大型放射光施設 SPring-8

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次世代硫化物ガラス電解質の構造解明に成功 -複雑なガラス構造中のリチウムイオン伝導制御に期待-(プレスリリース)

公開日
2016年02月19日
  • BL04B2(高エネルギーX線回折)
  • BL28XU(革新型蓄電池先端科学基礎研究)

2016年2月19日
京都大学
高輝度光科学研究センター

 京都大学の 尾原 幸治 産官学連携本部特定助教(現在、(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 研究員)、森 正弘 同特定研究員、塩谷 真也 同特定研究員、荒井 創 同特定教授、小野寺 陽平 原子炉実験所助教、内本 喜晴 大学院人間・環境学研究科教授とトヨタ自動車株式会社の 三井 昭男 材料技術開発部主任らの研究グループは、京都大学と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が共同で推進している革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISINGプロジェクト:PL 小久見善八特任教授)の一環で、酸化物ガラスよりもリチウムイオン伝導率の高い硫化物ガラスの構造とイオン伝導の相関性について原子・電子レベルで解明しました。
 本研究グループは、高エネルギー放射光X線および中性子による回折実験と第一原理理論計算機シミュレーションを組み合わせ、リン導入硫化物ガラスの構造(原子配列)を詳細に解析しました。その結果、骨格構造(PSx)ユニットの分極性がキャリアであるリチウムイオンの伝導に強く影響を与えていることを発見しました。本研究よりガラス骨格構造の分極効果を最大限に高めつつ、キャリアであるリチウムイオン濃度を増やすことが高いイオン伝導率実現の要因であることを原子・電子レベルで明らかにしました。
 今回の成果は、優れたイオン伝導率を持つ次世代ガラス電解質の設計に新しいコンセプトを示すもので、新しいガラス電解質の開発につながることが期待されます。

本研究内容は、2016年2月19日午前10時(英国時間)付けで、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
 本研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業」の一環として行われました。

書誌情報
著者: Koji Ohara, Akio Mitsui, Masahiro Mori, Yohei Onodera, Shinya Shiotani, Yukinori Koyama, Yuki Orikasa, Miwa Murakami, Keiji Shimoda, Kazuhiro Mori, Toshiharu Fukunaga, Hajime Arai, Yoshiharu Uchimoto, and Zempachi Ogumi,
題名:“Structural and electronic features of binary Li2S-P2S5 glasses”
日本語名:リン導入硫化物リチウムガラスの原子・電子構造
Scientific Reports
DOI: 10.1038/srep21302(2016)

研究の背景
 プラグインハイブリッド自動車(PHV)や電気自動車(EV)における走行距離を伸ばすため、搭載されているリチウムイオン電池の電気容量の向上を目指し、リチウムイオン電池に使用されている電解液を固体電解質に変えた、全固体電池*1の開発が活発に行われています。全固体電池では、1つ1つのセルを包んだケースを形成する必要がなく、直接積層することができ、電池の小型化が可能となります。また、難燃性の固体電解質を使用することにより、電池の安全性が飛躍的に向上します。そのような全固体電池の固体電解質は、従来の電解液同様、充放電の時の正極と負極の間のリチウムイオンの橋渡し役を担っていて、固体電解質中のリチウムイオンの移動のし易さ(=イオン伝導率)が全固体電池の性能を大きく左右します。 種々の固体電解質の中でも、Li2SとP2S5を混合させたLi2S-P2S5系ガラスは高いイオン伝導率を示し、材料の組成(混合比率)ならびに構造の乱れ具合によってリチウムイオン伝導率が異なることが知られています。しかし、そのリチウムイオン伝導のメカニズムやイオン伝導率を左右する要因は未だ不明でした。

得られた成果
 本研究グループは、Li2S-P2S5系ガラスの中でもリチウムイオン濃度の高いLi2S(67%)-P2S5(33%)、Li2S(70%)-P2S5(30%)、Li2S(75%)-P2S5(25%)(以後、67Li2S、70Li2S、75Li2Sとする)を研究対象としました。これらのガラス構造はキャリアであるリチウムイオンと、PS4四面体ユニットをベースとする骨格構造から構成されています。その複雑なガラス構造(原子配列)を調べるために、ラマン分光実験、大型放射光施設SPring-8*2のビームラインBL04B2における高エネルギーX線回折*3実験、英国ラザフォードアップルトン研究所・パルス中性子施設ISISのGEM装置における中性子回折*4実験を行いました。さらに、得られた実験データをもとに、スーパーコンピューターによる第一原理理論計算*5逆モンテカルロ計算*6を行い、ラマン分光・X線および中性子回折によって得られた実験データを忠実に再現するガラスの3次元構造(原子配列)とその電子状態を明らかにすることに成功しました。
 骨格構造(PS4四面体を基礎ユニットとする)は、図1に示すように、67Li2SガラスではP2S7ユニット(2つのPS4四面体が連結した二量体ユニット。2つのPS4四面体を繋いでいるS原子は架橋S原子と言われる)が支配的で、70Li2Sおよび75Li2Sガラスとリチウムイオン濃度が増えるにつれてPS4ユニットが支配的となることがわかりました。さらに、合成時には想定していなかった、Sが欠損したP2S6ユニットもすべての組成において存在していることが分かりました。そこで、本研究ではリチウムイオン伝導のメカニズムやイオン伝導率を左右する構造的要因を調べるために、第一原理理論・逆モンテカルロ計算によるガラスの3次元構造モデルの構築へPS4、P2S7、P2S6といった骨格構造ユニットの存在比率をフィードバックしました(図1c:ラマン分光実験の結果と本研究で構築した3次元構造モデルにおける骨格構造ユニットの存在比率。図2:本研究により得られたガラスの3次元構造モデル)。本研究で構築した硫化物ガラスの3次元構造モデル中では、各骨格構造ユニットとLiイオンは、S原子を共有してつながっています。そのつながり方を骨格構造ユニット毎に分類して調べました。その結果、図3に示すように、リチウムイオン濃度が増えるにつれ、辺共有の割合が増加することを明らかにしました。硫化物ガラスは酸化物ガラスよりも分極性が高く、骨格構造ユニットとLiイオンがS原子を辺共有することによりリチウムイオンはその分極性の影響を受けやすくなります。分極性が高いガラス材料ではキャリアイオンの拡散が向上するため、75Li2Sガラスではリチウムイオンはより動きやすいことが明らかになりました。さらに、電子状態を詳細に確認したところ、架橋S原子を持つP2S7ユニットはPS4とP2S6ユニットよりリチウムイオンを引きつけやすく、リチウムイオンをトラップしていることを明らかにしました。したがって、ガラス骨格構造の分極効果を最大限に高めつつ、キャリアであるリチウムイオン濃度を増やすことが高いイオン伝導率実現の要因であることを原子・電子レベルで明らかにしました。

今後の展開
 今回の研究では、放射光・中性子といった量子ビームを用いた先進的実験と第一原理理論計算を組み合わせれば、優れたイオン伝導率を持つ次世代ガラス電解質の設計につながることを示しました。今後、イオン伝導特性を引き出すための構造制御を基礎的な学理に基づいて進めることで、日本主導による固体電解質ガラスの研究・開発が更に加速され、次世代リチウムイオン電池材料開発の大きなブレークスルーにつながることが期待されます。

図1 
図1 

(a) Li2S-P2S5系ガラスのラマン分光スペクトル。(b) 70Li2Sガラスのラマン分光スペクトル分解。(c)リチウムイオン濃度による骨格構造ユニットの存在比率変化。Sが欠損したP2S6のような骨格構造も多く含まれる。

図2 ラマン分光・X線および中性子回折実験データを忠実に再現する70Li2Sガラスの3次元構造モデル。
図2 ラマン分光・X線および中性子回折実験データを忠実に再現する70Li2Sガラスの3次元構造モデル。

PS4四面体を基礎とする骨格構造ユニットの周囲にリチウムイオンが分布している。緑色:Li、紫色:PおよびPSxアニオン、黄色:S。

図3 骨格構造ユニットとLiイオンのS原子を介した共有状態の変化。
図3 骨格構造ユニットとLiイオンのS原子を介した共有状態の変化。

リチウムイオン濃度が上がるにつれて、骨格構造の高い分極性の恩恵を得やすい辺共有結合が増加する

 

《用語解説》
革新型蓄電池先端科学基礎研究(RISING)事業
 京都大学及び産業技術総合研究所関西センターを拠点として、13大学・4研究機関・13企業がオールジャパン体制で集結し、現状比5倍のエネルギー密度を有する革新型蓄電池の実現を目指して推進している。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の共同研究事業。RISINGとは、Research and Development Initiative for Scientific Innovation of New Generation Batteriesの略。

(※1) 全固体電池
 電解質が固体であり、液体を含まない二次電池。電解質を固体にすることにより、セパレータが不要であること、電解液と正極・負極との反応や電解液自体の熱分解を抑制し安全性を高めることができるほか、1つのケース中に複数の単電池を接続できるために電圧の高いモジュール電池の実現につながることが期待されている。

(※2) 大型放射光施設SPring-8
 世界最高性能の放射光を生み出す施設で、兵庫県の播磨科学公園都市にある。理化学研究所が所有し、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っている。ほぼ光速で進む電子が磁石などによってその進行方向を変えられると、接線方向に電磁波が発生する。その電磁波を放射光という。SPring-8では、この放射光を用いて、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野の研究開発が加速的に進められている。

(※3) 高エネルギーX線回折
 物質中の原子がある規則に従って配列した場合、電磁波であるX線を入射すると、それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波(回折X線)が進行する。この現象をX線回折と呼び、本手法を用いることにより物質内の原子の配列を調べることができる。SPring-8では物質に対する透過力の強い高エネルギーX線を発生することができることから、とくに高エネルギーX線回折と呼ぶ。

(※4) 中性子回折
 回折の原理はX線回折と同じであり、中性子を用いても物質内の原子の配列を調べることができる。ただし、X線は原子内の電子で散乱されるのに対し、中性子は原子核で散乱されることから、構成される原子によって検出感度が異なってくる。したがって、同じ物質が同じ原子配列を有していてもX線回折と中性子回折から異なった情報を得ることができる。近年ではX線回折と中性子回折の相補利用が盛んに行われている。

(※5) 第一原理理論計算
 既存の実験データを用いずに、量子力学の基本法則に基づく理論のみから物理量を計算することができる。

(※6) 逆モンテカルロ計算
 対象とする物質の密度を持つ立方体セルの中に存在する原子を乱数を用いて動かし、ガラス・液体・アモルファスの回折実験データを再現する3次元構造モデルを構築することができる。


 

《問い合わせ先》
尾原 幸治(オハラ コウジ)
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 研究員
Tel:0791-58-2750 Fax:0791-58-0830
E-mail:oharaatspring8.or.jp

荒井 創(アライ ハジメ)
国立大学法人京都大学 産官学連携本部 特定教授
Tel:0774-38-4974 Fax:0774-38-4993
E-mail:h-araiatsaci.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp