大型放射光施設 SPring-8

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世界で初めて酸化物人工格子の界面中に潜む微弱なチタンの磁性を検出-今後のデバイス素材開発に大いに貢献する可能性-(プレスリリース)

公開日
2010年09月21日
  • BL25SU(軟X線固体分光)
高輝度光科学研究センターは、スペインのコンプルテンス大学などと共同で、ペロブスカイト構造を有するマンガン(Mn)酸化物とチタン(Ti)酸化物を数原子層ずつ交互に積層させた人工格子薄膜において、薄膜全体として有する強磁性に埋もれた界面近傍のわずか2原子層のチタンイオンが生成する磁気秩序の様子を世界で初めて明らかにし、また、その制御が可能なことを見出しました。

平成22年9月21日
財団法人 高輝度光科学研究センター

 高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 白川哲久)は、スペインのコンプルテンス大学などと共同で、ペロブスカイト構造※1を有するマンガン(Mn)酸化物とチタン(Ti)酸化物を数原子層ずつ交互に積層させた人工格子薄膜において、薄膜全体として有する強磁性に埋もれた界面近傍のわずか2原子層のチタンイオンが生成する磁気秩序の様子を世界で初めて明らかにし、また、その制御が可能なことを見出しました。

 このような人工格子薄膜では、格子間隔が異種物質間で異なるため、お互いを歪ませる効果があります。この歪みなどが電子やスピンにも影響して、これまで得られなかった新しい電気的・磁気的性質が次々と見つかっています。これらの性質を応用すれば、これまでのデバイスに比べ記録できる情報量が格段に増加するため、世界的な競争が繰り広げられています。Tiは一般に磁性を持ちにくい元素ですが、ペロブスカイト中のTiイオンは磁性をもつ可能性があり情報量に寄与することが理論的にも予想されてきました。しかし、この薄膜は強い磁性元素であるMnイオンを含んでいるため、Tiイオンの磁性が隠されてしまい、従来の実験手法ではTiイオンの状態を知ることができませんでした。

 今回、研究グループは特定元素を選択してその磁性を高感度に検出可能な大型放射光施設SPring-8※2の「軟X線磁気円二色性測定技術」を用いて、TiとMnの磁性を個別に調べることを試み、その結果、理論的に予言されたTiイオンの強磁性を検出することに成功しました。今回の成果はTiイオンの磁性の発見に止まらず、さらに、マンガン酸化物の層数を変化させるだけで、TiイオンとMnイオンの磁気結合の向きを反転させることができること、つまりTiイオンの磁性を選択的に制御可能なことも発見しました。

 今回の発見は、ペロブスカイト酸化物人工格子のミクロな磁性が制御可能となったため、異なる2つの磁気状態をそれぞれ新たな信号として活用することを可能にした成果です。高感度TMR(トンネル磁気抵抗)素子や電場によるスピン制御を利用するデバイスなど次世代デバイス開発がさらに進展するものと期待できます。

 本成果は、コンプルテンス大学のJ.G.Barriocanal氏、F.Y.Bruno氏、A.Rivera-Calzada氏、C.Leon氏、J.Santamaria氏、ESRFのJ.C.Cezar氏、P.Thakur氏、N.B.Brooks氏、ブリストル大学のC.Utfeld氏、S.B.Dugdale氏、ラザフォード・アップルトン研究所のS.R.Giblin氏、J.W. Taylor氏、ワーリック大学のJ.A.Duffy氏、JASRI中村哲也(主幹研究員)、児玉謙司(協力研究員:現在、奈良工業高等専門学校・助教)、オークリッジ国立研究所のS.Okamoto氏の共同で得られたもので英国の科学雑誌「Nature Communications」オンライン版(2010年9月21日付)に掲載されます。

(論文)
"Spin and orbital Ti magnetism at LaMnO3 / SrTiO3 interfaces"
(日本語訳:LaMnO3 / SrTiO3界面におけるTiのスピン磁性と軌道磁性)
J. Garcia-Barriocanal, J.C. Cezar, F.Y. Bruno, P. Thakur, N.B. Brookes, C. Utfeld, A. Rivera-Calzada, S.R. Giblin, J.W. Taylor, J.A. Duffy, S.B. Dugdale, T. Nakamura, K. Kodama, C. Leon, S. Okamoto & J. Santamaria
Nature Communications 1, Article number:82 (2010), published online 21 September 2010

《研究の背景》
 人工格子は、真空蒸着法などの技術を用いて2種類以上の異なる物質を原子層レベルで積層した材料です。上にある物質の層は、下にある物質の原子配列に倣うように成長させるため、基板から最上層の物質までが1つの結晶になったように見えます。そのため、基板や積層する物質は、異種物質でありながらも原子配列や間隔が互いに近い方が作製上有利です。歴史的には金属や合金を積み重ねるタイプの人工格子が長く研究されましたが、最近は「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶型をもつ酸化物が注目されるようになりました。その理由は、一連のペロブスカイト酸化物がもつ豊富な物質機能にあります。構成元素の組み合わせや組成を変えると結晶構造の型を維持しつつ、電気伝導や磁性の有無、高温超伝導、半金属性、軌道秩序など、将来のデバイスを設計する上で非常に重要な特性を豊富に示すことが知られています。まさに物質機能の宝庫といえます。これらの物質は互いに性質は違ってもペロブスカイトという同一の結晶格子をもっていますので、人工格子を構成することが可能となります。ここで重要なのは性質の異なるペロブスカイト酸化物を交互に積み上げて人工格子をつくると、その接合界面のわずか数原子層では全く新しい物質が出来あがり、その界面新物質が上下層の物性にも影響を及ぼします。つまり膜全体に新しい物質機能が備わることになります。したがって、ペロブスカイト酸化物人工格子の創製と新奇物性の探索の研究は物質研究のフロンティアとなっており世界的に激しい競争が繰り広げられています。

《研究内容と成果》
 様々なペロブスカイト酸化物人工格子が研究されるなかで、私達はLaMnO3 (LMO)とSrTiO3 (STO)を交互に8回積層させた図1の模式図に示す人工格子に着目しました。LMO層はランタン(La)イオンとマンガン(Mn)イオンを含む層の部分、また、STO層はストロンチウム(Sr)イオンとチタン(Ti)イオンを含む部分に相当します。研究のポイントは、LMO層に接触する界面のTi原子層の磁性です。物質内部(バルク)STOの価数構成は、Sr2+, Ti4+, O2- の状態でバランスしており、Tiは4価の状態をとるので、磁性の起源となる3d電子を持ちません。しかし、2価であるSrの代わりに3価のLaを用いたLaTiO3ではTiイオンに3d電子が供給され、強磁性になる可能性が理論的に予測されています。しかし、実験上ではバルクのLaTiO3における強磁性は確認されていません。

 実は、本研究の人工格子(LMO/STO)界面においても、LMOのLaイオンからSTOのTiイオンに電子が移動(電荷移動)する構図が出来ています。そこで、このTiイオンの磁性を調査するため、SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)において、軟X線磁気円二色性(XMCD) 実験を行いました。XMCDは、X線による磁気光学効果の一つで、左回り円偏光X線と右回り円偏光X線が試料の磁性体で吸収される際に、その吸収量に差が生じる現象です。XMCD (吸収量の差)は、元素固有の波長(吸収端)で観測されるため、元素毎の磁性の情報が得られます。しかも、単原子層の磁性を検出できるほど高感度であることも大きな特徴です。

本研究ではXMCD実験によって次の(1)~(3)の事実が明らかとなりました。

(1) Tiの軟X線吸収スペクトル解析により、LMOに接するTiイオンにはLMO側から電子が流れ込み、Tiが磁性の起源となる3d電子を持つようになることを突き止めました。

(2) LMOに接するTiイオンには明瞭なXMCD信号が観測され、ペロブスカイト構造中のTiイオンが強磁性をもつことを実験的に証明しました(図2参照)。

(3) LMO層厚の異なる2種類の試料 LMO3/STO2とLMO17/STO2では、TiイオンとMnイオンの磁気モーメントの結合方向が反転する現象を見いだしました(図1参照)。

《今後の展開》
 LMO/STOの界面において理論的予言に整合するかたちでTiイオンの強磁性が証明されたことは、目的の機能を発現するためにマテリアルデザインを理論的に行い、実際に材料創製する道筋が1つ検証できたことになります。ペロブスカイト酸化物人工格子には個々のバルク状態で多様な物性が備わっていますので、デバイス応用の観点からも、その人工格子が発現する機能は無限大の可能性を秘めています。現実的な可能性としては、高感度TMR素子や電場によるスピン制御を利用するデバイスなどに応用されていくと考えられます。

 新しい特性が発見された場合、それが何故発現したのかを解明すると次の物質設計に有効に活かすことができます。特に異種物質が接合する界面の様子を知ることが物性を理解するための鍵となります。しかし、界面として見なせるのは高々数原子層で、しかも、膜の内部に埋もれて存在する界面だけの性質を選択的に抽出して調べることは容易ではありません。本研究成果で示したように、放射光は従来の手法で見えなかった「界面」に直接メスを入れる非常に強力な手段として本研究分野において大いに貢献していくと考えられます。


《参考資料》

図1 LaMnO3/SrTiO3人工格子の構造
図1 LaMnO3/SrTiO3人工格子の構造(見やすくするために酸素イオンは省略してある)。

界面1層分のTiイオンが磁気モーメントをもつことは本研究で初めて明らかとなった。また、LaMnO3の 層厚を17層と3層の間で変化させた場合、Tiの磁気モーメントの向きが(濃い矢印と薄い矢印が両方とも)反転することを見いだした。


図2 LMO17/STO2におけるXMCD強度の磁場依存性(測定温度は100K)。
図2 LMO17/STO2におけるXMCD強度の磁場依存性(測定温度は100K)。

元素選択的に測定された磁気ヒステリシス曲線に対応し、Tiイオン(赤)とMnイオン(黒)の磁気秩序がともに強磁性であることが明らかとなった。矢印はスピン磁気モーメントの方向を示す。


《用語解説》

※1 ペロブスカイト構造
 ABO3と表される無機酸化物の結晶構造です。Aにはアルカリ金属やアルカリ土類金属、さらに、希土類金属などが入り、Bには遷移金属が入る。SrTiO3やLaMnO3の場合には図示の格子位置をSr, Ti, O, La, Mnの各イオンが占有する。

ペロブスカイト構造

※2 大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。



《問い合わせ先》
 中村 哲也(なかむら てつや)
 財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主幹研究員
  TEL:0791-58-0802 内線3244、FAX:0791-58-1812
  E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp