大型放射光施設 SPring-8

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性質の異なる磁性体の接合界面に在る“傾くスピン”の可視化に成功 ‐磁気デバイスの大容量化・小型化を加速‐(プレスリリース)

公開日
2012年08月07日
  • BL25SU(軟X線固体分光)

2012年8月7日
国立大学法人 大阪大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

 大阪大学 白土優講師、高輝度光科学研究センター(以下、JASRI)中村哲也主幹研究員らの研究チームは、ハードディスクドライブの情報読み出し等に用いられている強磁性体/反強磁性体界面での強い磁気結合の微視的な起源を明らかにすることに成功しました。異なる性質をもつ磁性体※1を接合させると、その接合界面では、強磁性体、あるいは反強磁性体単独の場合とは異なる新しい磁性が生じます。この現象は交換磁気異方性※2と呼ばれており、ハードディスクドライブの情報読み出しや自動車の角速度(旋回速度)センサー、磁気ランダムアクセスメモリなどのスピンエレクトロニクス※3デバイスにこの特性が利用されています。こうして実用化されているにもかかわらず、交換磁気異方性は、1950年代中ごろに発見された後、この効果がどのようにして得られるか、そのメカニズムについて、約60年間論争が続いています。研究グループでは、大型放射光施設SPring-8※4軟X線磁気円二色性※5測定を用いて、微小な反強磁性スピンシグナルを検出することで、交換磁気異方性についての長年の謎とされてきた「反強磁性スピンは動くのか、動かないのか」について、「反強磁性スピンは、少し傾くだけで完全に反転することはない」とする明確な解答を得ました。この反強磁性スピンの傾きによって生じるスピンのねじれ構造は、反強磁性体をどこまで薄くできるかなど、デバイスの大容量化と小型化に関わる重要なパラメータになります。つまり、この成果を上手く利用することで、反強磁性スピンの「ねじれ」を利用した未来の電子デバイスの設計に役立つことが期待されます。本成果は、平成24年8月8日付米国物理系雑誌 Physical Review Lettersにオンライン掲載される予定です。

(論文)
題名:"Detection and in-situ switching of un-reversed interfacial antiferromagnetic spins in a perpendicular exchange-biased system"
日本語訳:垂直交換バイアス系における反転しない界面反強磁性スピンの検出とその場反転
著者:白土優1、納富隼人1、及川博人1、中村哲也2、鈴木基寛2、藤田敏章1、荒河一渡3、武智雄一郎1、森博太郎3、木下豊彦1、山本雅彦1、中谷亮一1
著者所属:1 大阪大学大学院工学研究科
     2 高輝度光科学研究センター
     3 大阪大学超高圧電子顕微鏡センター
掲載雑誌:Physical Review Letters 109 7 077202 (2012), published 16 August 2012
掲載日時:平成24年8月8日オンライン掲載予定

研究の背景
 異なる性質を持つ材料を接合させると、その接合界面では、単独の材料には表れない全く新しい効果が表れることがあります。このような接合界面での新しい効果は、ナノサイズや原子レベルでの材料の特性を決める重要な効果であり、現在の半導体デバイス、磁気デバイスなどの電子デバイスには無くてはならないものとなっています。接合界面での特性は、異なる元素が接合界面で手をつなぐこと(結合)によって生まれますが、異なる元素の結合が、どうして新しい効果を生み出すかについては分からないことが多く、電子デバイスに用いられる材料設計も手探りのところが多いのが現状であり、磁性薄膜分野での中心トピックスの一つであり続けています。

成果の内容
 交換磁気異方性がどうして現れるのか、その鍵を握っているのは接合界面にある反強磁性スピンであると考えられてきました。しかしながら、反強磁性体は外部に磁束を出さないため、その微小な信号を検出することが非常に困難でした。研究グループでは、反強磁性スピンからの微小信号を検出できる方法として、放射光を利用したX線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism: XMCD)という方法を用いました。この方法は、反強磁性スピンからの微小信号を強磁性体からの強い信号から選択的に分離して検出することが可能であることが大きな特徴です。XMCDは、過去にも強磁性体/反強磁性体の研究に用いられてきましたが、交換磁気異方性を担う反強磁性スピンに関する最大の謎である「交換磁気異方性が作用する場合に、反強磁性スピンは動くのか動かないのか」についての解答は得られていません。この原因は、これまでの多くの研究で対象とされてきたMn系の反強磁性体では、反強磁性スピンの方向が最少でも6つの方向を向くことができるため、反強磁性スピンの方向を特定できないことにあります(図1(a))。研究グループでは、反強磁性スピンの方向を上向き・下向きの2つの方向に限定できる強磁性Co/反強磁性Cr2O3薄膜に着目して、SPring-8の軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)においてXMCD実験を行いました(図1(b))。その結果、反強磁性を担うCrスピンは、全く動かないわけではなく、少し傾くだけで完全にひっくり返ることはないことを明らかにしました(図2)。詳しい説明は省略しますが、この研究分野の専門用語を使うと、この成果は非補償反強磁性スピンをこれまでにない強度で検出し、この非補償反強磁性スピンが完全な固着ではなく、わずかに傾くことが可能であることを明らかにしたことに対応しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
 今回の研究によって、交換磁気異方性が作用した系での反強磁性スピンの挙動が明確になりました。これは、交換磁気異方性が発見された1956年以来論争されてきた宿題に明確な解答を与える結果です。今回の研究で明らかにした反強磁性スピンの性質は、反強磁性体の中に「ねじれたスピン構造」が生じることを証明したことに対応します。この構造は、交換磁気異方性の発現には必須とされてきましたが、これまで、その存在を直接的に観測した例はありませんでした。このねじれたスピン構造を反強磁性体の中に効果的に発生させることで、より高い交換磁気異方性を発生させることができ、交換磁気異方性の大きさとねじれたスピン構造の幅はデバイスに搭載できる反強磁性体をどこまで薄くできるかを決める重要なパラメータになります。交換磁気異方性は、これからも磁気メモリなどのスピンエレクトロニクスデバイス開発に大きな役割を担うものと思われます。つまり、この結果は、次世代スピンエレクトロニクスデバイスに向けた高い交換磁気異方性を発生させるための指針として利用することができ、これまで手探り状態で続いてきた材料開発の活用指針となることが期待できます。

特記事項
 今回の研究成果は、大阪大学の白土優講師、中谷亮一教授、荒河一渡准教授(現島根大学)、森博太郎教授、JASRIの中村哲也主幹研究員、鈴木基寛主幹研究員、木下豊彦主席研究員らの共同研究による成果で、日本学術振興会 科学研究費補助金の研究費支援を受けて実施されました。


《参考資料》

図1 これまで用いられてきた反強磁性体(Mn系合金。例えばMn3Ir)と今回の研究で用いた反強磁性体の反強磁性スピン方向の違い。
図1 これまで用いられてきた反強磁性体(Mn系合金。例えばMn3Ir)と
今回の研究で用いた反強磁性体の反強磁性スピン方向の違い。

(a)に示したこれまでの反強磁性体では、反強磁性スピンの方向が多数(最少で6方向)あるため、個々の反強磁性スピン方向を特定することが困難だったが、(b)に示した今回の研究で用いた反強磁性体では、反強磁性スピン方向を上向き、下向きの2方向に限定できるため、反強磁性スピン方向を決定することが可能になった。


図2
図2

強磁性体と反強磁性体の接合界面にある反強磁性スピンは、これまで(a)動くのか、(b)動かないのかが最大の謎とされてきた。この謎を解明するには、反強磁性スピンの方向を高精度に決定する必要があり、図1(b)に示した反強磁性体を用いて、反強磁性スピンの方向を限定することで、(c)に示したように、反強磁性スピンは傾くがひっくり返らない、とする新しい結論を得た。接合界面の反強磁性スピンが傾く事で、反強磁性体にねじれたスピン構造が生じる。このねじれたスピン構造が、反強磁性体と強磁性体の接合界面での交換磁気異方性の鍵を握っており、今後のスピンエレクトロニクスデバイスでは、「スピンのねじれ」を効果的に発生出来る反強磁性体を開発することで、高い交換磁気異方性を生み出すことができる。


《用語解説》
*1 強磁性体と反強磁性体

強磁性体とは磁石につく性質をもった磁性体のことを指す。またそれ自身で磁石になりやすい性質も持つ。強磁性体の中では磁化(電子のスピン)が同じ方向を向こうとする性質をもつ。それに対して、反強磁性体の中では、隣り合う電子のスピンは互いに反対方向に向こうとする性質をもつ。このため、反強磁性体は、外部に磁束を発生しないため磁石につく性質をもたない。

*2 交換磁気異方性
反強磁性体は、単体では磁石にはならないが、強磁性体と接合することで強磁性体の磁気的な性質を大きく変化させる。通常、強磁性体が単独にある場合は、磁化の方向(N極とS極の方向)は、磁界の方向に追随する。方位磁石が常に同じ方角を指すことを想像すると分かりやすい。しかし、反強磁性体と接合された強磁性体の磁化方向は、反強磁性スピン方向によって決まる特定の方向に固定され、弱い磁界では磁界方向に追随しなくなる。ハードディスクドライブや磁気ランダムアクセスメモリの情報読み出しは、この効果を利用して行われている。

*3 スピンエレクトロニクス
20世紀のエレクトロニクスは、半導体中での電子の電荷(チャージ)のみを用いて発展した。一方、磁石の起源も電子にあり、電子のもつスピンが磁石の起源となる。すなわち、電子は電荷とともにスピンをもつ。スピンエレクトロニクスでは、半導体エレクトロニクスに用いられてきた電荷にスピンの自由度も加えて、電子の電荷とスピンを同時に活用することで、半導体デバイスの限界を超える新しい機能をもったデバイスを作製できる。

*4 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

*5 放射光を利用したX線磁気円二色性
X線は光や電波と同じく電磁波の一種であり、X線が進む方向に沿って電界と磁界の波が空間上を伝わっていく。円偏光とは、電界や磁界が螺旋状に回転しながら伝わる電磁波のことを指す。円偏光したX線が磁気をもつ物質に吸収されるときには、物質中の電子の磁気的状態によって吸収量が異なる。また、電界の回転方向が右回りか左回りかによっても吸収量が異なる。この現象を利用して磁性体を解析する方法を、X線磁気円二色性分光 (X-ray Magnetic Circular Dichroism: XMCD) 法という。



《問い合わせ先》
 大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻
  講師 白土 優(シラツチ ユウ)
    TEL:06-6879-7489
    E-mail:mail1

 公益財団法人高輝度光科学研究センター利用研究促進部門
  主幹研究員 中村 哲也(ナカムラ テツヤ)
    TEL:0791-58-0802(内線3244)
    E-mail:mail2

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
     E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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