大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8で小さなかけらから太陽系のなぞを探る

太陽系のレシピ

 太陽系は何を材料にどうやって作られたのでしょうか。
 太陽系には、太陽、惑星、衛星、あるいは小惑星、彗星といった様々な天体がありますが、原材料は何なのでしょう。これは、生命がどうやって誕生したかにも関わる非常に重要な問題です。
 太陽系の材料や作られ方を知る方法はいくつか考えられます。有力なものとして、太陽系誕生当時の姿を現在まで残している彗星を調べる方法があります。彗星は太陽系の外縁部からやってきます。太陽に近いところでは太陽のエネルギーを受けて材料が変化してしまっていますが、外縁部の星であればその影響を受けないのです。

スターダスト計画

 これまで望遠鏡による観測で、彗星が金属、岩石、氷、あるいは有機物などからできていることが、おおまかにわかっていました。そこでNASAは、太陽に近づいたヴィルト第2彗星がまき散らすダスト(塵)を集めて地球に持ち帰り、調べることにしました。それがスターダスト計画(図1)です。
 1999年に彗星探査機「スターダスト」を打ち上げ、足掛け7年のミッションを終えてサンプルが地球に到着したのが2006年1月。約半年間初期分析された後、8月から世界中の地球惑星科学者らにより、サンプルの詳しい分析が始められました。

図1. スターダスト計画の探査機「スターダスト」

図1. スターダスト計画の探査機「スターダスト」。

ヴィルト第2彗星(81P/Wild2)の背後に回りこみ、まき散らされたダストを採取した(右)。ダスト採取装置は、密度が5〜30グラム/リットル(水の100分の1程度)という世界一軽い固体であるエアロジェルのセルが並べられたもの(左)。(いずれもNASA提供)

まずは触れずに調べる

 大阪大学の土`山明教授は、九州大学の中村智樹准教授らと共に、彗星のダストが何からできているか、どうやって作られたかを研究しています。「私たちはダストの成分を調べ、太陽系の起源物質を詳しく探ろうとしています。」と土`山教授。
 採取したダストは、図2のようにエアロジェル*のセルに突き刺さっています。ほとんどのダストの大きさは、10マイクロメートル以下です。これを分析していくのですが、中に埋まったダストをいきなり掘り出すことはしません。ダストの“刺さり方”から得られる貴重な情報があるからです。
 ダストの刺さった跡を「トラック」と呼びますが、その形には太いものや細いもの、長いものや短いものがあります(図3、表紙図)。ダストがセルに刺さる速度は毎秒約6.1キロメートルでみな同じなので、トラックの形の違いには何か理由があるはずです。
 土`山教授は、「ダストの成分とトラックの形に関係がある」と考えています。「ダストがセルに衝突したとき、その衝突エネルギーによりダストが熱せられます。ダストの揮発性成分*が蒸発してまわりのエアロジェルを押し広げているとしたら、太いトラックを形成するダストは揮発性成分が多いことになります」。揮発性成分は有機物、そして氷の可能性も考えられ、生命の起源につながる可能性がある重要な成分です。

図2. ダスト採取装置の拡大図(左)とダストが刺さった部分を切り出したサンプル(右)

図2.

ダスト採取装置の拡大図(左)。中央のセル(1セル=1×2cm)にダストが突き刺さっている(NASA提供)。ダストが刺さった部分を切り出したサンプル(右)がNASAより提供される。

図3. X線CT撮影により解析された様々なトラックの形

図3. X線CT撮影により解析された様々なトラックの形。

矢印方向からダストが入射。X線CT撮影により求めた。

表紙の図:彗星のダストの衝突によって開けられた穴

表紙の図:彗星のダストの衝突によって開けられた穴

興味深い結果に

 ダストサンプルの測定実験は、SPring-8のビームラインBL47XUを使って行いました。サンプルをマイクロメートルの精度で分析するには、強い強度と高い平行性を持った高輝度放射光が必須です。
 このビームラインでは、X線CT撮影と蛍光X線分析を、セットアップを変更せずに行うことができます(図4)。X線CT撮影は土`山教授が担当し、測定サンプルの3次元構造からトラックの精密なサイズ(長さ、太さ、体積)やトラック内で分裂したダストの分布を求めます。蛍光X線分析は中村准教授の担当で、元素分布を解析します。ダストの主な成分は比重の重い金属や岩石なので、トラック全体に含まれる鉄(Fe)の総量から、トラック内でバラバラになったダストの総質量を推定することができます。
 こうしてトラックの形とダストの質量を比べると、「今のところ、トラックが太くて短いと揮発性成分が多く、細くて長いと揮発性成分が少ない傾向が出ています。」と土`山教授。「NASAから提供されたサンプルは9つ。そのうち3つがまだ分析中なので、結果が出るのを楽しみにしています」。

図4. 実験装置

図4. 実験装置。

SPring-8の放射光(A)をダストの入ったサンプル(B)に照射させ、X線CT撮影(C)と蛍光X線分析(D)を行う。

手に取って調べていく

 土`山教授と中村准教授は、より詳しい情報を得るため、ダストを取り出して行う直接分析も始めています。ただ、今回提供されたサンプルからは、ダストを掘り出すことはできません。NASAの許可がいるのです。サンプルを有効活用するため、サンプルに触れない実験を先に行うという国際ルールが定められているからです。
 「ダストの成分とトラックの形の関係については、これからまだ追求しようと思っています。そのために今、ダストを掘り出していいサンプルをNASAにリクエストしています。」と土`山教授は今後の実験方針を語ります。サンプルに触れずに分析するのは、やはり限界があるのです。「取り出したダストをダイヤモンドナイフで薄くスライスして、電子顕微鏡で内部の構造を調べます」(中村准教授)。また、どの同位元素が何%含まれているかの分析を行うなどして、研究を進めていく予定です。

太陽系の始まりに何があったのか

 はじめに、彗星を調べることで初期の太陽系がどうなっていたかわかると言いました。しかし、スターダストが持ち帰ったサンプルは彗星ダストが採取装置に衝突した後のものです。衝突前のダストがどうなっていたかが重要なのです。土`山教授と中村准教授が行っている一連の実験の目標はここにあります。彗星ダストが詳しくわかると、彗星本体のことがわかり、それが太陽系初期の理解につながります。
 誕生したての太陽系は、ガスとダストの円盤状になっていたと考えられています。その後時間が経つにつれて、円盤を構成する小さな粒が衝突合体を繰り返してどんどん大きな塊になっていき、最後に惑星ができ上がりました。これが現在、有力な説です。
 中村准教授は、「何年も太陽系の起源を研究してきて、この説だけではまだ不十分だという感覚を持っています。特に初期の太陽系で本当は何が起こったのか。彗星を手がかりに少しでも当時の様子がわかればいいと思っています」。そして土`山教授らは、「太陽系の原材料が何かわかったとします。では、それはいったいどこから来たのでしょうか。非常に興味をひかれます。」と壮大なテーマを語ってくれました。
 太陽系はどのように作られたのか。材料は何か。その材料はどこから来たのか。ほんの数マイクロメートルの小さなかけらから、とてつもない大きなスケールのことが見えてくる。これが、この研究の醍醐味なのかもしれません。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●エアロジェル
 発泡スチロールのように多孔質で非常に低密度の半透明固体。自身の2000倍もの重さを支える強度、驚異的な断熱性など、様々な特性を持つ。スターダストで用いられたのはシリカ(SiO2)製。

●揮発性成分
 低温でも蒸発しやすい性質を持つ物質。


この記事は、大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻教授の土`山明氏と、九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門准教授の中村智樹氏にインタビューをして構成しました。