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小胞輸送研究が、新しい美白メカニズムを提案

どうして日に焼けるのか?

 強い日差しを受けると、肌は焼けて黒くなります。これは、日差しの中の紫外線の刺激によって、皮膚の基底層にあるメラノサイトが黒いメラニン色素を作り、メラニン色素が皮膚のケラチノサイトに移動して、細胞の角質化が起こるからです(表紙)。有害な紫外線から体を守る大事なシステムですが、女性たちは、肌が黒くなることや日焼けの後に残るシミを嫌います。その願いに応えるために、いかに白い肌を保つかという美白研究が盛んです。
 肌を白く保つ方法として1つには、メラニン色素を作らせないことが考えられます。このような効果をもつ物質はすでに見つかっていて、美白化粧品に使われているものもあります。ほかには、作られたメラニン色素がケラチノサイトへ移動するのを防ぐことができれば、美白効果が期待できます。2004年、東北大学大学院・生命科学研究科の福田光則教授は、メラニン色素がどのようにしてメラノサイトの細胞内を輸送されるかを明らかにしました。研究成果は、新しい美白剤の開発につながると注目されています。

トラック輸送に似たメラニン色素輸送

 「メラニン色素輸送はいくつものタンパク質が関わる複雑なシステムですが、トラック輸送に例えるとわかりやすくなります」と福田教授は、多くの人にわかってもらいたいと工夫しています(図1)。
 トラックで運ばれる荷物は、メラノソームです。メラノソームとは、小胞*1というリン脂質でできた入れ物に、メラニン色素が詰められた顆粒のことです。この荷物が間違いなくケラチノサイトに輸送されるには、まずどこへ運ぶかを表示した荷札が必要です。荷札の役割をしているのは、Rab27A*2というタンパク質で、Slac2-aとSlp2-a の2種類のタンパク質が荷札の指示に従います。
 運転手に例えられるSlac2-aは、荷物であるメラノソームとRab27Aを介して結合します。同時に細胞内を移動するための動力となるタンパク質、ミオシンVaとも結合します。その様子は、まるで運転手が荷物をもってトラックに乗り込むかのようです。ミオシンVaトラックが通る道路は、細胞内のアクチン線維です。
 届け先であるケラチノサイト側に面したメラノサイトの細胞膜に近付くと、Slp2-aが働きます。Slp2-aはトラックを降りて荷物を届け先の玄関に置く宅配人です。ケラチノサイトに送り込むために、メラノサイトの細胞膜にメラノソームを取り付けます。
 メラニン色素輸送の詳細はここまで明らかになっていますが、これがすべてではありません(図2)。メラノサイト内には、アクチン線維のほかにもう1つ、核を中心に放射状に伸びる微小管という道が走っています。核のまわりで作られたメラノソームは、微小管を通ってアクチン線維の手前まで運ばれます。この微小管部分をメラノソームがどのように動いているのかわかっていません。そもそもメラニン色素がどのようにメラノソームに蓄えられるのかも、ほとんど明らかになってはいないのです。メラニン色素輸送の全容を明らかにしようと、今も未解明部分の研究が進められています。

図1. トラック輸送モデル

図1. トラック輸送モデル

運転手(Slac2-a)も宅配人(Slp2-a)も、荷札(Rab27A)を認識して荷物(メラノソーム)を運ぶ。

図2. メラノサイトにおけるメラノソームの輸送メカニズム

図2. メラノサイトにおけるメラノソームの輸送メカニズム

(1)(2)については、いまだ十分に明らかになっていない。赤い点線内が図1のトラックモデルに対応する。

メカニズムに迫る長い道のり

 福田教授が誰よりも早くメラニン色素輸送のメカニズムに迫ることができたのには理由があります。福田教授の専門は、神経伝達物質の放出など小胞が関わる細胞内輸送です。その研究の過程で、偶然Slp2-aを見つけました(図1右上)。Slp2-aは、細胞膜に結合するためのC2AやC2Bというアミノ酸配列をもっています。このことから、何らかの輸送に関わっていることが予想されました。何を輸送するかのヒントになるアミノ酸配列を探索すると、Slac2-aにも共通するSHDというアミノ酸配列が見つかりました。この配列が荷札タンパク質のRabと結合するのではないかと考えた福田教授は、知られていた60種類すべてのRabとの結合を地道に調べました。その結果、27番のRab27AとRab27Bだけが結合することを突き止めたのです。
 ところで、Rab27Aの遺伝子が欠損すると、メラニン色素の輸送がうまくいかず、グリセリ症候群という肌や髪の毛の色素が薄くなる病気が発症します。Slac 2-aとSlp2-aはRab27Aと結合することから、メラニン色素輸送に関わっている可能性があります。実際に、Slac2-aやSlp2-aが働かないように遺伝子を欠損させると、メラニン色素輸送がうまくいかなくなる様子がとらえられています(図3)。これらの実験結果を総合して、トラック輸送モデルができました。

図3. メラノサイトの明視野顕微鏡写真

図3. メラノサイトの明視野顕微鏡写真

正常細胞(左)とSlac2-a欠損細胞(中央)、Slp2-a欠損細胞(右)。黒い粒1つ1つがメラノソーム。Slac2-a(運転手)の欠損により、メラノソームは微小管より先のアクチン線維上を移動できないため、核のまわりに留まっている。一方、Slp2-a(宅配人)が欠損すると、アクチン線維上を運ばれてきたメラノソームは細胞膜に結合できないため、細胞膜手前で留まる。

これから注目の小胞輸送研究

 2008年には、理化学研究所・生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長の協力のもと、SPring-8の構造生物学IビームラインBL41XUを使った立体構造解析を行い、Rab27BとSlac2-aの結合部分の構造を明らかにしました(図4)。すでに結合部分に関わるアミノ酸の検証を行っていた福田教授は、「立体構造を見て、考えていた通りの結合部位があるのを確認したときには感激しました。しかも、まだ思わぬところに見落としがあったことがわかりました」と立体構造を明らかにする意義を話します。同じ頃、高エネルギー加速器研究機構の若槻壮市教授が、Rab27AとSlp2-aの結合部分の立体構造を明らかにしています。安定なタンパク質を取るのが難しいなどさまざまな苦労がありましたが、この構造情報は今後、美白剤の探索や白髪の予防薬の開発を進めていく上で大いに役立てられるでしょう。
 福田教授は、自分の研究成果が美白化粧品などへ応用されることを歓迎しています。しかしその一方で、「小胞輸送は、神経伝達やホルモン、消化液の分泌など実に多くのところで行われています。だから面白い。もし細胞内を物質がうまく輸送されなければ、いろいろな病気が起こるでしょう」と、メラニン色素輸送に限らず広く小胞輸送の研究をしていきたいと話します。その手始めとして、メラニン色素輸送のメカニズムを解明しました。
 今後は、60種類のRabすべてをもっているという福田研究室の強みを生かして、これまであまり調べられてこなかったRabについても、その荷札タンパク質としての働きを突き止めたいと抱負を語ってくれました。小胞輸送研究がますます面白くなりそうです。

図4. Rab27B-Slac2-a複合体(左)とRab27A-Slp2-a複合体(右)の結合部の立体構造

図4. Rab27B-Slac2-a複合体(左)とRab27A-Slp2-a複合体(右)の結合部の立体構造

どのアミノ酸が結合にかかわっているかわかる。構造解析に適した安定なタンパク質をつくるのが難しく、一部Rab27Aのかわりに類似の構造をもつRab27Bを使った。Rab27Aと複合体を形成するタンパク質は、Rab27Bとも結合することから、代用に問題はないと考えられている。
(右図は大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構 構造生物学研究センター 若槻壮市センター長 提供)

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 「5年ほど前、息子が小学校に入学したのを機に、連絡用として携帯電話をもつようになりました。でも、電話として使うことはほとんどなく、もっぱらカメラとして使っていますよ」と福田教授。チョウやトンボなどの昆虫から、カエル、植物まで、これまでに撮った写真はおよそ2000点。「最近はカメムシを撮るのにはまっています。でも、地味な虫なのでなかなか周りの人に良さをわかってもらえないですね」と生態学を学びたくて大学に進んだだけあって、かなりの虫通のようです。写真はホームページに掲載されているので、ぜひご覧ください!また時には、サナギを取ってきて、息子に学校へもって行かせたり、自分でも研究室にもってきたりすることがあるとか。どんなに研究が忙しくても、東北大キャンパスのある青葉山の季節の移り変わりを楽しむ気持ちは忘れません。
 福田教授の携帯写真館は、下記URLにあります。
 URL:http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~fukuda/photo.htm

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子

用語解説

*1 小胞
 細胞内にある膜に囲まれた袋状の構造で、細胞中に物質を合成・貯蔵したり、細胞内外に物質を輸送したりするために用いられる。

*2 Rab27A
 Rabは細胞内小胞輸送で主に荷札の役割を果たすタンパク質。ヒトでは約60種類が知られており、そのうち27番のRab27Aはメラノソーム輸送に関わっている。Rab27Aと似た機能をもつRab27Bは、構造解析に適した安定なタンパク質を得るために一部Rab27Aに代用された。


この記事は、東北大学大学院 生命科学研究科 生命機能科学専攻 膜輸送機構解析分野の福田光則教授にインタビューして構成しました。