大型放射光施設 SPring-8

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Si基板上へのグラフェン多機能デバイスの開発に道(プレスリリース)

公開日
2011年11月08日
  • BL17SU(理研 物理科学III)
  • BL23SU(JAEA 重元素科学)
東北大学電気通信研究所の吹留博一助教らは、シリコン(Si)基板の面方位による、Si基板上に成長させた次世代電子材料グラフェン(GOS)の多機能化(金属性・半導体性の切り分け)に成功し、GOSを用いたトランジスタの集積化も可能であることを示しました。
現在の半導体集積技術を用いてグラフェンの多機能化・集積可能性を示したことは、グラフェンの多機能集積回路への道を拓いたという意味で、画期的な成果です。

2011年11月8日
東北大学電気通信研究所

 国立大学法人東北大学(総長 井上明久)電気通信研究所(以下「東北大通研」)の吹留博一助教、末光眞希教授及び尾辻泰一教授は、独立行政法人科学技術振興機構(理事長 中村道治)・戦略的創造研究推進事業(CREST)の「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」研究領域(研究総括:渡辺 久恒(株)半導体先端テクノロジーズ 代表取締役社長)における研究課題「グラフェン・オン・シリコン材料・デバイス技術の開発」(研究代表者:尾辻 泰一 東北大学電気通信研究所 教授)の一環として、独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之。以下「原子力機構」)量子ビーム応用研究部門の寺岡有殿研究主幹、吉越章隆研究副主幹、財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 白川哲久)利用研究促進部門の木下豊彦主席研究員、小嗣真人研究員、大河内拓雄研究員、と共同で、シリコン基板上に成長させた次世代電子材料グラフェン*1 (GOS)のSi基板面方位による多機能化(金属性・半導体性の切り分け)に成功し、GOSを用いた電界効果トランジスタ*2 の集積化も可能であることを示しました。現在の半導体集積技術を用いてグラフェンの多機能化・集積可能性を示したことは、グラフェンの多機能集積回路への道を拓いたという意味で画期的な成果です。
 炭素の二次元層状物質であるグラフェンはシリコンの100倍以上のキャリア移動度*3 を有し、かつ、熱的・化学的にも安定な物質です。そのため、次世代デバイス材料の一つとして全世界で熾烈な開発競争が行われています。これまで東北大通研では、グラフェン・オン・シリコン(GOS)に関わる技術を開発してきました。GOS技術とはシリコン基板上に成長させた単結晶SiC薄膜表面をグラフェン化するものです。今回、世界で初めて末光教授らによってGOSが作製され、尾辻教授らによってGOSを用いた電界効果トランジスタが試作されました。GOS作製では成熟したシリコンデバイス製作技術がそのまま利用できるため、グラフェンの実用化に最も近い技術として注目を集めています。
 単にグラフェンのキャリア移動度が高いという特徴だけでは、従来のシリコンデバイスに取って代わることは出来ません。そのため、GOSでしか発現されないような技術の開発を目指してきました。今回、シリコン基板の面方位を変えるとグラフェンの表面・界面構造及びバンド構造を制御できることを明らかにしました。これまで高価なSiC結晶基板の面方位を変えるとグラフェンのバンド構造制御が可能であることは知られていましたが、安価で大面積のシリコン基板上で同様の制御が可能であることを明らかにしたのは今回が初めてです。この成果は用途に適したグラフェンの製造に道を拓くものです。

 本研究成果は、応用物理学会の学会誌Applied Physics Expressに11月9日にオンライン掲載される論文
「Controls over Structural and Electronic Properties of Epitaxial Graphene on Silicon Using Surface Termination of 3C-SiC(111)/Si」、及び、英国王立化学協会Journal of Materials Chemistry の論文
「Control of epitaxy of graphene by crystallographic orientation of a Si substrate toward device applications」
にて報告されます。

(論文)
"Controls over Structural and Electronic Properties of Epitaxial Graphene on Silicon Using Surface Termination of 3C-SiC(111)/Si"
Hirokazu Fukidome, Shunsuke Abe, Ryota Takahashi, Kei Imaizumi, Syuya Inomata, Hiroyuki Handa, Eiji Saito, Yoshiharu Enta, Akitaka Yoshigoe, Yuden Teraoka, Masato Kotsugi, Takuo Ohkouchi, Toyohiko Kinoshita, Shun Ito, and Maki Suemitsu
Applied Physics Express 4, 115104 (2011), published online 9 November 2011

"Control of epitaxy of graphene by crystallographic orientation of a Si substrate toward device applications"
H. Fukidome, R. Takahashi, S. Abe, K. Imaizumi, H. Handa, H.-C. Kang, H. Karasawa, T. Suemitsu, T. Otsuji, Y. Enta, A. Yoshigoe, Y. Teraoka, M. Kotsugi, T. Ohkouchi, T. Kinoshita and M. Suemitsu
Journal of Materials Chemistry 21, 17242-17248 (2011), published online 4 October 2011

1. 背景
 炭素の二次元層状物質であるグラフェン(図1)は、シリコンの100倍以上のキャリア移動度を有し、かつ、熱的・化学的にも安定な物質です。そのため、 2020年頃に向上できる性能の限界を迎えると言われるシリコン集積回路に替わり得る次世代デバイス材料の一つとして、全世界で熾烈な開発競争が行われています。東北大通研の研究グループでは、既存のシリコンデバイス製造技術を最大限に活用すること意図した、グラフェン・オン・シリコン(GOS)に関する研究開発を行ってきました。GOS技術とは、シリコン基板上に単結晶SiC薄膜を成長させ、このSiC薄膜表面にグラフェンを形成するものです(図2)。これまでに、末光眞希教授、吹留博一助教らはGOS作製に世界で初めて成功し、尾辻泰一教授らはGOSを用いた電界効果トランジスタの開発などを行ってきました。このトランジスタは2,000 cm2/Vs以上という、シリコンと比較して2倍もの高いキャリア移動度を持つことが明かにされています。GOS技術では成熟したシリコンデバイス製造技術がそのまま利用できるため、グラフェンを用いた電子デバイスの実用化に最も近い技術として注目を集めています。しかしながら、単にキャリア移動度が高いという特徴だけでは、従来のシリコンデバイスに取って代わることは出来ません。そのために、東北大通研のグループでは、GOSでしか発現されないような技術の開発を目指してきました。

2. 研究成果の内容
(1)グラフェンの多機能化
 今回、研究グループは、GOS技術に用いられるシリコン基板の面方位を選択することによって、グラフェンの表面・界面構造及びバンド構造が制御可能であることを明らかにしました(図3) 。この研究は、大型放射光施設SPring-8*4において、日本原子力研究開発機構専用ビームラインBL23SU設置のリアルタイム光電子分光*5装置、及び、理研ビームラインBL17SU設置の分光型光電子・低速電子顕微鏡*6を用いて行われました。これまで高価なSiC結晶基板の面方位を選択することでグラフェンのバンド構造制御が可能であることは知られていましたが、安価で大面積なシリコン基板上で同様の制御が可能になることを明らかにしたのは、今回の研究が初めてです。この成果はグラフェンのデバイス特性 (キャリア移動度、バンドギャップ*7)をシリコン基板上で自在に制御することを可能とするもので、デバイスの応用用途(電子・光)に適した最適なグラフェンの製造に道を拓くものです。

(2)集積化に向けたGOSトランジスタの試作
 研究グループでは比較的大きな面積のGOS(7×40 mm2以上)を作製し、それを用いた複数の電界効果トランジスタを試作しました。その結果、それらの素子特性のばらつきが少ないことを確認しました。トランジスタの大きさは数µm程度に留まっており、集積度は低いものの、この結果はGOSを用いた集積回路の作製が将来的に可能であることを示すものです。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)の「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」研究領域(研究総括:渡辺 久恒(株)半導体先端テクノロジーズ 代表取締役社長)における研究課題「グラフェン・オン・シリコン材料・デバイス技術の開発」(研究代表者:尾辻 泰一 東北大学電気通信研究所 教授)の一環として行われました。また、大型放射光施設SPring-8を用いた研究として、日本原子力研究開発機構が実施する文部科学省委託事業「先端研究施設共用イノベーション創出事業 ナノテクノロジー・ネットワーク」の利用研究課題(課題番号:2009A3876/BL23SU, 2010A3975/BL23SU, 2010B3878/BL23SU)、及び、高輝度光科学研究センターが募集する重点ナノテクノロジー支援課題(課題番号:2010A1674/BL17SU, 2010B1712/BL17SU)として行った研究の成果です。

3. 成果の波及効果
 シリコン微細加工技術*8を用いれば、一枚のシリコン基板上に様々な面方位のシリコン面を容易に作り出すことも可能なことから、将来的には、シリコン基板上に三次元的に作り込まれた多機能を持つグラフェン集積回路(3D-GOS)の実現も十分に期待できます(図4)。このような多機能化デバイス製造技術は、従来のシリコンデバイスや他のグラフェン成膜技術では成し得ないものです。
 最近のデバイス・シュミレーションによると、チャネル長*9が 20 nmまで縮小化されたグラフェン集積回路が、シリコン集積回路よりも一桁高速の論理動作をする可能性が示されています。このことからも、本GOS技術の進展により、シリコン集積回路よりも一桁高速動作するGOS集積回路が、原理的には作製可能であると推論されます。幾多の技術課題を今後克服する必要はありますが、GOS集積回路はシリコン集積回路の代替物以上のものになり得ると期待されています。


《参考資料》

図1:炭素の二次元層状結晶:グラフェンの構造。
図1:炭素の二次元層状結晶:グラフェンの構造。

平面上に組まれた炭素原子(球)の蜂の巣状ネットワーク。単原子層をグラフェンという。グラフェン層が積み重なるとグラファイトとなる。


図2:GOS作製プロセスの概略図。
図2:GOS作製プロセスの概略図。

①シリコン単結晶基板上に化学気相成長法でSiC単結晶を成長させる。
②さらに真空中で高温加熱することにより、表面のシリコン原子を昇華させてグラフェン化させる。


図3:シリコン基板面方位の違いによるGOSの多機能化。
図3:シリコン基板面方位の違いによるGOSの多機能化。

Si(111)面上にSiCを成長させた場合はSiCも(111)面となる。他の面方位でも同様にSiCの面方位と下地シリコン基板の面方位は一致する。SiC(111)/Si(111)を真空中で加熱して表面をグラフェン化すると、グラフェン層とSiC層の間に界面層が形成されるが、他の面方位の場合には界面層は存在しない。界面層が存在する場合には数層のグラフェンが互いに少しズレた積層構造(Bernal積層)となるため、伝導性は半導体的になり、電子デバイスの作製に適している。一方、界面層が存在しないときには非Bernal積層となるため、伝導性は金属的になり、光・通信デバイスの作製に適している。


図4:シリコン基板の三次元微細加工によるGOSのナノスケールでの多機能化。
図4:シリコン基板の三次元微細加工によるGOSのナノスケールでの多機能化。

通常電子デバイス製造に用いられるSi(100)基板では表面が(100)面で、その垂直方向は(011)面など、斜め方向は(111)面などになる。各面にSiC成長させてグラフェン化するとそれぞれの面が金属性、及び、半導体性を持つため、同一シリコン基板上に電子デバイスと光・通信デバイスを混在させて集積回路を製造することができる。


《用語説明》
*1 グラフェン

グラファイト(黒鉛)結晶の単層分。炭素原子が蜂の巣状に6角形ネットワークを組んで2次元シートを形成している(図1)。半導体と金属の両要素をあわせ持つ物質で、ポストシリコン材料として期待されている。グラフェンを円筒状に巻くとカーボンナノチューブになる。

*2 電界効果トランジスタ
ゲート電極に電圧をかけることで、ソース・ドレイン端子間の電流を制御するトランジスタである。ゲート電極直下のチャネルに印加される電界により、電子または正孔の流れに関門(ゲート)を設ける原理で、デジタル論理回路の基本素子として使われる。

*3 キャリア移動度
物質中での電子の移動のしやすさを示す特性。電子移動度とも言い、半導体デバイスの高速化を実現するためには移動度の向上が必要不可欠である。

*4 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。

*5 光電子分光
固体に一定エネルギー電磁波をあて、光電効果によって外に飛び出してきた電子光電子とよばれる)のエネルギーを測定し、固体の電子状態を調べる方法である。

*6 分光型光電子・低速電子顕微鏡
光電子分光法及び低速電子回折と顕微観察手法を融合させた空間分解能を有する分光手法

*7 バンドギャップ
バンド構造における電子に占有された最も高いエネルギーバンド価電子帯)の頂上から、最も低い空のバンド(伝導帯)の底までの間のエネルギー準位(およびそのエネルギーの差)を指す

*8 シリコン微細加工技術
シリコン基板を基にして、その上に多数の超小型電子デバイスから成る半導体集積回路を製造するために必要な技術の総称。反応性ガスやプラズマなどを用いた成膜技術、エッチング技術、および、微細パターンの形成転写を行うリソグラフィー技術などが含まれる。

*9 チャネル長
概ね電界効果トランジスタにおけるソース電極とドレイン電極の間の距離に相当する。すなわち、概ねゲート電極の長さに等しい。厳密にはマスク長、ゲート長、電気的チャネル長、実効的チャネル長などいろいろな定義がある。



《問い合わせ先》

(研究内容担当)
 国立大学法人東北大学 電気通信研究所
  吹留博一、末光眞希、尾辻泰一
   TEL:022-217-5484, 5485, 6102
   E-mail:mail

(報道担当)
 国立大学法人東北大学 電気通信研究所
  研究協力係 TEL:022-217-5422

(SPring-8に関すること)
 高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp