大型放射光施設 SPring-8

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ナノチューブの中でナノ物質の合成に成功 - 新ナノテク材料を生み出す反応炉としての実用への一歩 -(プレスリリース)

公開日
2008年07月31日
  • BL25SU(軟X線固体分光)
名古屋大学は、高輝度光科学研究センター等と共同で、ナノ物質を合成するための反応炉としてカーボンナノチューブを利用する全く新しい方法によって、実際に新規ナノワイヤを創製することに成功しました。

平成20年7月31日
国立大学法人名古屋大学
財団法人高輝度光科学研究センター

 名古屋大学(総長 平野眞一)は、高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)等と共同で、ナノ物質を合成するための反応炉としてカーボンナノチューブ※1を利用する全く新しい方法によって、実際に新規ナノワイヤを創製することに成功しました。
 カーボンナノチューブのなかに別の物質を封じ込めた例はこれまでにもありますが、本研究ではナノチューブのなかで化学反応を行い、原料物質とは異なる新しい物質に変えてしまう新しいナノスケール合成法の実現に成功しました。今回のブレークスルーは、カーボンナノチューブが熱的・化学的に極めて丈夫に出来ていることに着目し、ナノチューブを容器とした、ナノスケール制御した材料合成の可能性を実証した点にあります。
 合成に成功した物質は、塩化エルビウム(ErCl3)がナノチューブ内に一列に整然と並んでいる化合物ナノワイヤで、太さは約2ナノメートルです。エルビウム原子は隣り合う塩素原子を共有した格好で結合しており、単にエルビウム原子が整列しただけでなく金属錯体ナノワイヤ構造になっていることが大きな特徴です。このような形態のナノ物質は、通常の方法では合成不可能です。合成したナノ構造物質が、目的とした構造・機能を発現しているかどうかを評価するため、高度計測技術である大型放射光施設SPring-8※2の1400電子ボルトの高輝度軟X線によって極高感度分光測定を行い、ナノワイヤ中のエルビウムイオンの化学状態が塩化エルビウム中にある状態と等価な3価イオンであることを明らかにしました。この分析結果によってデザインした通りの物質が合成されていることが証明されました。
 この新しいナノスケール制御合成法により、金属錯体ナノワイヤを作り出すことが可能となるだけでなく、様々なデバイスのナノ抵抗やナノ配線の開発が可能となります。それにより、ナノワイヤの新機能材料開発の多様性が拡がり、ナノテクテクノロジー分野のナノワイヤ高機能デバイスの開発研究の促進・加速につながる成果といえます。
 本研究成果は、名古屋大学の篠原久典 教授、北浦良 助教、高輝度光科学研究センターの中村哲也 主幹研究員、独立行政法人産業技術総合研究所の斎藤毅 研究チーム長らのグループの共同研究によるもので「Nano Research」に掲載されます。掲載はオンライン版に7月末、紙面8月号に8月初旬掲載される予定です。

(論文)
"High yield synthesis and characterization of the structural and magnetic properties of crystalline ErCl3 nanowires in single-walled carbon nanotube templates"
Ryo Kitaura, Daisuke Ogawa, keita Kobayashi, Takeshi Saito, Satoshi Ohshima, Tetsuya Nakamura, Hirofumi Yoshikawa, Kunio Awaga and Hisanori Shinohara
Nano Research, published online 31 July 2008

 

《研究の背景》
 カーボンナノチューブは、グラフェンシート※3を円筒状に巻き上げたナノ構造体であり、直径が0.4~数10ナノメートル(1ナノメートルは10億分1メートルに相当)のトンネル状の空間を持っています。壁であるグラフェンシートは強固な炭素-炭素結合で成り立っているため、熱的・化学的に極めて安定、つまり高温や強酸あるいは強塩基など過酷な雰囲気でも壊れない丈夫なナノサイズの空間です。本研究では、この空間を新しいナノ物質を生み出す反応炉として着目し、従来のリソグラフィやレーザー蒸発法などのように大掛かりな設備を用いず簡便な手法でさまざまなナノ構造、とくにナノワイヤを作り出すことを目的としました。

《今回の研究と成果》
 今回、改良直噴熱分解合成法※4を用いて極めて純度・品質の高いカーボンナノチューブを合成し、ErCl3と混合してから高真空・高温で保持するという簡便な手法によって、カーボンナノチューブの中に太さが2ナノメートルのErCl3ナノワイヤを高効率に創製することに成功しました。高分解能透過型電子顕微鏡を用いた観察によって、カーボンナノチューブナノ反応炉の中に収率90%以上でErCl3ナノワイヤの合成に成功したことが明らかとなりました。また、新たに開発したシミュレイテッドアニーリング法とマルチスライス法※5に基づいた構造解析手法を適用し、その構造決定に成功しました(図1)。その結果、通常のナノワイヤでは取りえない大変美しい立体構造を持っていることが明らかになりました。さらに、SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)において軟X線を用いた吸収分光分析を行い、ErCl3ナノワイヤ中のErの吸収スペクトルがEr酸化物と同じである、つまり価数が+3価であることを特定しました(図2)。これは、ナノワイヤ合成過程においてEr原子の電子状態に変化が無い、つまりナノチューブの壁とEr原子が電子授受を伴う反応をしていないことを示しており、安定なナノ空間を用いたナノ反応炉というナノチューブの新しい可能性を実証しました。この分析では、軟X線としては比較的エネルギーの高い1400電子ボルトの放射光を必要としており、高感度分析のためにはSPring-8でなければ実現が困難でした。

《今後の発展》
 この研究で提案したナノチューブ反応炉を用いれば、これまで通常の合成法では困難なナノ物質、とくにさまざまな組成・構造をもつ化合物ナノワイヤを容易に系統的に作り出すことが可能となります。今後、これらさまざまなナノワイヤの構造と性質を詳細に調べることで、低次元ナノ構造に由来するさまざまな物性の理解を深めることと同時に、それらのナノ配線、ナノ抵抗などナノエレクトロニクス応用へ展開することが期待されます。

 ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費 学術創成研究費の補助を受け、SPring-8の利用研究課題2007B1732で行われました。

《参考資料》

 

図1 合成したErCl3ナノワイヤの構造図 図1 合成したErCl3ナノワイヤの構造図

 

 

図2 BL25SUで測定した軟X線吸収スペクトル 図2 BL25SUで測定した軟X線吸収スペクトル
赤:Er酸化物、青:ナノワイヤ

 

《用語解説》

※1  カーボンナノチューブ
 飯島澄男博士が1991年に発見した炭素でできた直径0.4~50ナノメートルの円筒構造を持つ物質。グラフェンシートを円筒状に巻き上げた構造をもち、層の数が1枚のものを単層カーボンナノチューブと呼びます。その幾何学的構造(シートの巻き上げ方)によって、金属あるいは半導体の性質を示します。

※2  大型放射光施設SPring-8
 独立行政法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光(シンクロトロン放射光)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。 SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われています。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万4,000人以上の研究者が利用しています。

※3  グラフェンシート
 炭素によって作られる2次元6員環ネットワーク構造。これが多数枚重なったものをグラファイトと呼ぶ。

グラフェンシートとグラファイトの模式図
グラフェンシートの模式図(ボールが炭素原子を表す)
グラファイトの模式図

 

※4  改良直噴熱分解合成法
 直噴熱分解合成法を改良し、生成するナノチューブの品質と触媒利用効率を大幅に改善したもの。直噴熱分解合成法とは、化学気相成長法(CVD法)によるナノチューブ合成法の一つで、触媒や反応促進剤を含む含炭素原料をスプレー等で霧状にして高温の加熱炉に導入し、流動する気相中でナノチューブを合成する方法。この方法は、スケールアップが比較的容易でありまた連続運転が可能であることから量産化に適した方法です。

※5  シミュレイテッドアニーリング法とマルチスライス法
 シミュレイテッドアニーリング法(焼きなまし法)は、金属工学における焼きなまし(熱したのち徐冷する操作)にヒントを得て考案された大域的最適化問題を解くためのアルゴリズムです。本報告では、ナノワイヤの最安定構造を探索するのに用いました。
 また、マルチスライス法とは、物体に電子線が入射したときの透過波および回折波の強度を計算する手法の一つ。物体を表面に平行で充分薄いスライスがたくさん積み重なったものとみなし、入射した電子が各スライスで順次散乱され位相変化を受けると考えて透過波および回折波の強度を計算します。


 

(問い合わせ先)
(研究内容に関すること)
 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)
  北浦良 助教
   E-mail: メールアドレス
   Tel:052-789-2477/Fax:052-747-6442

 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)
  篠原久典 教授
   E-mail: メールアドレス
   Tel:052-789-2477/Fax:052-747-6442

(SPring-8の分析に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
  中村哲也 主幹研究員 
   E-mail: メールアドレス
   Tel:0791-58-0802、アナウンスの後3244 / Fax: 0791-58-0802

(SPring-8全般に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
   E-mail:kouhou@spring8.or.jp
   Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786