大型放射光施設 SPring-8

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非結晶分子・粒子の構造解析を大幅に効率化する手法を提案 -X線自由電子レーザー施設SACLAの独創的な利用へ-(プレスリリース)

公開日
2013年03月13日
  • SACLA

2013年3月13日
慶應義塾大学
独立行政法人理化学研究所

本研究成果のポイント
○ 超分子複合体の構造をナノメートル分解能で可視化するための試料作製と解析方法を提案
○ 非晶質氷薄膜中に試料を埋め込むことによりX線照射率を約1万倍に向上、必要試料量を約1千分の1に効率化
○ 今後のSACLAにおける非結晶生体・材料粒子構造研究の加速的進展に期待

 慶應義塾大学(塾長 清家篤)、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)は共同で、将来のX線自由電子レーザー(XFEL)※1を利用して超分子複合体の構造を高効率で解析する方法の提案を行い、大規模計算機シミュレーションを通じて実用化の可能性を検討しました。
 2012年3月、超強力なX線レーザーを供給するX線自由電子レーザー施設SACLA※2がユーザー実験を開始し、様々な基礎・応用科学分野での利用が始まっています。SACLA利用の重要な課題の一つとして、生命科学や材料科学分野において発見あるいは創生されてきた粒子や分子のうち、結晶化が極めて困難なものの構造解析が挙げられています。結晶化可能な分子の構造解析は、これまで大型放射光施設SPring-8※3で盛んに行われており、世界に誇る科学上の重要な成果が次々と生み出されるとともに、科学・産業・社会へ、裾野の広い貢献・還元がなされてきたところです。さらに、SACLAにおいて生命・材料科学分野での非結晶粒子・分子の構造解析が定常的に可能となれば、その波及は計り知れないと言われています。
 XFELを用いた非結晶分子・粒子の構造解析にはコヒーレントX線回折イメージング法※4を用いることが想定されています。しかし、同法は検討すべき要素も多く、XFELでの利用となると、その実験・解析方法の固い土台が確立されていません。これまでに、ミクロンサイズの液滴を粒子や分子などの試料コンテナとして真空中でXFELパルスに衝突させ、構造解析データを収集する実験・解析方法が提案されてきました。しかし、この衝突効率は非常に低いと想定されるため、大量に試料を準備しなければならない等、実験効率が低く、また、データにノイズが入りやすいなどの課題があります。
 今回、研究グループは、非晶質氷薄膜中に試料生体分子・粒子を高数密度で散布して埋め込む試料作製法を実験に採用すれば、X線照射率が100%となるため、十分な強度のX線を入射することで、前述の方法と比較して実験効率が高く、ノイズの少ない構造解析可能なデータを得ることが可能であると考えました。このアイデアが実用化可能であるかを調べるため、X線と物質内電子の相互作用を取り扱う電磁気学の基本に立ち返り、現状のX線検出器と現実的な試料作製条件等を考慮しながら、計算シミュレーションが行われました。その結果、これまでに提案されてきた液滴法に比べ、X線強度は10万分の1程度で済み、照射率は数千倍程度に向上、必要試料量は1千分の1程度となり大幅な効率化が図れることが分かりました。今回のシミュレーションは、XFELによる分子量百万を超える非結晶生体分子複合体の構造解析に向けて、今後の加速器やビームライン素子開発のマイルストーンを示したことになります。ここで提案した実験・解析方法の実用化には一定の目途が立っていることから、より強力なX線が供給されるようになれば、長年の夢であった非結晶粒子のナノメートル分解能を超えた構造解析が現実味を帯び、非結晶生体・材料粒子の構造研究を加速的に進展させる構造解析の革命につながることが期待できます。
 さらに、今回のシミュレーションでは、リアルな試料系を原子レベルで再現することが不可欠であったため、膨大な計算を必要とし、約半年の計算が必要でした。今回の手順を基盤とすれば、今後は、スーパーコンピュータ「京」やそこから派生した計算機環境を用いることで、より詳細な実験計画立案やデータ解析が迅速に行えます。そのため、この研究は、我が国が誇る国家基幹技術の機動的・戦略的連携を促進するひとつの方向性を示したものと言えます。

 本研究成果は、慶應義塾大学と理化学研究所の包括的連携協定(平成20年締結)のもと、慶應義塾大学理工学部物理学科の苙口友隆(おろぐち ともたか)助教(理研放射光科学総合研究センター基盤研究部客員研究員)と中迫雅由(なかさこ まさよし)教授(同客員主管研究員)により、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題及び科学研究費新学術領域研究の支援を受けて実施されました。研究成果の詳細は、米国の科学誌『Physical Review E』のオンライン版として2月20日付で公開されました。

(論文)
"Three-dimensional structure determination protocol for non-crystalline biomolecules using X-ray free-electron laser diffraction imaging"
Tomotaka Oroguchi and Masayoshi Nakasako.
Physical Review E, 2013

背 景
 1895年にドイツのヴィルヘルム・コンラート・レントゲンが、波長が原子程度の電磁波であるX線を発見しました。15年後の1910年、電子を発見したイギリスのジョセフ・ジョン・トムソンは、電磁波X線が、その電場によって電子を周期的に揺さぶると、それと同じ波長をもつX線が、ちょうど石を投げ入れた湖面の波紋のように、電子から放射されることを明らかにしました。しかし、電子がX線を放射する力は、散乱断面積と呼ばれる物理量で測ると6.6x10-25 cm2と極めて弱いものでした[1]。その後、ドイツのマックス・フォン・ラウエらは、波長が0.1 nm程度のX線が物質内の電子分布、すなわち物質の構造を調べるのに適していることを実験と理論で示しました。X線入射で生じる物質中電子からの放射X線が重なり合って縞模様が観測され(干渉縞)、その模様をフーリエ解析と呼ばれる数学の原理を用いて解析すると、電子の分布が明らかになるというものです。しかし、電子のX線散乱断面積が小さいために、分子の構造を詳しく調べるには、それらが整列した結晶と強力なX線が不可欠でした。分子を規則正しく並べると、特定の方向の干渉縞が激烈に強調され、散乱断面積の小ささを補償できるのです。現在、SPring-8では、どんなに巨大な分子でも、結晶化さえ可能であれば、その構造を原子の解像度で明らかにすることができるようになってきました。一方で、結晶にならない粒子の構造はどのようにして調べたらよいのでしょうか?人類の福祉に貢献する生命科学や、国の生活・産業基盤を支える材料科学分野では、結晶にならない粒子・分子が多く知られており、その構造解析が希求されているのが現状です。
 1999年にアメリカのミャオらによって発案されたコヒーレントX線回折イメージング法(Coherent X-ray Diffraction Imaging, CXDI)は、結晶化が原理的に不可能または極めて困難な巨大分子・粒子やその集合体などの構造解析に適用できるものと期待されています[2]。同法では、情報科学の力を借りることで、干渉縞から、入射X線の方向に投影された電子密度分布を回復することができます[3]。しかし、単一の分子や粒子の散乱断面積はとても小さいので、強くて波のそろったX線を試料に入射する必要があります。この様な問題を解決するのが、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser: XFEL)からの波面のそろった超高強度X線パルスを用いるCXDI実験です。ただし、超高強度XFEL光パルスが物質に入射すると、干渉縞が生じてすぐに物質中の原子から電子が剥ぎ取られ、原子レベルでの破壊が生じるので、そのことを十分に考慮した実験方法を検討・考案する必要がありました。
 最初に考えられたのは、分子や粒子を含む数ミクロンサイズの微小溶媒液滴をコンテナにして、照射野に導入する方法です。しかし、液滴中の分子・粒子にX線をうまく当てるのはなかなか難しく、アメリカのXFEL施設LCLS(SLAC Linac Coherent Light Source)では、 有効な信号を取得できるのは数千回に1回以下と言われます。この低い照射率を補うためには、数十mLの高純度試料溶液が必要です。さらに、構造解析に無用な事象の発生を避けるために真空中での実験が不可欠ですが、液滴を真空中に入れると水が一瞬で蒸発してしまいます。材料粒子や生体分子の多くは溶媒の中で機能構造を保つものが多いので、溶媒が飛散すると壊れてしまいます。上手く壊れなかった分子構造を見ることができたとしても、電子のX線に対する散乱断面積を考慮すると、2009年のノーベル化学賞の対象となったリボソームやそのサブユニット[4]のような分子量数百万の核酸・たんぱく質複合体でさえ、干渉縞をノイズなく高い精度で観測することは極めて困難で、1020 X線光子/μm2/パルス程度のX線強度を用いたとしても、雑音の混入を考えると数十〜百万ショット、時間にして数十時間程度が必要かもしれません。限られた本数のビームライン、限られた実験時間を効率的に利用するためにも、微小溶媒液滴をコンテナにして照射野に導入する方法には、今後解決すべき課題が多くあります。

研究手法と成果
 今回、研究グループは、発想を転換し、従来から生体分子・粒子の電子顕微鏡観察で用いられてきた非晶質(アモルファス)氷薄膜中に試料の分子・粒子を高数密度で散布して埋め込む試料作製法を実験に採用することにしました。そのような試料であれば、どこにX線を照射しても試料分子・粒子への照射確率は100%となります。多数の粒子は散乱断面積の増大に貢献でき、薄い氷は粒子のコントラストを悪化させることはありません。それ故、十分な強度のX線を入射すれば、ノイズの少ない構造解析可能な干渉縞を観測できます。今回は、このアイデアが実用化できるのかを調べるために、現状のX線検出器と現実的な試料作製条件等を考慮しながら、計算機シミュレーションを行いました。
 試料として、計算機の中に約4.3億個の水分子で構成された0.5x0.5x0.05 μm3の薄氷板を大規模分子動力学計算によって作製し、その中に、分子サイズ約25 nm の50Sリボソームサブユニット229個(全原子数約2100万)を、重なりが無くその向きがバラバラになるように埋め込みました(図1)。これは、50 mg/mLの濃度に対応し、通常の生化学実験で十分に精製・濃縮可能な範囲にあります。X線回折実験に特有な幾何学的制約から[5]、今回は解像度0.8 nmでサブユニット粒子の三次元像を再生することを試みたので、解析に必要な重複しないサブユニットの向きは、およそ1800と計算され、このような試料板を8枚作成しました。
 この8枚の試料板に、入射波長0.06 nmで強度5x1016 X線光子/断面積0.5x0.5 μm2のX線ビームを入射した場合を想定しました。実際のアモルファス氷試料は今回作成した試料板よりも面積が大きいので、試料を動かしながらX線ビームを8か所に照射して干渉縞を記録するという実験を行ったことになります。
 このような条件で得られる干渉縞を、大きさ50×50 μm2の画素を2048×2048 並べた検出器で記録します。干渉縞から投影像を回復すると、入射X線に対して様々に配向した229個のサブユニットの像が含まれます。画像工学分野で利用されている多変量解析と呼ばれる方法を用いることで、8回の照射で得られた異なる向きにある1832個のサブユニット像から、三次元電子密度像を解像度0.8 nmで再構成することができました(図2)。さらにこの方法の利点として、現実の試料調整では精製度100%はありえませんが、この多変量解析を使うと、目的分子以外の構造解析に不要な分子を排除することができます。

今後の期待
 私たちが提案する方法が実用化できれば、ある程度の純度試料溶液を数十μL用意し、今回のシミュレーション非晶質氷薄膜試料を作成すれば、XFELパルス100ショット程度、時間にして1分にも満たない時間内に構造解析に必要な干渉縞を得ることができる回折パターンが取得できます。このような実験の実現に向けて、私たちはXFELX線照射実験に向けた低温試料固定照射装置”壽壱号(ことぶきいちごう)”[6]と、厚さを制御しながら非晶質氷薄膜試料を作成する湿度制御試料作製装置”宝恵駕篭四号(ほえかごよんごう)”[7]を開発してきました。また、データ処理および像回復用ソフトウエアパッケージ”四天王”[8]の開発も進んでいます。さらに、今回のシミュレーションよりも高い分解能での解析を目指して、物理数学面での理論構築を進め、また、情報工学からさらに進んだ超多変量解析の導入などを始めています。今回のようなシミュレーションは、スーパーコンピュータ「京」やそれの派生型を用いることで、大幅に時間短縮ができるので、国家基幹技術の有機的かつ機動的・戦略的な連携のスタイルとなるでしょう。
 ここで提案した実験方法と解析方法の実用化には一定の目途が立っており、SACLAの高度化がさらに進み、より強力なX線が供給できるようになれば、長年の夢であった非結晶粒子のナノメートル分解能構造解析が現実となります。これによって、非結晶生体・材料粒子の構造研究を加速的に進展させることが期待できます。

参考文献
[1] 砂川重信: 理論電磁気学 第二版 (紀伊國屋書店, 1973).
[2] Miao et al.: Nature 400, 342 (1999).
[3] 中迫ら: 放射光 26, 11 (2013).
[4] Steitz: Nature Rev. Mol. Cell Biol. 9, 242 (2008).
[5] Kodama and Nakasako: Phys. Rev. E 84, 021902 (2011).
[6] 中迫ら: レーザー研究 40, 680 (2012).
[7] Takayama and Nakasako: Rev. Sci. Instrum. 83 054301 (2012).
[8] 関口ら: 日本放射光学会 12P096 (JSR13学生発表賞, 2013)、小林ら: 日本放射光学会 12P097 (JSR13学生発表賞, 2013)


《参考図》

図1 今回提案した実験の模式図(青い領域が非晶質氷)
図1 今回提案した実験の模式図(青い領域が非晶質氷)


図2 回折パターンからの投影像回復と三次元再構成電子密度モデル
図2 回折パターンからの投影像回復と三次元再構成電子密度モデル


《用語解説》
※1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)

X線領域で発振する自由電子レーザー (Free-Electron Laser) であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。

※2 X線自由電子レーザー施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。

※3 大型放射光施設SPring-8
SPring-8はSuper Photon ring-8 GeVに由来する施設の愛称。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。SACLAとSPring-8は同じ敷地内にある。世界最高性能の放射光を発生することができ、1997年より大学、研究機関や企業等に開放された。放射光とは、光とほぼ等しい速度に加速した電子を磁石により曲げることで発生させる電磁波のこと。SPring-8では、赤外線から可視光、軟X線・硬X線に至る幅広いエネルギー領域の強力な放射光を利用できる。この放射光を利用し、原子核の基礎研究から、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用、医学応用、科学捜査まで幅広い研究が行われ、日本の先端科学・技術を支えている。

※4 コヒーレントX線回折イメージング法(CXDI:Coherent X-ray Diffraction Imaging)
干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のこと。コヒーレントX線回折パターンは、試料の原子レベルでの構造の違いにも敏感であり、これを利用して試料構造を可視化することができる。コヒーレントとは、干渉性の優れた、位相のそろった波を意味する。



《問い合わせ先》
 慶應義塾大学理工学部物理学科
  教授 中迫 雅由(なかさこ まさよし)
    TEL:045-566-1713 FAX:045-566-1672
    E-mail:mail1

(広報担当)
 慶應義塾広報室
    TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640
    E-mail:mail2

 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
    TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

(SACLAに関する問い合わせ)
 独立行政法人理化学研究所 播磨研究所 研究推進部企画課
    TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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