大型放射光施設 SPring-8

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希少金属を使わない高性能磁石の開発

研究成果 · トピックス

希少金属を使わない高性能磁石の開発

省エネ社会に不可欠な高性能磁石

 携帯電話、ハードディスクドライブ、エアコン、MRI、自動車など、私たちが身近に使っている電化製品にはたくさんの磁石が使われています。現在日常的に使われている磁石は大きく2つに分けられます。1つは酸化鉄を主原料としている安価なフェライト磁石で、量的には最も多く使われています。もう1つはネオジム(Nd)と鉄(Fe)、ホウ素(B)を原料としている高価なネオジム磁石です。ネオジム磁石が鉄などのモノを引きつける力(磁力)は、フェライト磁石の約4倍もあります。磁石は電流を動力に変換するモーターや動力を電気に変える発電機に利用されていますが、磁力が大きいほどそれらを小型化でき、それが省エネにもつながります。こうした利点から、ネオジム磁石の利用はハイブリッド自動車や電気自動車の普及とともに急増しています。
 しかし、ネオジム磁石には耐熱性が低いという欠点があり、自動車の駆動モーターのように使用中に温度が上がってしまうような用途には、そのままでは使えないのです。そこでジスプロシウム(Dy)という希土類元素を加えて耐熱性を確保しているのですが、電気自動車の普及とともにその使用量が問題になっています。自動車1台に使われるジスプロシウム入りネオジム磁石の量は約1.2キログラム。1年間の生産台数が200万台とすると、自動車用途に使われるだけでも推定2,400トンにもなります。このうちの10%がジスプロシウムです。このジスプロシウムの埋蔵量は世界的にもきわめて少ないうえに、ほとんどが中国でしか産出していないことから、将来資源の安定な供給が危ぶまれます。
 「ジスプロシウムなしでも高い性能を得られないだろうか?」。産業界などからあがった声に応えて、元素戦略プロジェクト*1の磁石材料研究が平成24年(2012年)8月にスタートしました。

SPring-8で見えてきた結晶粒の中の磁区構造

 一般的にネオジム磁石は、原料(Nd、Fe、Bなど)を混ぜて、その後炉で焼くことにより作製されます。出来上がった磁石は、5マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)程度の結晶が密に詰まったものになります。これまでの研究から、結晶粒を小さくしていけば、磁石の決めている保磁力*2が高くなると考えられていました。しかし工業的につくられる磁石の結晶粒径は3マイクロメートルくらいが限界でした。また得られる保磁力も理論限界の15%程度しか出ていませんでした。この問題を解明し、より強い保磁力の磁石(耐熱性のある磁石)を開発するため、物質・材料研究機構の宝野和博さんたちは、磁石の微細構造をマルチスケールで調べていきました。

図2.ネオジム磁石の組織解析

 まず、走査電子顕微鏡を使ってマイクロメートルのレベルで微細構造の観察を進めました。磁石の表面を削っていき、その構造を3次元で再構成したところ、磁石を構成する多数の結晶の粒子がどのように詰まっているかを見ることができました(図2-A)。次に、透過電子顕微鏡を使ってナノレベル(1ナノメートルは10億分の1メートル)で見ると、結晶粒と結晶粒の境界には結晶構造をもたない粒界層を見ることができます(図2-B)。この粒界層は強い磁石をつくるために非常に重要な役割をしていると考えられていましたが、組成や構造、その磁気的な性質がよくわかっていませんでした。そのため、この粒界層を3次元アトムプローブ*3という原子の分布を3次元で測定できる手法で詳細に観察しました(図2-C)。
 アトムプローブでの測定データを解析したところ、粒界層は非磁性ではなく強磁性であり、結晶粒と結晶粒は磁気的につながっているという結果が得られました。この結果は従来の学説に反するため、学会ではなかなか受け入れてもらえませんでした。
 そこで、宝野さんたちはSPring-8の研究者に依頼して、ビームラインBL25SUの軟X線で結晶粒界の磁性を調べてもらいました。BL25SUは固体物質の電子状態や磁気状態、さらに、表面構造などを解明することを目的としたビームラインです。磁石の破断面に軟X線を照射し、その分光測定から、粒界層の磁化を観測することに成功しました。その結果、粒界層は強磁性であることが証明されたのです。これらのことから、今まで作製してきた磁石が理論限界の15%までしか保磁力が上がらない原因のひとつとしては、非磁性であると思われていた粒界層が実は強磁性であるということがわかりました。このように、軟X線をナノスケールの顕微鏡として使い、磁気分布を可視化する手法をSPring-8の研究者が開発したことによって、これまで見えていなかったネオジム磁石において、磁区*4という構造をはじめて可視化できるようになり(図3)、今後の磁石開発の研究などに利用できるようになりました。

ジスプロシウム「ゼロ」で、高性能化を実現

 これらの解析結果をもとにして、宝野さんたちは異なるプロセスでネオジム磁石の作製に取り組みました。まず、結晶粒の大きさが250ナノメートル、従来の20分の1まで小さい熱間加工磁石を出発材料として、結晶粒界にネオジムと銅の合金を浸透させ、強磁性だった粒界層を非磁性に変化させました。その結果、個々の結晶粒が磁気的に完全に分断された状態になり、保磁力を一気に上げることができたのです。
 この方法でつくった磁石を従来のジスプロシウム入りのネオジム磁石と比べたところ、ジスプロシウム5%を含む磁石よりも優れた特性が出ることがわかりました。これは200℃という高温環境で比較したものなので、耐熱性も大きく向上したことがわかりました。
 ジスプロシウム「ゼロ」磁石の自動車への応用を目標に掲げてきた元素戦略プロジェクトはこの3年間で大きく前進しました。宝野さんは、今後の計画をこう語っています。
 「ネオジム磁石の基礎研究は、あと2年続けたら企業が持ち帰って工業化できるような結果を出せると考えています。その次は、理論家の方々と協力してまったく新しい磁石の開発に挑戦します」。
 近い将来、希少元素を使わないネオジム磁石が実用化され、電気自動車や燃料電池車などの環境に優しい自動車に使われていくことを期待しています。

図3.SPring-8の軟X線顕微鏡で見たネオジム磁石の磁区構造(磁場を加えて磁化させる前の状態)。

赤い部分がN極、青い部分がS極。磁力の向きはZ軸(手前:奥行き方向)となる。


コラム:日本が誇る磁石の研究

コラム:先生写真
元素戦略について語る宝野さん

 永久磁石の発展には日本の研究者が大きく貢献しています。1917年に本多光太郎博士(東北大学)によって開発されたKS鋼に始まり、1930年には加藤与五郎博士と武井武博士(東京工業大学)がフェライト磁石を開発。そして1982年、佐川眞人博士(住友特殊金属・当時)がネオジム磁石を発明しました。以来、ネオジム磁石は史上最強の磁石として性能の向上が図られてきました。
 そして今、ネオジム磁石をこえる次世代の磁石の探索が注目されています。元素戦略プロジェクトでも、新しい磁石の研究を次の目標に掲げています。「そのためには、大学、研究機関、企業が連携して人材を育てていくことも重要なミッションです」と語る宝野さん。日本がリーダーであり続けたいという熱意が伝わってきます。


《用語説明》

*1 元素戦略プロジェクト
文部科学省の10カ年委託研究事業。希少元素利用の削減を目的とした新しい材料研究を行うため、磁石材料、触媒・電池材料、電子材料、構造材料の4分野で研究が行われている。磁石材料研究拠点は物質・材料研究機構に置かれている。連携機関は、東北大学、東京大学、京都大学、名古屋大学、産業技術総合研究所、高エネルギー加速器研究機構、高輝度光科学研究センター。研究は理論、解析評価、材料創製の3グループで進められている。この元素戦略の磁石研究の詳細は「すごい!磁石」(日本実業出版社)を参照。

*2 保磁力
磁化された方向に対して反対方向にはたらく磁場に対する抵抗力。ネオジム磁石では、ネオジム原子が磁化された方向に保たれるように制御している。保磁力が強いほど耐熱性も高くなる。くわしく知りたい人はこちらを参照ください。

*3 3次元アトムプローブ
試料表面に存在する合金の3次元的な全構成を原子レベルで解明する方法。電子顕微鏡ではなく、試料から飛び出してくるイオンビームを結像する電界イオン顕微鏡に質量分析機能をもたせたものである。くわしく知りたい人はこちらを参照ください。

*4 磁区
磁化の向きがそろっている領域。磁石の中では、磁区が立体的な組み合わせで存在し、隣り合う磁区の磁化は反対方向を向いている。


文:サイテック・コミュニケーションズ 福島 佐紀子


この記事は、物質・材料研究機構フェロー/磁性材料ユニット長の宝野和博さんにインタビューして構成しました。