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DNAからの遺伝情報を伝達するメカニズムを解明- X線結晶構造解析により明らかになったRNAポリメラーゼの反応機構 -(プレスリリース)

公開日
2002年10月10日
  • BL45XU(理研 構造生物学I)
理化学研究所播磨研究所細胞情報伝達研究室の横山茂之主任研究員、Dmitry G. Vassylyev 副主任研究員および SUNY Health Science Center(米国)による研究グループは、DNAから遺伝情報を伝達する途上のタンパク質の立体構造を原子レベルで決定し、その分子機構を明らかにした。

平成14年10月10日
理化学研究所

理化学研究所(小林俊一理事長)は、DNAから遺伝情報を伝達する途上のタンパク質の立体構造を原子レベルで決定し、その分子機構を明らかにしました。理研播磨研究所細胞情報伝達研究室の横山茂之主任研究員、Dmitry G. Vassylyev 副主任研究員および SUNY Health Science Center(米国)による研究グループによる成果です。
 RNAポリメラーゼは、DNAの遺伝情報をmRNAへと転写する反応を直接担っている重要なタンパク質です。研究グループは、バクテリアに感染するウイルスの一種であるT7ファージ由来のRNAポリメラーゼ(T7 RNAポリメラーゼ)と、DNA:RNAハイブリッド分子との複合体の結晶構造を、大型放射光施設(SPring-8)理研構造生物学IビームラインBL45XUを用いて分子レベルで決定しました。その結果、T7 RNAポリメラーゼは、DNA:RNAハイブリッド分子と結合することによって、構造を大きく変化させ、新しくmRNAの通過孔が形成されることが分かりました。この構造は、DNAからmRNAへの転写反応の途上の分子動態を反映しているものと考えられます。
 RNAポリメラーゼは、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」として解析する重要なタンパク質に位置づけられています。転写反応に関わるメカニズムが、原子レベルで解明されたことは、遺伝情報の伝達の仕組みを解明する上で重要な知見を与えるだけでなく、抗生物質や活性制御物質が転写部分で作用する機構を明らかにし、効果の高い新薬の開発も可能になると期待されます。
 研究成果の詳細は、英国の科学雑誌『nature』のウェブサイト上のアドバンス・オンライン・パブリケーション(AOP・10月9日付)および『Nature』 420(07 November 2002)に掲載されます。

(論文)
"Structure of a T7 RNA polymerase elongation complex at 2.9 Å resolution"
TAHIR H. TAHIROV, DMITRY TEMIAKOV, MICHAEL ANIKIN, VSEVOLOD PATLAN, WILLIAM T. MCALLISTER, DMITRY G. VASSYLYEV & SHIGEYUKI YOKOYAMA

1.背景
 ウイルスや微生物などの下等生物からヒトなどの高等生物に至るすべての生物は、遺伝情報を運ぶ生体高分子である遺伝子を持っています。ほとんどの生物の遺伝子は、DNAという物質でできており、多くの場合、遺伝子(DNA)は、メッセンジャーRNA(mRNA)という物質に転写された後、タンパク質へと翻訳されることによって、細胞あるいは生体に遺伝情報が伝えられます。この「DNA→mRNA→タンパク質」という細胞内における遺伝情報の伝達は、生命の営みの基本的かつ普遍的な反応であるため、“分子生物学のセントラルドグマ”と呼ばれています。したがって、これらの反応の詳細なメカニズムを解明できれば、生命現象の根本を理解することができます。
 RNAポリメラーゼは、DNAからmRNAへの転写反応を直接つかさどっている重要なタンパク質です。RNAポリメラーゼは、まずプロモーターと呼ばれる、遺伝子の上流に位置する特徴的な部分に結合し、DNA上を下流に向かって、スライドしながらmRNAを合成していき、ターミネーターと呼ばれる特徴的な部分で反応を終結させます。
 これまで、ある種のRNAポリメラーゼの立体構造は、すでに報告されており、さらに、RNAポリメラーゼと短鎖(3塩基対)DNA:RNAハイブリッド分子との複合体の立体構造解析による転写反応の初期の分子動態も報告されていました。しかしながらmRNAの合成途上にあるRNAポリメラーゼの構造、すなわち、転写反応の途上にある分子の実態は明らかにされていませんでした。そこで、研究グループでは、バクテリアに感染するウイルスの一種である、T7ファージ由来のRNAポリメラーゼ(T7 RNAポリメラーゼ)をモデルとして用い、その解明を試みました。

2.研究の手法と成果
 研究グループは、T7 RNAポリメラーゼと転写反応を反映するようにデザインした18塩基対からなるDNA:RNAハイブリッド分子とが1:1で結合した複合体の結晶を単離しました。この複合体の結晶を、大型放射光施設SPring-8の理研構造生物学ビームラインを用いてX線回折データを収集し、その結果を基に複合体の立体構造を決定しました。
 SPring-8の高輝度な放射光を用いることによって、2.9Å(オングストローム)(=2.9 × 10-10メートル)という、分解能の高い(精密な)X線回折データを得ることができました。複合体の立体構造解析から、18塩基対からなるDNA:RNAハイブリッド分子のうち、上流の8塩基対の部分は、RNAポリメラーゼの活性中心に位置し、このことによってRNAポリメラーゼのN末端側130アミノ酸残基及び活性中心部分の立体構造が大きく変化していました。その結果、転写反応の初期段階には認められなかった、新しいmRNA分子の通過孔の形成が認められました。
 T7 RNAポリメラーゼは、一つのポリペプチド鎖からなる分子であるのに対し、大腸菌などの微生物のRNAポリメラーゼは、数種類のポリペプチド鎖から成る複雑な構造をしています。今回の研究で発見した構造に類似した構造は、微生物由来のRNAポリメラーゼにも認められていることから、この発見は、生物種を超えた普遍的な転写反応の原子レベルでの理解につながると考えられます。

3.今後の展開
 DNAからmRNAへの転写反応は、“分子生物学のセントラルドグマ”の最初のステップに相当します。今回、その基本的な分子構造を原子レベルで明らかにしたことで、普遍的な生命現象の理解が一歩進んだといえます。今後は、転写終結反応の分子構造および、転写反応を調節しているさまざまな分子の機能の実態を原子レベルで解明するべく研究を進めていきます。また、RNAポリメラーゼはすべての生物の生命活動に必須なタンパク質であるため、抗生物質のターゲットになります。本研究で明らかになった立体構造から得られる知見を生かして、真核生物と原核生物のRNAポリメラーゼ構造の微妙な差異に着目し、病原性細菌を含む原核生物のポリメラーゼにだけ特異的に結合する化合物を作ることで抗生物質として利用できる可能性があります。このような新たな抗生物質や活性制御物質の創製といった医療への応用を目指した研究も飛躍的に進展するものと期待されます。

 


《参考資料》

図1 T7 RNAポリメラーゼ-DNA:RNAハイブリット分子複合体の結晶構造
図1 T7 RNAポリメラーゼ-DNA:RNAハイブリット分子複合体の結晶構造

T7 RNAポリメラーゼの活性中心でDNA二重鎖がほどけ、一方のDNA鎖(赤色のDNA)をもとにmRNA(黄色の分子)に転写される。mRNAへの転写は、DNAの上流側(Upstream DNA)から下流側(Downstream DNA)に向かって行われ、合成されたmRNAは、通過孔(RNA exit pore)を通り抜ける。


図2 転写反応途上にある分子構造と転写反応初期の分子構造
図2 転写反応途上にある分子構造と転写反応初期の分子構造

RNAポリメラーゼのN末端領域(Core subdomain:黄色)の位置が大きく変化する。
(a)では、DNA:RNAハイブリッド分子(赤色と青色の二重鎖)がRNAポリメラーゼの活性中心に位置している様子が分かる。


図3 転写反応初期から転写反応途上への分子動態の移行モデル
図3 転写反応初期から転写反応途上への分子動態の移行モデル

RNAポリメラーゼと二重鎖DNAとの相互作用の様子を示している。



問い合わせ先:
理化学研究所 播磨研究所
細胞情報伝達研究室 主任研究員  横山 茂之
TEL:0791-58-2838  FAX:0791-58-2835
TEL:045-507-2515  FAX:045-507-2509(横浜研究所)

  副主任研究員  Dmitry G. Vassylyev
TEL:0791-58-2838  FAX:0791-58-2835

播磨研究所 研究推進部  小野田 敬
TEL:0791-58-0900  FAX:0791-58-0800

(報道担当)
理化学研究所 広報室  嶋田 庸嗣
TEL:048-467-9272  FAX:048-462-4715

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