大型放射光施設 SPring-8

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遺伝子の転写を調節するメカニズムの一端を世界で初めて解明(プレスリリース)

公開日
2004年04月30日
  • BL45XU(理研 構造生物学I)
理化学研究所播磨研究所・横山構造分子生物学研究室の横山茂之主任研究員、ドミトリ・バジリエフ(Dmitry G. Vassylyev)副主任研究員、およびオハイオ州立大学(米国)の研究グループは、遺伝子の転写にかかわるタンパク質(RNAポリメラーゼ)とその調節因子の複合体の立体構造を原子レベルでつきとめ、転写調節のメカニズムを解明することに世界で初めて成功した。

平成16年4月30日
独立行政法人理化学研究所

  独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子の転写にかかわるタンパク質(RNAポリメラーゼ)とその調節因子の複合体の立体構造を原子レベルでつきとめ、転写調節のメカニズムを解明することに世界で初めて成功しました。理研播磨研究所・横山構造分子生物学研究室の横山茂之主任研究員、ドミトリ・バジリエフ(Dmitry G. Vassylyev)副主任研究員、およびオハイオ州立大学(米国)の研究グループによる成果です。
 RNAポリメラーゼは、DNAの遺伝情報を正確に読み取り、RNAを合成する重要なタンパク質です。最近では、緊縮調節と呼ばれる現象が知られており、細胞がアミノ酸の飢餓状態にさらされると、グアノシン4リン酸(ppGpp)と呼ぶ化学物質をつくり、RNAポリメラーゼの活性を制御し、特定の遺伝子の発現を抑制したり、促進したりすることが分かっています。研究グループでは、ppGppとRNAポリメラ−ゼの複合体を結晶状態で得ることに成功し、その結晶構造を大型放射光施設(SPring-8)理研構造生物学ビームライン(BL45XU)を用いて、2.7Å(オングストローム)の分解能で決定することに成功しました。その結果ppGppが、RNAポリメラーゼの活性中心のすぐ近くに結合することが明らかになりました。この結晶構造に基づく分子モデリングや生化学的解析から、ppGppが、RNAポリメラーゼの活性中心の立体配置に影響を及ぼしたり、DNAと直接相互作用したりすることによって、ポリメラーゼの活性を制御していると示唆されます。
 RNAポリメラーゼは、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」で解析する重要なタンパク質の一つに位置づけられています。転写反応とその制御に関わるメカニズムが原子レベルで解明されたことは、遺伝情報の伝達の仕組みを解明する上で重要な知見を与えるだけでなく、抗生物質や活性制御物質が転写部分で作用する機構を明らかにし、効果の高い新薬の開発も可能になると期待されます。
 研究成果の詳細は、米国の科学雑誌『Cell』の4月29日号(日本時間30日付)に掲載されます。

(論文)「Structural Basis for Transcription Regulation by Alarmone ppGpp」
Irina Artsimovitch, Vsevolod Patlan, Shun-ichi Sekine, Marina N. Vassylyeva, Takeshi Hosaka, Kozo Ochi, Shigeyuki Yokoyama, and Dmitry G. Vassylyev

1.背 景
 DNAに塩基配列として刻まれた遺伝情報は、タンパク質のアミノ酸配列に変換されることによって各々の機能を発揮することができます。タンパク質を合成するために、細胞はRNAというDNAのコピーをつくり、RNAの塩基配列情報をもとにタンパク質は合成されます。このDNA → RNA → タンパク質という情報の流れはすべての生物に共通で、生命活動の根幹をなすものです。RNAポリメラーゼは、DNAの塩基配列を写し取って相補的な配列をもったRNA分子を合成する、すなわち「転写」をつかさどる酵素で、すべての生物の生存に不可欠です。RNAポリメラーゼは、複数のタンパク質からなる分子量 450 kDa(ダルトン)※1 にも達する巨大な複合体酵素で、その構造と機能は、細菌からヒトを含めた高等真核生物※2にいたるまで普遍的です。
 RNAポリメラーゼの転写活性は、細胞内に存在する複数の転写調節因子によってバランスよく制御されていますが、細菌では、緊縮調節と呼ばれる興味深い現象が知られています。この現象は、細胞がアミノ酸飢餓状態にさらされると、グアノシン4リン酸(ppGpp)と呼ぶ化学物質がつくられ、RNAポリメラーゼの活性を制御し、タンパク質合成系の遺伝子の転写は抑制される一方、アミノ酸の生合成や輸送に関与する遺伝子の転写は促進されます。ppGppは、通常見られるようなタンパク質性の転写調節因子ではなく、およそ600ダルトンという低分子の情報伝達物質で、RNAポリメラーゼによる転写の調節に重要な役割を果たしています。しかし、ppGppによる転写調節のメカニズム、すなわち、ppGppがRNAポリメラーゼのどの部分にどのように結合して何をしているのか、についてはこれまでまったく明らかにされていませんでした。研究グループは、ppGppを結合した細菌のRNAポリメラーゼのX線結晶構造解析※3に取り組み、高分解能の結晶構造を得ることに世界で初めて成功しました。

2.研究手法と成果
 ppGppは、グアノシンの5'位と3'位のそれぞれに二リン酸が結合した天然の化合物です。研究グループは、高度好熱菌からRNAポリメラーゼホロ酵素を取り出して精製し、これをppGppの存在化で共結晶化することに成功しました。大型放射光施設(SPring-8)(理研構造生物学ビームライン)の高輝度のシンクロトロン放射光をもちいてX線回折データを収集し、ppGppを結合したRNAポリメラーゼ分子の結晶構造を2.7Å※4の分解能で決定することに成功しました。
 ppGppは、興味深いことに、RNAポリメラーゼの活性中心のすぐ近傍に結合することが明らかになりました。結晶の非対称単位中には2分子のRNAポリメラーゼとppGppとの複合体が含まれています。2つの複合体の立体構造はほぼ同じですが、驚いたことに、2分子間でppGppの結合のし方が異なっていることが分かりました。一方のRNAポリメラーゼ分子中のppGppは、他方のものと比較して、180°反転したような向きで結合していました。ppGppの結合モードの違いは、RNAポリメラーゼの活性中心の立体配置の微妙な差異に起因していると考えられます。このことは逆に、ppGppの結合のし方に応じてポリメラーゼの活性中心の立体配置が変化し、転写活性が制御される可能性を示唆しています。
 また、研究グループは、ppGppによるRNAポリメラーゼ活性の制御のメカニズムを明らかにするために、ポリメラーゼとDNAの複合体のモデルを構築しました。モデルによれば、RNAポリメラーゼに結合したppGppのグアニン塩基は、DNAの非鋳型鎖の(転写開始点より1残基上流の)シチジン(C)残基と塩基対を形成しうる位置にあります。興味深いことに、ppGppによって転写の制御を受ける遺伝子には、転写開始点の上流にGCリッチ※5な配列が保存されていることが知られており、このことは、ppGppはそのグアニン塩基の部分を利用して制御を行うべき遺伝子を選別している可能性を示唆しています。実際に、転写開始点の1、2残基上流のシチジン(C)を他の塩基で置換した遺伝子のプロモーターは、ppGppによる制御を受けなくなることが実験によって示されました。

3.今後の展開
 本研究により、低分子の細胞内情報伝達物質の一種であるppGppによるRNAポリメラーゼの活性制御のメカニズムの一端が明らかになりました。このことは、転写のメカニズムとその制御という生命現象において最も本質的な現象を解明したという点で、非常に重要で、画期的です。今後は、DNAやRNAとの複合体の結晶構造解析を行い、ppGppによる転写制御に関する知見を深めるとともに、他のタンパク質性の転写因子との複合体もあわせて行ってゆき、転写のメカニズムの全容に迫りたいと考えています。
 また、得られた立体構造の知見を応用することによって、細胞内のRNAポリメラーゼの活性を特異的に制御できる薬剤の創製が可能になるかもしれません。また、真核生物と原核生物のRNAポリメラーゼの構造上の差異に着目し、病原性細菌を含む原核生物のポリメラーゼにだけ特異的に結合して、その活性を抑制するような化合物(抗生物質)を作ることも可能になるでしょう。このような新たな転写調節因子や抗生物質の創製といった医療への応用を目指した研究も飛躍的に進展するものと期待されます。


<参考資料>

図1 ppGppを結合したRNAポリメラーゼの立体構造
図1 ppGppを結合したRNAポリメラーゼの立体構造

ppGpp(紫色)は、リボンモデルで示したRNAポリメラーゼ分子の活性中心付近に結合している。

 


 

図2 RNAポリメラーゼに結合したppGpp
図2 RNAポリメラーゼに結合したppGpp

(a) 結晶中の非対称単位中には2分子のRNAポリメラーゼが含まれているが、そのうち一方のポリメラーゼに結合したppGpp分子。
(b) そのうち一方のRNAポリメラーゼに結合したppGpp分子。
(c) 両方のppGpp分子を重ね合わせて比較したもの。一方のRNAポリメラーゼ分子中のppGppは、他方のものと比較して、180°反転したような向きで結合している。

 


 

図3 RNAポリメラーゼとDNAの複合体のモデル
図3 RNAポリメラーゼとDNAの複合体のモデル

(a) RNAポリメラーゼの分子表面に結合したDNAの鋳型鎖を赤紫色で、非鋳型鎖を水色で示してある。
(b) ppGppの付近を拡大して示したもの。ppGppはDNAの非鋳型鎖のCと塩基対を形成しうる位置にある。

 


<補足説明>

    ※1 Da(ダルトン)
     分子や原子の質量を表す単位。炭素の同位元素12C(炭素)原子の1個の質量を12Daとする。したがって、1Da=1.661x10-27kg。一般には、1molあたりのタンパク質の相対質量である分子量の単位として便宜的に使用している。
    ※2 真核生物
     生物の分類のひとつであり、真核細胞からなる生物を指す。真核細胞の最も際立った特徴は、細胞内に細胞核を持ち、細胞のそれ以外の部分からは膜で区切られていることである。核の中には遺伝情報を保持しているDNAが収められている。
    ※3 X線結晶構造解析
     1ÅぐらいのX線の波長はタンパク質などの物質中の原子と原子の距離と同程度であり、物質が規則正しく並んだ結晶によって回折される。回折されたX線の強度を詳しく解析することにより、結晶内の分子構造を解明することができる。
    ※4 Å(オングストローム)
     長さの単位で、1オングストロームは1x10-10メートル(=0.1ナノメートル)。タンパク質の立体構造解析においては、解析した構造の分解能を表す単位として用いられ、数字が小さいほどより精度の高い高解像度の立体構造であることを示す。
    ※5 GCリッチ
     標的DNAにおいて、部分的にG(グアニン)とC(シトシン)の含量が高いこと。

 

<本件に関する問い合わせ先>
独立行政法人理化学研究所
播磨研究所 横山構造分子生物学研究室
主任研究員  横山 茂之
TEL:0791-58-2838 FAX:0791-58-2835
e-mail: yokoyama@postman.riken.go.jp

独立行政法人理化学研究所
  播磨研究所 横山構造分子生物学研究室
 副主任研究員  ドミトリ・バジリエフ
TEL:0791-58-2838 FAX:0791-58-2835
e-mail: dmitry@spring8.or.jp

独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
  研究推進部  上原 みよ子
TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所
 広報室  駒井 秀宏
TEL:048-467-9272 FAX:048-467-4715

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
  広報室長  原 雅弘
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
e-mail: hara@spring8.or.jp