大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

蛍光X線100年目の真実 ―発見!磁石の向きでX線が変化する―(プレスリリース)

公開日
2017年09月27日
  • BL22XU(JAEA 重元素科学I)

2017年9月26日
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構

【発表のポイント】
・磁石にX線を当てた際に発生するX線は、その振れ方(偏光)が磁石の向きにより変化することを世界で初めて発見した。
・この現象を利用することによりX線による磁石内部の観察が可能になり、高性能永久磁石の開発などが期待できる。

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長平野俊夫)量子ビーム科学研究部門の稲見俊哉グループリーダーは、X線を当てた際に磁石から発生するX線は特徴的な振れ方(偏光)を有しており、その振れ方が磁石の向きにより変化する現象を発見しました。本成果は基本的な原理の発見であるとともに、磁石や機能性磁性材料の開発など応用研究への貢献が期待されます。
 X線を用いて磁性材料中のミクロな磁石の向き(磁区構造1))を調べる手法は、磁石性能の向上などに必須であることから、これまでも活発に開発が進められ、広く利用されています。これまでのX線を用いた磁区構造観測手法では、主に磁石の向きによってX線の吸収量が変わる現象を利用していました。しかしながら、この手法では鉄やコバルトといった磁石に有用な材料に対して、透過力のあるエネルギーの高いX線(硬X線)では、磁石の向きに対する感度が低いという問題がありました。この難問に対し、本研究では、X線と磁気の基礎原理から見直し、新たに、物質にX線を照射した際に発生するX線(蛍光X線)とその振れ方に着目しました。測定では大型放射光施設SPring-8の強力なX線を用い、磁石から発生する蛍光X線が特徴的な振れ方(円偏光という性質)を持っており、磁石の向きに応じてX線の振れ方(偏光)が変化する現象を初めて発見しました。また、硬X線を用いて鉄やコバルトを対象に磁区構造を観察する場合でも、蛍光X線の振れ方に着目すると、磁石の向きに対する感度が高いということも分かりました。こうした特長は、材料内部の磁区構造が見える高性能なX線磁気顕微鏡の開発にもつながります。希土類金属2)を含まない新規高性能磁石材料に対して、磁区構造の内部観察から性能劣化の場所・原因を特定し高性能化に貢献するなど、開発研究へ寄与も期待されます。
 本成果は、米国物理学会Physical Review Letters誌のオンライン版に2017年9月27日に掲載されました。

【発表論文】
雑誌名:Physical Review Letters
英文タイトル:Magnetic Circular Dichroism in X-Ray Emission from Ferromagnets
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.119.137203

成果の背景
 光は波であり、その波の振れ方に関して偏光という性質を備えます。波が一方向に振れる場合を直線偏光と呼び、らせんを描くように振れる場合を円偏光と呼びます。電球の光など普通の光は色々な偏光が混ざったものです。この偏光と磁石の間には、実は強い関係があることが古くから知られています。19世紀中頃にはファラデーが、磁場を印加したガラス棒に直線偏光を通すと偏光方向が回ることを見つけました(ファラデー効果3))。同じく19世紀後半にはカーが磁化した磁性体で直線偏光を反射させると、やはり偏光方向が回ることを見つけました(磁気光学カー効果4))。これらは磁気が光に影響を及ぼすことから磁気光学効果と呼ばれ、現在では磁石(強磁性体)の磁区構造の観察などに活躍しています。X線も光の一種であり、磁気光学効果があります。よく知られているのがX線磁気円二色性5)で、これは強磁性体にX線を照射した際、吸収されるX線の量が右円偏光と左円偏光で異なるという現象です(図1)。やはり、強磁性体の磁区構造の観測や磁性体の性質を調べることに役立っています。
 一方、X線はエネルギーの低い軟X線とエネルギーの高い硬X線に分類することができます。軟X線は物質に吸収され易く、表面近くを観察するのに適しています。これに対し硬X線は透過力が強く、物質の内部を観察するのに適しており、それぞれ、使い分けされています。磁石で重要な鉄やコバルトといった元素では、硬X線領域の磁気円二色性は極めて小さく、反転比という指標で表しますと、軟X線で30%程度もあるのに対し硬X線ですと0.5%程度にしかなりません。物質内部の観察に適した硬X線領域で鉄やコバルトに対して大きな磁気光学効果を得る手法開発は以前より試みられていましたが、良い方法は見つかっていませんでした。

図1

図1 X線磁気円二色性の説明図。磁化した物質に円偏光X線を照射した場合、右円偏光のX線と左円偏光のX線では吸収される量が異なる現象です。上図では左円偏光の方がよく吸収されることを表しています。磁化を反転する(下図)と、右円偏光の方がよく吸収されるようになります。この現象を用いて物質の磁化の方向を見分けることが出来ます。

成果の詳細
 元素にはそれぞれ吸収端と呼ばれるある特定のエネルギーのX線を吸収しやすいという性質があります。鉄を例にすると硬X線では吸収端は約 7.11 keV というエネルギーになります。磁気円二色性はこの吸収端の近くでその値が大きくなることが知られています。さて、X線と物質の関わりは、透過(屈折)や吸収、反射、散乱、発光など幾つかの過程があります。硬X線の磁気光学効果についてはそのいろいろな過程で検証されてきましたが、鉄やコバルトに対しては非常に小さいという結論でした。しかしながら、今回、これまでの研究を丁寧に見直してみると、発光過程についてその円偏光状態を測定していないことに気が付いたのが、この研究の発端です。なお、発光も特定のエネルギーで強くなる傾向があり、これを蛍光X線と呼びます。つまり、磁石にX線を照射した際に発生する蛍光X線は相当量の円偏光を含んでおり、また、その円偏光の回転の向きは磁石の向きに応じて変化すると予測したわけです(図2)。

図2

図2 今回発見した新しいX線磁気光学効果の説明図。(a)物質にエネルギーの高いX線を照射すると蛍光X線を発します。(b)物質が磁化している場合は、蛍光X線をエネルギー毎に見ると、最大20%程度の円偏光を含んでいることが分かりました。(c)また、磁化の向きを変えると円偏光の回転の向きが変わることも分かりました。

 測定は、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL22XUに量研が設置した大型回折計に円偏光度測定装置(図3)を組み上げ、実施しました。鉄の小片にX線を照射すると、鉄は蛍光X線を発します。この蛍光X線を円偏光度測定装置に通し、円偏光度を測定します。円偏光度測定装置には2つの状態があり、右円偏光と円偏光以外の光の半分を通す、及び、左円偏光と円偏光以外の光の半分を通す、になります。

図3

図3 円偏光度測定装置の写真。右から試料由来の蛍光X線が入ります。まず、黄色丸部で円偏光が直線偏光に変換され、続いて赤丸部で直線偏光度が測定されます。

 それぞれの状態で鉄の蛍光X線を測定した結果を図4に示します。青と赤の2つのスペクトルが横軸のエネルギー方向に少しずれていることがわかるでしょうか。この差が円偏光度になります。円偏光度は最大で約12%と見積もられ、測定上の幾つかの補正をすると、本来は18%という高い円偏光度を持っていることが分かりました。円偏光度と先に述べた反転比は、この場合は同じ値になるので、軟X線と同じ程度の磁気光学効果が硬X線でも得られたことになります。

図4

図4 (a)磁化した鉄が発生する蛍光X線(Fe Kα1)を円偏光度測定装置を通して観測した結果。右円偏光を含む方(赤)が左円偏光を含む方(青)よりエネルギーが少し低いことが分かります。この2つのスペクトルの差が円偏光度の目安になります。(b)赤と青の差を示すとマゼンタの線になります。大まかには円偏光度に対応します。鉄の磁化の向きを逆にすると、緑の線になり、反転することがわかります。

今後の展望
 本研究は、強磁性体が発する蛍光X線がエネルギー分解すれば円偏光になっていることを示したもので、X線領域における新しい磁気光学効果の発見と言えます。重要な特徴はその磁気効果が大きいことで、強磁性体の磁区構造の観察など、応用研究への展開が期待できます。鉄やコバルトに感度を持つこと、透過力のある硬X線であることから、希土類遷移金属磁石6)に含まれる3d遷移金属7)について、あるいは、電磁鋼板のような3d遷移金属のみからなる機能性磁性材料について、特に材料内部に着目した測定が可能になり、高性能永久磁石や機能性磁性材料の性能改善に貢献できるようになると考えられます。 本成果は、科学研究費補助金の挑戦的萌芽研究「新しいX線磁気円二色性顕微分光法の開発と応用研究への適用」の援助により得られました。


【用語解説】
1 )磁区構造
強磁性体とは磁化がそろった状態を指しますが、実際の強磁性体では、ある程度の広がりで磁化がそろった領域が存在し、各々の領域の磁化は異なった方向を向いていることがあります。この各々の磁化のそろった領域のことを磁区と呼び、また、その磁区の並び方を磁区構造と呼びます。

※磁化
「磁石である」ということは「磁気モーメントを持つ」ということです。どんな物質でも磁場を印加した状態では(小さいかも知れませんが)磁気モーメントを持つようになります。これを「磁化する」といいます。また、この時生じた単位体積当たりの磁気モーメントの量も磁化と呼びます。永久磁石や強磁性体は自発的に磁化が生じている例で、繰り返しになりますが、常磁性体や反磁性体のように磁場の印加によって磁化が誘起される場合もあります。

2 )希土類金属
ネオジミウムやサマリウム、テルビウムなど、主に不完全な4f軌道を持つことを特徴とする元素の一群です。強力な永久磁石の構成材料としてよく知られています。

3 )ファラデー効果
物質に磁場を印加した際に、磁場に平行に進行する直線偏光がその物質を透過すると、直線偏光の偏光面が回転する現象をいいます。光通信における光アイソレータなどに応用されています。

4 )磁気光学カー効果
磁化した物質に直線偏光を入射した際に、反射光の偏光面が入射光の偏光面から傾く現象をいいます。光の入射及び反射方向と磁化の関係から、極カー効果、縦カー効果、横カー効果に分けられます。応用としては、光磁気ディスクの読み出しに用いられていた他、磁性薄膜の表面磁化の測定に用いられています。

5 )磁気円二色性
磁化した物質に対し、磁化に平行に進行する円偏光を入射した際、右円偏光と左円偏光で吸収される光の量が異なる現象をいいます。特にX線領域では元素選択的な測定ができるため、物質の元素毎の磁化の測定ができる点で有用です。

6 )希土類遷移金属磁石
ネオジミウムやサマリウム、テルビウムなど希土類金属と鉄やコバルトなどの遷移金属からなる永久磁石のことです。サマリウムコバルト磁石やネオジム磁石が強力な磁石としてよく知られています。

7 )3d遷移金属
スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅のことです。不完全な3d軌道を持つことを特徴とする元素の一群です。鉄やコバルトはそれ自体も強磁性体であり、永久磁石の構成元素としても重要です。



【本件に関する問い合わせ先】
(研究内容について)

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学研究部門 関西光科学研究所
磁性科学研究グループ
グループリーダー 稲見 俊哉 
 TEL:0791-58-2612、FAX:0791-58-0311

(報道対応)
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
経営企画部 広報課長 広田 耕一 
 TEL:043-206-3026、FAX:043-206-4062

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp