大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 60号(2012.1月号)

研究成果 · トピックス

ダイカスト材の疲労破壊の原因「ポア(気泡)」を解明 ~材料開発はもっとスマートになる~

材料の疲労破壊

 金属などの材料はくりかえし使っていると、やがてどこかにき裂が入り、それが広がって壊れます。この現象を「疲労破壊」といいます(表紙の図)。疲労破壊の起こりやすさは、材料の元々の性能のほかに、その製法による出来不出来が大きく関わります。
 ダイカスト法は、溶かした金属を加圧しながら金型に流し込んで成形する鋳造法です。安く量産できることや、複雑な形もつくれることから、多くの部品づくりに応用されてきました。しかし、製造過程における空気の巻き込みなどが原因で“す(気泡)”が入り、強度の高い製品はつくれませんでした。最近では、溶かした金属を保温しながら炉から直接低速で金型に流し込むという改良により、車の足回り関係の部品などがつくられるようになっていますが、それでもまだ完全に“す”を取り除くことは難しく、部品の強度にばらつきが見られ、大きな力がかかる部品や航空機の部品のように高い信頼性が求められるものはつくられていません。
 豊橋技術科学大学で材料を研究している戸田裕之教授は、ダイカスト関連製品を製造するアーレスティ社との共同研究で、さらなるダイカスト法の改良を目指した研究開発を行っています。

表紙 疲労き裂の3D観察

表紙 疲労き裂の3D観察

SPring-8のビームラインBL47XUでとらえられたポア(赤)と疲労き裂(緑)

表面付近に気泡が密集

 “God made the bulk; the surface was invented by the devil.”1945年にノーベル物理学賞をとったヴォルフガング・パウリという学者の言葉で、戸田教授のお気に入りです。「神が中身のある物体を作り、表面は悪魔のしわざ」という意味で、教授の「材料は一部を見るのではなく、必ず全体を見なければならない」という態度に通じます。材料を見る厳しい目によって、さまざまな研究成果が生まれています。
 2009年、戸田教授はダイカスト法でつくったアルミニウム合金部品の表面付近(20 μmより浅い部分)に、水素で満たされた気泡がたくさん存在していることを初めて発見しました。これは、アルミニウムが冷えて固まる過程で、溶け込んでいられなくなった水素が材料表面に集まり、生じた気泡でした。その存在がこれまで見逃されてきた理由を戸田教授は、「従来の材料研究は、一部の構造を調べて、その結果から材料全体を推測していました。材料は均質ではないので、これは大きな問題でした」と指摘します。
 さらにSPring-8での研究を進めると、この気泡が材料の疲労破壊に深く関わっていることがわかりました。疲労破壊は、ごく小さなき裂がその発生の起点となり、時間とともに広がっていきます。ですから、疲労破壊の詳しい解析には、材料表層構造の時間変化を観察する必要がありました。これは、3次元プラス時間で観察することから、「4次元観察(4D観察)」といわれています。
 SPring-8のビームラインBL20XUやBL47XUでは、X線CTスキャンによる4D観察を高解像度で実施できます(図1)。この装置で、アルミニウム合金試験片を観察すると、同じダイカスト法でつくった試験片でも表面付近の気泡の数に違いが見られ、その数が多いほど早く疲労破壊してしまう(短寿命)ことがわかりました(図2)。また、寿命の長さに関わらず、き裂は気泡から始まっていました。
 この発見と研究成果は日本鋳造工学会の論文誌『鋳造工学』に発表され、論文賞を受賞しました。

図1.ビームラインでの測定の様子

図1.ビームラインでの測定の様子

この装置に試験片をセットし、数十万回くりかえし負荷をかけながら内部の様子の変化を観察した。

図2.4次元観察による疲労破壊試験の結果

図2.明反応の流れ。

同じダイカスト法でつくられた試験片でも、気泡の密度によって寿命に違いが出ることがわかった(左図)。また、この試験片に数万〜数十万サイクルの負荷をかけると気泡(赤)からき裂が発生し、さらに 負荷をかけ続けると、き裂(黄)が広がっていく様子(右図)をつぶさに観察できた。

疲労破壊につながる気泡の条件

 「アルミニウム合金では一般的に、1mm3あたり数万〜数十万個の気泡が存在しています。そのうち疲労き裂の起点になるのは、数個か多くても10個ほどです」。戸田教授は、どのような気泡が疲労破壊の原因になるのかを突き止めようと考えるようになりました。技術の発展により、多数の気泡や疲労破壊の様子が観察できるようになったことはすごいことですが、それだけでは製造の現場で利用できないからです。そこで膨大な気泡情報の中から有用なものだけを選び出し現象を説明する、4D画像情報の「粗視化」という作業が始まりました。
 まず、気泡のサイズと疲労破壊の関係などをグラフに表してみました。しかし、プロットはバラバラで法則性を見いだせそうにありませんでした。き裂の起点となる気泡の条件は、そんなに単純ではなかったのです。そこで、疲労破壊実験で得られた膨大なデータについて、気泡の形状的な性質(大きさや表面からの距離、隣り合う気泡との間隔や位置関係など)に注目したデータマイニング*1を行いました。その結果、疲労破壊につながる気泡の条件が、いくつか導き出されました(図3)。仮にそれらすべての条件を満たす気泡が存在すると、その気泡は99.7%の確率で疲労き裂の起点となります。
 「おそらく、こうした4D画像情報の粗視化が行われたのは世界でも初めてのことでしょう」。この成功には2つの技術的進展が欠かせなかったといいます。まず、SPring-8を利用すれば、解像度1 μm以上の4D観察が可能になったことです。これまで見えなかったき裂の入り始めの様子がとらえられるようになり、疲労破壊に関係する気泡を特定できました。もう1つが、コンピュータのデータ処理能力の向上です。これにより大量のデータを扱うデータマイニングが可能になりました。このようにして、疲労破壊の起点となる気泡の特徴をとらえることに成功しました。

図3.気泡の大きさと表面からの距離の分布図

図3.気泡の大きさと表面からの距離の分布図

多くの実験データの解析で得られた相関図。赤い点は疲 労き裂の起点となる気泡を示している。隣接する2つの気泡 が大きい(5.4 μm以上)か、もしくは小さくても表面に近い (1.8 μm以内)場合に疲労き裂につながることがわかった。

材料開発が変わる

 今回の結果が発表されて、企業の中には、気泡の数を減らしたり、サイズを小さくしたりして、ダイカスト製品の高品質化を探り始めているところもあるかもしれません。一方、研究者である戸田教授の関心は、ずっと先の“将来の材料開発の在り方”に向けられています。
 現在、材料開発は、まず設計を行い、次にそれに基づいて試作品をつくり、さまざまな分析や観察、試験を行うという手順を踏んでいます。信頼性を高めるために、分析や試験を何度もくりかえさなければならず、コストも労力もかかります。それに対して、現在使われている材料や試作品の挙動をまずSPring-8などで4D観察し、その画像を忠実に用いた「イメージベースシミュレーション」で精密に解析すれば、より良い材料設計が短期間で可能です。今回の結果は、このような高度な材料開発プロセスを産業的なものづくりにつなげられることを示しました。材料開発はもっと効率的になるのです。
 このような材料開発は、従来の逆工程をたどることから「リバース4D材料エンジニアリング」と、戸田教授は呼びます。そしてこの手法を確立するための重要なエッセンスとなるイメージベースシミュレーションや粗視化を高度化する研究が、戸田教授やほかの研究者によって始められています。

コラム:趣味のスキーでも教師を目指しています!

戸田教授と研究室の仲間たち(前列中央が戸田教授)
戸田教授と研究室の仲間たち
(前列中央が戸田教授)

 「基本的に仕事も趣味も全力投球です」と話す戸田教授は、趣味のスキーもインストラクターを目指すほどの腕前です。忙しくて滑りに行けない時代もありましたが、6年前、久しぶりに滑る機会がありました。そのとき、スキー板の改良が進んで、正しいとされる滑り方がすっかり変わってしまったことに愕然としたといいます。これがきっかけで、「スキー技術を極めたい」と思うようになり、ここ数年は、年に二十数回スキー場に出かけます。
 「スキーの魅力は、ほかのスポーツにはない恐怖感を味わえることです。これを克服した時の達成感がたまらないんです」。
 この冬の研究室旅行でも、インドやマレーシアなど雪のない国の留学生たちも連れて、スキーを楽しむ予定です。

 

用語解説

*1 データマイニング
得られた大量のデータを統計解析し、その中に潜む項目間の相関関係やパターンなどを探し出す技術。大量のデータを扱うため、スーパーコンピュータの進歩が大きく関与している。

取材・文:サイテック· コミュニケーションズ 池田 亜希子


この記事は、豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 機械工学系 戸田裕之教授にインタビューして構成しました。

次号研究成果・トピックス予告
小惑星イトカワの微粒子が物語る宇宙 - 200 ミクロンの奇跡 -

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

第4回SPring-8萌芽的研究アワード(萌芽的研究支援ワークショップ)

前列左から2番目が嶋本氏、左から3番目が安井氏
前列左から2番目が嶋本氏、左から3番目が安井氏

受賞者:嶋本 洋子 広島大学 大学院理学研究科(現 独立行政法人 産業技術総合研究所)
課題名:マイクロXRF-XAFS法による化学形態決定に基づく地層深部でのヨウ素の移行挙動解析

受賞者:安井 伸太郎 東京工業大学 大学院総合理工学研究科
課題名:新規非鉛圧電薄膜の電圧応答特性の直接観察

 SPring-8では、将来の放射光研究を担う人材の育成を目的として、大学院博士課程の学生を対象とした「萌芽的研究支援プログラム」を実施しています。同プログラムは、学生自らが実験責任者(リーダー)となりSPring-8を利用できる制度として平成17年度から開始され、現在まで約260課題が実施されています。また、萌芽的研究支援プログラム課題実施者のうち、特に優秀な成果を上げた者を表彰する「SPring-8萌芽的研究アワード」を創設し、アワードの審査を兼ねた「SPring-8萌芽的研究支援ワークショップ」を実施しています。4回目となる今回は、平成21年度および平成22年度の課題実施者60名(81課題)のなかから11名の応募があり、10月12日、東京で開催されたワークショップにおいて口頭発表が行われました。審査の結果、上記2名がアワードに選ばれ、11月1日・2日に東京で開催された「SPring-8コンファレンス2011」において授賞式および講演が行われました。
 来年度以降は萌芽的研究支援課題対象者を大学院修士課程の学生まで拡大するなど支援をさらに充実させ、研究者を目指す学生を支援していきます(詳しくはSPring-8 ホームページへ http://www.spring8.or.jp/ja/students/)。 (研究調整部)

第59回日本金属学会論文賞

 日本金属学会は、前年に日本金属学会誌または欧文誌に発表された論文中、特に優秀なものを表彰しています。戸田教授らのグループは、日本金属学会論文賞(工業材料部門)を受賞し、授賞式は11月8日に日本金属学会秋期講演大会で行われました。

受賞者:
戸田 裕之  豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 機械工学系 教授
中澤 満   慶應義塾大学 大学院理工学研究科 博士課程
青木 義満  慶應義塾大学 理工学部 電子工学科 准教授
上杉 健太朗 財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 研究員
鈴木 芳生  財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 副主席研究員
小林 正和  豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 機械工学系 准教授
(上記で、戸田教授 小林准教授がSPring-8ユーザーです。)

受賞論文:Four-Dimensional Annihilation Behaviors of Micro Pores during Surface Cold Working

(広報室)

行事報告

SPring-8コンファレンス2011

SPring-8コンファレンス2011 2011年11月1日、2日の両日、東京ステーションコンファレンスに おいて、SPring-8コンファレンス2011を開催しました。「東日本大震災からの復興」と、「持続可能な社会実現のためのエネルギー問題の解決」が課題となっている我が国では、最先端の科学技術が担う役割が注目されています。そこで、“SPring-8の先端性・多様性と元気な日本の再創造−エネルギー問題の解決を目指して−”と題して、日本再生に向けて期待の大きいテーマの中から、「革新型蓄電池」、「ソーラーエネルギー」、「燃料電池」開発の3つのプロジェクトに焦点を当て、SPring-8の課題解決型基盤としての使命と役割についてコンファレンスのテーマ設定を行いました。講演会は、プロジェクト毎に、企業の研究開発のリーダー、NEDOプロジェ産官学のキーパーソンによる基調講演で構成し、課題解決に向けた取り組みについて活発な議論を会場の参加者と行いました。最後のパネルディスカッションにおいても、プロジェクト遂行における解決すべき課題とSPring-8の研究開発において求められる役割と可能性、それを実現する利活用の仕組みの問題点等について、講演者全員と参加者による白熱した議論が行われました。その結果、1)実験装置開発などで、独自の計測技術開発の先導的推進の加速、2)学際的利活用のシナジー効果が創成する中核的産学連携拠点としての位置づけを、人材・研究交流によるパートナーシップ構築により高めること、が強く求められました。

お知らせ

第20回SPring-8施設公開 - すぐそこに 夢の光と科学の未来 -

SPring-8では、以下のとおり「SPring-8施設公開」を実施いたします。みなさまのご来場をお待ちしております。
○日 時:2012年4月30日(月・振替休日)9時30分〜16時30分(受付は15時30分まで)
○場 所:SPring-8
○入場料:無料(お気軽にお越しください)
○内 容:施設の公開、科学実演・工作、科学講演会、見学ツアー、パネル展示など
詳しくはこちらをご覧ください。

最終変更日 2019-11-21 17:18