ポリマーを使った接着フィルムの開発 −伸びと柔軟性を両立させて機能性をアップ−
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ポリマーを使った接着フィルムの開発−伸びと柔軟性を両立させて機能性をアップ−
応用に期待が高まる機能性ポリマー
近年、さまざまな機能を備えたポリマー※1が注目を集めています。ポリマーは石油化学製品の代表的なものの一つで、電子部品や耐久材料、特殊ゴム、接着剤、レンズ、浸透膜など、実に幅広い分野の製品材料として私たちの生活を支えています。その中でも複合材料としたポリマーは、さらに機能性を高めたり、これまでにない性質を生み出したりすることで、製品に新たな価値を付加できる新規材料としての大きな期待が寄せられています。
例えば、「エラスティックフィルム」も高分子複合材料を使った製品の一つです。エラスティックフィルムとは、伸縮性のある接着フィルムのことで、すでに紙おむつの粘着テープとして利用されています。また、従来の材料よりも低価格に機能を実現できるとして、超高齢化社会の到来などを背景に、さらなる機能の向上と量産化が進められています。
そうした中、特殊ゴムなどの材料メーカーである日本ゼオン株式会社は、応力(力強い伸び)と復元性(柔軟性)に優れたエラスティックフィルムの材料開発に成功しました。この材料開発の過程において、材料の構造を調べるために、2012年よりSPring-8を活用した極小角・小角X線散乱法(USAXS、SAXS)による実験・観察が行なわれました。
非対称な材料と対称な材料を混ぜて機能を向上
エラスティックフィルムの材料となるのは、熱可塑性エラストマーSIS(スチレン-イソプレン・ブロック・コポリマー※2、以下SIS)と呼ばれる、ゴムのような弾性と優れた粘着性・接着性を備えたポリマーです(図1)。SISは、鎖状に連なるイソプレン(ポリマー)の両端に、スチレンポリマーを重合させた物質で、熱や圧力を加えても、イソプレンとスチレンの二つの部位が独立して混ざりにくい「相分離」と呼ばれる構造をしています。
スチレン部は、室温ではガラスのように固まって、
イソプレン部を物理的に支えますが、熱を加えると鎖がほどけて液体状になり、プラスチックのように自在に成形できる性質を持っています。さらに、弾性を高めるための硫黄などの添加剤を加える必要がなく、加工時に溶剤も使わないことから、環境負荷の少ない材料として、保護フィルムやテープ・ラベルなどに広く活用されています。
しかし、このSISには課題がありました。日本ゼオンで材料開発における物性解析を手がける高柳篤史さんは、次のように説明します。
「SISはイソプレンに対して対称(同じ長さ)にスチレンの鎖を配置し、用途に応じてスチレンの含有量を変えることで機能性を引き出していましたが、スチレンを減らすと復元性は向上するけれど応力が低下し、逆にスチレンを増やすと応力は高まるけれど復元性が低下するという“トレードオフ”の関係にあったのです(図2)。紙おむつのエラスティックフィムで言えば、応力はフィット感に、復元性は伸縮性に対応します。そのため、その両立が求められていました」。
これを解決したのが、スチレンのブロック鎖を非対称にしたSISを、スチレンを対称に配置した従来の対称SISに混ぜるという方法でした。
「これが“特殊SIS”です。さまざまな配合を試す中で開発に至った材料ですが、その詳しいメカニズムは謎のままでした。それを明らかにするために、透過型電子顕微鏡やSPring-8による実験、さらにはスーパーコンピュータによるシミュレーション解析を行いました」(高柳さん)。
SPring-8でSISの詳細な構造を解析する
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「まず、透過型電子顕微鏡で局所的な構造を見た後、SPring-8のビームラインBL19B2で極小角・小角X線散乱法(USAXS、SAXS)によって、全体の構造を確認しました。SAXSとは、試料にX線を照射し、試料から散乱したX線(以下“散乱X線”)※3のうち、散乱角(2θ)が小さいX線を解析して材料の構造を調べる方法です」と、高柳さんは説明します。
その結果、試料Aではスチレンが球状に、試料Bではシリンダー(柱)状に、試料Cではラメラ状といって層状にスチレンとイソプレンが交互に並んでいることを確認しました。つまり、スチレンの含有量が増えると、層状のスチレンが邪魔をして弾性が失われることがわかったのです(図3)。
「続いて、特殊SIS 1、2、3を調べたところ、いずれもスチレンは球状をしていますが、非対称SIS(SIS’)の長い方のスチレンブロック鎖(S’鎖)が長いほど、スチレンの球が大きくなり、その周囲や界面に小さなスチレンの球が取り囲んでいることがわかりました(図4)。
実は、これまでもSAXSでこうした構造を調べることは可能でしたが、従来はより小さい角度、具体的には散乱ベクトル※4の大きさq が0.1 nm-1以下の領域を調べることができないでいたのです。SPring-8のビームラインは、試料から検出器までの距離が40 mと長いものもあり、またX線の強度も非常に強いため、非常に小さい角度の散乱X線を調べることができました。これにより、特殊SISの散乱X線の強さのピークの出方にそれぞれ違いが見られ、構造の違いが明らかになったのです」(高柳さん)。
シミュレーションで構造を可視化して確認
さらに、スーパーコンピュータ「京」によるシミュレーションも行いました。シミュレーション解析を手がけた、日本ゼオンの主席研究員である本田隆さんは次のように語ります。
「ポリマーの相分離構造を解析するために用いたのが、相分離した構造を形成するブロック鎖の密度を計算するSCF法と呼ばれる手法です。その結果を用いて二次元の画像として可視化したところ、特殊SIS 3の試料では、大きな球となっているのが非対称SIS由来のスチレンであることがわかりました。逆に、そのまわりにある小さなスチレンは、非対称SISの短いSブロック鎖と対称SISのSブロック鎖に由来のものです。さらに、三次元画像として可視化することにより、SPring-8で得られた結果を検証することができました」(図5)。
またSPring-8のビームラインBL08B2で試料を引っぱって力を加え、SAXSにより応力と復元性を調べたところ、対称SISではトレードオフの関係であり、特殊SISでは構造を保ったまま、それらを両立していることを確認しました。
また、力で引き延ばす工程がない製造方法でつくられたキャストフィルムの試料について解析したところ、プレスフィルムとは相分離構造が違っていて、特殊SISであっても、復元性を保てない構造であることが判明したのです。
「通常の測定では、試料を引っぱりながら測定するのは難しいのですが、SPring-8では動いている試料の構造解析をすることができ、大変興味深い結果を得ることができました」と、高柳さん。
今後は材料の配合や条件を変えるなどして、より詳しい分析を進め、さらなる機能性の向上を目指されるそうです。
コラム:SPring-8だからこそ迅速に
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SPring-8での実験は、とても順調だったと高柳さん。
「SPring-8は非常に強いX線を照射できるので、圧倒的に短い時間で、しかも少ない試料で観察できることが大きな魅力でした。実験にかかった日数も数日と非常に短く、大変スムーズでした」(高柳さん)。今後は、さらに引っぱる力に加えて、熱を加えるなど、製造工程を反映した実験をしたいと、展望を語ります。
一方で、シミュレーションを手掛けた本田さんは、実験結果とシミュレーション結果を突き合わせることで、より緻密な構造解析ができたことに、大きな手応えを感じました。
「SPring-8を使用するにあたっては、申請から実験まで、SPring-8の産業利用推進室の方々からさまざまに支援していただき、良い結果を得ることができて感謝しています」と本田さんは締めくくりました。
《用語説明》
*1 ポリマー
重合体。単量体(モノマー)が重合した高分子化合物。重合の様式によって直線状に伸びた高分子や、分岐のある高分子となる。
*2 コポリマー
2種類以上の単量体(モノマー)を用いて重合されたポリマー。
*3 散乱X線
物質にX線を当てた際に、X線を吸収すると同時に、四方八方に放出するX線のこと。散乱角は入射X線に対する散乱X線の角度。
*4 散乱ベクトル
SAXS測定では“散乱角度”より“散乱ベクトルの値(q)”を用いる。qの値が小さいほど大きな構造の物質を測定できる。
文:サイテック・コミュニケーションズ 田井中 麻都佳
この記事は、日本ゼオン株式会社 高柳 篤史さんと本田 隆さんにインタビューして構成しました。