2025年秋の学校 講義・講習概要
基礎講義(必須)
基礎講義1.放射光発生の基礎 --- 正木 満博(高輝度光科学研究センター)
電子などの荷電粒子が加速度運動すると電磁波が放射される。特に、電子シンクロトロンと呼ばれる加速器で作られる高エネルギー電子が、磁場により偏向された際に発生する電磁波をシンクロトロン放射光と呼び、指向性に優れ、輝度が高く、マイクロ波から硬X線に至る幅広い波長領域をカバーするという特性を持つ。本講義では、代表的なシンクロトロン放射である偏向電磁石放射、アンジュレータ放射、コヒーレントシンクロトロン放射、自由電子レーザーなどについて、その発生原理と性質をなるべく直感的に理解できるように解説する。
基礎講義2.ビームライン ~光源と実験ステーションを繋ぐもの~ --- 山崎 裕史(高輝度光科学研究センター)
放射光利用実験では光源からの放射光をそのまま利用することはほとんどない。途中の光学機器でエネルギーの切り出しやサイズの調整などが行われ、実験に都合の良いX線がユーザーに供給される。講義では光学機器の定性的な説明に加え、SPring-8の高パワー放射光と向き合うための技術開発や新規光学系の開発状況について紹介する。
基礎講義3.X線自由電子レーザー入門 --- 久保田 雄也
X線の発見から約120年後の2009年に、米国のSLAC国立加速器研究所が人類最初のX線レーザーを実現しました。それから2年後の2011年には日本の理化学研究所が世界で2番目のX線レーザーを実現し、SACLAと名付けました。その後世界各地でX線レーザーの建設が行われ、X線レーザーの時代が始まっています。これらのX線レーザーは「自由電子レーザー」と呼ばれるタイプの光源で、私達が普段イメージする可視光近傍のレーザーとは異なる方法で光を作り出しています。本講義では、X線レーザーの仕組みとX線レーザーによって可能になったサイエンスをSACLAでの取り組みを中心に紹介します。
基礎講義4.X線検出器の基礎 〜原理から最新の画像検出技術まで〜 --- 今井 康彦(高輝度光科学研究センター/理化学研究所)
SPring-8の実験では、目的に応じて様々なX線検出器が使い分けられています。X線の強度・エネルギー・到達時間に加え、近年は空間分布を2次元画像として取得する画像検出器が広く用いられ、データの高品質化と実験の効率化に貢献しています。本講義では、これらのX線検出器の基本原理から、先端的なハイブリッド型ピクセル検出器の特徴や応用例までを概説します。
基礎講義5.X線イメージング --- 篭島 靖(兵庫県立大学)
X線の高い透過性はレントゲン写真のように物体内部の構造観察を可能にする。さらに、放射光X線の高輝度性は様々な新しい画像法(イメージング)を可能にした。屈折コントラスト法による高コントラスト動的観察、走査型X線顕微鏡による微量元素の二次元分布測定、X線顕微鏡トモグラフィーによる三次元内部構造の顕微観察、コヒーレントX線回折イメージング等を例に挙げ、SPring-8における応用例を紹介する。
基礎講義6.X線回折入門 --- 高橋 功(関西学院大学)
物質の性質を理解する上で、原子配列は最も基本的かつ重要な情報の一つであり、放射光を用いた回折・散乱実験はそれを明らかにする有力な手段です。本講義では回折・散乱現象の基礎から出発し、原子によるX線の回折・散乱とそれを用いることでいかにして原子配列についての理解が可能になるのかについて概観します。理想的な結晶によるX線回折はわかりやすい例ですが、今回はそれに加えて薄膜結晶や周期性を持たない非晶質材料の構造を理解するための放射光実験の例についても時間があれば解説したいと思います。
基礎講義7.XAFSの基礎 --- 田渕 雅夫(名古屋大学)
XAFS測定(X線領域の吸収分光測定)は、物質を構成する原子の化学的な状態(価数や電子軌道の状態)や局所的な構造(着目原子周辺の原子数、距離、原子種)を調べられる貴重な測定である。本講ではスペクトル発生の起源にまで遡り、そうした情報が含まれている理由を理解する。これによって解析で行なっている操作の意味を知り、より正しく/より良く解析を行うための基礎としたい。
グループ講習
※以下の17テーマより3〜4テーマを受講:グループ講習のいくつかは個人でPCを持参いただくものもあります、ご不明な点がございましたら、事務局までご連絡ください。
※実際の放射光を用いた実習はございません。
グループ講習1.単結晶構造解析 --- 橋爪 大輔・足立 精宏(理化学研究所CEMS)
物質を対象とする研究において、必要な情報は目的によって多岐に渡ります。しかし、物質の構造が研究に不要であることはほとんどありません。物質の構造を得る目的で多く用いられている手法が単結晶構造解析です。本講習では、有機小分子化学物結晶の構造解析について概説し、SPring-8 における単結晶回折装置(BL02B1)を見学、デモデータを用いた構造解析実習を行います。特に実習に重点を置きます。なお、受講される方は各自PC(OSはWindowsまたはMac)をご用意下さい。ソフトウエアはOlex2を使います。インストールガイドはテキストとともに配布します。当日インストールの時間を設けますので、事前準備していなくても問題ありません。
グループ講習2.放射光粉末X線回折によるその場観測の実際 --- 笠井 秀隆(大阪公立大学)/ 加藤 大地(京都大学)
放射光粉末X線回折は、微量試料を用いた短時間での測定、雰囲気制御の簡便さなどから物質の反応を追跡するなどのその場観測に適している。SPring-8の高輝度放射光を利用した粉末試料のX線回折について実習を行い、BL02B2において試料のハンドリングや測定システムの操作などの模擬実験を行う。その後、銅の高温環境下での酸化反応を追跡した回折データを用いて解析を行い、その結果について考察する。なお、受講される方は各自EXCELソフトがインストールされているPCをご用意下さい。(OS不問)
グループ講習3.タンパク質結晶構造解析 --- 水島 恒裕(兵庫県立大学)/河村 高志(高輝度光科学研究センター)
生体内で様々な役割を持つタンパク質の構造情報は、生命機能を理解したり、そのタンパク質を標的とした薬剤をデザインするために重要である。本講習ではタンパク質のX線結晶構造解析を行う上で必要となるタンパク質結晶の作製法、タンパク質結晶を用いた回折実験、およびデータ解析などに関して学ぶ。
グループ講習4.小角X線散乱 --- 増永 啓康・関口 博史(高輝度光科学研究センター)
小角X線散乱は物質中のナノ構造を観察する計測法で、高分子、液晶、金属、生体物質等、広い分野で応用されている。本講義では、1)X線散乱法でナノ構造を見ることの基礎、2)小角X線散乱法で用いられるX線光学系・検出器系の構造と原理、3)小角X線散乱法の応用例(特に、高分子材料、タンパク質・溶液散乱)、に関して平易に解説する。受講される方は各自PCをご用意下さい。(表計算ソフトとImageJなどの画像解析ソフトを使います)
グループ講習5.放射光を利用した応力・ひずみ計測 --- 菖蒲 敬久・冨永 亜希(日本原子力研究開発機構)
安全・安心な要素設計には、部材要素に作用する応力・ひずみを把握することが不可欠です。特に部材中に隠れている残留応力は、強度に大きな影響を及ぼすため、高精度に評価する必要があります。本講習では、応力・ひずみ測定の基礎的な原理・手順を理解することを目指します。そのため、ひずみ測定の最も基礎的な手法であるひずみゲージ法、さらには、X線回折を利用した応力・ひずみ解析法について、実体験を通して理解することを目的とします。受講される方は各自EXCELソフトがインストールされているPCをご用意下さい。
グループ講習6.X線回折・散乱を用いた薄膜構造評価 --- 小金澤 智之(高輝度光科学研究センター)
私たちの生活に欠かせない存在である半導体デバイスは、様々な機能性薄膜で構成されています。膜厚が数nmから数百nm程度の機能性薄膜の構造評価には、高輝度X線源である放射光が強力な評価ツールとなります。本講習では薄膜構造評価法であるX線回折測定やX線反射率測定の原理と応用例を紹介し、BL13XUに設置されている多軸X線回折計において測定手順を見学していただきます。可能な方は、各自PCをご用意下さい。
グループ講習7.X線吸収分光法 ---浪花 晋平(京都大学)/片山 真祥・加藤 和男(高輝度光科学研究センター)
X線吸収分光法(XAS)は、特定原子(元素)の内殻電子の励起に伴う吸収スペクトルからその原子の電子状態や局所構造を知ることができる手法で、様々な分野で応用されている。本講習では、実際に利用されている測定機器に触れながら、XASの原理、特長、測定法及びXASスペクトルの解析の基礎について説明します。受講される方は各自PCをご用意下さい。指定のソフトのダウンロードが必要です。
グループ講習8.皮膚角層および毛髪の構造解析 --- 中沢 寛光(帝京科学大学)/小幡 誉子(星薬科大学)/太田 昇(高輝度光科学研究センター)
皮膚表面には、異物侵入や脱水から生体を保護する「角層」があります。角層は、生体を保護するためのバリア機能を有しています。放射光X線回折を利用して、角層の微細構造を調べることで、効果の高い製剤の開発に繋がる基盤情報が得られます。同じように、毛髪の微細構造を理解することで、機能性をもつシャンプーやヘアケア製品の開発が可能になります。実際の実験例を踏まえながら、これらの内容についてわかりやすく解説します。※受講される方は配布する資料やデータがみられるような一般的なソフトがインストールされているPCを各自ご用意下さい。
グループ講習9.高圧力の発生技術と高圧地球科学・物質科学 --- 肥後 祐司(高輝度光科学研究センター)
高圧発生技術の概要とSPring-8・SACLAで利用されている高圧発生装置について講義します。また、サファイヤ・アンビルセルを使用して、高圧氷Ⅵ相の生成を実際に体験し、またBL04B1で実際に取得したデータを有限歪の状態方程式に当てはめ、高圧実験での圧力計算法を習得します。受講される方は、各自PCをご用意下さい。
グループ講習10.ドーパント原子配列解析 --- 松下 智裕(奈良先端科学技術大学院大学)
結晶中のドーパントや、薄膜界面の原子配列を解析できる、光電子ホログラフィーと蛍光X線ホログラフィーとの最前線の研究成果を紹介し、そのデータ解析について平易に解説します。データ解析として、原子分解能ホログラムのシミュレーションおよび立体原子配列の再構成方法について実習します。 受講される方は、各自PCをご用意ください。
グループ講習11.放射光光電子分光法による物質の電子状態分析 --- 藤森 伸一・川崎 郁斗(日本原子力研究開発機構)
物質の性質は物質内の電子構造によって決定されています。光電子分光法は、光電効果を利用して物質の組成と電子状態を直接的に調べることができる実験手法です。高輝度放射光の利用によって角度分解光電子分光を行うことも可能となり、物質のバンド構造やフェルミ面を決定することもできます。実習では、光電子分光法による物質の組成分析、および角度分解光電子分光法による物質のバンド構造の測定について体験していただく予定です。※受講される方は各自PC(OS不問)xyグラフを作成可能なソフトウェアをご用意ください。
グループ講習12.放射光X線イメージングの概要と基礎 --- 上杉 健太朗(高輝度光科学研究センター)
放射光を利用したX線イメージングでは、単純なレントゲン撮影のように計測対象である試料の内部構造を単に可視化するだけでなく、得られた画像データを定量的に取り扱うことにより、様々な情報を引き出すことができます。本講習では、まずX線イメージングの概要を示し、どのような研究に使われているか、どのような情報が引き出せるのかを学びます。その後、この計測を行うための基本ツールの説明を行います。受講される方は各自PC(OS不問)をご用意下さい。
グループ講習13.X線発光分光法 --- 松村 大樹(日本原子力研究開発機構)/石井 賢司(量子科学技術研究開発機構)
X線は試料と様々な相互作用を行いますが、X線のエネルギーの一部を試料に渡してその分だけエネルギーが減ったX線が放出されるという経路もあります。このエネルギーが減って放出されたX線を計測するのがX線発光分光法です。
出てきたX線のエネルギーを詳細に調べ、それを許に試料とX線との相互作用を理解することで、試料の構造や電子状態に関する詳しい情報が得られます。講習ではX線発光分光法の基礎について説明し、燃料電池の電極触媒に対する観察結果を例に取り、X線発光分光法の有用性を具体的に解説します。
グループ講習14.二体分布関数法(PDF) --- 尾原 幸治(島根大学/高輝度光科学研究センター)/山田大貴・下野聖矢(高輝度光科学研究センター)
二体分布関数法(PDF)は、ガラスや液体の局所構造に関する情報が得られます。本講習では、実際に利用されている計測機2つのデータを用いて、データ処理の実習を行う予定です。
グループ講習15.ブラッグコヒーレントX線回折イメージング法 --- 大和田 謙二・押目 典宏・シャオ・ミンヤン(量子科学技術研究開発機構)
放射光の特徴のひとつであるコヒーレンスを活用したブラッグコヒーレントX線回折イメージング法について講習を行います。ブラッグコヒーレントX線回折イメージング法は微小結晶試料を3次元的に可視化する技術で、結晶の形状やサイズ、内部の応力分布等を可視化します。講習は講義と実習からなります。講義ではコヒーレントX線回折イメージング法の概要を紹介します。また実際に計測に使われる装置群の見学も行います。実習では、データの解析(位相回復計算)を体験していただきます。計算にはGPU搭載のPCが必要であるため、ビームラインに設置するPCを利用します。このため1回の講習につき2名までとさせていただきますこと、ご了承ください。
グループ講習16.放射線生物学の基礎 --- 小西 輝昭・城 鮎美(量子科学技術研究開発機構)
放射線は医学分野において診断や治療に使われています。放射線がん治療においては、がん患部に放射線を集中させることでがん細胞に細胞死を誘発します。本講習では、研究で用いられている培養細胞の観察をするとともに、放射線の細胞致死効果の測定法を学びながら、放射線生物学のほんの入り口を体験していただきます。受講される方は各自EXCELソフトがインストールされているPCをご用意下さい。(OSは問わず)
グループ講習17.放射光X線トポグラフィーによるパワー半導体単結晶の欠陥観察--- 姚 永昭(三重大学)/梶原 堅太郎(高輝度光科学研究センター)
放射光X線は高輝度、高指向性、波長可変、広いビーム幅等の特徴を有するため、単結晶材料の格子欠陥の非破壊観察に適する。本講習では、欠陥周囲の格子歪みによる回折強度の変化を利用して欠陥の分布と種類を観察する「X線トポグラフィー」を用い、SiC、GaN、AlN、Ga2O3等次世代のパワーデバイス用半導体単結晶材料の欠陥評価の原理と事例を紹介する。