されていたのです。」と赤浜助手は続けます。実際、この考えをもとに構造モデルを作りX線回折像を解析することで、ε相の構造を決定することが出来ました。固体酸素のε相は、酸素分子の形が少し崩れた2つの酸素原子が4つ集まってO8クラスターを形成し、それが更に寄り集まって形成されていました(図3)。

図4 X線回折の実験装置

図4. X線回折の実験装置。

コリメーターの先から放射光が照射され、ダイヤモンドアンビルセル内の固体酸素に当たり、背後の検出器に回折像が現れます。

極限状態での分子の振る舞い

 構造が決定されたことで、多彩な色が現れる理由がわかってきました。O8クラスターが平面状に寄り集まって、それが少しずつずれて重なっている。これだけ複雑な構造を持っているために、様々な色が現れると考えられます。
 もちろん、赤浜助手の研究の目的は、固体酸素の色だけではありません。「酸素の高圧下での性質を調べることによって、『分子性金属』、『分子解離』、『単原子金属』といった特殊な環境下でしか現れない構造や現象を探りたいと思っています。」と赤浜助手は言います。
 酸素は、気相と液相では分子の状態にあり、酸素分子は自由に動き回ることができます。ところが、圧力をかけていくとその動きが徐々に制限されていき、2つの酸素分子がペアを作ったり、4つ集まってクラスターを作ったりという状態が現れます。もはや単純な酸素分子ではなくなっています。更に圧力をかければ、最終的には酸素分子としての性質を完全に失い、酸素原子が格子状にきれいに並んだ「単金属酸素」が現れると考えられています。分子の性質が徐々に失われていくこの現象を、「分子解離」と言います。

広がる固体酸素の研究

 赤浜助手は、今後の展望を語ります。「極低温・超高圧の固体酸素の構造を調べることによって、様々なことがわかり始めています。しかし、クラスターを作るときの原子の結合の様子がどうなっているか、金属酸素を絶対零度付近まで冷却すると現れる超伝導状態がどのように起こっているのかなど、まだわからないことのほうが多いのです。更に詳しい性質を調べ、また、酸素以外の分子についても研究していきたいですね。」
 目を宇宙に向けると、木星や土星など巨大惑星の核には金属水素があると言われています。固体酸素や固体分子の研究は、実験室の中だけではありません。それどころか地球上にとどまらないのです。今後この研究がどのように広がっていくのか、期待はふくらむばかりです。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●16族元素(元素の周期表)
現在では1〜18の各族を横列に区分している長周期型周期表が一般的に用いられていますが、1989年にIUPACが無機化学命名法を改訂する以前には1〜7族を1A〜7A族、8〜10族を8族、11〜17族をそれぞれ1B〜7B族、18族を0族としていました。

●クラスター
数個から数百個の原子または分子が凝集して形成される原子または分子の集団。代表的なクラスターとして、フラーレン(炭素60個からなるC60など)があります。

●超臨界流体
X線などを結晶などに当てて得られる像。回折像から結晶構造の解析を行うことができる。

●コリメーター
レンズまたは凹面鏡を用いて平行光線束を得る装置。


SPring-8ビームライン豆知識

BL10XU(高圧構造物性ビームライン)

 ダイヤモンドアンビルセルという装置を用いて400万気圧、さらにマイナス260度の低温から3000度の高温状態に及ぶ極限状態での物質構造の研究ができるビームラインです。このような極端条件が実現されるのは数+μmの領域でしかないため、放射光の輝度をさらに高めるためのX線レンズ等を用いた光学系が配備されています。例えば地球の中心部の環境は300万気圧・3000度を超えていますが、このビームラインは物質をそのような環境に置いた場合どのような結晶構造となるのかを調べることができます。

図1. 対向したダイヤモンドアンビル

図1. 対向したダイヤモンドアンビル。

この中央部分に試料を金属ガスケットで封入して、超高圧を発生させることができる。

図2. ダイヤモンドアンビルを透して見た試料部

図2. ダイヤモンドアンビルを透して見た試料部。

外側が金属ガスケットで中央に丸い試料室がある。試料は圧力伝達媒体で満たされていて、黒色の試料中央部に赤外線レーザーを照射しており、試料が加熱されて白く輝いている様子が見える。この白熱部分にX線を照射して回折像を測定し、高温高圧状態での結晶構造を解析する。この試料は鉄-ケイ素合金で、50万気圧・2000Kの状態にある。


この記事は、兵庫県立大学大学院 物質理学研究科助手の赤浜裕一氏にインタビューをして構成しました。