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月の地下に水資源の可能性? ~SPring-8で月隕石を視る~

研究成果 · トピックス

月の地下に水資源の可能性? ~SPring-8で月隕石を視る~

 地球から38.8万kmの彼方に存在する月は、自転しながら地球の周りを27.32日周期で公転する衛星です。その大きさは地球の直径の約4分の1、また重力は6分の1のため空気を地表に留めることができず、 大気はほとんどありません。今までアポロ計画*1で得た月の岩石試料 (アポロ試料) からは水の痕跡がほとんど検出されず、月には水が存在しないと考えられていました。しかし、ここ10年余りの間に、各国で月の衛星探査や試料分析が活発に行われるようになり、状況は一変しました。
 「米国の“エルクロス”やインドの“チャンドラヤーン”などの人工衛星探査機によって、低い温度環境の月極域や隕石・彗星が落下したクレーターと呼ばれる地点、火山活動が活発だった地帯などに、水の痕跡を示す観測データが得られたのです。しかし、これらは上空から観測した月表面のデータに過ぎず、地下の情報までは明らかにされていませんでした」そう説明するのは、東北大学学際科学フロンティア研究所・理学研究科助教、鹿山雅裕さんです。鹿山さんは、アポロ試料以外の物質で、水の痕跡に関して未だ調査されていない月隕石に注目し、「将来の月探査に役立つデータや未知の物質の発見が得られるのでは」と、研究を続けています。「以前から月隕石に注目していました。月隕石は、彗星や小惑星の衝突によって月表面から深い領域までの岩石が剥離されて、地球に落下したものです。それらをアポロ試料と比較すれば、その隕石が月の表面のものか、地下のものかは一目瞭然ですし、月隕石を調べることで地下の水の痕跡を探れるのではと考えたのです」と鹿山さんは語ります。

月隕石 “NWA2727” からモガナイトを発見

 鹿山さんは、13種類の月隕石を選定し、電子顕微鏡とレーザーラマン分光装置*2を用いて化学組成や鉱物の種類を調べました。「その結果、2005年にアフリカ北西部の砂漠地帯で発見された月隕石 “NWA2727” から水が関与してできる “モガナイト” を検出したのです(図1)(図2)」。

図1

図1 月隕石NWA2727


図2

図2 A:電子顕微鏡写真。暗い部分がSiO2からなる鉱物。
B:ラマン分光計によるイメージング。赤色の部分にモガナイトが濃集している。

 モガナイトは二酸化ケイ素 (SiO2) を主成分とする鉱物 (石英と化学組成は同じだが、結晶構造が異なる親戚のようなもの) で、地球上で珍しいものではありません。しかし、これまでの地質調査や合成実験のデータから、モガナイトの生成には大量のアルカリ性の水が不可欠であり、しかも地下深くの高い圧力条件が必要なことが判明していました。そのため、モガナイトは水に富む地球以外の天体には存在しないと考えられていたのです。「13種類の月隕石を分析すると、 NWA2727が衝突の影響を特に色濃く受けており、しかも、地下の深いところでしか生成されないモガナイトが、衝突の影響で一部別の鉱物に変化していることが分かりました。NWA2727を発見したのは砂漠上です。また、モガナイトの生成には地球の表面の100倍もの気圧が必要ですが、砂漠上は地表であり1気圧。 NWA2727のモガナイトが地球で生成されたものではないことは明らかでした」 と鹿山さんは語ります。「月隕石にモガナイトが検出された」 ということは、月の地下に水が存在していたことを意味します。さらに、太陽光が届かず低い温度環境の地下では水は氷として埋蔵され、シミュレーションによると現在も残存している可能性も示唆されます。
 鹿山さんがモガナイトを生成するために必要な水量を計算したところ、ケイ酸水溶液がpH9.5~10.5、90 ℃~126 ℃の条件で、1 ㎥の月の岩石当たり18.8 ℓ以上になることが分かりました。仮にこの量の水が地下に眠っているのであれば、人類が今後月で利用できる水資源の確保に期待できることになります。

SPring-8で月隕石の微小鉱物を検証

 電子顕微鏡や分光装置のデータによって月隕石NWA 2727にモガナイトが存在する可能性は示されました。しかし、モガナイトは1000分の1 mm(1 µm)もの微小で、石英と混ざり合って区別がつきにくい鉱物です。1 µmレベルの未知の物質の構造を特定するためには、通常の実験室にある従来型のX線装置の輝度では不十分でした。「1 µmの試料を正確に分析するにはSPring-8の高輝度なX線を用いる放射光X線回折分析が必要なのは自明でした」と、鹿山さんは、 SPring-8のBL10XUの放射光X線回折装置および電子顕微鏡を使った微小部分析*3を行うことにしたのです。鹿山さんは分析の試料準備に苦労し、約5ヵ月を要したと言います。NWA2727には様々な鉱物の粒子があり、数µmの大きさのモガナイトを含む粒子もいくつか存在しています。「まず、それらの粒子の中から、分光分析と電子顕微鏡を用いて、月での衝突の影響が比較的少なく、かつモガナイトを多く含む試料を選定しなくてはなりませんでした。衝突により月隕石のモガナイトの多くが喪失しており、モガナイトを77%含んだ好条件の試料はたった3粒。それをX線回折分析できるように集束イオンビーム加工装置*4で切り出しました」 と鹿山さんは続けます。
「モガナイトは非常に微小です。モガナイトを含む10 µmほどの大きさの試料をビームに合わせる針の先端につけないといけません。貴重な試料をなくすまいと、手が震えました」。
 今回、電子顕微鏡とレーザーラマン分光装置の結果からは微小なモガナイトと思われていた部分が、まさにモガナイトであることがSPring-8のX線回折で証明されました。地球外物質でモガナイトを見たのはこれが初めてのことです。

月への水の供給プロセス

 月の水は、水に富む小惑星や彗星の衝突、太陽風*5、そして月内部からの火山ガスによるものと考えれますが、鹿山さんは“NWA2727”のモガナイトを生成した水は、月に衝突した小惑星によってもたらされたと考えています (図3)。「27億年前以降に、水と炭素に富む小惑星(炭素質コンドライトという隕石の母体となる天体)が月のプロセラルム盆地*6に衝突したことで、盆地の表面から内部地下にアルカリ性の水が供給され、表面の水は太陽光によって蒸発しモガナイトを生成したのではないでしょうか。さらに、地下やクレーターの影は非常に低温なので、氷として残存していると考えられます (図4)」 と鹿山さんはプロセスを説明します。

図3

図3 月への水の供給とモガナイトの沈殿の概念図
M. Sasaoka(SASAMI-GEO-SCIENCE)氏の図を基に改変・加筆


図4

図4 太陽光で熱せられて水は蒸発し、モガナイトを生成する。低温の地下では氷として残存する可能性がある。

月の水の発見による未来への可能性

 現在、各国での月の探査計画の中でも、月の極域探査が注目されています。これまでの観測データやシミュレーションから、月の南極の表面から地下に氷が多く存在する可能性が高いと言われており、仮に予測通りの量があれば、月での居住や有人探査をする上で貴重な資源となり、水を地球から運ぶコストも削減できます。また、月の水は飲料水としてだけでなく、呼吸用の酸素にも使えますし、氷を回収して水素ガスに変え、地球への帰途や火星への飛行のための燃料を賄える可能性があり、今後の探査も活発になるでしょう。
 鹿山さんは、今後も月の研究を続けたいと考えています。「例えば、月の影は-100 ℃。太陽光の当たらないクレーター内部の永久影では-250 ℃という計算もあります。-250 ℃の環境で月の岩石に含まれる氷を分析しても、そのデータと私たちが持つ氷のデータとは整合しない可能性があるので、月極域環境を実際に実験室で再現して分析したいと考えています」と鹿山さん。「月のどこにどれだけの水があるのかによって、ジャイアント・インパクト説*7も覆されるかもしれません。日本においては、インドの協力のもと、ローバーで月の水を観測するSELENE-R(月極域探査ミッション)のプロジェクト化が検討されており、私もコアメンバーとして誘われています。これからもアポロ試料や未確認の試料分析を通して、様々なミッション推進に貢献したいと思います」。
 鹿山さんの研究に終わりはありません。


用語解説   line
 

*1 アポロ計画
1961年から1972年にかけて実施された、NASA(アメリカ航空宇宙局)による月への有人宇宙飛行計画。

*2 レーザーラマン分光装置
試料にレーザーを照射して、発生したラマン散乱光から物質の種類や状態を調べる装置。

*3 微小部分析
マイクロメートルからナノメートルのスケールで物質の化学組成や結晶構造を決定できる手法。

*4 集束イオンビーム加工装置
イオンビームを照射することで、試料を切り出す装置。

*5 太陽風
太陽から吹き出す高温で電離した粒子。主成分は水素ガス。

*6 プロセラルム盆地
月の表面にある直径3,000 ㎞もの巨大な盆地。日本ではウサギが餅をついている様子に例えられている。

*7 ジャイアント・インパクト説
月の化学組成や酸素同位体比が地球と類似していることから、現在最も有力な月の起源説。地球誕生の直後に巨大な天体ティアの衝突により、その破片が集積して月を形成したとされている。2017年からは複数回の衝突によって月が形成されたとするマルチ・インパクト説も登場している。



コラム

面白いと思ったことを妥協せず、やり通す

「実は、高校時代の化学の先生がアポロ試料を分析した方で、よく月に関する話を聞いていました」と鹿山さんは月に興味を持ち、今日まで情熱を注いできました。今回の論文を5年もの歳月をかけて完成させた今、鹿山さんはこう振り返ります。「この世にあるモガナイトに関する論文はすべて読んだかもしれません。研究は小さなことの積み重ねです。面白いと思ったことを妥協せず、やり通すことの大切さを実感しました」。
 最近、鹿山さんは道で迷子になったネコを保護して飼い始めたと言います。「ネコと暮らすようになってから、論文がうまく進み、月探査に関するミッションのコアメンバーに誘われるようになりました。ネコが幸運をもたらしてくれたと思って、可愛がっています」。鹿山さんの夢はこれからも研究を通して実らせていくことでしょう。

鹿山さんと愛猫“おやゆび”ちゃん

鹿山さんと愛猫“おやゆび”ちゃん

文:ダリコーポレーション 大内 佳陽


この記事は、東北大学大学院 理学研究科 地学専攻/東北大学 学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部の鹿山 雅裕 (かやま まさひろ) 助教にインタビューして構成しました。