大型放射光施設 SPring-8

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磁石につかない反強磁性体の磁化の動きを可視化 ‐磁気デバイスの低消費電力化・高速化を加速‐(プレスリリース)

公開日
2018年12月19日
  • BL25SU(軟X線固体分光)

2018年12月19日
大阪大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター

【研究成果のポイント】
♦ 通常は磁石につかない、反強磁性体※1の磁化(スピンの不均衡成分)の動きを可視化することに成功
♦ 反強磁性体のスピンは、これまで制御不可能な機能だったが、電圧(電界)と磁界を上手く利用することで制御可能に
♦ これまでの磁気デバイスの動作速度を飛躍的に高速化できる超高速デバイスへの応用に期待

 大阪大学 白土優准教授、高輝度光科学研究センター(以下、JASRI) 中村哲也主席研究員らの研究チームは、反強磁性体と呼ばれる磁石につかない材料のスピン(原子レベルでのN極・S極の向き)が電圧によって動く過程を可視化することに成功しました。反強磁性体はハードディスクドライブの情報読み出し用素子や自動車の角速度(旋回速度)センサー、磁気ランダムアクセスメモリなどのスピンエレクトロニクス※2デバイスなどに利用されていますが、これらのデバイスでは反強磁性体のスピンは止まったままで、その動きを利用することは出来ていません。研究グループでは、電気磁気効果※3という特殊な効果を使うことで反強磁性体であるクロム酸化物(Cr2O3)にスピンの不均衡(磁化)を作り出し、磁壁※4と呼ばれる磁化の境界領域を動かせることを実証し、大型放射光施設SPring-8※5BL25SU における走査型軟X線磁気円二色性※6顕微鏡を用いて、その動き方を可視化することに成功しました。反強磁性体の磁壁の動きは、デバイスの高速動作に係る重要なパラメータになります。また、今回の成果は反強磁性体の磁壁の動きを電圧(電界)によって制御したものであり、電流を使わないことからデバイスの低消費電力化にもつながります。つまり、この成果を上手く利用することで、反強磁性体のスピンの動きを利用した未来の電子デバイスの設計に役立つことが期待されます。本成果は、平成30年12月13日(日本時間)米国物理系雑誌 Applied Physics Lettersおよび米国物理系雑誌APL Materialsにオンライン掲載されました。

掲載誌
題名:Observation of the magnetoelectric reversal process of the antiferromagnetic domain
日本語訳:反強磁性ドメインの電気磁気効果による反転過程の観察
著者: 白土優1、渡邉駿介1、吉田大哲1、岸田憲明1、中谷亮一1、小谷佳範2、豊木研太郎2、中村哲也2
著者所属:1 大阪大学大学院工学研究科、2 高輝度光科学研究センター
掲載雑誌:Applied Physics Letters, Vol.113 (2018).
掲載日時:平成30年12月13日(日本時間)オンライン掲載

題名:Antiferromagnetic domain wall creep driven by magnetoelectric effect
日本語訳:電気磁気効果によって駆動された反強磁性磁壁クリープ
著者:白土優1、吉田大哲1、Thi Van Anh Nguyen1、小谷佳範2、豊木研太郎2、中村哲也2、中谷亮一1
著者所属:1 大阪大学大学院工学研究科、2 高輝度光科学研究センター
掲載雑誌:APL Materials, Vol. 6 (2018). [Open access]
掲載日時:平成30年12月13日(日本時間)オンライン掲載

研究の背景
 磁性材料は、強磁性体と反強磁性体に大きく分類できます。強磁性体は鉄やコバルトのように磁石につく材料ですが、反強磁性体は原子サイズでスピン(N極とS極)が打ち消しあうように並んでいるため、通常は磁石にはつきません(図1)。このため、強磁性体のように磁石を使って反強磁性体の磁化やスピンを制御することは出来ません。しかしながら、反強磁性体のスピンの動きを利用することが出来れば、磁気デバイスの動作速度は現在よりも格段に高速化できると期待されています。

成果の内容
 反強磁性体のスピンの動作速度は、強磁性体の磁化の動作速度より100倍から1000倍速く動くことが予測されています。しかしながら、反強磁性体は外部に磁束を出さないため、そのスピンをデバイス中で動かすことは非常に困難でした。研究グループでは、反強磁性体のスピンを動かす方法として、電気磁気効果という特殊な効果を利用しました。通常は、磁石のように磁界をかけると磁化・スピンの向きが磁界の方向に並びますが、電気磁気効果は電界(電圧)をかけることにより上下のスピンの大きさが変化することで磁化が発生する効果で、クロム酸化物(Cr2O3)などの一部の材料で現れます。クロム酸化物の電気磁気効果は、1950年代中ごろに発見されましたが、「スピンがどのように動いているのか、どれくらいの速さで動くのか」は未知の課題でした。その原因は、反強磁性体の微小な信号を検出することが出来なかったためです。研究グループでは、交換磁気異方性※7と呼ばれる効果を利用することで、反強磁性体の弱い信号を強い信号の出る強磁性体に転写する技術を開発し、SPring-8の軟X線固体分光ビームラインに設置されている走査型軟X線磁気円二色性顕微鏡を用いて、反強磁性クロム酸化物に発生した磁化の動きを可視化しました。その結果、クロム酸化物の磁化は、反転過程で磁区と呼ばれる分域構造に分かれ、その境界領域である磁壁の移動が起こること、また、その移動が自動車と同じように、電圧の低いところではクリープのように動き、電圧によって加速できる(電圧が自動車のアクセルのような機能をする)ことを明らかにしました(図2)。また、明らかにした反強磁性体の磁壁の動きが、従来の電流を使った手法ではなく電圧(電界)によって実現できたことから、デバイスの低消費電力化も期待できます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
 今回の研究によって、反強磁性体の磁化がどのように反転し、どれくらいの速度で反転できるかが明らかになりました。この結果により、これまで静止状態で利用されてきた反強磁性体の磁化(スピン)の動きをデバイスに利用出来ることが証明されました。今回の研究で明らかにした反強磁性スピンの性質は、電気磁気効果を利用することで通常の強磁性体と同様の制御ができることに対応します。電気的な計測によって反強磁性スピンの動きは予測されてきましたが、これまで、この動きを直接的に観測した例はありませんでした。磁性体における磁壁やスピンの移動速度は、デバイスの動作速度を決める重要なパラメータになります。つまり、この結果は、Society5.0やIoT社会で重要とされている、非常に高速かつ消費電力の低いスピンエレクトロニクスデバイスの指針として利用することができ、その原理となる反強磁性スピン制御手法の指針となることが期待できます。

特記事項
 本成果は、平成30年12月13日(日本時間)米国物理系雑誌 Applied Physics Lettersおよび米国物理系雑誌APL Materialsにオンライン掲載されました。
 また、今回の研究成果は、日本学術振興会 科学研究費補助金の研究費支援を受けて実施されました。


用語の説明:

※1 強磁性体と反強磁性体
強磁性体とは磁石につく性質をもった磁性体のことを指す。またそれ自身で磁石になりやすい性質ももつ。強磁性体の中では磁化(電子のスピン)が同じ方向を向こうとする性質をもつ。それに対して、反強磁性体の中では、隣り合う電子のスピンは互いに反対方向に向こうとする性質をもつ。このため、反強磁性体は、外部に磁束を発生しないため磁石につく性質をもたない。

※2 スピンエレクトロニクス
20世紀のエレクトロニクスは、半導体中での電子の電荷(チャージ)のみを用いて発展した。一方、磁石の起源も電子にあり、電子のもつスピンが磁石の起源となる。すなわち、電子は電荷とともにスピンをもつ。スピンエレクトロニクスでは、半導体エレクトロニクスに用いられてきた電荷にスピンの自由度も加えて、電子の電荷とスピンを同時に活用することで、半導体デバイスの限界を超える新しい機能をもったデバイスを作製できる。

※3 電気磁気効果
通常の磁性体では、磁化・スピンの向きを一方向に揃えるために磁界が用いられる。また、誘電体では、電気分極の生成のために電界が用いられる。電気磁気効果とはその交差現象であり、磁界による電気分極の生成や電界による磁気分極の生成を指す。電気磁気効果の生成には、結晶構造(原子・イオンの並び方)とスピンの並び方が重要であり、クロム酸化物Cr2O3ではコランダム構造(鋼玉、サファイアと同じ構造)と反強磁性スピンの並び方によりこの効果が実現される。

※4 磁区と磁壁
強磁性体は、ミクロにみると磁区と呼ばれる分域構造に分割されている。各磁区内では強磁性体のスピンの向きは同一に揃っている(図1(a))が、異なる磁区毎にスピンの向きが異なる。強磁性体に磁界を印加すると、磁区の境界領域(磁壁)が移動することで磁区の面積が変わり(印加する磁界の向きに近い磁区の面積が大きくなる)、磁石につくようになる。反強磁性体でも同様の磁区構造に分割していることは予測されていたが、磁壁の移動の様子や移動の速さについては明らかにされていなかった。

※5 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※6 (放射光を利用した)X線磁気円二色性
X線は光や電波と同じく電磁波の一種であり、X線が進む方向に沿って電界と磁界の波が空間上を伝わっていく。円偏光とは、電界が螺旋状に回転しながら伝わる電磁波のことを指す。円偏光したX線が磁気をもつ物質に吸収されるときには、物質中の電子の磁気的状態によって吸収量が異なる。また、電界の回転方向が右回りか左回りかによっても吸収量が異なる。この現象を利用して磁性体を解析する方法を、X線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism: XMCD) 分光法という。

※7 交換磁気異方性
反強磁性体は、単体では磁石にはならないが、強磁性体と接合することで強磁性体の磁気的な性質を大きく変化させる。通常、強磁性体が単独にある場合は、磁化の方向(N極とS極の方向)は、磁界の方向に追随する。方位磁石が常に同じ方角を指すことを想像すると分かりやすい。しかし、反強磁性体と接合された強磁性体の磁化方向は、反強磁性スピン方向によって決まる特定の方向に固定され、弱い磁界では磁界方向に追随しなくなる。ハードディスクドライブや磁気ランダムアクセスメモリの情報読み出しは、この効果を利用して行われている。


参考図

強磁性体と反強磁性体のスピンの並び方の違い。

図1 強磁性体と反強磁性体のスピンの並び方の違い。(a)に示した強磁性体ではミクロにはスピンが同じ方向に並んでいるが、(b)に示した反強磁性体では個々のスピン(N極・S極の向き)が反対方向に向いているため相殺される。Cr2O3では、 (c)に示したようにコランダム構造(鋼玉)と呼ばれる構造内で、スピンは反対方向に並んでいる。電圧をかけると、酸素(オレンジの○)とクロム(青の○)が反対方向に移動することで、上向きスピン(赤の矢印)と下向きスピン(青の矢印)の大きさに違いが生じ、その結果、磁化が生じる(電気磁気効果の発現)。


反強磁性Cr2O3の磁区構造を強磁性層に転写させた結果

図2 反強磁性Cr2O3の磁区構造を強磁性層(白金/コバルトの2層構造)に転写させた結果。赤の領域は反強磁性体の磁化(スピン)が上向きの領域、青の領域は反強磁性体の磁化(スピン)が下向きの領域に対応する。一定の磁界の元で電界を加えることで、反強磁性体が青と赤の分域構造に分かれていること、また、加える電界を短時間のパルス的にすることで、青野領域が少しずつ広がっていることが分かる。電圧を加えている時間と反強磁性磁壁(青と赤の境界領域)の移動距離を使って、反強磁性磁壁の移動速度を計算することが出来る。



本件に関する問い合わせ先
<研究内容に関すること>

大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻
准教授 白土 優(シラツチ ユウ)
 TEL/FAX 06-6879-7489
 Email shiratsuchiatmat.eng.osaka-u.ac.jp

公益財団法人高輝度光科学研究センター利用研究促進部門
主席研究員 中村 哲也(ナカムラ テツヤ)
 TEL 0791-58-0802(内線3244)
 Email nakaatspring8.or.jp

<広報担当>
大阪大学工学研究科 総務課 評価・広報係
 TEL:06-6879-7231 FAX:06-6879-7210
 E-mail:kou-soumu-hyoukakouhouatoffice.osaka-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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