大型放射光施設 SPring-8

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小惑星イトカワの微粒子が物語る宇宙 ~200ミクロンの奇跡~

多数の微粒子を携え帰還した「はやぶさ」

 2003年5月、宇宙研究開発機構(JAXA)によって打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は、2005年9月に小惑星「イトカワ」周辺に到達し、2カ月間に及ぶ周回遠隔探査を行いました。そのあと2度イトカワへの着陸を試み、レゴリス(隕石の衝突によってできた細かな砂)で覆われた滑らかな表面部分のサンプル採取を行いました。ただ、採取メカニズムの機能不全のために当初予定されていた大量のサンプル採取がならなかったばかりか、イトカワ離陸後も想定外のトラブルが発生し、一時は地球帰還さえもが危ぶまれました。しかし、それらの困難を克服したハヤブサは、2010年6月、遂に奇跡的な地球帰還を果たし、世界中に感動の嵐を呼び起こしたのです。しかも、そのサンプルカプセルから見つかったイトカワのものと思われる微粒子は、太陽系誕生の謎に迫る貴重な手掛かりになるものとして、人々の大きな期待と注目を集めるところとなりました。

光学顕微鏡で見たイトカワ微粒子   微粒子のCT透視画像(左)と鳥瞰図(右)
光学顕微鏡で見たイトカワ微粒子   微粒子のCT透視画像(左)と鳥瞰図(右)

サンプル微粒子の初期分析の成果は?

はやぶさが持ち帰った微粒子は2011年8月の時点で1500個以上が確認されていますが、それらのサイズは大きいものでも300ミクロン(0.3 mm)程度で、ほとんどは10ミクロン(0.01 mm)以下の極めて微小な粒子です。そこでJAXAは、キュレーション作業(サンプルの回収、保管、分類、配分などの作業)を行い、サンプルの初期分析を惑星科学や物質科学が専門で、高度な微粒子解析技術を持つ国内の研究グループに委託しました。初期分析とは、のちの詳細なサンプル分析に備えるため、主要なサンプルについて構成鉱物の同定や化学組成の先導的な分析を行い、岩石鉱物学的、物理的、さらには化学的な諸性質を記載し、各サンプルの分類などを行う一連の作業のことを言います。
 数カ月にわたる初期分析の結果とそれに基づく研究成果は、6本の学術論文として2011年8月26日号のサイエンス誌に発表されました。また、電子顕微鏡によるイトカワ微粒子の観察映像は同号の表紙を飾り、さらに2011年のサイエンス誌10大成果にも選出されました。国際的な公募による本格的な研究はこれからなのですが、初期分析の段階においてさえ、それぞれの研究グループの解析データが、サンプル微粒子(レゴリス:天体表面の細粒物)の起源や小惑星イトカワの形成過程についてほぼ同じ結論を導き出す結果になりました。それらの要点はほぼ次の通りです。
(1)はやぶさが持ち帰った微粒子は、小惑星イトカワ由来のものに間違いない。
(2)イトカワは普通コンドライトと呼ばれる隕石同様に太陽系の始原物質から成る。
(3)地球に飛来するほとんどの隕石は小惑星を起源とすることが最終的に確定され、長年にわたる隕石の起源の問題に終止符が打たれた。
(4)小惑星イトカワは、その母天体が他の天体と衝突して破砕され、その破片の一部が再集結し、現在の姿を形成するに至った(図1)。
(5)イトカワの表面への物体の衝突痕や太陽風などの痕跡(宇宙風化)が見出された。
 なお、サンプル微粒子の形成年代や大規模衝突の証拠とその年代の測定、宇宙風化の過程の総合的な理解、原始太陽系の微小天体形成過程や生命の起源、地球と異なる環境で生成された 構造をもつ物質の解明などは、今後の本格研究に委ねられることになります。

図1.小惑星イトカワの形成過程概念図

図1.小惑星イトカワの形成過程概念図

微惑星だったイトカワ母天体は熱変成を受け、大規模衝突によって破壊された。その後再集積 し、イトカワが形成された。(作図者橘省吾博士(東京大学理学研究科)の原図を一部修正)

初期分析に大貢献したSPring-8

 はやぶさが持ち帰ったレゴリス粒子が極めて微小だったことは、SPring-8の存在意義を大いに高める結果になりました。取扱い至難な微粒子を非破壊分析するには、SPring-8の強力な放射光を用いたX線マイクロCT分析法やX線回折分析法が最適かつ不可欠なものだったからです。破壊分析と違いサンプル微粒子をより細かく切断・破砕しなくてもすむ非破壊分析は、初期分析の最重要作業なのですが、それこそはSPring-8が最も得意とするところでもあったのです。また、今後行われる予定の破壊分析を含む本格的な分析研究においても、SPring-8の技術が絶対的な役割を果たすだろうことは間違いありません。

土`山教授のX線マイクロCT分析

土`山教授
土`山教授

 X線マイクロCTは、微小な対象物質を一定角刻みで回転させながら全方位から対象物にX線を照射し、得られる多数の透過像を基に3次元内部断面像を再現する技術です。物体を透過するX線は内部の諸物質にその一部を吸収されてしまうのですが、物質の種類によって吸収度には差があるため、同じ断面でも照射方向が違うとX線の吸収率は異なります。そこでX線透過後の それぞれの線量データをコンピュータによって解析処理し詳細な外形や内部構造を立体的に把握するわけです。大阪大学の土`山明教授は、30〜180ミクロンの微粒子48個の各々をエネルギーの異なる2種類のSPring-8放射光X線で撮影し、これまでは不可能だったレゴリス内部の鉱物の特定、さらには諸鉱物の構成比やレゴリスの密度の算定に成功しました。同じ方位からのX線照射でもそのエネルギーが異なると、断面像各部に輝度の変化が生じるので、鉱物の特定ができるのです(図2)。48個のレゴリスを一纏めにすると直径200ミクロンほどの球体になるので、一連の分析から得られた成果を同教授は「200ミクロンの奇跡」と呼ぶことにしたいと語っています。
 地球に飛来する隕石の多くは、太陽系の始原物質を含む「普通コンドライト」という石質隕石で、その鉱物の組み合わせは地球の岩石には見られないものです。以前からこの普通コンドライト隕石の母体は小惑星だろうと推測されてきました。落下する隕石の軌跡を三点以上で同時観測し軌道を解析して逆に辿ると小惑星の軌道域に至ること、普通コンドライト隕石の反射スペクトル(物質に固有な色を反映している)がイトカワのような小惑星帯内側に多く存在するS型小惑星(酸化ケイ素成分の多い石質小惑星)群の反射スペクトルに似ていることなどがその主な理由でした。ただ厳密に解析すると両者のスペクトルにはかなりの違いがありました。そこで、それらは本来同じS型小惑星の普通コンドライトだったものが、表層部で宇宙風化を受けて変質したために生じた違いだろうと推測されてきましたが、断定はできずにいました。
 土`山教授は、一連の分析により、はやぶさのカプセル内の微粒子がイトカワのレゴリスに間違いないこと、それらを構成する鉱物の存在比が普通コンドライトの中でもLLコンドライトと呼ばれる隕石のそれに近似すること、粒子の内部構造(組織)に熱変成が見られることなどを立証しました。この結論は他の研究グループのそれとも合致し、普通コンドライト隕石は小惑星起源であることが確実になったのです。また、その3次元形状や表面の状態から、レゴリス粒子は物体の衝突による破砕物であり、その一部は粒子同士が擦れあって丸くなっている可能性があることを示しました。さらに、同教授はCTで求めた各鉱物の構成比と空隙率から粒子全体の密度が3.4 g/cm3であることを導き出しました。イトカワの平均密度は遠隔探査を通じ1.9 g/cm3であることがわかっているので、それらの密度差を基にすると、イトカワ内部には40%ほどの空隙があるという推定が裏付けられました。またその事実は、「太陽系始原期の母天体が他の天体などと衝突破砕され、その破砕断片群の一部が再集結し形成されたのが現在のイトカワである」とする、LLコンドライトの測定密度を基にした既存学説の正しさを証明してもいるのです。

図2.エネルギーの異なるX線でCT撮影すると鉱物が特定できる。

図2.エネルギーの異なるX線でCT撮影すると鉱物が特定できる。

(OI:カンラン石、HPx:Caに富む輝石、PI:斜長石、Chm:クロム鉄鉱、Tr:トロイライト)

田中雅彦主席エンジニアとガンドルフィカメラ

田中主席エンジニア
田中主席エンジニア

 物質・材料研究機構の田中雅彦主席エンジニアも、イトカワ微粒子の非破壊初期分析においては大きな貢献をしました。SPring-8の同研究機構専用ビームラインには田中さんが開発したカメラ半径955 mmの高分解能ガンドルフィカメラが設置されています。X線が原子や分子からなる結晶性の物質に入射すると、物質結晶内の原子の周期構造が原因となって出射X線同士に相互干渉作用が生じるため、X線が特定の方向だけに出射されるという現象が起こります。X線回折と呼ばれるこの現象では、出射の際のX線の進行方向や強度が透過した物質結晶中の原子・分子の種類や配列によって異なるため、それを用いて物質の構造や種類などを特定することができるのです。このX線回折の原理を用いて物質を構成する鉱物種やその原子配列などを調べる特殊な装置がガンドルフィカメラなのです(図3)。
 レゴリスのような微粒子の分析では、多方向からX線を照射して回折X線を観測するほど高精度のデータが得られます。そこで、ガンドルフィカメラでは、大小の歯車を巧みに組み合わせた特殊メカニズムにより微細な試料を全体的に回転させると同時に、独楽の両軸端が円弧を描いて大きく首振りする時のような運動(歳差動)をさせながらX線を照射できるようになっています。そのため単一の試料に多様な角度から的確かつ効率的にX線を照射し、回折X線を検出できるのです。SPring-8のガンドルフィカメラは、高輝度で極めて平行なX線を用い、しかも955 mmという飛び抜けたカメラ半径(中心部の試料から回折X線検出器までの距離)を持つため、他に類を見ない高分解能を誇っています(図4)。
 照射X線の輝度や平行度が高くカメラ半径が大きいと回折光が広がりにくく、各物質によって異なるX線回折のピークパターンが明瞭に現われるため、試料の種類や組成、構造などの詳細な解析が可能です。今回、田中さんは個々のレゴリスに含まれる長石の結晶のもつ3本の結晶軸の間の角度を詳細に解析しました。それによって長石の生成温度が推定できるからです。この結果、各レゴリスの生成温度は560〜580°C、および820°Cであることが判明しました。そして、それらのデータからも、「イトカワの母天体は直径20 km程度で、中心部の温度が約800°Cまで上昇してから徐々に冷却した。その後、大きな衝突現象が起き、一度飛び散った破片の一部が再集積し現在のイトカワになった」との結論が導かれたのです。

図3.ビームラインBL15XUに設置された高分解能ガンドルフィカメラ

図3.ビームラインBL15XUに設置された高分解能ガンドルフィカメラ
図4.

図4.

ガンドルフィ法では、ギア比の高い(歯数が大きく異なる)2本の歯車軸を斜めに交差させ、双方を回転さ せることにより試料結晶があらゆる方位を向くようにしてある。そのため単結晶や単結晶の集合体のような試 料からでも擬似的に粉末回折図形を取得することができる。

 

取材・文:本田 成親


この記事は、大阪大学大学院 理学研究科 宇宙地球科学専攻 土`山明教授と、(独)物質・材料研究機構 はりまオフィス田中雅彦主席エンジニアにインタビューして構成しました。