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ツヤがある髪の毛の秘密

女性の憧れ“天使の輪”

 「ツヤのある美しい髪の毛」。奈良時代には既に、「五味子(さねかずら)という植物の、つるや葉から出るネバネバの汁を髪につけ、整えたり、ツヤを出したりした」と言いますから、今も昔も、女性たちの美しい髪への憧れは変わらないようです。
 「髪の毛のツヤ」とは、髪にあたった光の反射のことです。反射する部分としない部分の境界がくっきりしているほど、反射光が強くなり、光の輪ができます(図1)。この光の輪は“天使の輪”と呼ばれ、ツヤのある髪の象徴です。

図1. 加齢にともなう髪の外観、毛髪の変化。

図1. 加齢にともなう髪の外観、毛髪の変化。

加齢にともなう髪の悩み

 石鹸や化粧品などで知られる花王は、シャンプーやコンディショナーといったヘアケア製品にも力を入れています。20年ほど前からは、より消費者の声に応えたいと、加齢にともなう髪の変化について広く調査・研究をしてきました。その成果として、年齢とともに毛髪が細くなることなどがわかっています。
 2005年には、首都圏に住む10代〜50代の女性1500人を対象に「毛髪悩みアンケート」調査を行いました。その結果、「白髪」に次いで、「ハリ・コシ・ボリュームがない」「ツヤがない」といった悩みが年齢とともに急増していることがわかりました。
 「ハリ・コシ・ボリュームがない」という悩みは、既に知られている「毛髪が細くなる」ことが関係していると考えられます。しかし、「ツヤがない」という悩みについては、これまであまり研究されておらず、原因もわかっていませんでした。
 こうして「髪のツヤ」に迫る研究が始まったのです。

ツヤとうねりの関係

 まず、最近6カ月間に、パーマをかけていない女性230名の協力のもと、1人1人の髪のツヤを、手触りなどの官能評価と数値化したツヤ値とで評価しました。その結果、加齢にともない、“天使の輪”がハッキリしなくなること、また、ツヤ値は20代と比べて50代では約20%、60代では約30%低下していることがわかりました(図2)。
 このように、当人たちが感じている「加齢にともなう髪のツヤの低下」は、客観的な事実として明らかになりました。では、その原因はいったい何なのでしょうか。
 花王では、これまでのクセ毛の研究から、「うねりのある毛髪ほどツヤがない」という結果を得ていました。これをヒントに、加齢にともなう髪のツヤの低下も“髪のうねり”と関係があるのではないかと考えました。先ほどの女性230名から毛髪を提供してもらい、うねりの程度を測ったところ、強いうねりが現れる頻度は、10代の36%から60代の75%へと年齢とともに増えていました(図3)。
 加齢とともに髪のうねりは強くなり、それにともなってツヤも低下していることが明らかになったのです。

図2. 加齢にともないツヤ値が低下する。

図2. 加齢にともないツヤ値が低下する。

ツヤ値とは、頭部後ろ側の画像をもとに計算した、天使の輪の部分と周辺部の明度の差をいう。

図3. 加齢にともないうねり毛が増える。

図3. 加齢にともないうねり毛が増える。

カール半径により、毛髪の曲がりの程度を計測。カール半径4cm以下をうねりがあると判定した。

髪のうねりを支配するコルテックス細胞

 うねりの強い髪と直毛とは、どのような違いがあるのでしょうか?
 1本の髪は大きくわけると3つの層からできています。外側からキューティクル、コルテックス、メデュラです(図4)。美しい髪と聞いて、私たちが、まっさきに思い出すキューティクルは一番外側にあるため、傷つきやすく、髪のツヤや感触を大きく左右します。
 しかし、髪のうねりの原因はこのキューティクルではありません。内側のコルテックスという細胞の構造に関係しています。
 1本の毛髪はコルテックスが束になったもので、1つ1つのコルテックスの中には縦方向に繊維が走っています。この繊維が並行に並んでいるか、ねじれて並んでいるかの違いによってコルテックスは2種類に分けられます(図5)。花王は、この2種類のコルテックスを染め分ける技術を持っており、以前おこなった「クセ毛の研究」で、うねりの強い髪の毛ほど、2種類のコルテックスの分布に偏りが大きいことを見出していました(図1右)。そこで、加齢にともない、コルテックスがどのように変化しているかを調べることにしました。しかし、この染色方法では定性的な評価が限界で、加齢にともなう微妙なコルテックスの変化を知ることはできませんでした。
 そこで、世界最高性能を持つSPring-8による研究が必要になったのです。
 花王と共同研究者の東京大学大学院新領域創成科学研究科の雨宮慶幸教授は高フラックスビームライン(BL40XU)をつかったマイクロビームX線小角散乱法で、コルテックスの偏りの程度を調べました。「毛髪繊維の直径はおよそ100μm(1μm:マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)。毛髪の微小部分の内部構造を解析するためには、5μmの分解能で解析できるBL40XUは最適なのです」と花王メイクアップビューティ研究所副主席研究員の伊藤隆司さんは話します。
 図6のような小角散乱像が得られ、加齢にともなってうねる髪の2種類のコルテックスは偏りが大きくなることを、初めて定量的に評価できました。

図4. 髪の毛の構造

図4. 髪の毛の構造

図5. 「うねり」のある毛髪内の細胞分布

図5. 「うねり」のある毛髪内の細胞分布

図6. 散乱像の違いにより、クセ毛の内側、外側の細胞構造が偏っていることを証明。

図6. 散乱像の違いにより、クセ毛の内側、外側の細胞構造が偏っていることを証明。

うねりの改善=ツヤの回復

 花王は有機酸の一種が髪のうねりを改善することを見出しました。「うねりを改善すれば、ツヤを取り戻すことができる」ことを示した研究結果によって、「この有機酸が入ったシャンプー、コンディショナー、トリートメントは髪のツヤを改善する」ことが科学的に裏づけられたことになります。今年4月に発売になった「セグレタ」は、まさにこの成果をもとに作られたヘアケア製品です。
 「SPring-8の結果があるから、私たちはこの製品を自信をもってお薦めできるのです」と伊藤副主席研究員。消費者に信頼できる製品を届けたいという強い思いが伝わってきました。

髪のツヤの研究はまだまだ続く

 「この研究の意義は、“髪のツヤ”に関係する毛髪構造を細胞レベルで初めて定量的に評価した点にあります」と伊藤副主席研究員は話します(図7)。しかし、これですべてが解明したわけではありません。
 この有機酸は髪のうねりを改善しますが、コルテックスにどのように働きかけて変化させるのかといった詳しいメカニズムについては、まだわかっていません。今後実施される、この有機酸の作用に焦点を当てた研究にとって、SPring-8での構造解析はますます重要になることでしょう。
 そして、その成果は私たちに、より効果の高いヘアケア製品を提供してくれるのです。

図7. 加齢とともに、コルテックス細胞の偏りが起こり、クセ毛が増加する。

図7.

加齢とともに、コルテックス細胞の偏りが起こり、クセ毛が増加する。結果として髪のツヤの低下がおこることが今回の研究で定量的に示された。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●BL40XU
このビームラインでのX線の強さ(輝度)は世界最高(従来のX線発生装置の約1億倍)で、この強力なX線を用いることで複雑な構造を持つ生体器官などの詳細な立体構造解析ができる。

●マイクロビームX線小角散乱法
X線マイクロビーム(大きさを1/1000mmのオーダーに絞ったX線)を物質に照射して散乱するX線のうち、散乱角が小さいものを測定することにより、物質の構造情報を得る手法。


この記事は花王株式会社 ビューティケア研究センター メイクアップビューティ研究所 副主席研究員の伊藤隆司氏と、主任研究員の長瀬忍氏にインタビューをして構成しました。