大型放射光施設 SPring-8

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タンパク質による脂質結合タンパク質輸送のメカニズムの解明(プレスリリース)

公開日
2003年07月01日
  • BL44B2(理研 物質科学)
理化学研究所播磨研究所理論構造生物学研究室は、東京大学分子細胞生物学研究所、京都大学大学院理学研究科と共同で、リポタンパク質の輸送に重要な役割を果たしている2種類のタンパク質LolAとLolBの立体構造を決定し、タンパク質によるタンパク質の運搬のメカニズムを分子レベルで解明することに世界で初めて成功した。

平成15年7月1日
理化学研究所

 理化学研究所(小林俊一理事長)は、東京大学分子細胞生物学研究所と京都大学大学院理学研究科との共同で、リポタンパク質の輸送に重要な役割を果たしている2種類のタンパク質の立体構造を決定し、タンパク質によるタンパク質の運搬のメカニズムを分子レベルで解明することに世界で初めて成功しました。理研播磨研究所理論構造生物学研究室の竹田一旗協力研究員、三木邦夫主任研究員ら、東京大学分子細胞生物学研究所の徳田 元教授らの研究グループによる成果です。この研究は、我が国で推進している「タンパク3000プロジェクト」(個別的解析プログラム)の重要な成果の一つです。
 研究グループでは、大腸菌のリポタンパク質※1の輸送に重要な役割を果たしている2種類のタンパク質LolAとLolBを結晶化し、 大型放射光施設(SPring-8)理研構造生物学IIビームラインBL44B2を利用してX線結晶構造解析※2し、その立体構造を決定することに成功しました。その結果、2つのタンパク質は非常によく似た基本構造を持ち、溶液に溶けないリポタンパク質の脂質部分を捕捉し輸送するために都合の良い袋状の構造を備えていることがわかりました。
 今回のLolAとLolBの構造決定は、生命活動において普遍的なタンパク質輸送の分子レベルの解明に大きく寄与し、病原性のグラム陰性細菌を特異的なターゲットとした抗生物質の開発にもつながるものと期待されます。本研究成果の詳細は、欧州分子生物学機構(英国)の学術雑誌,The EMBO Journal』(7月1日号)に掲載されます。

【論文】
Crystal structures of bacterial lipoprotein localization factors, LolA and LolB
Kazuki Takeda, Hideyuki Miyatake, Naoko Yokota, Shin-ichi Matsuyama, Hajime Tokuda, and Kunio Miki

1.背 景
 ほとんどのタンパク質は細胞質で合成された後、それぞれが働くべき場所まで輸送されて,その機能を発揮します。したがって、タンパク質がその持ち場まで輸送されるメカニズムを理解することは、複雑な生命現象を理解するための第一歩です。細菌は自らの形態を維持し、生体内の諸物質を輸送し、また薬剤を排出するために、何十種類ものリポタンパク質を持っています。しかしそのリポタンパク質は脂質と結合して生体膜に埋め込まれているため、細胞を満たす溶液の中に溶け込むことができません。したがって、リポタンパク質が生体膜から他の生体膜へ移動するためには、運搬を助けるタンパク質を必要とします。最近、グラム陰性細菌にある二重の生体膜(内膜と外膜)間のペリプラズム空間(図1)で、リポタンパク質の輸送をつかさどる一連のタンパク質群として、ペリプラズム空間のシャペロンタンパク質LolA、外膜でのリポタンパク質受容体LolB、そして内膜のLolCDE複合体が、東京大学の徳田 元教授の研究グループによって相次いで発見されました。これらのタンパク質はグラム陰性細菌の生存に欠くことのできない大変に重要なタンパク質でした。これまでの生化学的な研究の結果、これらのLolタンパク質群が協力しつつ、ATPのエネルギーを利用してリポタンパク質を内膜から外膜へ輸送することがわかりました。しかしながら、これらのタンパク質の構造や、ふつうATPのエネルギーを消費することのできないペリプラズム空間で、リポタンパク質を輸送するメカニズムなど、多くの未解決の問題がありました。

2.研究手法と成果
 研究グループでは、これら一連のLolタンパク質群によるリポタンパク質輸送の分子レベルでのメカニズムの解明をめざして、グラム陰性細菌の一種である大腸菌由来のLolAおよびLolBタンパク質を大量に発現、精製し、結晶を作成しました。大型放射光施設(SPring-8)の構造生物学用ビームラインを用いて、X線回折強度データを収集し、多波長異常分散法で解析を行った結果、LolA(図2)とLolB(図3)の立体構造を、それぞれ1.65 Å分解能および1.9 Å分解能という非常に高い精度で解析することに成功しました。
 これら2つのタンパク質はアミノ酸配列もリポタンパク質輸送における役割もまったく異なっているにもかかわらず、その立体構造は酷似していました。どちらのタンパク質も、βシートによって中心部に疎水性の空洞を持つ袋状ポケットを備え、さまざまな構造をとるリポタンパク質の脂質部分をつかまえるのに都合のよい構造であることが分かりました。また、袋状ポケットのフタを形成するαへリックスの配置と空洞を取り囲むアミノ酸の種類が、LolAとLolBでは異なり、この構造上のわずかな違いが、ATPエネルギーをペリプラズム空間で使用することなくLolAからLolBへリポタンパク質を受け渡たし運搬するために重要であることも解明されました。

3.今後の展開
 タンパク質の輸送は、細菌類からヒトなどの高等生物に至るまで、細胞内で幅広く見られる普遍的な現象です。その仕組みを分子のレベルで明らかにしていくことは、生命活動の本質にせまるために非常に重要です。今後、LolAとリポタンパク質の複合体、LolBとリポタンパク質の複合体、LolCDE複合体、のX線結晶構造解析を進めていく予定で、それらの構造が明らかになることによって、合成されたタンパク質が機能すべき場所に運ばれる仕組みが、より詳しく解明されることになります。また、LolAとLolBはグラム陰性細菌の生存に欠くことのできない重要な働きを担っていることから、今回決定した立体構造をもとにして、病原性のグラム陰性細菌(O-157大腸菌やサルモネラ菌など)を特異的なターゲットとした抗生物質の開発につながる可能性があるものと期待されます。


《参考資料》

図1 グラム陰性細菌の細胞の構造
図1 グラム陰性細菌の細胞の構造

 


図2 LolAの分子構造と分子内部の空洞
図2 LolAの分子構造と分子内部の空洞

 


図3 LolBの分子構造と分子内部の空洞
図3 LolBの分子構造と分子内部の空洞

 


<補足説明>

    ※1  リポタンパク質
     細菌の細胞膜に存在し、N末端のシステイン残基に脂質が結合したタンパク質。細菌は自らの形態を維持し、生体内の諸物質を輸送し、また薬剤を排出するために、何十種類ものリポタンパク質を持っている。しかし脂質と結合して生体膜に埋め込まれているため、細胞を満たす溶液の中に溶け込むことができない。細菌が持つリポタンパク質は、動物細胞が持つリポタンパク質とは異なる。
    ※2  X線結晶構造解析
     1ÅぐらいのX線の波長はタンパク質などの物質中の原子と原子の距離と同程度であり、物質が規則正しく並んだ結晶によって回折される。回折されたX線の強度を詳しく解析することにより、結晶内の分子構造を解明することができる。
 

 

<問い合わせ先>
理化学研究所 播磨研究所
理論構造生物学研究室
主任研究員 三木 邦夫
TEL: 0791-58-2912  FAX: 0791-58-2913
京都大学大学院理学研究科
TEL: 075-753-4029  FAX: 075-753-4032

研究推進部
  佐藤 太一
  TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800

報道担当
理化学研究所 広報室
  駒井 秀宏
  TEL:048-467-9272 FAX:048-467-4715