大型放射光施設 SPring-8

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タンパク質とRNAが協調して基質に適合するポケットをかたちづくる - グルタミルtRNA合成酵素によるtRNAに依存したアミノ酸認識のメカニズム - (プレスリリース)

公開日
2006年12月13日
  • BL41XU(構造生物学I)
  • BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
タンパク質合成において重要な役割を果たす酵素の一種(グルタミルtRNA合成酵素)は、RNAと会合することによってはじめて基質(=アミノ酸)を特異的に認識し、他の類似の基質と識別できるようになることが知られています。東京大学は理化学研究所と共同で、SPring-8の放射光を用いたX線結晶構造解析によって、RNAとタンパク質が協調してはじめて基質にあうポケット(鍵穴)ができ、基質(鍵)を特異的に認識できるようになるということを証明しました。

平成18年12月13日
東京大学
独立行政法人理化学研究所

 タンパク質合成において重要な役割を果たす酵素の一種(グルタミルtRNA合成酵素)は、RNAと会合することによってはじめて基質(=アミノ酸)を特異的に認識し、他の類似の基質と識別できるようになることが知られています。東京大学は理化学研究所と共同で、X線結晶構造解析によってこの仕組みを明らかにしました。すなわち、RNAとタンパク質が協調してはじめて基質にあうポケット(鍵穴)ができ、基質(鍵)を特異的に認識できるようになるということを証明しました。この研究は、文部科学省で推進している「タンパク3000プロジェクト」の成果のひとつです。
本研究成果は、Structure誌2006年12月13日号に掲載されます。

(論文)
"Structural Bases of Transfer RNA-Dependent Amino Acid Recognition and Activation by Glutamyl-tRNA Synthetase"
Shun-ichi Sekine, Mika Shichiri, Stéphane Bernier, Robert Chênevert, Jacques Lapointe, and Shigeyuki Yokoyama
Structure, Vol 14, 1791-1799, December 13, 2006

1. 研究の背景・目的
 生命活動で主要な役割を演じているタンパク質は、20種類のアミノ酸が連なってできており、遺伝子の情報に基づいて合成されます。DNAの塩基配列に対応して順序よくアミノ酸をつなげていくこのプロセスを遺伝暗号の翻訳1)といいますが、翻訳では転移RNA (tRNA)とよばれるRNA2)の一種が重要なはたらきをしています。tRNAはその末端にアミノ酸を結合し、塩基の配列をアミノ酸の配列に変換する橋渡しの役割をするRNA分子です。翻訳が正常に行われるためには、20種類のアミノ酸の各々が、そのアミノ酸専用のtRNAと正しく結びついていなければなりません。それを実現しているのが「アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)」とよばれる20種類の酵素です。各々のaaRSがひとつのアミノ酸を担当しており、適切なアミノ酸とtRNAのペアを高い精度で選び出して結合させます。遺伝暗号の正確な翻訳、つまり正常なタンパク質合成は、aaRSによるアミノ酸とtRNAの厳密な対応づけに大きく依存しているのです。
 生命活動の基礎であるタンパク質合成を支えているaaRSは、生命の歴史上最も古くから存在しているタンパク質と考えられていますが、事実いくつかのaaRSには原始的ともいえる特徴がみられます。20種類のaaRSのうち、グルタミン酸3)に対応する合成酵素を「グルタミルtRNA合成酵素(GluRS)」とよびます。GluRSはグルタミン酸を厳密に認識し、専用のtRNAに結合させる反応を触媒します。興味深いことに、GluRSはタンパク質単独では触媒能力を示しません。また、アミノ酸の識別能力がなく、不都合なことにグルタミン酸以外の類似のアミノ酸とも会合してしまいます(図1左)。ところが、GluRSはtRNAと会合することによって活性型となり、厳密にグルタミン酸だけを認識できるようになることが知られていました(図1右)。このことから、tRNAは単に基質としてだけでなく、GluRSと会合することによってタンパク質の構造を変化させる活性化因子としても働き、厳密なアミノ酸認識を可能にしているのではないかという仮説が提唱されました。別の表現をすると、GluRSとtRNAはタンパク質-RNA複合体となってはじめて機能する一種のリボ核タンパク質(RNP)4)と見なすことができます。しかしながら、このRNAに依存したアミノ酸認識のメカニズム(RNAと会合するとGluRSに何が起こるのか、RNAは何をしているのか)は今日にいたるまで明らかにされていませんでした。

2. 研究手法と成果
 研究グループはこれまでに、GluRSやGluRS-tRNA複合体のX線結晶構造解析を行い、立体構造を明らかにしてきました (Science 1995, Nature Struct. Biol. 2001, EMBO J. 2003)。今回の研究ではそれを発展させ、GluRS(タンパク質単独)とGluRS-tRNA複合体(タンパク質-RNA複合体)それぞれについて大型放射光施設(SPring-8)構造生物学IビームラインBL41XUおよび生体超分子複合体構造解析ビームラインBL44XUの放射光を利用して結晶解析を行い、三次元構造をもとにアミノ酸の会合の仕方の違いについて詳細に比較しました(図2A,B)。その結果、アミノ酸の会合の仕方はtRNAの有無によって本質的に異なることが明らかになりました。
 GluRS-tRNA複合体では、かたち、大きさ、電荷分布の点でグルタミン酸を収容するのに最適な結合ポケットが形成されていました(図2D)。詳細な比較から、RNAに依存したアミノ酸認識のメカニズムが明らかになりました。(1) RNAの結合によってGluRS(タンパク質)に構造変化が引き起こされ、結合ポケットの再配置が行われます。そして驚くべきことに、(2) RNAの一部が直接グルタミン酸の認識に関わっており、タンパク質と協調して特異的な結合ポケットをかたちづくっていました。一方、GluRS単独では、グルタミン酸を結合するポケットは不完全で、グルタミン酸によく適合しません(図2C)。このことはまた、GluRSがtRNA非存在下でグルタミン酸以外のアミノ酸とも会合してしまう理由となっています。tRNAと会合すると、グルタミン酸に特異的なポケットが形成されるため、グルタミン酸との親和性は上昇し、逆にそれ以外の不適切なアミノ酸との親和性は失われることになります。したがって、RNAとタンパク質が一体となることによってはじめて特異的なアミノ酸認識が達成され、アミノ酸とtRNAの正確な対応づけが可能になるメカニズムが理解されました。

3. まとめと展望
 翻訳(タンパク質合成)に関与している生体分子にはタンパク質-RNA複合体として機能するものが多くみられます。本研究の成果は、aaRSによる厳密な基質認識機構を解明し、遺伝暗号翻訳のメカニズムの一端を明らかにしただけでなく、タンパク質とRNAが協調的にはたらくようすを原子レベルの構造から説明した重要なモデルケースとしての意味をもっています。GluRSのように機能の一部をRNAに依存しているaaRSは、GluRSを含めて3種類しかありません。これは生命の起源においてRNA(ないしRNP)がタンパク質合成の主役をつとめていたことの痕跡ととらえることもでき、RNA(やRNP)から多彩な機能をもったタンパク質へと分子の役割が移り変わってきた道筋を考えるうえでも重要な知見となるでしょう。
 また、本研究で明らかにした立体構造は創薬や生物工学などへの応用が可能です。GluRSによる基質認識機構や反応機構に基づき、活性部位を塞ぐような化合物を設計すれば、細菌をターゲットにした新規の抗生物質の創製につながる可能性もあります。


<参考資料>

図1 GluRSによるアミノ酸の認識はtRNAに依存している。
図1 GluRSによるアミノ酸の認識はtRNAに依存している。

 


 

図2 GluRS(タンパク質)とGluRS-tRNA複合体の立体構造。
図2 GluRS(タンパク質)とGluRS-tRNA複合体の立体構造。

(A) GluRS(タンパク質)と(B) GluRS-tRNA複合体の立体構造。(C)アミノ酸結合部位のクローズアップ。グルタミン酸(黄色)を結合するポケットは不完全で、グルタミン酸によく適合しない。(D)一方GluRS-tRNA複合体ではグルタミン酸(緑色)に相補的な結合ポケットが形成されている。RNAの結合によってポケットを構成するアミノ酸残基(青色)の再配置が行われ、またRNAの一部(ピンク)が直接ポケットの形成に参加している。

 



<用語解説>

1) 翻訳(translation)
 遺伝情報はDNAに遺伝暗号というかたちで蓄積されている。DNAを構成する4種類の塩基の並び(=配列)はタンパク質を構成する20種類のアミノ酸の配列を指定している。このDNAという設計図(正確にはDNAの配列を写し取ったmRNA)に従って、アミノ酸が決められた順序で次々と結びつけられ、タンパク質が合成される。

2) RNA(ribonucleic acid)
 DNAの類似分子で、DNA同様4種類の塩基の並びによって構成されている。細胞内ではDNAの塩基配列を写し取って合成(転写)され、タンパク質合成などさまざまな用途にもちいられている。一部のウイルスではDNAの代わりにRNAが遺伝物質としてもちいられている。可塑性が高く、そのため酵素活性をもつものもある。遺伝物質として、また酵素として機能できるRNAの性質から、太古にはRNAのみで完結する自己複製系が存在し、現在の生命はそこに起源を発しているとする仮説(RNAの世界仮説)が提唱された。この系にタンパク質が加わり、RNAが担ってきた機能を置きかえることによって現存する生命が誕生したとされる。

3) グルタミン酸(glutamic acid)
 タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のひとつで、酸性極性アミノ酸に分類される。生体内で他のアミノ酸(グルタミン、アルギニン、プロリン)を合成するための原料としてもちいられており、最も基本的なアミノ酸のひとつ。動物では神経伝達物質としても使用されている。

4) リボ核タンパク質(ribonucleoprotein, RNP)
 RNAと強く結びついたタンパク質複合体。タンパク質合成やRNAの成熟など、生体内の重要なプロセスに幅広く関わっている。


<本件に関する問い合わせ先>

東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 講師
独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター
 タンパク質構造・機能研究グループ  客員研究員
  関根 俊一
  Tel:03-5841-4391/Fax:03-5841-8057

東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授
独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター
 タンパク質構造・機能研究グループ プロジェクトディレクター
  横山 茂之
  Tel:03-5841-4392 / 045-503-9196

<SPring-8についての問い合わせ先>

財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
 Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786
 E-mail: kouhou@spring8.or.jp