大型放射光施設 SPring-8

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鉄系高温超伝導体の圧力誘起新超伝導相のベールを剥ぐ —高温超伝導機構解明に迫る—(プレスリリース)

公開日
2016年08月09日
  • BL12XU(NSRRC ID)
  • BL12B2(NSRRC BM)

2016年8月9日
関西学院

ポイント
●鉄系超伝導体で謎となっていた高圧誘起高温超伝導相の構造と電子状態の観測に成功した。
●今回観測された構造と電子状態の相関から、鉄系超伝導発現にフェルミ面の形状が大きく働いていることが示唆され、高温超伝導発現機構の解明に向け、大きく前進した。

 鉄系高温超伝導体において高圧下で発見されていたより高い超伝導転移温度を示す新しい超伝導相 の結晶構造と電子状態の観測に初めて成功しました。この研究は関西学院大学理工学部・水木純一郎 教授と山本義哉大学院生、理研放射光科学研究センター・山岡人志専任研究員、台湾の國家同歩輻射 研究中心(NSRRC)SPring-8 台湾ビームラインオフィス・平岡望研究員、物質・材料研究機構 国際ナノア ーキテクトニクス(MANA)・高野義彦 MANA 主任研究者、大阪大学大学院基礎工学研究科付属極限科学 センター・清水克哉教授、米国テキサス大学オースチン校・J.-F. Lin 教授らのグループとの共同研究によ るもの。大型放射光施設 SPring-8 の高輝度 X 線を利用した高圧下での X 線回折法、および共鳴 X 線発 光分光・吸収分光法を利用することによって成功したもので、今回の観測により、鉄系超伝導体における 圧力誘起新超伝導相の真相が明らかとなり、鉄系高温超伝導発現機構の解明に大きく迫るものとなりました。今回の発見を設計指針としてより高温の超伝導材料が創製されることによって、サハラ砂漠に太陽光発電所を作り、そこで作られた電気エネルギーを各国に送電する計画の実現が夢ではなくなります。
 この研究成果は 8 月 8 日発行の英国 Nature Publishing Group のオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。

【論文タイトル】
原題: Origin of Pressure-induced Superconducting Phase in KxFe2−ySe2 Studied by Synchrotron X-ray Diffraction and Spectroscopy
タイトル和訳:放射光X線回折法・分光法による KxFe2−ySe2 の高圧誘起超伝導相の起源
【著者名】
Yoshiya Yamamoto, Hitoshi Yamaoka, Masashi Tanaka, Hiroyuki Okazaki, Toshinori Ozaki, Yoshihiko Takano, Jung-Fu Lin, Hidenori Fujita, Tomoko, Kagayama, Katsuya Shimizu, Nozomu Hiraoka, Hirofumi Ishii, Yen-Fa Liao, K.-D. Tsuei, and Jun'ichiro Mizuki

研究の背景と経緯
 超伝導現象は、マイナスの電荷を持つ電子がお互いにペアを作る結果として電気抵抗が完全にゼ ロとなる現象です。超伝導現象の魅力は、電気エネルギーを全くロスすることなく全世界に配送する ことが可能となり、エネルギー革命が実現することです。しかし、残念ながら 1980 年代半ばまでは、 室温よりはるかに低い温度(摂氏-250℃、絶対温度 23K)に冷やさないと超伝導にならない物質しか 発見されていませんでした。ところが、1980 年後半から 1990 年代にかけて超伝導が発現する温度 (超伝導転移温度:TC)が約 160 K を示す銅酸化物高温超伝導体が発見、また、2008 年に東工大のグループによって最高 TC が 55K の鉄系超伝導体が発見され、ともに革新的な超伝導物質として世界 中で TC の高温化とその発現機構の解明を目指して、猛烈な勢いで研究が進行しています。現在では 様々な鉄系超伝導体が発見されていますが、なかでも FeSe 系は、構成元素が 2 種類のみで、これに 関係して構造も他の鉄系超伝導体に比べて単純であるため、超伝導機構解明には最適な物質と考 えられています。さらに、これにカリウム(K)原子をドープした KxFe2−ySe2 は、高圧力下で新たな、し かも常圧で観測されている超伝導相(SC I)よりも TC が 20K も高い高圧誘起の超伝導相(SC II)が観 測されており(図1)、SC II の結晶構造とその電子状態の観測が鉄系超伝導の発現機構を解明する カギと考えられていました。

研究の内容
 鉄系超伝導体の基本構造は、超伝導を担う鉄ヒ素層と、鉄ヒ素層を繋ぐスペーサー層のサンドイッチ構造で構成された結晶構造を持ちます。本研究では、ヒ素がセレン(Se)に置き換わったもので、スペーサー層はK 原子のみから成る単位格子が直方体の単純な構造をしています(図2)。対向するダイヤモンド(DAC)に試料を挟むことで試料に圧力を印加し、この状態でSPring-8のBL12B2BL12XU(通称:台湾ビームライン)でそれぞれX線回折による結晶構造解析、X線吸収・発光分光による電子状態解析を行いました。この結果、SC II 相が出現する約12 万気圧で単位胞である直方体の長軸(C 軸)が縮み、その影響でフェルミレベルでの電子密度が増大することを発見しました。この結果は、2013 年に発表された計算に基づく理論予測と定性的に一致し、このことから電子密度の増大は、フェルミ面トポロジー変化を示唆しており、超伝導転移温度の上昇にフェルミ面のトポロジーが重要であることを明らかにしました。

今後の期待
 最近、基板に成長させたFeSe の1 層だけでTC が約100K にも上昇することが報告されています。この原因はまだ明らかではありませんが、今回の我々の発見により基板効果によるフェルミ面トポロジー変化によるものと想像され、このTC増大の設計指針の元、より高いTCを持つ物質の発見と、それを利用した超伝導線材の開発が期待されます。これにより、TC が液体窒素温度(77K)を超える鉄系超伝導体が発見されれば、サハラ砂漠ブリーダー計画が夢でなくなりエネルギー革命が実現します。

 


【用語解説】
(※1)鉄系高温超伝導:
超伝導体とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる状態を示す物質のことをいい、FeAs、FeSe、FeTe 伝導層を持つ一連の超伝導体の総称。2008 年に東京工業大学の細野秀雄教授らにより発見された。その超伝導転移温度は銅酸化物超伝導体に次いで高い。

(※2) フェルミ面:
固体中の電子が取り得るエネルギーと運動量の間の固有の関係を表した曲線をバンド構造と呼ぶ。バンドの占有された部分と占有されない部分の境界(フェルミ準位)に存在する電子の運動量を運動量空間中に示すと3次元的な形状となる。これをフェルミ面と呼ぶ。

(※3) トポロジー:
本来は位相幾何学のことであるが、ここでは簡単にフェルミ面の形を意味している。

(※4) サハラ砂漠ブリーダー計画:
サハラ砂漠に太陽光発電所を作り、そこで作られた電気エネルギーを超伝導線材で世界各国に送電するという計画。

図1:FeSe 系超伝導体のTC と圧力との関係を表す相図
図1:FeSe 系超伝導体のTC と圧力との関係を表す相図

(Nature 483, 67(2012)より)

図2:加圧前後での結晶構造とそれらに対応するフェルミ面
図2:加圧前後での結晶構造とそれらに対応するフェルミ面

 



【本件に関する問い合わせ先】
学校法人関西学院 広報室
 TEL 0798-54-6017
理工学部先進エネルギーナノ工学科事務室
 TEL 079-565-7433
水木純一郎・理工学部教授
 E-mail:masteryatkwansei.ac.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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