大型放射光施設 SPring-8

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食中毒原因菌の腸炎ビブリオの毒性は加熱してもなぜ消えないのか? - 腸炎ビブリオの耐熱性溶血毒(TDH)の構造解明 -(トピック)

公開日
2010年05月21日
  • BL41XU(構造生物学I)
  • BL40B2(構造生物学II)
大阪府立母子保健総合医療センター、大阪大学微生物病研究所、横浜市立大学らの共同研究グループは、シンクロトロン放射光施設(大型放射光施設SPring-8及び高エネルギー加速器研究機構)を利用して、腸炎ビブリオの産生する蛋白質毒素の耐熱性溶血毒(TDH)の三次元構造を原子レベルの解像度で解明することに成功した。

2010年5月21日
大阪府立母子保健総合医療センター
大阪大学微生物病研究所
横浜市立大学

 腸炎ビブリオは、1950年10月、大阪南部で発生した "シラス干し" による患者272名、死者20名の大規模食中毒の原因菌として、故藤野恒三郎(大阪大学微生物病研究所・名誉教授)によって世界で初めて発見された。腸炎ビブリオによる食中毒の原因食品はほとんどが魚介類であり、現在でも夏場に多発する細菌性食中毒の主要原因菌の一つである。腸炎ビブリオの産生する蛋白質毒素の耐熱性溶血毒(TDH)には腸管毒性、心臓毒性、溶血活性、細胞致死活性等が報告されている。TDHの名前の由来にもなっている耐熱性という言葉は、60℃の加熱により毒素は失活するものの、さらなる高温で加熱処理を行った後に毒素活性が残存するという不思議な性質に由来している(アレニウス効果:1907年ノーベル賞学者アレニウスによって黄色ブドウ球菌のα毒素で発見された)。食中毒菌は一般に加熱すれば死滅するが、TDHの毒素活性は、逆に加熱によりその毒素活性が戻ってしまうという厄介な性質が知られている。
 大阪府立母子保健総合医療センター研究所柳原格部長、大阪大学微生物病研究所本田武司(大阪大学名誉教授)らの共同研究グループでは、これまでTDHが60℃の熱によって線維状に会合する(線維形成)こと、失活した線維状のTDHは更なる加熱でアンフォールドした(蛋白質がほどける)後、至適条件下でリフォールドする(巻き戻る)ことを見出し、アレニウス効果を世界に先駆けて解明してきた(図1)。さらに今回、横浜市立大学橋本博助教等との共同研究にて、シンクロトロン放射光施設(大型放射光施設SPring-8の構造生物学 I ビームラインBL41XU及び高エネルギー加速器研究機構のビームラインNW12A)を利用することにより、TDHの三次元構造を原子レベルの解像度で解明することに成功した(図2)。TDHは細胞膜に孔を形成する蛋白質毒素であることは知られていたが、解析の結果TDHの4量体構造の中心部分に直径約2ナノメートル、深さ約5ナノメートルの孔が認められ、電子顕微鏡を用いた蛋白質の単粒子解析及びX線溶液散乱(SPring-8の構造生物学 II ビームラインBL40B2)によっても確認された。さらに、スーパーコンピュータを用いた分子シミュレーションでは、溶液中でわずか10ナノ秒の間に600個を超える数の水分子がTDHの孔を通過できることを示した。なお、TDHの構造学的な解析結果は科学雑誌ジャーナルオブバイオロジカルケミストリ(JBC)5月21日に掲載された。
 世界最大級のシンクロトロン放射光施設や、スーパーコンピュータによる解析は、わが国の食文化ゆえにおこる頻度の高い食中毒細菌の毒素構造を明らかにした。これら施設における最先端の技術開発とその維持は、わが国の学術及び国民の健康増進のために不可欠である。

(論文)
"Structure and Functional Characterization of Vibrio parahaemolyticus Thermostable Direct Hemolysin"
Itaru Yanagihara, Kumiko Nakahira, Tsutomu Yamane, Shuji Kaieda, Kouta Mayanagi, Daizo Hamada, Takashi Fukui, Kiyouhisa Ohnishi, Shin'ichiro Kajiyama, Toshiyuki Shimizu, Mamoru Sato, Takahisa Ikegami, Mitsunori Ikeguchi, Takeshi Honda and Hiroshi Hashimoto
The Journal of Biological Chemistry, 285, 16267-16274, May 21, 2010



《参考資料》

図1

図1


上から見た図(中心部分に孔)   側方から見た図
図2 TDH4量体の構造(X線結晶構造)   図2 TDH4量体の構造(X線結晶構造)

図2 TDH4量体の構造(X線結晶構造)



(問い合わせ先)
 大阪府立母子保健総合医療センター 研究所
 免疫部門部長
 柳原 格
  TEL:0725-56-1220(内線5301)
  FAX:0725-57-3021
  E-mail:mail

 横浜市立大学 生命ナノシステム科学研究科
 橋本 博
  TEL:045-508-7227 FAX:045-508-7365
  E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp