大型放射光施設 SPring-8

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有機サイリスタ「直流を交流に変換する有機物単結晶」を発見(プレスリリース)

公開日
2005年10月13日
  • BL02B1(単結晶構造解析)
早稲田大学理工学部の寺崎一郎教授と(財)高輝度光科学研究センターの池田直主幹研究員らは、岡山大学、東北大学、東京大学、東京工業大学と共同で、有機導電体θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 の単結晶が液体ヘリウム温度(4.2 K=絶対温度、マイナス269℃)で、サイリスタと同じ電流-電圧特性を示しインバータのように直流電圧から交流電流を発生させる現象と、その動作原理を発見した。

平成17年10月13日
早稲田大学
(財)高輝度光科学研究センター

 早稲田大学理工学部の寺崎一郎教授と(財)高輝度光科学研究センターの池田直主幹研究員らは、岡山大学、東北大学、東京大学、東京工業大学と共同で、有機導電体θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 の単結晶が液体ヘリウム温度(4.2 K=絶対温度、マイナス269℃)で、サイリスタと同じ電流−電圧特性を示しインバータのように直流電圧から交流電流を発生させる現象と、その動作原理を発見しました。物質単体でサイリスタ効果を示す現象の確認は世界で初めてで、新しい有機エレクトロニクス素子デザインの可能性を示唆する研究です。この成果は、9月22日発行の英国の科学雑誌「Nature」に掲載されました。

(注)θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 =BEDT-TTF(ビスエチレン・ジチオ・テトラチオ・フルバレン)の誘導体(錯体)の1つ。BEDT-TTF誘導体には導電性や超伝導を示すものがあります。

(論文)
"An organic thyristor"(日本語訳:有機サイリスタ)
F. Sawano, I. Terasaki, H. Mori, T. Mori, M. Watanabe, N. Ikeda, Y. Nogami and Y. Noda
Nature 437, 522-524 (22 September 2005)

研究グループは、寺崎教授をリーダーとする澤野文章(早稲田大学理工学部大学院生)、池田直(高輝度光科学研究センター主幹研究員)、野上由夫(岡山大学理学研究科教授)、森初果(東京大学物性研究所助教授)、森健彦(東京工業大学理工学研究科助教授)、渡邉真史(東北大学多元物質科学研究所助手)、野田幸男(同教授)らで構成されています。常温で導電性を示すθ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 の単結晶(図1)の物性研究として極低温特性を調べた結果、液体ヘリウムで冷却すると直流電流を交流電流に変換する現象を確認しました。
 また、その原因について検討し、この特異な特性変化は、結晶中の電子の秩序配列(電荷秩序)状態が電流によって融解することに起源があることを発見しました。電荷秩序は電子が凍った状態といえ、電流が流れなければ電子は低温で凍って動けないことになります。ところが、電流が流れると凍った状態の電子が溶けはじめ、急速に電気が流れるようになります。これが、サイリスタと同じ電流−電圧特性の原因になっています。この現象は、大型放射光施設(SPring-8)単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)での放射光を利用した回折実験によって、電流中での電荷秩序の融解現象を観測することで明らかにしました(*)
 電荷状態の融解現象は、物理学的には本質的な非平衡現象といえます。非平衡現象の1つに、冬の寒い日に池の水は凍るのに川の水は凍らない現象があります。この現象は、現代物理学でも十分説明できていません。今回の発見は、その電子バージョンである可能性もあります。その解明が進めば、非平衡の物理学の進展にも大きく貢献すると思われます。

 サイリスタは、電源の安定化と省エネ効果などを目的としたインバータ回路に必要な電子素子で、クーラーや冷蔵庫などに広く使われています。しかし、従来のサイリスタは、半導体のpn接合の電気特性を利用した素子であり、半導体テクノロジーを用いて単結晶を微細加工して作製しています。
 それに対して、今回発見された有機サイリスタ物質は、単結晶それ自体がサイリスタと同じ電流−電圧特性を持つため、こうした製作工程を不要にできる可能性があります。ただし、この現象は液体ヘリウム温度という極低温で現れるものであり、超伝導などと同じように室温では動作しませんから、直ちに有機サイリスタ実用化に結びつくものではありません。しかし、有機化合物がエレクトロニクス材料として大きな可能性をもっていることが裏付けられたといえます。

 なお、本研究は、日本学術振興会の21世紀COEプログラム、科学研究費補助金特定領域研究および基盤研究、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業の補助を受けて行いました。


<参考資料>

図1 有機導電体θ-(BEDT-TTF)<sub>2</sub>CsCo(SCN)<sub>4</sub> の単結晶
図1 有機導電体θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 の単結晶

 


<解説>

    (*)有機伝導体の解析方法について
     有機導電体θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 の単結晶が示す特異な電流−電圧特性は、電荷秩序の融解現象が起源となっています。これは高輝度光科学研究センターの池田直主幹研究員らによるX線回折実験によって明らかになりました。この現象を調べるためには、非常に小さい試料に電流を流し、同時に散漫散乱と言う弱い信号を検出しますが、従来のX線回折方法では測定が困難でした。このため池田直主幹研究員らは、電流印加条件下でも低温の回折実験が行える、大型放射光施設(SPring-8)単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)で、放射光を用いた電流中の散漫散乱測定実験を行いました。その結果、この物質に見られる電荷秩序(電子が止まり秩序配列する状態)の存在を示す散漫散乱信号が、電流の増加とともに減少することを確かめました。これは、この物質の特異な電流−電圧特性の発生に対応しており、有機導電体θ-(BEDT-TTF)2CsCo(SCN)4 のサイリスタ動作に伴う電荷秩序の融解現象を明らかにしたといえます。


 

<本研究に関する問い合わせ先>
早稲田大学理工学部
応用物理学科  教授 寺崎 一郎
〒169−8555 東京都新宿区大久保3−4−1
(財)高輝度光科学研究センター
   利用研究促進部門  主幹研究員 池田 直
〒689−5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1−1−1

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
   広報室  原 雅弘
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786
E-mail:hara@spring8.or.jp