大型放射光施設 SPring-8

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放射光赤外分光分析を用いた出土植物繊維製染織文化財の研究

奥山誠義 奈良県立橿原考古学研究所
佐藤昌憲 国立文化財機構奈良文化財研究所・京都工芸繊維大学

 天然繊維からなる文化財(染織文化財)は、出土例が少なく、材質調査や保存・保管のための処置(以下、保存処理)は対処療法的であり、検討の余地がある。材料調査は、顕微鏡よる鑑定によって繊維を特定することも可能である。しかし、そのためには数mm長の試料が必要となり、さらに劣化が進行し触れるだけでも粉々に崩壊し、観察に耐えない資料も少なくない。また、染織文化財は資料的価値も極めて高く、観察のために試料採取を繰り返すことが困難な場合も多い。このような資料に対する材料調査および劣化状態把握の技術的研究は、急務となっている。 古代に利用された染織品の繊維として代表されるのは、絹(Silk)であるが、我が国では絹が利用されるよりもはるかに昔から植物性の繊維が利用されてきた。主なものは、大麻(たいま・おおあさ、Hemp)や苧麻(ちょま・からむし、Ramie。Fig.1)等である。これまでの材料調査は、単繊維の断面・側面の形態観察が主であったが、試料採取の制限が伴うことも多い文化財では、観察試料を得ることは容易ではなかった。また、その劣化状態を知ることはできなかった。
 SPring-8における放射光赤外分光は、グローバーランプを光源とする赤外分光に比較して高輝度であり、微小試料の分析に適している。また、直線および楕円偏光度が高く、偏光を利用した測定に有利である。
 これらを背景として、筆者らは、放射光顕微赤外分光法による出土植物繊維製染織文化財の材質同定および劣化過程解明に関する基礎的研究をおこなってきた。大麻や苧麻など植物繊維は、その主成分が木材同様、セルロース・ヘミセルロース・(リグニン)であることから、赤外分光法では非常に酷似した赤外スペクトルを示す。そのため、分析手法を工夫し、大麻および苧麻の繊維識別の可能性について検討した。
 本研究では、大麻と苧麻の繊維について放射光顕微赤外分光による偏光測定をおこなった(Fig.2)。測定の結果、ピーク強度比の比較によって、大麻と苧麻の繊維には相違がある可能性を示唆する結果が得られた。
 放射光赤外分光分析は、材料を知る手段であるばかりでなく、微量な試料への対応が可能である点で大きな利点がある。また、文化財においては、保存・保管を適正に行うための“診断”、すなわち、劣化状態の把握に欠かせないツールの一つと考えることができる。

Fig.1 苧麻(Ramie)の葉
Fig.1 苧麻(Ramie)の葉
Fig.2 苧麻の偏光IRスペクトル.a:0°以降b~gは15°ずつ偏光角度を変化させた
Fig.2 苧麻の偏光IRスペクトル.a:0°以降b~gは15°ずつ偏光角度を変化させた

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